第七話 変化
この日、俺は一日中、高宮に会わないように気をつけていたつもりだ。
昼休み以外はほとんど教室からでなかったし、ギャルと思われる女子を遠くから見つければ、奴らの視界に入る前に隠れるようにした。
そのお陰か、今日は高宮にも会ってはいない。
昼休みのことがあって、今日の放課後は大人しく家に帰ることにした。
あれから平安が『作戦を練っておかないと!』と言い、それまでしばらくの間は心霊スポットへは行くなと釘を刺された。
……さすがに、今日は行く気力もないし。でも、家帰ってもやることねぇしなぁ。弟のゲームの相手させられるのが目に見えてるし。
ノロノロと自転車置き場まで向かう。みんなまだ部活動をしている時間なので、自転車は奥までみっちりと停められていた。
今日ほど、うちの部活があれば良かったのになと思う日はない。うちの物理部はほとんどが幽霊部員だし、活動も週一あるかないかなのだ。
……今から顧問に言って、物理室くらい借りようか? 道具もそろっているし、簡単な基板くらいは作っていけるかなぁ。
心霊スポットへは行かないが、大人しく家に帰るのも面白くないと感じ、自転車のところまで行く前に引き返そうとした。
その時、自分の自転車のところに、誰かが立っているのが見えた。
ん? あれ、俺の自転車じゃん。あの子何やってんの?
一番奥に停めていた俺の自転車の横に立っていたのは女子だ。
肩までの真っ黒な髪の毛、着ているコートも黒で質素なデザイン、後ろ姿なのに『地味』だと思わせる雰囲気が漂う。俺の知り合いにあんな感じの女子はいないはずだ。
しかし、その子が持っているカバンに見覚えがあった。
普通の紺のナイロンのバッグなのだが、まるで親の仇のように、表面にはビッシリと個性的な絵柄の缶バッジが取り付けられ、カバンのあちこちにはクレーンゲームで取ったようなぬいぐるみもぶら下がっている
本人の雰囲気からは想像も出来ないような派手なカバン。
それを認識した途端、その子が高宮であると確信した。
慌ててすぐ近くの植え込みに隠れる。
幸いなことに、高宮は近くまで来ていた俺には気付いていないようだった。
本当なら今すぐに自転車置き場から出ればいいのだが、完全に動揺した俺が一番奥から出口まで、静かにスマートに脱出できるかと聞かれるとそれが難しい。情けないことに腰が抜けかかり、膝が震えているのだ。
ここを抜け出すなら、他に自転車を取りにきた奴らに紛れて出ていく! 独り無理! 絶対無理!!
盗聴器を発見して依頼、俺は高宮に底知れぬ恐怖を感じるようになってしまった。
…………ひとの自転車の前で何やってんだよあいつ!! ギャルの格好はどうした!? あんな普通の女子みたいな格好、すぐに分からなかったじゃ――――――
ある考えに至って身体が強ばる。
今日、俺は高宮に会っていないと思っていた。でも、いつもと違う地味な姿をされていたら、遠くにいたりしたらすれ違っても分からないんじゃないか?
つまり…………今日一日、高宮が俺を見ていた可能性は高いのではないだろうか?
俺が、あいつを避けているとわかっているとしたら、地味な姿で、物陰からこっそりと…………
その時、高宮の方からブツブツと何か言っているのが聞こえた。全体的に同じ間隔とリズムで言っている。たぶん、同じことを繰り返し言っているのだと思う。
「…………くん、な…………あんなんか…………」
よくよく耳をすますと、それはとんでもない言葉だった。
「…………シロくん、なんで平安なんかと一緒にいたの? 付き合うフリって何よ?」
ヒュッと息がつまった。
――――なっ!? 昼休みのこと、見られてた!? 平安との話も聞かれてる!?
昼休み、チャイムと共にたまらなくなって教室を出た。校舎から出た時はかなり速足だったはず。
裏庭まで行く前後、誰かに会ったり後ろをついてこられることもなかったように思う。
いつだ…………地味な格好で気付かなくても、俺が教室を出たあたりからついてこないと、裏庭なんて特定される確率は低いんじゃないのか。
教室の前で見張ってた?
