Ⅱー4.友達希望
連れていかれたのは一つの部屋だった。
さすがにわたしにも安易に想像ができた。ここは多分、一般人が入れない『楽屋』というものだろう。
柚木さんがノックをすると「どうぞ」と声がした。
柚木さんは自分より先に、わたしを部屋に促す。
これは、もうどうしたって入るしかない状況だ。
仕方なく部屋に入ると、そこにさっきまで見ていた『理央様』が座っていた。
麻痺しているのか頭は意外と冷静で、『理央様』も周りにある色とりどりの花束も綺麗で、天国があるならこんな感じかもしれない……なんて馬鹿みたいなことを考えてしまった。
「初めまして。ウルトラミラクルスーパースターの叶理央です。初めましてって変ですね。ずっと、ステージ見ていてくれましたよね」
彼は椅子から立ち上がり、わたしに近づく。どうやら目の前の彼も花束も現実のようだ。
そしてどんな時でも、その恥ずかしい『ウルトラミラクルスーパースター』って自分で言っちゃうんだ……と思った。
「……茅野ふみです」
名乗られたからには、こちらも名乗るのが礼儀だろう。わたしは彼を見上げ、そう言った。
「ふみ……さん? どういう漢字ですか?」
「ひらがなです」
「そうですか。これから、ふみさんと呼んでも構いませんか?」
よく分からない展開だ……。強張った表情のまま、わたしは頷く。
正直、男の人に下の名前を呼ばれるのは嫌だけど、彼から呼ばれても不思議と不快に感じなかった。
それにしても間近で見る『理央様』は、なんというか独特の雰囲気がある。
ステージ上とはまるで別人。ふんわりとしていて、一緒にいるだけで温かみを感じる。
彼が笑うと、そこだけオレンジ色の陽が射しているように思えた。
ふと横を見ると、衣装の中に見覚えのある黄色いジャンパーと帽子が目に入った。蛍光色なのでとても目立つ。
帽子の下には、長髪のかつらが無造作に置かれていた。
「それって」
わたしは衣装を指差す。
「ごめんなさい。さっきのスタッフは……僕です」
はっきりと『理央様』が言った。
「ああ!!」
わたしは思わず声に出してしまった。
言われてみれば、あの時聞いたスタッフの声と、今話している『理央様』の声は確かに同じだった。
柔らかく、とても綺麗な声。
つまり彼は、コンサート前に会場を自ら回って、偽物のファンを見つけ出そうとしていたということだろうか?
この事態があまりにも異常すぎるせいか、やっぱり麻痺してしまっているせいか、そんなに驚きはなかった。ただ、スターなのにずいぶんと大胆なことをする……と思ったくらいだ。
「すみませんでした」
わたしはそう言って頭を下げる。同時に、持ったままでいたうちわを後ろに隠した。
「え? ……何がですか? 無理やり連れてきたりして、どう考えても謝るのは僕の方ですよね?」
「いえ、わたし……『理央様』のファンじゃありません。気付いていてここに連れてきたんですよね? このうちわはわたしのものではないし、今日は具合が悪くて来られなくなってしまった後輩の代わりに来たんです」
「は!?」
素っ頓狂な声はわたしの後ろから響いた。勿論、目の前の『理央様』ではない。
振り向くと、マネージャーの柚木さんが眉間に皺を寄せて、大きく口を開けている。
サングラスが邪魔で、怒っているのか驚いているのか、実際の感情は分からなかった。
「……それは、僕のこと全然……好きじゃないってことですね」
『理央様』は俯いて、深刻な顔で言った。
どうやら、偽物のファンだからという理由でここに連れて来られたわけではないようだ。
待ったところで、説教が始まるような気配はない。というより、なんだか様子がおかしい。
「どうしよう……かな」
『理央様』は呟いた。
「どちらにしたって見極める必要がある。面倒だが、まあ友達からが妥当だろう」
柚木さんが言った。
「……そうだね」
『理央様』は柚木さんからわたしに目線を移し、
「そういうわけなので、お友達からお願いします」と言った。
そういうわけと言われても、どういうわけなんだかさっぱり分からない。
沈黙が流れる。
友達? 『理央様』と?
どうしてわたしが???
次々と疑問がわいてくる。
『理央様』ファンの清水さんだったら泣いて喜びそうな話だけれど、わたしは全然嬉しくない。それどころか、どちらかと言えば迷惑だ。
こんなキラキラした人に関わったら、わたしの望む世界が確実に遠のいていく。
今のわたしには、毎日のんびりと本を読んで暮らしたいという望み以外ないのだ。
何よりも、心穏やかに本を読める環境を保つということが最優先だった。
悟りでも開いているなら別だが、どう考えても『理央様』の申し出は、そんな平穏な日常を壊す妨げにしかならないだろう。
「あの、困ります。なんでわたしみたいな何のとりえもない一般人と? それに急に、おかしいと思います。そういう……遊びか……ゲームですか?」
うろたえながらそう言ったわたしを、『理央様』は驚いた表情で見つめた。




