第五話 同行者
『…………それ、ちょっとヤバいんじゃねぇの?』
「あ……やっぱりそう思う?」
ある晩、俺は田村に電話で事の次第を話していた。
『待ち伏せってゆうか……お前、完全にストーキングされてるって…………』
「いや、まさかここまでとは思ってなくて……」
相談していたのは高宮のことである。
俺が心霊スポットへ一人で行くと決めた放課後、校門の前で高宮に捕まってしまった。
あの時、俺は現地へ自転車で行くつもりだったため、交通手段を理由に高宮の同行を許可しなかった。しかし次の日から高宮は自前の自転車を用意し、俺が何処へ行こうと付いてきてしまう。
毎日ではないが、平日の放課後のほとんどは高宮と二人っきりで心霊スポットへ行くことになってしまった。
単身、あちこち行こうと思っていたのに、高宮がついてくるので時間も掛かるし落ち着かない。
あの廃工場でも、その他に行った心霊スポットでも、スピリットボックスの確実な検証ができなかった。
さらにそれからというもの、高宮はあちこちで『城門くんと仲良くしてる』と吹聴し、俺はみんなに高宮の彼氏扱いされて困っている。
これは田村もクラスで同様のことをされたのだが、同じ中学だったクラスメイトが、いつもそれらしく嘘を言う高宮の性格を知っていたので、それを鵜呑みにぜずに打ち消してくれたそうだ。
今回もそれを頼みたいが、そのクラスメイトが俺のことを知らないので弁護してもらうのは望み薄だ。
「田村ぁ……もともとはお前が俺に、高宮を擦り付けてくるから…………」
『悪い! 本当にすまなかった! まさか“突き放し辛口王”のお前まで高宮に押されるとは思わなかったから……』
「誰が、突き放し辛口王だ! …………いくら俺でも、あの時初対面の女に、最初からビシビシ言葉でねじ伏せるわけないだろ? まぁ、これから更にしつこくなったら、もう容赦しないつもりだけど…………」
女子を突き放すのは正直言って難しいのだ。
別に俺はフェミニストではないが、今の世の中、男が女に向かってキッツい言葉で論破して泣かせようものなら、状況をよく分かってない人間は高宮に同情する。
そうなれば、俺の主張などまるで通らず『女子を泣かせた最低男』と噂が学校中に広まるに違いない。
いくら分かってくれる友人がいても、学校で肩身の狭い思いをするのは嫌だ。ここは慎重に対応するしかない。
「追い詰められた女って何するか分かんないから怖いぞ……って、姉貴から言われたし……」
『あー、身近な女に言われるの怖いな。男は女に口では勝てないようになってるらしいからな』
「はぁ、どうしたら引き下がってくれるかな?」
一番良いのは、俺への興味を失わせること。だが、姉貴を見ていると、こういう女はしばらく離れてくれなそうだ。
『明日、土日は大丈夫なのか? 良かったらオレも付いて行くことも…………』
「…………大丈夫だ。さすがに、俺の家は教えてないし、帰りにあとをつけられていた形跡もない。それに実は明日、姉貴と姉貴の彼氏が一緒に行ってくれることになったんだ。心霊スポットも姉貴が調べてくれた、車じゃないと行けない遠くの場所だし、さすがの高宮も割って入っては来られないだろうよ」
『そっか。それなら高宮が追い掛けてくるのは不可能だよな。良かった……』
「良くねぇよ。土日が終わったら、また平日に付いて来られるんだぜ?」
俺は頭を掻きむしった。
もしも、スピリットボックスが完成して、心霊スポット巡りをやめた時、高宮がどんな動きをするのか分からないからよけいに怖い。
「…………はぁ…………お前の他にも、高宮を諦めさせてくれる奴いねぇかな…………?」
『うん………………あ! そうだ、あの娘は?』
「へ?」
『いたじゃん! ほら、三阪さんが連れてきた……あの、高宮と反りの合わなそうな娘!』
「…………平安?」
なぜ、平安がここに出てくる?
『お前、昔の知り合いだったらしいじゃん』
「まぁ……小学生時代のな」
『あの娘に彼女役を頼んでみたらどうだ?』
「なっ…………!」
田村の考えはこうだ。
高宮がアタックをかけてくる最中に、俺に彼女ができてしまえばさすがに諦めるだろう……と。
古典的な恋愛お家芸のような作戦を提案してきた。
『意外に効くと思うぞ。効かなくても、味方が増えるんだから、正直に話して頼んでみる価値はありだ!』
「う、う〜ん……確かに…………」
たぶん、平安なら高宮を撃退できるかもしれない。
でもなぁ…………
「なんかなぁ……」
『なんだよ、あの娘けっこう可愛かったじゃないか。三阪さんのこと、ずっと励ましてたし。いい子だと思うぞ?』
田村の平安に対する評価が高い。
まさか、こいつ平安のこと気になってんのか?
