表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/190

一大事 Ⅱ




 時間を忘れて講義に没頭していると、いつの間にか講義も終了時間になり、お昼になっていた。



 ラグビーの試合も終わっているはずだ。それに気が付くと、途端にみのりの心がざわめいた。



 試合が終わってもすぐにはメールを打てないのは分かっているが、確認せずにはいられなかった。職員室に戻って、急いで携帯電話を開いて見ると、メールが1件来ている。



『 勝ちました。』



 みのりの鼓動が、ドキン!と一つ大きく打った。一言だけの短いメールは、遼太郎からのものだった。


 きっと試合が終わってミーティングなどをする合間の一瞬を盗んで、すばやく送ってくれたのだろう。



 みのりは、絶対に負けたりしない…と言い続けてきたにも関わらず、試合を実際目で見て確かめられていないので、にわかに信じられなかった。


 「本当に?」と遼太郎に問い直したい感覚もあったが、メールの文面をもう一度確認してみる。

 送られてきた時間も、試合が終わってすぐの時刻だ。



――勝ったんだ…。



 どっと、みのりの中に安堵感が押し寄せてきた。

 その後に、じわじわと歓喜に満たされる。あまりの感動の大きさに、携帯電話を握る手がブルブルと震えた。それをギュッと抑え込むように、胸に握りしめて、みのりは職員室のベランダへと出た。



 心を満たした歓喜を落ち着かせるのに、胸の拳の上に顎を載せて、目を閉じる。


 ようやく喜びの鼓動が収まった後は、しばらく晴れ渡った空を眺めた。



――本当に、決勝戦まで来たね。



 今日の試合内容はどうだったのかは分からなかったけれども、次の決勝戦はきっと厳しい内容の試合になるだろう。


 だけど、まだ夢は繋がっている――。

 みのりは今はただ、その夢が繋げられただけで嬉しかった。




 もちろん、今日の試合は楽勝というわけにはいかなかった。


 それどころか、遼太郎はみのりがいないことにやはり動揺していたのもあるし、何としても勝たなければならないと息巻きすぎて、試合前のウォーミングアップの時もなかなか集中できなかった。


 どうしたら、前の試合の最後のプレーの時のように、心を鎮められるのか分からない。

 自分がこんなに浮き足立っていると、チーム全体も絶対にまともなプレーはできないと、遼太郎の焦りは募る一方だった。



 荷物のところに戻り、タオルを取り出して、ウォーミングアップで流れ出た汗を拭く。


 不意に、遼太郎はみのりがそこにいるかのような感覚にとらわれた。目を上げ振り返っても、そこにみのりがいるはずもない。


 もう一度タオルで顔を拭いたときに気が付いた。それが、みのりから昨日返してもらったタオルだと。



 いつもみのりが側に来た時に感じる、花のような澄んだ空気のような薫りがする…。


 思わず、遼太郎はタオルに顔を押し当てた。


 みのりに抱擁された時の感覚が、遼太郎の体と心に甦ってくる。大きく一息つく毎に、あの時のように気持ちが落ち着いてくるのが分かった。



「狩野さん。」



 2年生のウイングの選手が、遼太郎に声をかけた。遼太郎が振り向かないので、もう一度呼ぼうとしたところ、



「今は声かけんな。」



と、二俣が肩を掴んで引き留めた。



 いつも一緒にいる二俣は、今の遼太郎の気持ちが手に取るように解っていた。試合を目前にして、どうにかして集中しようとしている遼太郎を、邪魔したくなかった。


 集中した時の遼太郎は、ものすごい気迫で周りの者も取り込んで、思ってもみないような力を発揮する。その遼太郎の集中力は、チームの勝利のためには不可欠なものだった。



 しばらくして、遼太郎は顔を上げた。

 そこには不安や動揺はなく、研ぎ澄まされた戦う男の顔つきになっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