表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
14 一瞬の抱擁
87/190

一瞬の抱擁 Ⅶ



 先端から噴水のように水分が出て、遼太郎の口の中へ注がれた。水と血が混ざったものを、バケツに吐き出す。それを数回繰り返すと、血が混ざらなくなった。



「タオルを水に濡らして来てくれる?」



 みのりはマネージャーに言うと、再びタオルを手に取った。



 周りに誰もいなくなると、



「すごいタックルだった。でも、ちょっと…どころか、ずいぶん痛かったね…。」



と、みのりはいつもと同じように優しい言葉をかけた。



「……痛いのなんか……。タックルに行くときは、死んでもいいと思ってしてるんで……。そうでなきゃ、大きい奴は止められません。」



 遼太郎のこの覚悟に、少しみのりは言葉を逸した。 そして、遼太郎の言葉を胸にしまって、ただひとつ頷いた。



「そうだよね。怖くないように、痛くないようにしようと思えば、そう出来るかもしれないけど。そんな恐怖心に克って突っ込んでいくんだからね……。」



 みのりはいつも、遼太郎の心を読んで、それに呼応してくれる。

 そんなみのりの優しさを感じると、いつもの遼太郎は嬉しさであふれてしまうのだが、この時は戦線を離脱している焦りの方が勝っていた。


 その時、歓声が上がった。遼太郎の鼻を押さえながら、みのりが振り向く。



「あぁ…。」



 みのりの落胆混じりの声に、遼太郎は顔を上げようとしたが、みのりに制された。



「相手側がトライを決めたみたい…。」



 これを聞いて、遼太郎の焦りはいっそう大きくなった。



「試合に戻らないと……、スタンドの俺がいなきゃ……。」



 そう言って、遼太郎は立ち上がろうとする。

 マウスガードを洗って戻ってきたメディカルサポーターが、



「出血退場なんだから、血が止まらないと戻れないよ。」



と、遼太郎を制止する。



 マネージャーもタオルを濡らして戻ってきたので、みのりをそれを受け取って、遼太郎の顔を覗き込む。



「うん、まだ血が出てるから…。もうちょっと待って。」



 遼太郎はいらだたしげに、歯を噛みしめた。



「焦って興奮すると、鼻血はなかなか止まらないよ。」



 みのりにそう言われ、その通りだとは思うけれども、残り時間が少なくなり、同点になったとあれば、とても心を落ち着けるのは無理だ。



 水に濡らされた冷たいタオルが、遼太郎の鼻から額に当てられ、再び小鼻の上をギュッと押さえられた。

 そのタオルを通してみのりへと、遼太郎の焦りと動揺が伝わってくる。


 みのりは遼太郎からメディカルサポーターへ視線を移した。



「何度も頼んで悪いんですけど、このバケツの中身捨ててきて下さいますか?」



 それからマネージャーにも、同じように依頼する。



「それと、もう一枚濡れたタオルをお願いできる?」



 二人がその場を離れると、みのりは遼太郎の頭を両手で抱えたままで語りかけた。



「大丈夫、まだ時間はあるから。それに、狩野くんがいない間も、仲間たちが頑張って持ちこたえてくれてるから、信じよう。」



 先ほどとは違うみのりの深い声に、遼太郎のいきり立っていた気持ちが和いでくる。



「大丈夫。血はすぐに止めてあげるから。」



 目がタオルに覆われた暗闇の中で、遼太郎はみのりの声が心に沁みてくるのを感じた。


 乱れている呼吸が、少しずつ整ってくる。



 グラウンドに背を向ける形で立っていたみのりは、遼太郎の汗と土で汚れた頭を胸元に抱き寄せ、自分の頬を遼太郎の頭に付けた。



「……大丈夫。絶対負けたりしないから……。」



 それは、みのりの願いでもあった。



 いつもの遼太郎ならば、こんなことをされようものなら心臓が爆発しそうになるのに、みのりの穏やかで深い声は、逆に鼓動の安定をもたらした。



 「分かった」というように、遼太郎は土で汚れた手を、鼻を圧迫するみのりの腕に添えて握った。

 握る手に力を込めて、焦りを追いやり精神を集中する。




 誰かが近寄ってくる気配を察して、みのりは顔を起こし、遼太郎は手を膝の上に戻した。


 メディカルサポーターが傍で状況を見守っている。マネージャーも戻って、冷たいタオルと交換される。

 それから1.2分してタオルを取って確認してみると、血は止まっていた。みのりは手にある濡れタオルで、遼太郎の顔や首に付いた血を、きれいに拭き取った。



「万が一、血が垂れてくるといけないから、脱脂綿を詰めときましょうか。ちょっと息苦しいけど。」



と言うと、メディカルサポーターはサッと脱脂綿を手渡してくれた。


 後で取り出しやすいように、鼻の穴から少し見えるように綿を詰めると、ちょっと間抜けなその顔をマネージャーは笑いを含んで見ていた。



 ちょうどその時、マッチドクターが「やれやれ」といった様子で救護席へと戻って来て、みのりが処置をするのを安心したように、側で眺めていた。



「試合が終わっても、しばらくその綿は取っちゃダメよ。」



 遼太郎は立ち上がって、無言で頷く。そしてマウスガードを嵌め、ヘッドキャップを被り、メディカルサポーターに伴われてグラウンドへと向かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