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Rhapsody in Love 〜約束の場所〜  作者: 皆実 景葉
13 ざわめく心
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ざわめく心 Ⅳ



 帰りのバスの中で、遼太郎は翳り(かげり)のあるみのりの微笑みを反芻していた。


 いつも試合の帰りは、疲れが出て爆睡する。特に勝った場合は、それは心地よい眠りに落ちてゆくのだが、今日の遼太郎は、みのりの些細な変化が気になって、眠るどころではなかった。


 勝ち試合だったのに、どうしてあんな顔をし、あんな態度をとるのか解らない。


 みのりがいつも向けてくれる曇りのない澄んだ笑顔を、遼太郎は当然のことのように思っていた。

 大したことはないのに、気を悪くするようなみのりではないと知っているから、なおさら遼太郎は不安になる。いろいろ考えても、思い当たる節はなく、悶々と思考は深みへはまっていく。



 遼太郎は、本当にみのりのことが〝好きだ〟ということを、改めて自覚していた。


 みのりを思い浮かべるだけで、心はキリキリと甘く痛み、切なく震える。


 寝ても覚めても、頭の中心にはみのりがいて、何をするにもそのみのりに問いかけている。今まで何にも感じなかった水や雲の流れでさえ、みのりというフィルターを通せば、きれいだと感動するようになった。



 たった1ヶ月前、みのりへの想いを自覚するまでは、遼太郎は人に恋をし好きになることが、どういうことかさえ知らなかった。


 それなのに、今はこんなにもみのりが恋しいし、愛しくてたまらない。自分のどこに、こんな感情が隠れていたのだろうと、遼太郎は改めて思う。



 みのりに喜んでもらえるためなら、遼太郎はどんな努力も厭わなかったし、みのりの笑顔さえ見られたら力が湧いた。


 それは、勉強でもラグビーでも。

 頑張って結果を出せば、少しでもみのりに近づけ、認めてもらえると思っていたからだ。



 だけど、今日のみのりは遼太郎に不安をもたらした。

 ……いくら頑張っても、みのりは自分を対象として見てくれないのではないかと……。



 それでも、一度深まった一途な想いは、遼太郎を揺るがさなかった。


 みのりがどんなふうに遼太郎のことを考えていようと、遼太郎がみのりを想っていることには変わりなかった。



――でも……、やっぱり俺は、生徒の中の一人じゃなく、先生にとってたった一人の男になりたい……。



 そうならないと、卒業してからもずっとみのりとは一緒にはいられない……。



 遠くの山の向こうに日が落ち、早く暮れていく秋の燃えるような夕焼けを、遼太郎はバスの車窓から眺めていた。


 そして不意に、春の夕陽に照らされた渡り廊下で、一人佇むみのりの姿を思い出した。

 あの時、負っていた傷の痛みも忘れて、遼太郎の心は震えた。


 ……思えば、あの時からこの想いは始まっていたに違いなかった。




 週明けの月曜日、試合での遼太郎を見てから、なぜか心がざわめいてしまうみのりは、個別指導をするのが少し怖い気もしていた。

 緊張して落ち着かなく、いつもよりも早く出勤してしまい、渡り廊下で遼太郎が来るのを待っていた。



 秋の朝の冷えた空気の中、誰もいない渡り廊下に一人座っているみのり。

 いつもは自分の方が先に来て待っている遼太郎は、みのりの姿を見つけると少し驚いて、立ち止まってしまった。


 この週末、不安でいっぱいだった遼太郎にとって、みのりが先に待っていてくれたことは殊の外嬉しく感じられた。立ち止まったままみのりを見つめ、その感覚を噛みしめた。




 みのりは日本史の教授用の分厚い本を手に持ち、足を組み替えて読み始めた。顔にかかる髪を、額の脇から手を動かし耳へと掛ける。


 遼太郎が近づくと、その気配を察して顔をそちらへと向けた。みのりは遼太郎の表情を確認するように、少し視線を止め、いつものように柔らかく微笑した。



「おはよう。土曜日は試合、お疲れ様。」



 このみのりの微笑みと言葉に、遼太郎の心の中の澱は一瞬にして消え去っていく。硬くなった不安の塊が融けてゆき、代わりに安堵にも似た暖かい感覚が心を満たした。



「おはようございます。応援、ありがとうございました。」



 遼太郎は、競技場で言ったのと同じ言葉で礼を言い、みのりの隣に腰かけた。



 みのりがもう一度遼太郎の顔を凝視したので、遼太郎は戸惑って視線を返す。みのりはホッとしたような表情で、軽く首を横に振った。


 みのりを落ち着かなくさせる遼太郎ではないことを確認できて、少しみのりは安心する。試合のことをもっと労いたかったが、蒸し返すとまた思い出しそうだったので、早速個別指導を始めることにした。


 日本史の指導の方は、もう指導の余地がないくらい遼太郎の学力は定着していた。指導と言っても、確認程度で終わってしまう。たまに、ケアレスミスなどはあるが、これはみのりにもあることだ。




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