第六話 言ノ葉
土曜日は姉たちと出掛け、日曜日は家から一歩も出ないで過ごした。
家に居たはずなのに、ほとんど眠れずに週明けを迎える。
本当なら、市内にあるという心霊スポットを三ヶ所くらい自転車で巡ろうかと思っていたが、もしもどこかで高宮が待ち伏せなどしていたら? …………と、余計な考えが浮かんでしまい、到底出掛ける気になれなかったのだ。
俺は重い気持ちで自宅を出た。
自転車を漕ぎながら、車だけでなく行き交う人たちにも警戒してしまう。
…………今日は何としても高宮の顔を見たくない。
もしかしたら犯人ではないかもしれないが、盗聴器を仕掛けられたと疑わしい人物に対して、何もない風を装う芸当を俺は持ち合わせていない。
「…………いない……よな?」
いつもよりだいぶ早い時間に登校し、校門の前を見回して安全を確認する。
高宮の姿が見えないことにホッとして、自転車置き場まで猛ダッシュして移動。一番奥の見えにくい位置に隠すように自転車を停めた。
猛ダッシュで靴を履き替え、廊下を競歩並のスピードで通過する。
早いとこ教室に行こう。奴のクラスの前を通らないように、反対側の階段で………………
シャー…………ザー…………
「え?」
突然、リュックに入れていたスピリットボックスが鳴り始めた。
家を出る時は確かに電源を切っておいたはずなのに、スイッチのツマミが『入』に回っている。
「う〜ん…………あとで開けて調べるか……」
ツマミのネジはきつく締めたはずだ。それでも動くなら、中で何か壊れてズレたのか。
スピリットボックスをカタカタと物理的に揺らして、中の部品に割れなどがないか耳で確かめていると、またスイッチが入って雑音がする。
シャー…………ザー…………
「あ、また?」
シャー……『ーーー』……ザザザ…………『ーーー』…………
「………………?」
ザー…………『ドーーー』…………『ーール』……ザー…………『ドコ、ニ……イル』…………
「へ? うわっ…………!」
『何処にいる?』
そう、聴こえたのに気付いて、俺は慌ててツマミを回して電源を切った。
バンッ!
教室の戸を開けてすぐに自分の席へ着く。
挨拶をするクラスメイトの顔もほとんど見ずに、机に突っ伏した。
「城門、おはようー」
「おはよ…………」
「ん? どうしたよ? 具合い悪いのか?」
「いや…………」
何人かのクラスメイトに心配されたが、具合いが悪い訳じゃない。
ドクン、ドクン、と痛いほどに心臓が動いているのを感じる。血の気がサァと引いていく感じは、あの廃工場と一昨日のサービスエリアで経験したものと似ている。
さっきの声、なんなんだよ!? まるで…………誰かが、俺を捜してるみたいな……? いや、霊じゃない! こんな町の中の学校なんて、あちこちに電波が飛んでるし!!
それでも、何処かから誰かに捜されている気がして、机に伏せたまま顔を上げたくなかった。
背中を丸めて極力、身体を縮めながら午前中の授業を受けた。
昼休みになると、俺は弁当など置いてすぐに教室を出て、逃げるように学校の敷地内を人のいない方へ走っていく。
長い昼休みに、高宮が教室にくるのが恐ろしかったのだ。田村は高宮と同じクラスだから、あいつを頼ることもできない。
俺はなるべく周りを見ないように、足元の路の通りに進んでいく。
高宮といい、朝のスピリットボックスといい、先週まで何ともなかったものが怖くてたまらなかった。
…………あれ? ここ、どこだっけ?
