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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第二章 心魂流露

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二之五

 ――斬れ、斬れ、斬れ。

 果心居士の声が残響のように鼓膜にこびりついて、耳の奥でたえず語り続けるのだ。

 ――斬って斬って斬りまくれ!山が悲鳴をあげるまで斬りまくれい!

 碧は走った。

 御在所岳の中腹の密林であった。

 岩を飛び、崖を走り、目についた杉の大木に向けて、暁星丸を一閃する。

 巨大な杉が、悲鳴のように軋み、周りの樹々に梢を打ちつけ、枝同士をこすれさせながら、騒々しく音を立てて緩慢に倒れていく。

 その倒れる幹に向かって、碧は飛ぶ。

 大木の中ほどを切断し、倒れゆく幹を先端に向かって走って、また切断する。

 分割された杉は空中でみっつに分離し、それぞれがほとんど同時に山肌へと激突する。

 碧は、地面に着地し、休む間もなくまた走り出す。

 そして、また木を斬り倒す。

 果心居士は云った。

 ――暁星丸に埋め込まれている宝石は、魂魄石という。その石は魂の力が物質化したものだ。それが発する霊気は、通常、人間ではあやつれぬ。ばかりか、使い方を誤れば、持ち主の身体を蝕む毒となるであろう。その魂魄石の力を最大限に引き出すには、使用者が、石の持つ霊気の波長と自らの体内に流れる波長を同期させねばならぬ。それは、魂の波長、心の波長、肉体の波長。滝行をさせたのは、お前の魂と心と身体の波長を魂魄石に近づけるためだ。霊山御在所岳から湧き出し流れ出た流水は、水そのものが霊気を含んでいる。その霊気により、お前の魂の律動(リズム)を魂魄石の波長に近づけるための修練だ。そうして得た旋律(メロディー)を忘れるな。

 三日も滝に打たれ続け、庵で一晩熱にうなされ、翌朝目覚めると居士は容赦なく、こんなことを云ったのだった。

 ――忘れぬために、これより山中を走れ。走って手当たりしだいに、大木を斬れ。そうして、あの時岩を斬ったあの感覚をお前の身体に覚えさせろ。魂の波長と肉体の波長を同期させるのじゃ。さあ行け。斬って、斬って、斬りまくれっ!

 そしてもう、三日たつ。

 しかし、今度の修行は日中のみで、陽が落ちれば庵で眠ることをゆるされた。なんでも、眠っている時に、修行で会得した旋律の律動(メロディーのリズム)が、身体と魂に定着するのだという。

 確かに、旋律の律動なるよくわからない魂の波長が、魂魄石の波長と同調してきたのだろう。不思議なほどたやすく大木を斬り倒せた。まるで紙の筒を切断するように、手ごたえすらほとんどなく斬れる。

 だが、斬れないこともある。

 ふとなにか、鳥や動物に意識を奪われた時とか、亡き加瀬又左衛門を思って悲痛に襲われた時とか、花神の顔が不意に頭をよぎって憎しみがこみ上げた瞬間とか、そんな時は、暁星丸は樹皮すら傷つけることもできず、そればかりか、岩を鉄棒で殴った時のように、腕が痺れるほどの衝撃とともに弾きかえされるのだった。

 そんな時はきまって果心居士の声が耳のすぐ近くで聞こえるのだ。

 ――どうした、もう一度滝に打たれたいか?

 まるで、居士が碧の背中に張りついてでもいるように、本当に耳元で囁くような声が聞こえるのだった。

 碧は身震いし、恐怖に追い立てられるように、また走り出す。走りながら心を落ち着かせ、無心になり、小太刀を振るう。

 もうこれまで、何十本の大木を斬ってきただろう。まったく数えきれないほど、碧は斬ってきた。

 そして、今、碧の体内に、なにか得体のしれない脈動が生じていることに、ふと気が付いた。なにか身体の中を温かいものが駆け巡るような、血脈を流れる血の流動が感覚でわかるような、不思議な体感だった。

 ――これが、魂、心、身体の、旋律の律動というものだろうか。

 碧の目の前に、巨樹が現れた。

 樹齢何百年かわからぬほどの杉の巨樹であった。もはや神樹と云っていい。

 周囲の樹々を睥睨するようにずぬけて(そび)え立ち、その幹の幅が一間はあろうかというその神樹は、彼女がこの三日間、何度も斬ろうと挑戦し続け、だが、ついぞ、一寸の傷すらつけることができずにいた。

 心を無心にし、暁星丸とうまく同調できていると思えた瞬間でも、斬れない。

 それはおそらく、この神樹そのものが長い歳月を経て、いつしか霊力を持ち、強固な霊気の障壁で守られているからだ。

 ――今なら……。

 碧は、神樹に向かって走る。

 駆け抜けつつ、暁星丸を薙いだ。

 その刃が、神樹の幹に吸い込まれるように喰いこんでいき、そして彼女の駆けるとともに、すっと切断された。

 碧は脚をとめ、羽ばたくように宙に舞いあがった。

 一閃、二閃、三閃……。

 上昇するとともに、いくども刃風を走らせる。

 碧の身体が神樹の先端から飛び抜けた時、斬られた幹が、切断角度に合わせて、右に左にばらばらと重々しく、大地を震動させながら崩れ落ちていった。

 樹齢数百年の巨樹の命脈が、絶たれた瞬間であった。

 そして、碧の旋律の律動と魂魄石の波長が重なった瞬間であった。


 この時、庵の脇で、(くずお)れてゆく神樹を眺めながら、果心居士はあきれたようにつぶやいた。

「山の間伐ついでにやらせたに、あれではやりすぎじゃ」

 視界いっぱいに広がる樹海は隙間だらけになって、もう山肌がすけて見えている。

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