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久遠の輪廻 ―アオイ妖忍伝―  作者: 優木悠
第一章 地獄恋歌

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一之十

 波も風も穏やかで、海鳥が優雅に空を舞っている。磯の香りも波の音も、山国育ちの碧たちにとっては、新鮮な、さわやかな潤いを心にあたえてくれるのであった。

 こんな時でなければ……。

 碧たちの行く手には、朝日を背に黒々とした影を海面におとす、巨大なガレオン船があった。

 嵐が櫓をあやつる小舟で近づいていくと、その威容が肌で感じられるようで、碧は鳥肌が立った。

 全長は十六、七間(三十メートル)、高さと幅は八間ちょっと(十五メートル)であろうか。陽に焼かれ、潮風に晒されて、木地は黒ずみ、塗装は剥げて白くくすんで。

 海岸で見た時もずいぶん大きいと思ったが、至近まで迫ると息を呑むほどの――まるで城が海に浮いているような威圧感であった。

 それが岩礁に乗り上げて、じっと腰を据えたように、波にも風にも潮の干満にも、まるで動じない。見たところ、喫水線のあたりに亀裂があって、そこから浸水しているようだった。それでも、

 ――沈みもしなければ倒れもしない。

 と見張りの侍は云っていた。たしかに、と碧は思う。

 ――たしかに、この船自体がもののけなのかもしれない。

 これまでずいぶん妖鬼と対峙してきたが、それでもなにか怖気(おぞけ)がたつような気持ちだった。

 その碧の心情を察したように、嵐が、

「こりゃ、まるで化け物だな、おい」

 驚嘆するような声音で云うのだった。

 船端(ふなばた)の中ほどには、縄梯子がおろされていた。一見して外国製だとわかる造りなので、最初からおりていたのか、探索の者がおろしたのか。

 そこに小舟をよせると、碧、鶫、嵐と続けて、するりと梯子をのぼって甲板に降り立った。

 見回したが人の影はない。人のいる気配すらまるでない。

 耳に届く波の音が、かえって船上を満たす静寂を深めているようであった。

 マストに張られた帆は、破れたり垂れさがったりしているし、あちらこちらに伸びる無数の綱も切れたりからんだりして、無残な印象をあたえていた。

 ――さて、どうしたものか。

 船の前後にある楼に入る扉は開いたままで、その中に暗黒が広がり、もののけが口を開けて、どうぞ入ってこいと誘いかけているようだった。

「誰っ!?」

 鶫の突然の叫声に、碧がふりむく。

 と、マストの付け根に、三人の人影があった。

 いつの間に、いずこから現れたのか。足音も、息づかいすらも感じさせず。

 神経を研ぎ澄まして警戒意識の網を張り巡らしていた碧たちが、まったくその気配を察することができなかった。

 その三人は、柿渋色の忍装束に身を包んでいる。

 覆面で頭部をおおっていて、人物は特定できないが、

「あなたたち、藤林の……?」

 彼らと間近にいて、先に派遣された忍たちだとすぐさま認識した鶫が声をかけ、安堵したように、

「よかった、生きていらしたのですね」

 云った刹那だった。

 忍の三人が腰の刀を抜きつつ、ぱっと散開して、碧たちを取り囲んだ。

 あっと思った時には、すでにその三人は、こちらに向かって斬り込んできた。

 碧は忍刀を、鶫は短刀を抜き合わせ、嵐は鉄籠手で攻撃を防御した。

 碧はぎりぎりと凄まじい膂力で押してくる刀をすべらせるようにして、なんとかいなした。

 鶫は後方に飛んで船首楼の上に逃避し、嵐は強引に殴り飛ばして距離をとった。

「おちつけ、お前らっ。あたしたちは仲間だっ!」

 訴えるように叫ぶ嵐の声は、しかし、風に吹き流れたように黙殺された。

 忍たちはすぐさま、ふたたび襲いかかってきた。

 碧は斬撃をはじいた、だがすぐに次撃が襲う。はじく、はじく、はじく。間断のない攻撃を、碧は防御し続けた。

 嵐は相手の腕をつかんで組み合うようにして膠着していた。

 船首楼上の鶫は、追ってきた忍の攻撃を、飛び跳ねて躱し続ける。

 上段から振りおろされた刀を、碧はからくも鍔元で受け止めた。

 相手はそのままぐいぐいと押してくる。

 碧は押されて退く。

 やがて背に、船首楼の壁が当たった。

 彼女のその背筋に、ぞっとおぞけが走った。

 その男の眼が、異常だった。

 生気がなく、人としての感情が微塵も感じられない、光を宿さない無機質な瞳。

「あなた、お願い、眼を醒ましてっ!」

 碧は悲痛な声音で叫ぶ。

 と、声に反応したように、ふと押してくる力がゆるんだようだった。

 碧は、ふたたびその男の眼をみた。

 男の瞳が、ちらとまたたく。

「あ、あ、おい、さま……」

 絞り出すような、うめくような声を男がだした。

 碧は、片手を伸ばして、さっと男の覆面を剥ぎとった。

 彼女の見知った顔がそこにあった。

「庄一郎どの!?」

 碧は瞠目した。長門のもっとも信頼する部下のひとりで、彼女が実の兄のように慕っていた男だった。のみならず、一時は彼を碧の夫に、という話がでるほど昵懇の仲だった。

「こ……、せ……」

「え?」

「殺せ、今すぐ殺せっ!」

「何を、庄一郎どの、何を云う!?」

「まだ俺が正気のうちに……、今のうち、に」

 そう云いながらも、庄一郎は刀を押す腕の力を抜こうとはしなかった。

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