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第十四話  全力で楽しむもの

 

 カーテンを開け差し込む朝日に目を細めると俺はまたカーテンを閉じた。

 昨日無事終業式を終えて冬休み一日目の朝を迎えた。


 「朝日も拝んだからそろそろ寝ようかな。」


 そう!今起きたのではなく今から寝るところだ。

 昨夜は撮り溜めていた深夜アニメを観賞して、それから勇吾から借りた漫画をひたすら読んでいた。


 女の子になってから娯楽という物全て神様に消去され、生き甲斐を失いなった俺は見事に脱け殻になった。

 しかし絶望に打ちひしがれる俺に勇吾が漫画本をどっさりと貸してくれたのだ。


 借りたのはボクシング漫画で、いじめられっ子の主人公がボクシングと出会い、並居る強敵を倒していく内容だった。

 初めは萌える要素の全く無い、魔法少女も出てこない内容に借りておいてなんだけど読む気が無かった。

 しかし余りの娯楽の無さに干からびそうになり試しに読んでみるとこれが面白い!


 育った環境なのか天性の素質なのか主人公はどんどんと強くなり、数多の強敵と激戦の末勝利を掴み取るという正に熱血スポーツ漫画だ。

 影響されやすい俺は夜中にシャドーボクシングを始めたりする始末で見事に朝まで読み続けてしまった。




 カーテン越しでも差し込んでくる日差しは明るく、眠りの妨げにならないよう俺は窓に背を向ける格好で頭まで布団を被り目を閉じた。

 朝まで起きていると体が休息を求めているのか直ぐに意識が遠退いて行き夢の世界へと旅立とうとした、瞬間ー。


 『カタッ』


 微かに物音が聞こえたが眠りに落ちる間際の俺には、何か机から落ちたかと思い余り気にせずそのまま眠る事にした。

 そのまま眠りに付いた俺は直ぐに夢を見た、それもやけにリアルな夢をー。




 俺の背後には誰かが居て、鼻息が荒く、それが耳に息がかかる度に背筋がゾッとした。

 誰とも分からない"奴"は肩や腕それに腰をイヤらしく撫で回してきた。

 夢特有の抵抗しようにも意識すると体を上手く動かす事が出来ない状態で、何者かも分からない変態に触れるがままにされた俺は心の中で助けを求めた。


 しかし心の叫びは虚しく誰かに届く訳もなく、腰に回された手は徐々に上がり胸下まで来た。

 背後からの鼻息がより一層荒くなっていき、ついにその手は俺の胸をまさぐりだし変態は興奮の為か声が漏れた。


 『歩ちゃんの胸やわらかぁぁい。』


 ぐっ、夢の中だからって人の体を好き勝手触りやがってこの変態野郎!しかも女みたいな声で喋るし、これじゃまるで女に襲われてるみたいじゃ……。


 ん?野郎?女?


 俺の中で点と点が繋がり一つの線になった、流石に眠気も吹っ飛び俺はベッドから飛び起きた。

 突然飛び起きた事に驚き目を丸くした人物が俺のベットに横たわっていた。

 そこに居たのは藤崎家長女で勇吾の姉、絵梨だった。


 夢だと思っていたのは実は現実で、眠気で動けない俺を彼女は良いようにしていたのだ。



 「絵梨ねぇ何してんの?」


 俺は冷たく言い放すと絵梨ねぇは左右に目を泳がせ苦笑いをし、口を開いた。


 「あ、あの…、歩ちゃんおはよう、朝だよ。」


 どういう言い訳するのかと思っていたら何事も無かったかのように挨拶をしてくるとは、なんてこの人は図太いんだろうか。

 しかも今から寝ようとしてる俺に態々朝を告げるなんて。


 「おはようじゃないから!朝から何してんのさ!」

 「マ、マッサージをね?疲れてそうだったから。」

 「はぁ、余計疲れちゃったよ。悪夢でも見たかと思ったんだから。」

 「じゃあ改めてもう一回っ!」

 「お断りします!」


 ダメだこの人は、どうしても俺の体に触りたいらしい。今眠ってしまったらまた同じ事の繰り返しだから早く追い出さないと。


 ん?ちょっと待てよ。そもそもどうやって俺の部屋に入って来たんだ?絵梨ねぇの侵入を警戒して窓の鍵は掛けてた筈。


 「てか絵梨ねぇどこから入ってきたの?窓の鍵は掛けてた筈だけど。」

 「どこからって、窓からだよ。」

 「だから鍵は掛けてたから入れる訳ないって!」


 俺の言葉に一瞬目線を逸らし二度目の苦笑いをする絵梨ねぇ、俺はそれを見逃さなかった。

 絵梨ねぇが見た先に心当たりがあった。


 「まさか!」


 俺は絵梨ねぇの言葉に嫌な胸騒ぎを覚えて部屋を飛び出した。

 向かった先は隣の部屋、兄貴の部屋だった。


 胸騒ぎは当たっていた、兄貴の部屋の窓が全開になっていたのだ。

 信じられない…、俺の部屋がダメなら兄貴の部屋から入ってくるのかよ。


 カーテンが寂しくはためくのを見て流石に絵梨ねぇに対して怒りが湧いてきた。

 ここはガツンと言って分からせてやらないと!


