第40話 魔力を制御する刻印
3つあるという神柱。
忘れじの塔と並び立つ存在。
「夢うつしの塔と影映えの塔のどちらに向かおうかしらね」
【どっちもおいらは知らないなあ。それはどこにあるの?】
「場所については、後ほど地図をご用意いたします。明日のご出立までには必ず」
ナパヤが屈強な使い魔を呼び寄せて指示を出す。
「あ、それなら! 俺、夢うつしの塔のほうには調査に行ったことがあります! ご案内できますよ!」
ユウトがうれしそうに手を上げた。
「ありがとう。せっかくの申し出だけれど、道案内は不要よ。ナパヤから地図をもらえれば問題ないわ」
【そうだね。地図があればおいらの空間魔法でだいたいの場所まで近づけるからね】
今度はランダムに移動するわけではないし、探し当てるのに時間がかかったりしないわね。忘れじの塔に行った時も迷わなかったもの。今回も大丈夫よね。
「そんな~。リアンナ様! 俺に恩返しのチャンスをくださいよ!」
食い下がるユウト。
「さっきも言ったけれど、お礼や恩返しは不要よ。わたしは見返りを求めてあなたを助けたわけではないの。もしわたしに救われたことに感謝しているのなら、わたしのためではなくて、あなた自身のためにあなたの人生を全うしなさい。人族の一生はとても短いのよ」
「でも! 俺の人生はリアンナ様たちにもらったものだから!」
なかなかしぶといわね。……なぜナパヤがダメージを受けているの?
【ねぇ、リアンナ。ユウトの体内から魔力の気配を感じない?】
メミニがぼそりと呟く。
「そうだったわ。さっきそれを調べようとしていたのよ」
人族なのに、微量ではあるけれど、しっかりと魔力の反応がある……。なぜなのかしら……。
【もしかして、『刻印』のせいだったりするのかな?】
「『刻印』? なんだったかしら?」
【たしかユウトの左肩に、魔法に関係する印が刻まれていたんじゃなかったかな。前に見た時、リアンナが「これは魔力を抑制する類の魔法陣」って言っていたっけ】
「わたし、そんなことを言ったかしらね……。思い出したわ。たしかに言ったわ」
なぜ今まで忘れていたのかしら。
最近おかしなことが多いわね……。忘れじの塔の前後の記憶の整理に問題が起きているのかもしれないわ。でもそれはあとで考えましょう。
「ユウト。左肩の『刻印』を見せてくれないかしら」
少しその『刻印』を調べたいのよ。
あの時は、魔法陣が起動していなかったし、あまり気に留めていなかったのだけれど、わたしの予想が正しければ、今は起動しているはずよ。
「『刻印』ですね! 今すぐに服を脱ぎます! はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ユウトが腕を畳んで上半身を屈め出す。
一向に服を脱ぐ様子はなく――。
「ふんっ!」
屈めていた胸筋を勢いよく開くと、ユウトの上着がビリビリになってはじけ飛んだ。
「きゃっ! ああっ! お肉の上に布が!」
近くにいたルナリアの小皿に、ユウトから飛び散った服の破片が直撃していた。
突然、上半身裸になったユウトの様子を見て、会場がざわつき始めている。
「ユウト、場を弁えなさい。少し目立っているわよ。普通に脱げなかったのかしら……」
ただでさえ、ずっとナパヤがこのテーブルに張りつきっぱなしになっているせいで、ほかの参加者たちからの視線を感じていたのよね。これ以上目立つのは本意ではないわ。
「ナパヤ。どこか別の部屋を用意してもらえないかしら?……ナパヤ?」
あなたまだ落ち込んでいるの?
王の子なのでしょう? しっかりなさい。エルフ族へのあこがれの気持ちはわかったけれど、連れて行けないものは連れていけない。これはあなたのためなのよ。意地悪をしているわけではないのはわかるわね?