「………………演技だけだよな?」
『良かったら本当に付き合えば?』
「それは無理」
演技でも友人の気になる娘に、そんなこと頼めないだろ?
「案だけ聞いとく……」
『おう。頑張れ!』
田村との話はそこで終わりになった。
次の日。
「心霊スポットに行きたいかー!?」
「おーーーーーっっっ!!」
「………………………………」
俺は車の前ではしゃぐ姉カップルを動画に納めていた。
どうやら、俺のスピリットボックスの検証と共に、彼氏さんの心霊スポット突撃動画の予行演習を行うことにしたようだ。
「よし、オープニングはこんな感じでいこうぜ!!」
「きゃー♪ 楽しみー!!」
「…………………………」
行く前から疲れるんだが。
なんか、彼氏さんが考えてるコンセプトが『霊能力が無くても行ける! 明るく楽しく心霊ハント!』だそうだ。
…………コアなファンが付くといいですね?
「じゃあ早速行きましょう! ひとし、スピボは持った? カメラもお願いね!」
「へいへい……」
弟とは所詮、姉の奴隷である。
姉という女王様には、決して逆らわないのが長生きする秘訣なのだ。(我が家調べ)
そうして俺たちは、姉が父親から借りた車で県境にある有名な心霊スポットの森林公園に向かう。
車の中では三人で心霊について話し、スピリットボックスの使い方や効果などを教えることになった。
「へぇ〜、じゃあそんなに頻繁に霊が来るわけじゃないんだねぇ〜?」
「うん、この機械は呼び寄せる訳じゃないし、たまたま入り込んだラジオの音声と区別できないかも……」
「あー、別にいいよ! あとはこっちの腕で何とかすっからさ!」
「…………………………」
あんた、動画初めてじゃなかったっけ? 腕とか信用ならねぇな……。
車を走らせること一時間、高速道路の途中でサービスエリアに寄った。
「あ、わたしお土産見たーい!」
「ちょっと見ていこうぜー!」
「おい、そんなの帰りに…………」
まだ往復の往路だというのに、二人は土産コーナーへ消えていく。仕方なしに俺は車に戻って二人を待つことにした。
しぃんとする車内で、俺は静かに飲み物を飲んでため息をつく。
…………ったく、こんなんじゃ今日中に帰ってこられないんじゃ…………あ、懐中電灯、電池まだあるかな?
いつも持ち歩くリュックから、懐中電灯を取り出し確認する。電池はまだ大丈夫だ。一応予備は持ってたっけ?
懐中電灯を戻す前に、中身を整頓しようとリュックを逆さまにした時、コロン……と見慣れない黒い箱が出てきた。
四角い真っ黒な消しゴムみたいなもの。
角のでっぱりがアンテナみたいに見える。
「なん…………あ!」
箱を手にしてハッとし、俺は黙ってそれを凝視した。
――――これ、盗聴器じゃないかっ!?
電気街のちょっと奥まった店に、これと同じ品物が置いてあったのを見たことがある。簡単なものだが、中の電池がある限り音を拾う。
――――何で俺の荷物に? 一体誰が…………まさか、高宮が!?
心当たりは高宮だけだ。
最近は高宮が俺の近くにしょっちゅう居る。ちょっとした隙に、こんな小さな盗聴器を俺のリュックに入れるなんてこともできるんじゃないか?
「…………大丈夫、まだ……わからない……」
俺はちょっと考えてから、その小さな箱をドライバーでバラした。
やはりそれは盗聴器で、すぐに中の電池を取り除き、本体はサービスエリアのゴミ箱に投げ捨てる。
後部座席で身体を丸めて、二人が帰ってくるのをじっと待った。ドキドキと自分の心臓の音がやけに耳に響いてくる。
――――たぶん、今は聴かれてはいない。あの盗聴器なら範囲は広くても数百メートル…………聴かれているとしたら昼間…………学校にいる時だ。
姉と彼氏が戻ってくる時間がやたらと長く感じた。
その後、三人で噂の森林公園を訪れ、二人がキャッキャッとはしゃいで歩くのを動画に撮る。
撮影とスピリットボックスの検証に集中したいのに、あの黒い盗聴器が俺の脳裏に一日中居座っていた。