第一話 スピリットボックス
お読みいただき、ありがとうございます。
中編の予定で、ゆっくり更新です。
シャー……ザザザ…………ザー…………
日が落ちるのが早い冬。
夕方の薄暗い部屋。
俺は手の平の上で、その機械のツマミをひねって調節を繰り返す。
「もうちょい、はっきり聴こえてくれねぇかなぁ」
この自作の機械はさっきから『ザー』とか『シャー』としか鳴かない。
いい加減イライラしてきた時、後ろのドアが開いて眩しいくらいの西陽が射し込んだ。
タオルで汗だくの顔を拭きながら、日焼けしたガタイの良い友人が入ってきて俺と目が合う。
「うぉっ!? 仁、こんなところで何やってんだよ?」
「あ、悪ぃ。ちょっと借りてる……顧問の先生には許可もらってるから……」
「だから、借りてるって……何で?」
「いや、ここってでるって噂だからさ…………」
ここは高校の部室棟である。
俺が潜り込んでいるのはハンドボール部の部室だった。
「あぁ、例の『死んだ女子マネの霊がでる』ってやつな。あれ、ガセネタだって先輩がいってたぞ?」
「…………やっぱガセか…………いや、聴こえないからって真偽のほどはわからんなぁ……」
「で? 結局、何やってんだよお前は?」
「自作の『スピリットボックス』を試してみてる……」
「スピリットボックスって何?」
『スピリットボックス』というのは、言ってしまえば“幽霊と話ができる機械”である。
形はラジオみたいなトランシーバーのような、片手で持てるくらいの大きさ。普通では聴こえない周波数の電波を捕え、これが霊の声として聴こえるというものだ。
…………まぁ、本当に霊なのか、たまたま拾った電波なのかは一般人にはよく解らないけど。
「そういえば、仁はそういう機械類をいじるの得意だったな」
そう。俺は昔からラジオや蓄音機なんかを趣味で工作していた。高校生になってからは簡単なラジコンや、歩くロボットなどは直ぐに作る。
「ラジオ造る要領で見掛けは簡単だったけど……本当に聴こえるかどうかの実験ができてない……」
「でも、なんでスピリットボックスってやつを……」
「うちの姉貴の彼氏がユーチューバーやってて、今度は心霊スポットを巡るから、安価でスピリットボックス作れないか? って言われて…………」
「姉の彼氏がユーチューバー、って何かすげぇパワーワードだわ。しかも機材に投資できないってことは売れてねぇし、それを彼女の弟に安く頼むあたりに将来クズの予感しかねぇぞ……」
うん、俺もそう思う。
姉貴は「悪い人じゃないんだけどね、ちょっと貧乏なだけなの♡」というが、見通しが悪い金の問題が出てくるあたりは善悪関係なくクズである。
「お姉さん、まだ大学生だろ? さっさとその男と別れた方が良いぞ」
「ダメだ。恋する女は人の話を聞きやしねぇ。だから、俺が最高に霊の声を拾いまくるスピリットボックスを開発してやるんだ」
もう、魑魅魍魎の類の大歓声が聴こえるくらい最高の。
「え……それって、逆に彼氏が喜ばねぇか? 動画売れて本物のユーチューバーになるんじゃ…………」
「そうなれば別にいい。ただ、幽霊の声がバンバン聴こえた時に、腰抜かすような奴だったら姉貴も冷めるだろ?」
夏真っ盛りに『心霊スポット巡り』を始めるならまだしも、幽霊も凍えそうな冬に始めようとするあたり、腰抜けか見当違いの野郎に違いない。
「彼氏のためと言うよりお姉さんのためだな」
「いや、実はそれだけじゃなく……俺も一度は造ってみたかったし」
別に姉貴のためじゃなく、動画でみたスピリットボックスに興味が湧いたのだ。
非科学的なものに科学の道具をあてがうところに、俺はものすごく好奇心をくすぐられてしまった。
しかし、所詮は非科学的なもの。最初から不確かなものを確かめるという行為は、実験をしている俺自身でさえ曖昧ではっきりとしない。
正直、何を確かめて何が正解なのかがわからない。
「これは、本物のスピリットボックスを買って、心霊スポットで確かめてみるしか…………」
「おい、それじゃ意味ねぇだろ。あ! そろそろここ出ろ。みんな戻ってきたから!」
「じゃあ、終わったら一緒に帰ろうぜ。少し話したいし」
「おう。じゃあ校門前でちょっと待ってろ」
友人と話しているうちに、他の部員が戻ってきてしまったのでひとまず部室から出ていく。
しばらくして、解散になった友人が校門に現れた。
すっかり暗くなったので、近くのファーストフード店に入って落ち着く。
「はぁ……どうやったら、コレの証明できっかなぁ……」
