73話 惨状の村
「……?」
異様な匂いがする。
「村やな」
それにしては静かすぎる。
「ひどい……」
壊れた鍋や散乱した食料が、逃げる暇すらなかった暮らしを物語る。広場には倒れた荷車が横たわり、その傍らには、互いをかばうように折り重なった家族の亡骸が残されていた。
「!」
母親は最後まで幼い子を抱き締め、その腕は死後もほどけることがなかった。
「襲撃されたんか」
LJがモールからでてきて珍しく神妙な顔をした。
「そのようね」
ヴァレリが冷たく平然と返した。
「敵はみあたりません」
見回りに行ったヴァレリの僕の一人が言った。
「そう」
「どうして−−」
鈴凛は母親と男の子の遺体を前に動けなくなってしまった。
「別に珍しいことじゃないわ。これがアフリカの現実」
ヴァレリが冷たく言った。
「それは」
鈴凛もどこかで知っていた。アフリカでは内戦があって、苦しんでいる人々がいる。
でもどこかその情報は鈴凛の世界からは遠かった。
「……」
村の入り口には死体が磔にされていた。
それは十字架のような磔というよりも、恐怖を植え付けるための残虐な誇示であり、生き残った者への警告だった。風が吹くたび、焦げた枝葉とともに縄がかすかに軋み、その音だけが静寂を裂いている。
これが人間の仕業なのか—
「……」
鈴凛は何度も見た世界の絶望をただ見ているしかなかった。
「これが人間の本性なの……?」
鈴凛は呆然と呟いた。
人間が自分の利益のために、他の人間を殺す。
それを見せしめに酷い状態で磔にする。
「それとも十二宮が悪いの……?」
鈴凛はどこかでそれを願っていた。
誰か悪いやつを倒せばこんなことが終わる、それならどんなにいいだろうか。
風が吹くたび、焼け焦げた木材がぱちりと音を立てる。
倒れた家々。
砕けた食器。
地面に転がる玩具。
そして、その間に横たわる人々。
鈴凛は立ち尽くしていた。
老人。
母親。
まだ小さな子ども。
つい数時間前まで生きていたはずの命が、そこにはあった。
「……こんなの」
声が震えた。
「こんなの、あんまりだ」
そのときだった。
「!」
アルマが犬のように死んだ村の中へかけていく。
「アルマ……?」
アルマがゆっくりと死者たちの間を歩き匂いを嗅ぎ始めた。
鈴凛は顔を上げる。
「アルマ?」
返事はない。
夢中でアルマは死者たちをかぎまわり、一人の老人の傍らに膝をついた。
「!」
そして静かに地面へ触れる。
「……?」
ヴァレリは静かに見守っている。
「なにして」
LJが声をあげようとすると、ヴァレリがどついた。
「sit」
ざわり、と草が揺れた。
土の中から細い根が伸びる。
「!」
老人の指先を包み込むように。
アルマが天を見上げ、鳥のような高らかな声をあげた。
「……?」
続いて犬のような声や猿のような声もあげた。
「?!」
やがて空から鳥が降りてきた。
「え……?」
森の奥から小動物たちが姿を現す。
虫たちが集まり始める。
鈴凛の顔から血の気が引いた。
「なに……こ」
「!?」
一羽の鳥が、亡骸の肩へ降り立つ。
小さな獣が鈴凛たちの足元を横切る。
「ひ」
根はゆっくりと、まるで抱きしめるように身体を覆っていく。
「やめて……」
鈴凛は嫌な予感がした。
虫や鳥たちは死者たちに重なりあっていった。
「やめて!」
鈴凛の叫びが森に響いた。
「そんなことをしないで」
「やめてアルマ!」
走り出そうとするのをヴァレリが止めた。
「やめなさい」
アルマが鈴凛を振り返る。
「でも」
黄金の瞳が、静かに鈴凛を見つめていた。
そして、短く言った。
「イノチ」
風が吹く。
草が揺れる。
遠くで鳥が鳴く。
「やめて……」
鈴凛はヴァレリにすがりつくように座り込んでしまった。
「イノチ」
母親と男の子の遺体の足の骨がみえた。
「メグリかえる」
アルマは静かに言う。
「!」
鈴凛の脳裏に、ジャックの顔が浮かぶ。
笑っていた顔。
怒っていた顔。
眠っていた顔。
もう二度と会えない顔。
胸が痛んだ。
「……それでも」
鈴凛の声が震える。
「死ぬははじまり」
アルマは空を見上げた。
木々の隙間から光が差している。
「はじまり……?」
鈴凛は顔を上げる。
アルマの体が大きくなり、角が伸びて、立髪が煌めいた。
「ああしてアルマは死を、穢レを食べているのよ」
「穢レを食べる……?」
「こういう死体は強い憎しみや未練をともなったまま、生死原理の記号化された帰納的集合に帰れないことがある。知ってるでしょ? ここではそれが日常茶飯事。アルマはそれを糧にしてる」
「酷い死。速すぎる死。それが日常なのよ」
「どうしてこんなことが−−」
「彼らのせいだけじゃない。誰かが武器を持ち込んだからでしょ?」
ヴァレリの目が瞬いた。それはきとラムジーやマリオを指しているのだろう。
「……」
死体たちは動物や虫たちが綺麗にたいらげていってしまう。
鈴凛は思わず顔を背けた。
「アルマを生み出したのは、きっとこの美しい大自然じゃない」
ヴァレリがぽつりと言った。
「……?」
「ここにいる人間たちの終わらない憎しみの応酬ね」
「……!」
「世界はバランスを壊した時、どこかにその歪みを調整するものを加える」
「……ヴァレリ?」
ヴァレリはどこか遠い目をした。
その時、アルマの咆哮が響く。
「あのままじゃ穢レが強くなりすぎて、あの子はいずれ人じゃなくなるかもしれない」
「!?」
「そんな……」
「本当に化け物になるのかもしれない」
「!!?」
近づくヘリの音がした。
反射的に身を伏せる。
次の瞬間、低く唸るようなエンジン音と共に、黒い装甲車両が木々をなぎ倒しながら現れた。




