表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
14 一瞬の抱擁
86/190

一瞬の抱擁 Ⅵ



 塩尻が3回笛を吹くと、マッチドクターがフィールド内へとやってくる。その場で処置をしようとしたが、出血が止まりそうもないので、塩尻から出血退場(※)が命じられた。


 すぐさま遼太郎の代わりに2年生の控えの選手がグラウンドへ走り出て、マッチドクターは遼太郎の腕を取って、グラウンドの外へと連れて行く。


 遼太郎の母親も、心配そうに無言でその様子を見守る。



「私…、ちょっと様子を見てきます。」



 みのりは荷物を座席に置いたまま、席を立った。


 救護席と言っても、グラウンド脇に長机とパイプ椅子を置いた簡素なもので、遼太郎はそこに座らせられていた。


 マッチドクターとそれを補助するメディカルサポーターの教員のもとへ、芳野側のマネージャーが駆け寄るのと同時に、みのりはそこにたどり着いた。



「あ、先生。」



 マネージャーの女の子が、みのりを見て声をかけた。



「芳野高校の仲松ですが、どんな様子ですか?」



 マネージャーに頷いて見せてから、みのりがそう声をかけると、タオルで鼻から下を押えていた遼太郎は、驚いて目を上げた。



「ああ、ダメ。狩野くん。下向いてて。血が喉へ落ちるから。」



 その場でみのりが遼太郎へと声をかけると、戸惑ったように遼太郎は視線を落とした。




「いや、顔も歪みもないし、腫れも大したことないから骨折もない。マウスガードをしてるから歯も折れちゃないと思うんだが…。ただ……。」



と、マッチドクターは言葉を途切れさせて、落ち着かなげに自分の体を揺すった。

 そのただ事ならぬ様子に、一同は深刻な事態を危惧し、緊張を高めてドクターを見つめた。




「わしが……、昼に食べたものに当たったらしい……。」



「は……?」



 一同は一様に絶句する。

 ドクターは青い顔をして、手で腹を押さえて目をつぶった。腕に鳥肌が立っているので、猛烈な痛みと闘っているのは判る。



「そ、それじゃ、先生。トイレに行ってください。この選手はこちらで何とかします。」



 メディカルサポーターは、そう言ってマッチドクターをトイレへと送り出した。


 そうは言ったものの、このメディカルサポーターは名ばかりらしく、遼太郎の大量出血を見て、どうしようかとうろたえている。マネージャーはもとより、この状況に怯えた様子だった。


 しかし、もたもたしていると試合が終わってしまう。みのりは意を決して、遼太郎の隣でしゃがみ顔を覗き込んだ。




「鼻血だけ?口の中は切ってない?」



 鼻から下がジンジン来ている遼太郎には、どこがどういうふうに痛いのかさえも分からなかった。言葉には出せず、ただ首をひねる。



「うん、分からないか。ちょっとここ、鼻の付け根をぎゅっと押さえてて。」



と、マネージャーを振り返って指示し、みのりは立ち上がると手に消毒液を擦り込んだ。



「狩野くん、マウスガード外せる?」



と、口の前に手を添える。


 だが、鼻から下が痺れているので、マウスガードを外せるまでは、うまく口を開けられない。



「よし、ちょっとだけ口開けられる?」



 遼太郎が微かに口を開くと、みのりは遼太郎の口に自分の指を突っ込んだ。マネージャーはみのりのその行為に驚いて、凝視する。


 静かに歯の食い縛りを解くように促して、みのりは遼太郎の口の中から、ドロリとした血にまみれたマウスガードを取り出した。



 ポケットにあるハンカチにそれを取って、



「すみません。洗ってきて頂けますか?」



と、メディカルサポーターに渡す。



「口の中の血を吐き出して。」



 バケツを下に置くと、遼太郎は言われた通りに、ペッと真っ赤な唾を吐き出した。



「どう?口の中に異常はある?それとも、鼻から落ちてきた血かな?舌で触ってみて。」


「いや、なんともありません…。」



 やっと遼太郎は、言葉らしい言葉を発することができた。



「じゃ、良かった。鼻血だけね。…水分補給用のスクイズボトルを1つ持ってきてもらえる?」



 鼻をタオルで押さえていたマネージャーに指示し、みのりは代わりにタオルで押さえ直す。空いている手を遼太郎の後頭部に当てて、マネージャーよりもグッと力を込めて、小鼻の上を圧迫した。


 すぐにマネージャーはボトルを持って、走ってきた。



「それで、口の中を洗ってあげて。」



そう言われて、マネージャーは戸惑った。



「え…、どうやって?」


「こっち替わって。」



 再びみのりはマネージャーと交替し、ボトルを受けとると、下を向く遼太郎の隣に膝をついて、ボトルの先端を遼太郎の口に差し入れた。



「飲んじゃダメよ。口を濯いで吐き出してね。」



と言って、柔らかいボトルの腹を押した。






(※ 出血したプレイヤーは出血が確認された時点で、止血処理をする為に一時交代することになる)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