九之二十四
台の上にいた真聖神惶教の人々は北と南の両端に分かれてかたまって、右往左往している者もいたし、ただ怯えて居竦んでいるものもいた。なかには逃げようとして脚をすべらせて下へ転げ落ちるものさえあった。
「うろたえるな皆の者」マホシヒコはまったく動揺する気配もみせないで、堂々とした態度で語りかけた。「怖れることはない、案ずることはない。我らには剣技無双のカヌタヒトがいる、妖獣使いのヒナメがいる。そして我も皆を守ろう!」
彼の言葉は自信で満ちていた。仲間に対する絶対的な信頼のあらわれであろう。そして同時に手にする槍につけられた魂魄石の絶大な力に酔ってでもいるようだった。
確かに彼はその魂魄石の力を、今、肌身を通して感じとっていた。これまでわずかずつ吸い取ってきた魂とは断然違う、信者たちの大量の霊魂を吸って、云いようもないほどの絶大な霊力を蓄積している。霊魂を吸い取りながら神の依代たるあぐり姫に送っているが、それでも石の宿すエネルギーは膨大だ。
マホシヒコは内心で嗤っていた。
人を凌駕する力を手に入れた者の、傲慢で無情な嗤いであった。
「あせるでない、ばかもの」
跳ね飛ばされて出戻ってきた碧に、後ろから鬼巌坊が云った。
「では、どうすればよかったとおっしゃる?」
むっとして碧は返した。
「あの姫様の身体を包んでいるあの光が問題だ。あれをどうにかせねば、姫の身体に手はとどくまいて」鬼巌坊が周りにだけ聞こえるていどの声音で、「あのマホシヒコの持っている三つ叉の槍な、あれをなんとかせい」
「なんとかせいと云われましても」
「碧、おぬしはこのまま殃狗を相手せい。わしと嵐であの長巻の男を相手する。そうしてやつらの気をひきつけているあいだに、鶫がこっそりと忍び寄ってマホシヒコを斬れ」
「簡単にいわないでよ」話を勝手に進められて、鶫はふてくされている。
「マホシヒコの吸収する信者たちの魂の流れをとめさえすれば、あとはなんとかなるじゃろう」
――なれなれしい男だ。
と碧は思った。話には聞いていたが、彼の遠慮のなさはずいぶんなものだ。碧と鬼巌坊がこうして言葉をかわすのははじめてなのに、まるで十年来の知己に対するような口ぶりで話しかけてくる。しかも、本来敵なのである。しかし、と思った。彼の意見にも一理ある。
「わかりました」決然と碧は云った。
「しかたねえな」とつぶやいて嵐が構えた。
続けておのおのが飛びだす姿勢をとった。
「それっ!」
碧のかけ声とともに、四人がいっせいに駆けだした。
走り寄る碧に向けて、雷音が飛びかかってきた。そして巨大な口をあけて、上空から押しつぶすように碧に迫ってくる。振り下ろされた前足を、するりと避け、胴の下をくぐり、妖獣のふさふさとした尻尾のところまで回り込んだ。だが碧は彼を無視した。そのまま鞭をふりかぶっているヒナメのふところに近接した。さっと暁星丸を鞘にしまいつつ、ふりおろそうとするヒナメの右手の手首を、力いっぱいつかんだ。そしてすばやくその腕をひねりあげながら背後にまわり、左腕で首をしめあげた。
ヒナメが苦悶の声をもらす。
彼女の耳に口を近づけて、碧は云った。
「命を軽んずる人非人め」
そう冷ややかに云って、碧は右腕に力をこめた。
碧たちは討魔忍だから妖魔の命を奪う。だが、それは人に危害をくわえるから自衛のためにしかたなくするのであって、無駄な殺生はけっしてしてこなかった。だが、このヒナメという女には生命に対するいたわりがない。生きとし生けるものに対する敬意がない。
ヒナメはあらがってもがくが、碧はいっそう腕をひねりあげ首を締め付けていく。
やがて、喉の奥でうなったあと、彼女は動かなくなった。口からは白い泡をぶくぶくと吹きだして。
その身体を床に寝かせると、碧は、
「安心して、気を失っているだけよ」
と雷音を静かにみつめて、
「どうする?」
と問うた。碧の問いかけに、雷音はうめき、とまどっている。
「これ以上、この非情な女につくす必要はないでしょう。姫様を守ってあげて」
雷音は惑いを振り払うように首を幾度か振った。そうして大きな身体をくるりとまわして、姫のもとへと歩いていった。