 俺は絵梨ねぇに一言いう為に自分の部屋へ戻ると、絵梨ねぇはベッドで布団にくるまっていた。

 全く自分の立場分かってるのかこの人は?これから怒られるのに呑気に二度寝かよ。

 怒りの頂点に達した俺は怒鳴り声をあげた。


 「絵梨ねぇ!」

 「…。」


 返事が無いただの屍のようだ…、って違う!この期に及んで無視しようとしてるのか?


 「ちょっと聞いてんの?」

 「うっ、うう~。」

 「絵梨ねぇってば!」

 「ぐっ…、うぅ。」


 ん?呻き声?布団の中でもぞもぞ動いてるし具合でも悪くなったのか?

 具合が悪くなるのはこっちだよと思いながらも心配して布団を捲ってみた。

 

 「ちょ、絵梨ねぇ大丈夫?具合でも悪いの?」

 「…。」


 またもや返事が無い。返事が出来ない位具合悪いのか?

 絵梨ねぇは枕に顔を埋めて体が小刻みに震えていた。

 これは流石にヤバいと思った俺はお袋を呼びに部屋を出ようとした、その瞬間ー。


 「ぶはぁ、歩ちゃんの匂い堪らなぁぁぁい!」

 「はっ?」

 「この吸い込んだ歩ちゃんの匂いを吐き出したくないぃぃぃ。」

 「…ぐっ、こんのぉぉぉバカァァァアアァ!」


 俺の怒号が家中に響いた。








 今、目の前に絵梨ねぇが正座をしている。





 兄貴の部屋からの不法侵入、人の寝入りを邪魔する処か挙げ句の果てには俺の布団での変態行為ー。

 俺は直ぐ様絵梨ねぇを布団から引き剥がし床に放り投げた。


 「痛たた、ちょっと歩ちゃん酷いよ。」

 「いいからそこに座って。」

 「えぇー、歩ちゃん怒って…、わ、分かりました。」


 自分では分からないが余程鬼の形相でしていたのか、ヘラヘラしていた絵梨ねぇは俺の顔を見ると直ぐ様居直ったのだった。






 俺の怒号を聞き朝食を摂っていた家族は何事かと駆けつけて来たが、いつもの情事だと分かると絵梨ねぇを咎める事無く皆戻って行ってしまった。


 流石にお袋や兄貴からの説教でもあるかと期待していたのに逆に朝からうるさいとお袋から怒られる始末、そんな怒られた俺を慰め始める絵梨ねぇ。


 いやいや、違うから!なんで俺が悪い事したみたいになってるの?


 「よしよし、可哀想な歩ちゃん。私の胸で一杯泣きなさい。」

 「ちょ、まっ、待って!」

 「遠慮しなくていいんだから。」

 「え、遠慮とかじゃないって!」


 慰めようとして俺を抱き寄せるが視線の先には絵梨ねぇの谷間が…。

 健全な男子としてはこれに飛び込まなくて何が男子と思うが今の俺は女の子、相手の好意を利用して淫交に及ぶのは卑怯と言わざるを得ない…のか?


 良心と下心が俺の中の天秤で揺れていたが、未だ良心が勝っている俺は抵抗するように顔を仰け反らせた。しかしそれを知ってか知らずか絵梨ねぇもまた胸を全面に押し出してくる。


 「ぐっ、わ、私ならもう大丈夫だから、離して。」

 「そんな事無い、全然無い!私の胸に、ほら、ほらっ!」

 「ぬぐぐ…、絵梨ねぇ変な事考えてるでしょ?」


 三日月の様に口角を吊り上げた絵梨ねぇの顔は純粋な笑顔とは正反対の何かを企む悪い笑顔をしていた。


 "このまま身を預けたら良くない事が起きる!"


