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八百万の果て  作者: 三雲にに
真偽ノ甘噛(世界編)
214/214

73話 惨状の村

「……?」

異様な匂いがする。

「村やな」

それにしては静かすぎる。

「ひどい……」

壊れた鍋や散乱した食料が、逃げる暇すらなかった暮らしを物語る。広場には倒れた荷車が横たわり、その傍らには、互いをかばうように折り重なった家族の亡骸が残されていた。

「!」

母親は最後まで幼い子を抱き締め、その腕は死後もほどけることがなかった。

「襲撃されたんか」

LJがモールからでてきて珍しく神妙な顔をした。

「そのようね」

ヴァレリが冷たく平然と返した。

「敵はみあたりません」

見回りに行ったヴァレリの僕の一人が言った。

「そう」

「どうして−−」

鈴凛は母親と男の子の遺体を前に動けなくなってしまった。

「別に珍しいことじゃないわ。これがアフリカの現実」

ヴァレリが冷たく言った。

「それは」

鈴凛もどこかで知っていた。アフリカでは内戦があって、苦しんでいる人々がいる。

でもどこかその情報は鈴凛の世界からは遠かった。

「……」

村の入り口には死体が磔にされていた。

それは十字架のような磔というよりも、恐怖を植え付けるための残虐な誇示であり、生き残った者への警告だった。風が吹くたび、焦げた枝葉とともに縄がかすかに軋み、その音だけが静寂を裂いている。

これが人間の仕業なのか—

「……」

鈴凛は何度も見た世界の絶望をただ見ているしかなかった。

「これが人間の本性なの……?」

鈴凛は呆然と呟いた。

人間が自分の利益のために、他の人間を殺す。

それを見せしめに酷い状態で磔にする。

「それとも十二宮が悪いの……?」

鈴凛はどこかでそれを願っていた。

誰か悪いやつを倒せばこんなことが終わる、それならどんなにいいだろうか。

風が吹くたび、焼け焦げた木材がぱちりと音を立てる。

倒れた家々。

砕けた食器。

地面に転がる玩具。

そして、その間に横たわる人々。

鈴凛は立ち尽くしていた。


老人。

母親。

まだ小さな子ども。

つい数時間前まで生きていたはずの命が、そこにはあった。


「……こんなの」

声が震えた。

「こんなの、あんまりだ」

そのときだった。

「!」

アルマが犬のように死んだ村の中へかけていく。

「アルマ……?」

アルマがゆっくりと死者たちの間を歩き匂いを嗅ぎ始めた。

鈴凛は顔を上げる。

「アルマ?」

返事はない。

夢中でアルマは死者たちをかぎまわり、一人の老人の傍らに膝をついた。

「!」

そして静かに地面へ触れる。

「……?」

ヴァレリは静かに見守っている。

「なにして」

LJが声をあげようとすると、ヴァレリがどついた。

「sit」

ざわり、と草が揺れた。

土の中から細い根が伸びる。

「!」

老人の指先を包み込むように。

アルマが天を見上げ、鳥のような高らかな声をあげた。

「……?」

続いて犬のような声や猿のような声もあげた。

「?!」

やがて空から鳥が降りてきた。

「え……?」

森の奥から小動物たちが姿を現す。

虫たちが集まり始める。

鈴凛の顔から血の気が引いた。

「なに……こ」

「!?」

一羽の鳥が、亡骸の肩へ降り立つ。

小さな獣が鈴凛たちの足元を横切る。

「ひ」

根はゆっくりと、まるで抱きしめるように身体を覆っていく。

「やめて……」

鈴凛は嫌な予感がした。

虫や鳥たちは死者たちに重なりあっていった。

「やめて!」

鈴凛の叫びが森に響いた。

「そんなことをしないで」

「やめてアルマ!」

走り出そうとするのをヴァレリが止めた。

「やめなさい」

アルマが鈴凛を振り返る。

「でも」

黄金の瞳が、静かに鈴凛を見つめていた。

そして、短く言った。

「イノチ」

風が吹く。

草が揺れる。

遠くで鳥が鳴く。

「やめて……」

鈴凛はヴァレリにすがりつくように座り込んでしまった。

「イノチ」

母親と男の子の遺体の足の骨がみえた。

「メグリかえる」

アルマは静かに言う。

「!」

鈴凛の脳裏に、ジャックの顔が浮かぶ。

笑っていた顔。

怒っていた顔。

眠っていた顔。

もう二度と会えない顔。

胸が痛んだ。

「……それでも」

鈴凛の声が震える。

「死ぬははじまり」

アルマは空を見上げた。

木々の隙間から光が差している。

「はじまり……?」

鈴凛は顔を上げる。

アルマの体が大きくなり、角が伸びて、立髪が煌めいた。

「ああしてアルマは死を、穢レを食べているのよ」

「穢レを食べる……?」

「こういう死体は強い憎しみや未練をともなったまま、生死原理の記号化された帰納的集合に帰れないことがある。知ってるでしょ? ここではそれが日常茶飯事。アルマはそれを糧にしてる」

「酷い死。速すぎる死。それが日常なのよ」

「どうしてこんなことが−−」

「彼らのせいだけじゃない。誰かが武器を持ち込んだからでしょ?」

ヴァレリの目が瞬いた。それはきとラムジーやマリオを指しているのだろう。

「……」

死体たちは動物や虫たちが綺麗にたいらげていってしまう。

鈴凛は思わず顔を背けた。

「アルマを生み出したのは、きっとこの美しい大自然じゃない」

ヴァレリがぽつりと言った。

「……?」

「ここにいる人間たちの終わらない憎しみの応酬ね」

「……!」

「世界はバランスを壊した時、どこかにその歪みを調整するものを加える」

「……ヴァレリ?」

ヴァレリはどこか遠い目をした。

その時、アルマの咆哮が響く。

「あのままじゃ穢レが強くなりすぎて、あの子はいずれ人じゃなくなるかもしれない」

「!?」

「そんな……」

「本当に化け物になるのかもしれない」

「!!?」

近づくヘリの音がした。

反射的に身を伏せる。

次の瞬間、低く唸るようなエンジン音と共に、黒い装甲車両が木々をなぎ倒しながら現れた。


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