「じゃあ、最初は『アナログ』で確かめてみれば?」
「アナログ?」
なんの事かと思っていると、友人はポテトを頬張りながら周りを気にして声を潜める。
「オレのクラスにさ、自分は霊感があるって言ってるヤバい女がいるんだよ。そいつを紹介してやる。それで霊感と機械のコラボすればいいじゃん」
「霊感? ほんとかよ……」
霊感がヤバいのか、その女がヤバいのかが微妙にわからないが、自分には無いものが本当にあるのなら、一度は試してみても良いかもしれない。
俺は機械が好きだが、非科学的なことにはてんで無知だからな。夏の怪奇特集なんかも、はしゃぐ姉貴と弟を横目に何が面白いのか分からなかったくらいだ。
「……わかった。そのクラスメイト紹介してくれ。俺の今後の研究のためだ!」
「よし、決まりだな。早速、明日にでも話つけてやるよ。お前ならやってくれそうだしな!」
「………………?」
なんか最後の物言いが気になったが、たぶん『成功するだろう』という意味だと思って、それには特にツッコミを入れることはしなかった。
――――――数日後。
友人がそのクラスメイトに話をすると、今週末に直接、心霊スポットへ行こうということになった。
指定された待ち合わせ場所へ友人と行くと、そこには三人の女が待っていた。
「あ! 田村ってば遅い〜!!」
「遅くない。時間通りだ……」
三人のうち、やけにでかい声でうちの友人……田村という……に、馴れ馴れしい態度の奴が手を振っている。
「まさか…………」
「あぁ、あれが件の『霊感女』ね。想像と違ったかもしれんが…………」
「いや、別に」
…………あんまり想像してなかったし。
高校生には不健全だと思われるくらいの濃い化粧に、脱色してあちこちうねっている髪の毛。そして派手なコートにいくつものバッジを付けていた。
これは俗に言う『ギャル』というものなんだろうか? 人種に疎い俺には、これがギャルという定義に合っているのかもわからない。
目の前まで行くと、その『霊感女』は俺のことを上から下まで何度か眺めて「まぁまぁ合格〜♡」と呟いてにこりと笑った。
「あたしぃ〜、田村から言われてきたの! 【高宮 小春】でぇすっ!」
「………………【城門 仁】です」
「城門くん、じゃあ『シロくん』でいーい?」
「いいけど……」
「きゃ〜♪ シロくんって見た目通りクール〜!!」
うわ……なんだろう……このノリは。
ノリだけならこれがパリピかな? パリピ予備軍なのかな?
俺は女を見た目で判断するつもりはないが、なんだか初見で苦手になりそうになった。
俺がドン引きしている様子は隣りの田村にも伝わったようで、奴は慌てたように高宮という女の後ろに視線をやる。
「……で、高宮、そっちの子たちは?」
「え〜? あぁ、こっちの子は別のクラスにいた同中の『ぴより』よ」
「あ……あの、わたし【三阪 ひより】です……」
高宮に首根っこを掴まれて前に出てきたのは、一見小学生かと思うほど背の低い気弱そうな女子。
「だって、心霊スポットに男二人と女一人じゃ危険じゃな〜い? だから付いてきてもらったの。ね? ぴより?」
「うぅ……わたしは怖いからあんまり……」
「良いじゃない、男女で来るんだから!」
「うぅ……」
この女に無理やり連れてこられた感じだな。きっと学校でも気弱で振り回されているのかも。
軽く同情はするが、ここから帰れと言うのも可哀想な気がする。それに、女同士の仲の良さなんてわかんねぇし。
「それより〜、アタシに興味あるなんて〜! きゃあ〜! やだぁ!!」
「………………………………」
何を勘違いしているのか、俺の前で体をくねらせている。
残念だが、俺はお前自体には興味ない。
田村……お前、どんな感じで俺のこと言ったんだよ?
さっきから俺と目を合わせないところを見ると、これはあとで田村に問いただす必要がありそうだ。
田村を睨みつつ、めんどくさいので黙っていると…………
「ねぇ、もしかして、あんた『ジョーモン』じゃない?」
「………………へ?」
気弱女子の後ろから三人目が顔を出す。
「やっぱりジョーモンだ! 『ジョーモンジン』!!」
「んなっ!?」
『ジョーモンジン』とは、俺の小学生時代の恥ずかしいアダ名である。
なんで、その名を!
俺は中学入る前に引っ越しているのに!!
「ほらあたし、憶えてないの? あんたと小学生の時に塾が一緒だったんだけど」
「え? え〜と…………………あっ!!」
思い出した!! 『ヘーアン』だ!!
【平安 紫】
こいつは、塾で俺の天敵だった女子である。