第33話 重すぎる誓いと、変質する本能
仲直りした後に三人で囲んだ食事は、朝飯というにはあまりにも遅かった。
テーブルに並んだのは、バルハが気を利かせて用意してくれた温かい料理の数々。
食欲がない、そう思っていたのに、セルガとナツカが競うように皿を渡してくるものだから、気がついたら完食していた。
「……なんで二人して、そんなに嬉しそうなんだ」
「だってお前、朝飯断ったんだろ? 腹減ってたくせにー」
ナツカが勝ち誇ったように笑い、セルガは何も言わずにただ満足げに顎を引いた。
その顔があまりにも子供っぽくて、俺は小さく息を吐いた。
ため息のつもりだったが、うまくいかずに思わず笑いが混じった。
「……ありがとな」
小さく、ほとんど独り言のような声だったが、二人にはちゃんと届いたようだった。
食後、セルガがエルミナを呼んだ。
俺とセルガの間に起きている『魔力の同調』について、改めて説明してもらうためだ。
エルミナは申し訳なさそうに謝罪してきたが、それを咎める気にはなれなかった。
「昨夜、夢が悪夢に変質したのはお互いの間に物理的な距離が開いたせいでしょう。今のコノエ様の魔力は、陛下の魔力を軸に保っている状態です。軸を失いバランスを崩した結果、心が乱れて悪夢という形で現れた……と考えられます。そして陛下の魔力を調合した香油のおかげで一時的に建て直せた、と」
淡々とした口調の中に、ようやく説明できることへの安堵が滲んでいた。
「……つまり、セルガが近くにいれば安定するってことか」
「簡単に言えば、そういうことです」
エルミナは小さく頷き、続けた。
「完全に安定するには紋章を完全に消し去る事が求められます。なので今すぐにどうこうは……ただ、同調そのものは悪いものではありません。陛下の魔力はコノエ様の魔力回路を支えるように働いている。むしろ今のコノエ様にとっては、安定剤のような役割を果たしています」
セルガは少し苦しそうに顔を歪め、俺の手をそっと取った。
「……悪いな。すぐに切ってやれなくて……繋がっている以上はこれからもお前の過去を覗くことになるだろう。だけどもう嘘はつかないし隠し事もしない。お前がまた不安になった時、今度は傍で俺が支える。ずっと傍でお前の心を守るって……約束する」
一息置いて、自分の言葉の重さに気づいたのかセルガが苦く笑った。
「……これじゃまた、対等じゃねぇのか。でも、守りたいって気持ちだけは譲れねぇな」
あまりにも真っ直ぐで、重すぎる誓いだった。
魔王という自分の立場も体裁も、何もかも度外視した青臭いセリフを大真面目に言うものだから、俺はどう返したものか少し困って視線を彷徨わせた。
「……なんかプロポーズみたいになってるぞ」
茶化すことでそれを流しながら、可笑しそうに小さく笑う。
「まぁ……隠し事をしないなら、俺は庇護下にある身だ。多少くらいは聞いてやるよ」
「プロポーズか……もしそうだと言ったら、お前はどうするんだろうな」
セルガが小さく呟いた一言は、聞こえなかったふりをした。
部屋の隅でずっと黙って見守っていたエルミナが、静かに立ち上がる。
その瞳には穏やかな安堵と、それ以上は踏み込まない医師としての分別があった。
「では、私はこれで。また経過を確認しに参ります」
丁寧に一礼して、エルミナは部屋を後にした。
◇
エルミナを見送り、三人で連れ立って廊下を歩いていると、俺たちを心配していただろうライゼルがこちらへやってきた。
彼は俺たちの様子を一瞥すると、眼鏡の奥の瞳をわずかに和らげる。
「仲直りしたようだな、コノエ」
「あぁ、ライゼルにも心配かけたね」
そう言うとライゼルは「俺は職務を果たしただけだ」とどこか照れ臭そうに顔を背けた。
そのやり取りを見ていたセルガとナツカが、お互い顔を見合わせる。
そして思った疑問をそのまま率直にセルガが尋ねてきた。
「おい……。お前ら、たった一日で随分と仲良くなったみたいだな」
「あぁ、ライゼルに頼んで森で色んな素材を採ってきたし……」
そこまで言うと、セルガの顔が訝しげに歪んだ。
「森……だと?ライゼル、どういう事だ。俺は外出の許可を出した覚えはないぞ」
すぐさまセルガがライゼルに詰め寄る。
だがその頃には、俺の頭は別のことで埋まり始めていた。
「……コノエ、どうした?」
黙り込んだ俺を見て、ナツカが不思議そうに、それでいて少し心配そうな声で聞いてくる。
だが自分の世界に入り込んでしまった俺には、もうその声が届かなかった。
「……今なら、あの実……もっと何かが分かる気がする……」
俺はその場で『魔装庫』を開き、昨日手に入れた銀の実を取り出した。
初めて魔装庫を目にしたナツカが、小さく「おぉ……」と驚きの声を漏らしている。
だがその声も、もはや遠い。
本能に導かれるまま動いている、そんな感覚だった。
一口、銀の実を食べる。
その瞬間。
脳裏に数式のような情報が奔流となって流れ込んできた。
比重や熱の巡り、甘みの核となる部分と不要な澱。
それらが、感覚として一瞬で理解できた。
かつて地獄のような戦場で敵の鎧の隙間を見抜き、最短距離で心臓を貫くために働いていた《生存本能》。
あの"直感"と、全く同じ感覚だった。
――だが。
今、導き出された答えは殺戮の作法ではない。
『――銀の実を破砕し、魔力伝導率の高い軟水で煮出せ。液温が八十二度に達した瞬間に攪拌を止めよ。残るは、至純の甘みの結晶なり』
それはこの世界には存在しないはずの、精糖法の断片だった。
呪いのように作動し続けてきた能力が、この瞬間から変質していく。
俺が求める居場所――『食』のための知恵へと。
その事実に、胸の奥から静かな感動がせり上がった。
俺は弾かれたように立ち上がる。
「これなら、きっと作れる」
銀の実を握りしめ、周りの静止を聞かずに走り出した。
目指すのは、城の厨房。
そこにはきっと、今俺が必要としている答えの続きがあるはずだった。
ご一読いただき、ありがとうございます。
完結まで走り抜けられるよう、一話一話大切に更新してまいります。
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