 そう動物的勘で察知した俺は絵梨ねぇの策略に嵌まるまいと必死に拒むも、夜通し起きてた俺に最早抵抗し続ける体力は残されていなかった。


 げ、限界だ…、俺はこのまま谷間に埋もれ、その後絵梨ねぇに良いようにされるのか。

 でもちょっと待てよ、普通だったら女性がこんなに胸を押し出して来る事なんてまず無い。

 ましてや他人の、本当の女性の胸なんて触った事など無いし。


 俺の中の天秤がゆっくりと傾き始めた。


 絵梨ねぇもお薦めしてくるこの谷間はどんな感触なんだろう、どんな匂いで俺を包んでくれるのだろうか。

 きっといい夢が見れるはず、そうと決まればもう抵抗するのは止めよう…。


 朦朧とした考えの中、俺は体の力を抜きそのまま抱き寄せられるままに体を預けた。

 そして無意識に一言。


 「おやすみなさ、い…。」


 落ちかける意識ので中で何か物音がしたが気にも止めてられない、頼むからもう人の眠りを妨げないでくれ…。




 『朝から何やってんだよ!』



 その一言で俺はまたも現実に引き戻された。


 ハッとして声のする方を向くと部屋の入り口で不機嫌そうな顔をした勇吾が立っていた。


 「チッ、あんたこそこんな朝早くから女の子の部屋に何の用なの?」

 「歩の叫び声が聞こえれば様子位見に来るだろ。」

 「は?たったそれだけで人様の家に上がり込んでくる訳?」

 「それを言うなら姉貴の方だ、武志君の部屋から潜りこんだんだろ?」



 突如として繰り広げられる兄弟喧嘩、眠気が最高潮の俺にはいつもの倍以上の目眩と頭痛が襲ってきた。

 何で他所ん家の兄弟喧嘩にいつも巻き込まれなければならないんだよ全く。



 「それはそうと何時まで抱き付いてんだよ。」

 「あんたには関係無いでしょ?何時までもずっとだから。」

 「あ、あのね。」

 「歩が困ってるだろ、離してやれよ。」

 「あんたが邪魔しに来てるから困ってるの!」

 「あの、お二人さんそろそろ…。」

 「いい加減迷惑かけるとお袋に怒鳴られるぞ。」

 「はっ、そんなんで私が引き下がると思ってるの?」

 「だから俺はだな…。」


 ヒートアップする二人を止めようと声をかけるも全く耳に入って無い様子だった 。

 それよりもどんどんと絵梨ねぇの腕に力が入ってきて俺の首は徐々に締め付けられていった。


 「絵梨ねぇ…、苦し、ぃぃ。」

 「大体あんた弟の癖に偉大なる姉に説教する気?」

 「偉大かは知らないけど踏み外した道を正してやらなきゃないのは確かだ。」

 「誰も踏み外したとは思ってないし、これがあたしの進む道だから。」

 「道どころか…、か、川が、見えてきたんだけど…。」


 二人とも喧嘩に夢中で俺が死にかけてるのに全く気が付いていない。

 うっすら見え始めた川の向こうに何年か前に死んだはずの婆ちゃんが笑顔で手招きしていた。


 待っててね婆ちゃん、直ぐそっちに行くから…。




 遠退いていく意識と喧騒、身体中から力が抜けそれと同時に体が軽くなるような感覚。

 どこからか聞こえてくる子供たちの声、それがとても懐かしく感じた…。











 気が付くと山の中に居た。




 鬱蒼と茂る木々、しかしそれは暗さを感じさせず時折差し込む光が何故か心地好かった。


 『ここってあの世ってやつか?でも普通は川とか花畑とかじゃないのか?何で山なの?』


 予想してたのと違う風景に戸惑いながらも知らないはずの山道を登り始めた。

 記憶に無いはずなのに何故か懐かしさを感じながら、辺りを見渡しながら歩いていると後ろから子供たちの声が聞こえてきた。

 もしかしてあの子達も俺と同じ様な目に…。


 どんどん声が近くなり二人の子供が走って来ているのが分かったがその姿に驚いた。

 二人とも着物を着ていて靴も履かずに裸足で山の中を走り回っていた。


 『時代劇で見る子供のような格好してるな。やっぱりあの世かここは?』


 あまりに古風過ぎる格好に少し気味が悪かったが意を決して声をかける事にした。


 『ちょ、あのさ君たちここって…。』

 「ほら、早くしろよ。」

 「待ってよ~。」


 華麗にスルーされてしまった…。と言うか俺自体が見えて無いようだった。