無心で歩いて我に返った時には、学校の裏庭らしい場所まで来ていた。
…………こんな所、入学してから来たことねぇな。
古いビニールハウスに、手入れがきちんとされている花壇。小さなキャンプ場のロッジのような建物には『園芸部』と手作りの札が掛けられている。
園芸部か……俺にはあんまり縁がない場所だ。
それでも草花に囲まれた静かな場所は、今の俺が一息つくにはちょうどいい。
花壇の間のタイルの小路を辿っていた時、ビニールハウスの奥の東屋から人の話し声が聞こえた。
東屋のテーブルの席に、三人の女子が座っている。
「………………平安?」
三人のうち一人は平安で、もう一人は三阪さんだった。平安は険しい顔をしており、三阪さんは泣いているようだ。
あと一人は、俺に背を向けて座っているので顔はわからない。
平安と三阪さんはその人物と、何かを真剣に話しているようだった。
「…………………………」
話し掛ける訳にもいかず、何となくボーッと見ていると、平安が俺に気付いて手を振ってきた。その振り方が『こっちに来い』と上下している。
ノロノロと東屋に近付くと、平安はハァ……と深いため息をついて俺を見上げた。
「ジョーモン、ちょうどいい時に来たわ」
「…………えっと…………よう……」
「ほら、ここ座って!」
「あぁ……」
平安が三阪の方に寄ったので、俺は平安ともう一人の間に座る。隣りのその人物を見て、俺は思わず見入って固まってしまった。
まるで日本人形のような、着物が似合いそうな美少女。
俺たちは紺色のブレザーを着ているが、その美少女はライトグレーのブレザーだ。
制服の色が違うので違う学校の生徒かと思ったが、間違いなくうちの学校の生徒だ。
うちの高校は入学した科によって制服の色が違う。
俺や平安の紺のブレザーは『普通科』の生徒。
ライトグレーのブレザーは『医療系進学科』の生徒が着ているものだ。
『医科』と呼ばれるそのクラスには、文字通り将来は医師を目指すような成績エリートばかりが集まっている。つまり、この美少女はそのエリートの一人だということ。
何でそんな子と平安たちがここにいるのか気になるが、三阪さんがさっきから泣いている理由も気になる。
「あの……三阪さん、大丈夫?」
「うぅ、うっ……うっ……」
「ほんと、困ったもんよ…………高宮の奴!」
「えっ!?」
「高宮、先週の心霊スポット巡りの後、ひよりにしつこく嫌がらせするのよ!」
「……嫌がらせ?」
平安が言うには、高宮は何がそんなに気に入らなかったのか、三阪さんに向かって「あんたは霊に取り憑かれてる!」とか、「あんたなんか呪われればいい!」など、怖がりで気の弱い彼女の精神を擦り減らすには十分な言葉を投げ付けているそうだ。
「……あいつ、霊感なんて無いぞ…………たぶん」
「そうなの。だから気にしなくてもいいって思うんだけど、それを一週間毎日、人前で言われるのは、ひよりじゃなくてもキツいわ!」
三阪さんがハンカチで涙を拭って顔を上げた。
「ぐす……小春ちゃんは……中学の時から強気だったけど、そんなに酷いことを言ったりはしなかったの。だけど、先週……あそこに行ったあと、急に私にイライラしているみたいで…………うっ、うぇええ〜……」
再びハンカチを目に押し当て、テーブルに顔を伏せてしまった。
「……まぁ、あたしから見たら、以前もそんなにいい子だったとは思えないけどね。ねぇ、『ことは』。三阪さんのことはどう思う?」
『ことは』と呼ばれた美少女は静かに三阪さんを見詰めると、ぽんぽんと優しく頭を撫で始めた。
「…………三阪さん。たぶん……親戚とか近しい間柄のお姉さんで、あなたを可愛がってくれてて亡くなっている人がいない?」
「へ…………?」
急にそんなことを訊かれた三阪さんは一瞬きょとんとしたが、少し考えたあとに『あ!』と声をあげた。
「……わたしのお母さんの妹。叔母さん……と言っても、二十歳くらいで病気で亡くなってて…………幼稚園の頃、ものすごく可愛がってくれてたの」
そう語った三阪さんの顔がふんわりと穏やかになる。もしかすると、昔の良い思い出が甦ったのかもしれない。
「三阪さんには、その人がいつも味方についているよ。その人がいるから、悪霊とか怖いものは三阪さんには寄ってこない。安心して」
「そう……なの?」
今度は三阪さんの顔が、みるみる晴れやかになっていく。この子の言葉ひとつで、高宮の影は完全に見えなくなった。
そのあとも、平安と美少女は少しずつ三阪さんに前向きな言葉を投げ掛け、彼女の不安を取り除いているように思えた。
俺はその三人の様子を黙って見守る。
午後の予鈴がなる頃には、三阪さんはすっかり立ち直って笑顔で話ができるまでになった。
「五限始まっちゃうね。じゃあ行こうか、ひより」
「あ、ゆかり待って。三阪さんは私が教室まで連れて行くから…………」
同じクラスの平安ではなく、わざわざ『医科』の彼女が三阪さんを送っていくと言うのだ。
「ことは?」
「あのね、ちょっと…………」
「…………うん、わかった」
二人は何やらコソコソと話し合って、それに平安が大きく頷く。
そして美少女はチラリとこちらを見て、俺には特に何も言わずに三阪さんと校舎の方へ歩いていった。
ぽつんと残される俺と平安。
『あの娘に彼女役を頼んでみたらどうだ?』
不意に田村の提案が浮かんだが、三阪さんの直後に頼むのも気が引ける。
「なぁ……あの『医科』の子……」
「あの子、あたしの幼なじみで【柏木 琴葉】っていうの」
「…………もしかして『本物』か?」
やっと絞り出た言葉は、彼女の正体を確かめるものだった。
「霊能者ではないって本人は言うけど『本物』だよ。夏休み返上でお寺に修行に行っちゃうくらいに」
「そうか…………」
寺生まれ…………じゃない、女子高生が寺で修行なんてすげぇな。
「ねぇ、ジョーモン。あんたも高宮に迷惑掛けられているのよね? あちこち噂されてるもの」
「うん……迷惑…………」
平安の耳にも入っていたようだ。
「じゃあ、あたしが助けようか?」
「え?」
「しばらく、あんたの『彼女のフリ』してあげる。どう?」
「へ!?」
まるで心を読まれたようで、恥ずかしさのあまりすぐに返事ができなかった。




