ラグビーの勉強 Ⅶ
遼太郎は、まさかみのりがそんなことを言うとは、想像だにしてなかったので、軽いショックを受けて目を丸くした。
「先生が、そんなこと言うなんて、意外です。」
驚きを隠せずに、遼太郎がそう言う。
「そりゃ、私だって、男の子をカッコいいと思うことはあるわよ。雨の中の高野高校との試合で、最後の逆転トライを決めた狩野くんだって、思い出す度にうっとりしちゃう。」
みのりは、また左手を口に当てて、まぶたの裏にその光景を思い浮かべるように目を閉じた。
自分のことを言われた遼太郎は、ゴクリと唾を呑み込んで、ゆでダコみたいに真っ赤になった。
みのりがそんな風に自分を見てくれることもあるとは、思いもよらなかったから……。
「あの時は雨だったから泥だらけになって、なおさら男っぽくってカッコよかったなぁ…。」
依然、みのりは目を閉じたまま回想に耽っているので、遼太郎が真っ赤になって固まっているのに気づいていない。
「……あ、あの時は負けてたんで、もう無我夢中で…。」
やっとのことで遼太郎がそう言葉を返すと、みのりはパッと目を開けた。
「そうだよね。狩野くんは必死に闘ってたんだよね。…ちょっと無神経で、不謹慎なこと言っちゃった。ごめんね…。」
みのりは神妙な顔つきになった。
「いや、別に嫌じゃありません…。」
遼太郎は赤い顔のまま、首を横に振った。
みのりの目に自分がとてもカッコよく映っているのは、嬉しいには違いないが、むず痒いような不思議な感覚だった。
「ラグビーは、闘う球、『闘球』って言うのよね。身体と身体がぶつかり合う激しい闘いのスポーツだから、気を抜くと危険だし、選手は一瞬一瞬が真剣なんだろうね。その真剣さが観る人にも伝わって、ラグビーは人を感動させる力があるんだろうね。」
遼太郎の不思議な感覚の中に、みのりの心にある純粋な感動が流れ込んできて、遼太郎は胸が高鳴るとともに謙虚な気持ちになった。そして、とても誇らしい気持ちになった。
1年生の当初、二俣からラグビー部に誘われたのだが、身体がまだ細く小さかった遼太郎は躊躇した。でも、あの時、入部していて本当によかった……と、遼太郎はラグビーを語るみのりを見つめて思った。
「ラグビーをそんなふうに思ってくれてるんなら、先生は全然無神経で不謹慎じゃありません。」
遼太郎が真面目に言うと、みのりはニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
「狩野くんのポジションはバックスって言ってたけど、バックスにも色々役割があるのよね?」
「それは……」
気を取り直して、遼太郎は解説書の別のページを開く。そこには、フォワードとバックスのすべてのポジションが一覧にしてあった。
「狩野くんの背番号は10だよね?これ、SO?」
「スタンドオフって言うんです。」
「ふうん……、ん?『攻撃の基点、冷静沈着な司令塔』って書いてあるよ!実はすごいんじゃない?狩野くん!」
みのりが本から遼太郎に目をやると、遼太郎は照れくさそうな表情を浮かべた。
「実際の俺は、そんなカッコいいもんじゃありません。試合の時はもう混乱して、ちゃんと役割を果たせてないっていうか…。」
ウン、ウン…と、みのりは真剣に頷いて、またニッコリと笑った。
「確かにあのラグビーの試合中って、混乱することもあるんだろうね。でも、大丈夫よ、狩野くん。今度の試合では、きっと自分でも納得できると思うよ。それだけのことを、してきてるでしょう?」
自分に納得できていないのだろう。遼太郎は黙り込んでため息を吐き、視線を落とす。
「本当に、大丈夫よ?不可能なことを楽観的に『出来る』とは、私、これまで一度も言ったことないでしょ?」
確かにそうだった。みのりに励まされ期待されたことは、実現されてきた。
「自分を信じないと、仲間も狩野くんを信じてくれないよ。皆のためにも自分を活かして。そうすれば皆もおのずと活きてくると思うよ。一人一人が活きると、チーム全体もよくなってくるだろうし。…あ!あのラグビーの格言と一緒かも。『One for All …』」
「All for One」
みのりの声に遼太郎の声が重なり、みのりが本当に嬉しそうな笑顔になる。遼太郎もつられて笑顔になった。