 二人の子供はそのまま山道を駆け上がり、直ぐに見えなくなってしまった。


 なんなんだこの状況、俺は絵梨ねぇに絞め落とされてあの世行き、でもさっきの子供たちに俺は見えていない。

 普通だったらさっきの子供たちはずっと昔に亡くなった子達で、新しく来た俺に『おっ、新入りか?ヨロシクな!』みたいな挨拶くらいあっても良さげなんだが。

 それとも二人とも恥ずかしがり屋さんでこんな可愛い女の子に声をかけられて…、自虐的過ぎるから止めておこう。




 『あぁ~なんだか想像してたのと全然違うなぁ。もっとこう華やかなのをイメージしてたのに。』


 だけど何か変な気分だ、死んだはずなのにその事を嘆く訳でもなく絵梨ねぇに怨み辛みを吐く訳でも無いし。

 きっと今まで生きてきた世界に未練が無かったのだろうな、思えば何をやってもダメで女子にも馬鹿にされるような人生だったし、それならいっそあの世で生きていこう!

 ん?死んじゃったのに生きる!はおかしいよな、まぁいいや。




 『…ホントにそれでいいの?』




 「え?誰?誰って…俺しかいないよな?」


 どこからともなく聞こえてきた、と言うか直接頭に響いた声に戸惑う俺。

 それにそれでいいかと聞かれれば良い、、、訳ない!

 女の子になってしまったけど前より沢山友達だって出来たし、テストで良い点取れたし、色々と面倒臭い人が周りに増えたけどそれなりに充実してて楽しいし。

 何より勇吾に漫画返してねぇ!!



 よりによって最後に出てきたのが勇吾の顔だったが無性に生き返りたくなった。

 生き返るために何か方法が無いかと辺りを見渡していると突然体が地面に沈み始めた。


 『うわっ、なんなんだよ!まさかこのまま沈んで地獄行きなのか?そんなのヤダよーー!』


 沈む体でもがいてみても再び浮かび上がる事はなく俺の体はそのまま地面に呑み込まれ暗闇の中に沈んでいったー。




















 「ぶはっ!!」


 とてつもない息苦しさで目を覚ますとそこにはようやく見馴れた光景、ピンク一色の俺の部屋だった。


 「俺生き返ったのか?」


 体のあちこちを触って無事を確かめどこも異常が無いことを確認して大きく息をついた。

 状況から見ると俺は床に俯せで寝ていたらしく、息苦しくなるのも納得だった。


 無事だったのを喜ぶのも束の間、なにやら後ろが騒がしく振り返ってみるとそこにはあの二人がまだ喧嘩をしていた。


 「いいから私がやるからあんたは出てって!」

 「姉貴に任せると危ないから。」

 「男のあんたの方が危ないに決まってるでしょ!」


 呆れた…、人が死にかけている間も俺を放置してこの兄弟はずっと喧嘩していたのか。

 話からすると息のしていない俺に人工呼吸の類いでもしようとしてたんだろうな。

 そしてそれをどちらがやるかで揉めてたのか…。


 「あのお二人さん、俺はもう大丈夫だから。」

 「あっ、歩ちゃん起きちゃったの?」

 「姉貴がうるさいからだろ。」

 「何言ってのそれはあんたが…」


 エンドレスで繰り返される兄弟喧嘩にウンザリしながらも皮肉を込めて間に入ってやった。


 「自分で言うのもなんだけどよくあの状況で喧嘩出来てたね、二人とも結局何しに来たの?」

 「あの状況って、歩は爆睡してたからな。」

 「そうそう、呼んでもどこ触っても起きなかったんだから。」

 「なっ!」



 どうやら俺は死にかけた訳ではなく単に眠りに落ちただけだったみたいだ。にしても床に、それも俯せで放置なんて扱い酷いだろ!


 「いきなり倒れるから最初は驚いたけど良く見たら寝てただけだったからな。」

 「だから私が歩ちゃんをベッドまで運んで添い寝してあげようとしたらこいつが邪魔してきたんだよ。」

 「添い寝はお断りします!」

 「歩、言っとくけど俺がベッドまで運んでやろうとしてたんだからな。それなのに姉貴がさ。」

 「あんたなんかに歩ちゃんを触らせる訳ないでしょ!」


 要は床で寝てしまった俺を勇吾がベッドまで運ぼうとしたら絵梨ねぇが邪魔をしてきて、それからまた喧嘩に発展した訳だ。

 せめてベッドまで運んでから喧嘩してほしかった…、何が悲しくて自分の部屋の床に寝なきゃならないんだよ。

 