【それは直接ナパヤ王子に言ってあげたらどうかな】
メミニがわたしにだけ聞こえるように呟いてくる。
良いのよ。これ以上追い打ちをかけて、本格的に再起不能になったら困るもの。
「そこのあなた、ちょっと良いかしら?」
ナパヤが動けないなら、ナパヤの使い魔に頼みましょう。
「わたしたち、少し込み入った話があるの。別の部屋に案内してもらうことはできるかしら? ああ、できればそこで抜け殻になっている、あなたの主人も運んでちょうだい」
* * *
ナパヤの使い魔について行くと、こじんまりとした部屋に通された。
誰かの寝室かしら? パーティー会場とは離れているし、ここならほかの招待客たちに気を使う必要はなさそうね。
「ありがとう。助かるわ」
使い魔は、ナパヤを長椅子に横たえると、一礼して部屋を出ていった。
「さて、ユウト。改めて、その左肩の魔法陣を見せてちょうだい」
明らかに稼働状態の魔法陣。
それは遠くから見ただけでもわかるわね。
「実は20歳を超えた辺りから、たまに左肩が熱くなったり、その熱さが全身に広がったりするようになってきたんです……」
「そう。魔力が体内を巡り出したのはその頃ということになるかしらね」
「ユウトさんは魔力を持っているんですね!」
ルナリアがユウトに興味を持ったのか、左肩を凝視していた。
「魔力……ですか?」
ユウトも釣られて自身の左肩を凝視する。
「魔力は、魔法を使うためのエネルギーみたいなものよ。体が熱くなっているように感じる時に、体内にある魔力が凝縮したり、魔法の属性に合わせて変化したりしているの」
おそらく左肩にある魔法陣は――。
「やはりそうね。これはあなたの魔力の暴走を抑えるための安全装置のような役割を持っているわ」
【どういうこと? 魔法を使わせないようにする制御装置ではなかったの?】
「魔法行使できるほどの大きな魔力を放出できないようになっているから、結果的にはメミニの理解であっているわ。でも本来の目的は、魔法の使用を試みた際に、魔力が暴走して肉体が崩壊するのを防ぐために用意されたみたいね」
「この魔法陣がないと、ユウトさんは死んじゃうってことですか?」
ルナリア、爪で魔法陣をカリカリするのはやめなさいね。ないとは思うけれど、万が一魔法陣の一部が欠けてしまったら、それこそ大事になるかもしれないのよ。
「今の状態で魔法陣を失ったら、おそらく死ぬわね……。そうなる前に、自力で魔力制御ができるようになるための訓練を積めば、あるいは……」
どれくらいかかるかはわからないけれど、しっかりと訓練を行えば、魔法陣の制御だけではなくて、簡単な魔法くらいなら使えるようになるかもしれないわね。
【この魔法陣は、ユウトが生まれた時からあったんだよね?】
「生まれた時からかはわからないですが、うんと幼い頃からありました! これのせいで、両親の元を離れて、神殿で暮らすことになったんだと聞いています」
神殿――『神』に祈りを捧げる場所ね。
ユウトはその場所で、生贄として捧げられるために育てられた、ということよね。
【ねぇ、リアンナ……。おいらの勘違いなら否定してほしいんだけど、この魔法陣は……壊れかかっていない?】
「そうね。その通りだわ」
「ええっ⁉ 魔法陣が壊れるとどうなっちゃうんですか⁉ 腕が燃えちゃいますか⁉」
ルナリアがユウトの左肩の『刻印』に触れようとしていたので、やんわりと止める。男の肌になんて触れてはダメよ。爪で触れるところまでにしておきなさい。手で触るのはまだ早いわ。
「燃えるのは腕だけではないでしょうね。魔力の暴走の果てにあるのは、魂の消失よ」
自身の魔力に食われ、焼かれ、そして最後には消えてなくなるのよ。
「そうならないためには、魔法陣をより強固なものに書き換えるか、ユウト自身が魔力の制御ができるようになるか、あるいはその両方が必要になるわね」
「俺……死ぬんですか? この『刻印』のせいで……?」
絶望の表情。
このままだと、その左肩の『刻印』に悩まされ続けた人生は、左肩の『刻印』によって終わりを告げることになるわね。
【リアンナなら、魔法陣の書き換えも魔力の制御の指導もできるよね】
「ルナも魔力の制御の仕方を教えてもらいました!」
それを聞いて、ユウトの表情に一筋の希望の光が射す。
「できるわ。でもここでは無理よ……」
残念ながらね。
わたしにもできることとできないことがあるのよ……。
「じゃあどこなら⁉」
ユウトが叫ぶ。
「魔力が満ち溢れている場所――神柱と呼ばれる、わたしたちの時代に造られた遺物の中よ」




