Ⅶー3
三月も下旬、すっかり暖かくなった。
恋愛小説を読み終わり、コンビニに行こうとアパートを出たついでに郵便受けを見る。
チラシに紛れて、白い封筒が入っていた。
翌日、わたしは理央さんのマンションを訪れた。
「理央は仕事だ」
先生は、玄関を開けると疲れた顔でそう言った。自宅にいる先生は、仕事をしているのか、大抵疲れた顔をしている。
「わかっています。先生がマンションに居ること……理央さんから聞いたので。突然すみません。今日は、先生に会いに来たんです」
彼は一瞬怪訝な顔をしたけれど、わたしを部屋に入れてくれた。
「桐原さんから手紙がきたんです」
先生は何も言わず、向かいのソファーに座るわたしを見ている。
「手術が成功したって!! それと、このストラップ、お礼だそうです。桐原さんの手作りです」
「そうか……良かった」
先生は安心したのか、ようやく笑った。
「どうぞ」
わたしの手の平には、ファンシーな動物のストラップが乗っている。
「猫か? 君のは?」
先生が聞いた。
「わたしも貰いました。先生は黒猫で、わたしは白猫、お揃いなんですよ」
「これは……理央に渡してくれ」
「でも、桐原さんを励ましたのは先生です。彼女は先生のために作ったんだと思います。理央さんも、先生が貰うべきだって言ってました」
わたしは立ち上がり、無理やり先生にストラップを手渡す。
彼は一瞬固まり、わたしを見上げた。
「急に……近づかないでくれ」
先生はそう言った。
ただストラップを渡しただけなのに、さすがにそんなに強く言わなくてもいいと思う。
これまで何度も、演技とはいえ、至近距離で会話したり手を繋いだりしてきた。
「先生……ずっと気になっていたんですけど、先生は男の人が好きで、だからわたしに近寄られると気持ちが悪いんですか?」
先生は驚いた顔をした。
「……そうじゃない。君の匂いが強すぎるんだ。だから近づかれると困る」
「え?」
「ずっと、我慢していた……。その、今も……。そっちのソファーに戻ってくれないか?」
先生はふざけているようにも、演技をしているようにも見えなかった。
「全部、嘘……だったんですね?」
「……双子というのは厄介でな」
先生はそう言って俯く。
どうして気付かなかったのだろう……。
双子……。
今、ようやくわかった。
先生は遺伝子的に、理央さんと同じ女性に惹かれてしまうのだ。だからこそ、ずっと嘘を吐いて、何も感じないふりをしてきた。壊れているふりを……。
理央さんと争わないために。
「そんなの!! そんなこと、ばか……じゃないですか? 前に、わたしのことばかって言いましたけど、先生の方がよっぽど……ばか……ですよ」
「そうかもしれない」
先生は言った。
「一体いつから……?」
「最初から。理央が最初に匂いを感じた女性に出会った時から……」
「理央さんは、知らないんですよね?」
先生は頷く。
「ちゃんと伝えてください」
「あいつは、気にする……というか、怒るだろう」
「だったら、怒られてください!! それに……わたしだって気にします。知りたくなかったです」
「理央は君を選び、君も理央を選んだ。もう揺らぐことはないだろう。だから君には本当のことを言ってもいいかと思った」
そう仕向けたのは先生だ……。
今まで先生が、わたしに惹かれていたなんてこれっぽっちも思わない。思わないけれど、幼いころからずっと自分を犠牲にして、理央さんの幸せだけを願ってきた。
先生が、あんまりにも優しすぎて……哀しい。
「きっと、先生には先生だけの素晴らしい女性が居るはずです」
「俺はいい。理央さえ幸せになってくれれば、それでいいんだ」
先生は言った。わたしは首を横に振る。絶対に、先生には幸せになって欲しい。
勝手に涙が頬を伝う。もう、ここ半年の間に何回泣いているのだろう。
「先生がちゃんと幸せになるまで、理央さんと二人で見張ります」
先生は笑った。多分冗談だと思っているのだろう。
「……君で良かった。理央をよろしく頼む」
彼は真剣な顔でそう言うと、わたしに頭を下げた。
アパートに戻ったわたしは、やっぱり先生を放っておけなくて理央さんに連絡を取った。あの様子では、本当のことを言う日が来るのかも疑わしい。
理央さんは仕事が終わり、マンションに戻る途中だと言った。
電話で伝えていいのか迷ったけれど、わたしは「落ち着いて聞いてください」と言い、事実を告げた。
理央さんはすぐには信じなかった。
でも、わたしの言っていることが全て真実だと理解できると、途端に無言になった。
沈黙が重い。何年も嘘を吐かれていたのだから、ショックを受けて当然だった。
「ばか佑月……よかった」
しばらくして、理央さんは優しい声でそう言った。
「先生が幸せになるまで、追っかけましょう?」
わたしの言葉に、彼は笑った。
「そうですね。でも、その前にやっぱりまずは説教ですね」
「はい。当然だと思います」
「ふみさん、ありがとう」
理央さんはお礼を言って、そのまま電話を切った。
先生が理央さんに怒られている姿が目に浮かぶ。けれどそれは、とても温かくて幸せな光景。
偽りから解放された先生は、きっとこれからもっと幸せになれるはずだから……。
今日で三月も終わり。
「マンションに寄っていきますか?」
書店を巡って夜ご飯を食べた帰り、理央さんがそう言った。
わたしは彼を見上げる。
「え? いや、あ……そうじゃなくて……事務所の社長からお土産でもらったチョコレートがあるので、お茶でもどうかと思って」
「はい……」
「あの……そんな緊張しないでください。ふみさんが嫌がるようなことは、何もしないので……」
思いが通じたはずなのに、理央さんはあれからずっとこんな調子だ。
あの時のキスや、気を失ってしまったことが、トラウマになってしまったのかもしれない。
気遣いは嬉しいけれど、はっきり言って、もどかしい。
どうなってもいいから何かしてほしい……と正直に言ったら、理央さんは困ってしまうだろうか?
これまでずっと、理央さんには驚かされてきた。今度はわたしが彼を驚かせるのもいいかもしれない。
彼を幸せにしてあげたい……。
風が吹いて、理央さんの綺麗なセピアの髪が靡いた。
わたしは一人微笑む。
「どうかしましたか?」
彼が不思議そうにわたしを見ている。
「いいえ……。マンションに着いたら、伝えます」
わたしは、繋いでいる右手にそっと力を込めた。
とんでもない話に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
評価、感想等いただけましたら更に大変ありがたいです。
続編や番外編のようなものを少し考えてみましたが、多分私の頭の中だけで終わるかな……と思います。
またどこかで見かけるようなことがあれば、是非よろしくお願いします。