 「もう目が覚めちゃったし、二人の喧嘩の種は尽きたと思うからそろそろお帰り願います。」


 目が覚めたと言うのは方便で実際はまだ眠い、だけど二人が部屋に居ると寝る所かまた喧嘩に巻き込まれかねない。

 さっさと部屋から追い出して俺は早く安息を求めたいのだ。


 「あ、あぁ悪かったな朝から。」

 「そうよ、全部あんたが悪いんだからね。」

 「姉貴が最初に…、」

 「はいそこっ!もう喧嘩しない!」

 「うひひ、怒られてやんの。」

 「はぁ…、絵梨ねぇもだからっ!」

 「えっ、ちょ!」


 絵梨ねぇが最後に何か言いかけたが聞く耳持たずに部屋から追い出した、これに付き合うとまた長くなりそうだったし。

 二人が居なくなった事で俺の部屋はようやく静けさを取り戻した。


 「よしっ、寝るぞー!今なら明日まで寝れる自信がある!」



 絵梨ねぇに汚された?寝具を敷き直し俺は勢いよく布団を被った、フカフカの布団と枕は俺を気持ち良く包み…、枕?

 そう言えば絵梨ねぇが嗅ぎまくっていた枕、そんなに俺の臭いがするのかな?

 ふと自分でも気になり嗅いでみる事にした、変な臭いがしたら嫌だなと思いながらも枕に顔を埋めてみた。



 クンカ、クンカ……。


 「だ、大丈夫かな。洗剤の匂いしかしないし。」


 少し自分の体臭に不安を覚えたがこれといった変な臭いはしなかったのでほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、部屋の窓が勢いよく開いた。


 「歩ちゃ~ん、さっき言い忘れたんだけど~!」

 「えっ、あっ。なんで…。」

 「あっ、自分だけズルい!私にも~!」


 閉めといた筈の鍵はこっそり開けられていたみたいだった。

 そんな事よりまさかの痴態を絵梨ねぇに見られてしまった、俺は顔が熱くなっていくのが分かった。


 「歩ちゃんの枕は豊潤で濃厚な味わい深い「うわぁぁあああぁ!出てけぇぇぇええ!」


 絵梨ねぇは頷きながら講釈を垂れようとしたが、俺は窓から半身を乗り出して来ている絵梨ねぇを必死で押し出そうとした。


 「ちょ、流石にここじゃ、お、落ちるよー!」

 「いいから一回落ちろっ!」

 「そんな酷いぃぃ。」 

 「人の寝入りを二度も邪魔する奴の方が酷いだろ!」


 二人で押し合いへし合いしていると騒ぎを聞きつけた勇吾が慌ててやってきた。


 「二人とも何やってんだよ!」

 「あんたは引っ込んでて、私も歩ちゃんの枕を…。」

 「その先は言うなぁぁああ!」

 「せめて先っぽだけでも!」

 「何の!!」


 絵梨ねぇの体勢が悪い事もあり、なんとか窓から追い出せそうだったが-。



 「歩!いい加減にしろ、姉貴が落ちてもいいのか!?」

 「えっ?」

 「あいでっ!」


 勇吾の突然の言葉に腕から力が抜けた、抵抗を失った絵梨ねぇは勢いそのままに俺の部屋に転がり込んできた。

 勇吾が来た事で俺の味方をしてくれると思っていたがそうでは無かった。


 「あのままだったら姉貴落ちてたぞ。」

 「だってそれは絵梨ねぇが…。」

 「姉貴が何かやったにせよ流石にあれはやり過ぎだ。」

 「…。」


 あんな所を見られて、更に部屋にまで上がり込もうとすれば誰だって抵抗するに決まってる。けど冷静に考えればあのまま続けていたら絵梨ねぇは転落していた…。


 「どうしたんだよ、そこまでする事だったのか?」

 「そ、それは…。」


 どうしたんだ?と聞かれて、恥ずかしい姿を見られた!なんて素直に答えられなかった。そんなくだらない事でもだ…。



 「あんたまた出てきたの?ホントしつこい!」

 「そんな事言って、実際危なかっただろ。」

 「あんたの目はそこまで節穴だったの?そんな訳無いでしょうが!ねぇ、歩ちゃん?」






 「……もういいよ絵梨ねぇ俺が悪かったんだから、窓から落とそうとしてゴメン。」

 「えっ、そんな。歩ちゃんが謝る必要は。」

 「いいから、それともう寝たいから、出てって。」


 俺は喚く絵梨ねぇの背中を押して部屋から追い出した。


 「悪かったな朝からうるさくして、絵梨ねぇにも危ない目に合わせたし。」

 「いや俺は…。」

 「じゃ、俺今から寝るからさ。お休み。」





 俺は窓もカーテンも閉めるとゆっくりとベッドへと潜り込んだ。

 





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