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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第三章 哀怨霧中

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三之一

 東湯舟の藤林屋敷に到着したのは、その日の昼過ぎであった。

 (あおい)たちは、ひと息つくより先に、藤林長門(ふじばやし ながと)に目通りをした。(らん)(つぐみ)も、三人ならんで座って、粛然と頭をさげた。

「おお、帰ったか、修行はうまくいったか?よしよし、上首尾、上首尾」

「はい、しかし兄上、ずいぶん急な任務なのですね」

「うむ。卯之助から聞いたかもしれんが、花神(かしん)の行方はまだつかめぬ。彼奴(きゃつ)はこちらの手の内を知りすぎるほどに知っておるでの。逃げるも隠れるも欺くも、自由自在というわけだ」

果心居士(かしんこじ)も、かの者の潜伏しそうな場所はまるで見当がつかないそうです」

「さもありなん。花神のことは心にとめおきつつ、ひとまず、おいておこう。奴の件は、あくまで我らの内輪のこと、それよりも天下の情勢が大事」

「まったく、狡猾な男で」

 と苦い顔で云う碧の眼をみて、長門はおやと思った。もはや、あの男への未練は捨て去っているようであった。

「うむ」と気持ちを切り替えるように長門はうなって、「大坂の件がずいぶん剣呑なことになってきた。近々、わしも向こうへ出張らなくてはならんかもしれん」

「では、私たちは大坂城にでももぐりこむのですか?」

「いやいや、そこまで危ない任務ではない」

 と云って、長門はちょっと考えをまとめるような雰囲気で軽く庭をみて、すぐに碧たちに顔を戻した。

真田左衛門佐さなださえもんのすけという男がおってな。関ヶ原の折に西軍についたかどで紀州の九度山(くどやま)に配流させられておったのだが、これが、蟄居屋敷から姿を消した」

 真田と云えば、関ヶ原のおり、信州上野で徳川の軍勢を散々翻弄した真田安房守(あわのかみ)という知将が有名だし、碧も何度か耳にしたことがあるが、左衛門佐とは安房守の親族であろうか。

 その真田左衛門佐という男の行方を探るのだろうか、と碧は思ったのだが、

「真田はそのまま大坂城へと入る模様だ」

「では、その真田左衛門佐殿を討てばよろしいので」

「そう急くな、実はな、真田の身辺をいろいろと調べさせておったところ、面白いことがわかった」

 長門は本当に面白そうな様子で、ちょっといたずらっぽく微笑んだ。

「九度山の屋敷に、どうも魂魄石(こんぱくせき)らしいものがあるそうだ」

 三人の少女くノ一は、長門の眼を、まばたきもせずに見つめた。

「武田信玄から直々に贈られた兜だそうで、それを九度山にも持参したそうだ」

「兜、ですか……?」

「この兜に埋め込まれた宝石というのが、どうも魂魄石らしいのじゃ」

「なるほど」

「しかし、大坂入りにさいして真田がその兜を持ち出した形跡がない。信玄から賜ったという貴重な宝を手元に置かない理由はさだかではないが、貴重であるがゆえに、安全な場所に残しておいたとも考えられる」

「しかし、その屋敷はもう空き家なのでは」

「そうでもないのだ。真田は家族全員を連れて大坂へ向かったわけではなく、何らかの事情で何人かの妻や子供は、九度山に残っているそうだ」

「でしたら、その宝物を盗み出せと」

「ははは、妹に盗賊の真似ごとをしろと命じるほど、落ちぶれてはおらんよ。ただ、方法はお前たちが考えろ。その魂魄石を、えべくんば手に入れろ。やむをえずば破壊しろ」

 碧は寸時、黙考した。

 長門は、確かに盗賊の真似をしろとは云わないが、盗賊の真似をしたほうが、よっぽど楽に任務を完遂できそうな気がしてきた。

 花神恭之介(かしん きょうのすけ)の徒党は、現時点で判明しているだけでも、志摩の難破船で出会ったイスパニア人のエミリオ、果心居士の庵に現れた鬼巌坊(きがんぼう)のふたり。あわせて三人の男たちが、魂魄石を集めて何をしようとしているのかは不明だが、花神の手に渡せばなにかとんでもないことに利用するに違いない、というのがここにいる者全ての統一した見解だった。ともかく魂魄石を見つけしだい確保していくのが賢明だろう。

 そして、ひとつの懸念が、碧の心のなかで頭をもたげてきた。

 ――もし、真田の屋敷に魂魄石があることを、花神が気づいていたら……。

 花神恭之介自身が、その場に現れることすらあり得るのである。

 命を奪われた加瀬又左衛門の無念さを思えば、妖術の練習台に使われた庄一郎たち三人の忍者の苦痛を思えば、あの男をひと太刀で葬り去ってやりたい衝動が湧き起こるのだ。が、実際目の前にしたら……、

 ――私は、暁星丸(あかぼしまる)を振るえるのだろうか。

 人知れず不安のなかに沈殿していく碧の胸のうちであった。

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