…………いや不可能だ。
まさか!? と思って俺は制服をあちこち触る。
もしかして、盗聴器がなんかをまた仕掛けてきたのかと思ったからだ。
昼休みはリュックも何も持たずに裏庭にいたから、仕掛けられるとしたら衣服しかない。
「…………?」
上着の内ポケットに何かが入っている。そっと取り出すと、それはリュックに入れたと思っていたスピリットボックスだった。
…………あれ? 俺、朝からリュックに入れたままにしておいたと思ってたのに?
疑問に思っていると、自転車置き場に集団の賑やかな声が聞こえてきた。五、六人のグループが自転車を取りに来たようだ。
ガヤガヤとかなり大きな声。これに紛れて自転車置き場から出れば、後ろを向いている高宮に気付かれずにその場から立ちされる。
こうなったら、今日は自転車は置いて帰ろう!
スピリットボックスを内ポケットに入れ、高宮がまだ後ろを向いているのを確認して通路に飛び出す。高宮と俺との間に集団を挟めるようにして距離をとると、一気に敷地から走って抜け出した。
よしっ!! 見つからなかった!!
校門を抜けて、駅のある大通りまで息の続く限り走る。
駅へ着くと、ちょうど家に帰る路線のバスが到着しているところだった。
もしかしたら高宮が追ってくるかも……という不安があったが、周りにはそれらしい人影は見当たらない。
到着後、バスは数分で発車して駅から遠ざかった。
乗客の中にも高宮らしい奴はいないのを確認する。
「逃げられた…………はぁああ~……」
奥の席に隠れるように腰掛け、バスの出発に心から安堵した。
シャー…………ザザザ…………
「え?」
懐から不意に、スピリットボックスの音が聴こえる。
シャー…………『ニガサ、ナイ』…………ザー……
無機質な機械音が、耳に突き刺さった。
…………………………
………………
『高宮? いや、あいつは今日は学校休んでたぞ。教室にいなかったからな』
「休み?」
『うん。あいつあんなんでも、学校だけは真面目に来てたんだけどな。珍しーってみんな噂してたよ』
「…………そうか。わかった、ありがとう」
『え? あ、あぁ…………』
腑に落ちないような声色の田村だったが、簡単な要件だけを聞いてきた俺に特に何も聞かずに電話を切った。
自室。
机の灯りだけをつけてベッドに寝転ぶ。
スマホを見詰め、今度は平安に電話を掛けた。
「…………あ、もしもし。平安、夜遅くにすまん。今大丈夫か?」
『ん? どうしたの、なんかあった?』
「あのさ…………やっぱり、彼女のフリとかしなくていいわ。お前も大変だしさ」
『えっ? 何、ジョーモン? 何言って…………』
「いいんだ。元はと言えば、俺が油断してたのが悪い。だから気にすんなよ。ありがとな…………じゃ」
『ちょっと、待っ…………』
トン。
画面の『切る』を押して、ベッドから身体を起こした。
そう、元はと言えば俺が余計なことをしたからだ。
机の上、スタンドランプの灯りに照らされた、確認のために分解されたスピリットボックスを眺める。
これを組み立てるのに、俺は三分も掛からない。
カチャカチャと元々の線を繋げ、小さなくぼみのある位置にネジを締める。最後に電池を入れればできあがり。
あっという間に、自作のスピリットボックスは完成した。いや、本当はとっくに完成し、その検証にも成功しているのだ。
カチ。シャー…………ザザザ…………ザー…………
スイッチを入れて、雑音しか聴こえない箱に向かって話しかける。
「…………次の土曜日、最初に行った廃工場へ同じ時間に行く。これが最後の検証だ。俺は正面から行く! 待っているならそれでもいい、来るなら来い……!!」
シャー…………ザザザ…………ザー…………
ザザザ…………『ウレ……シイ……』…………
「っっっ…………!!」
パチンッ!
電源を切り、しばらく部屋の真ん中で立ち尽くした。
「はぁ……」
今週は忙しいな。明日からのことを考えてため息が出た。まずは情報を集めないと……。
「俺だけでも戦ってやる。こんなこと、続けさせる訳にはいかない」
俺ができることはやる。
誰だって、バッドエンドを迎えるのは嫌なのだから。




