第九十一話 正義の大作戦。
四等エリアの空気はよどんでいた。
三等以上とは明らかに空気そのものが違う。
運賃によって等級が付けられているのだが、明らかに四等は他とは一線を画していた。
ここには、乗客はいない。ただ『貨物』とその『管理者』がいるだけだ。
客室とは名ばかりで、人間を貨物として運搬するためのエリア。それが四等エリアだった。
狭い廊下の両側に、ドアが三つずつ。もしかしたらこのどれかの中に、サヤがいるかも知れない。
突然、一番近い左側のドアから、野卑な男の声が聞こえて来た。歓声だ。多分カードか何かやってるんだろう。勝ったヤツの歓声と、負けたヤツの罵声。
耳を近づけて聞いてみると、どうやら三人の男と一人の女の子がいるらしい。女の子は男達の仲間というよりは、無理矢理メイドのような事をさせられているようだ。
こいつら、マジでぶっ潰してやる。
俺はそっと扉に触れ、ロックをかけた。これでこいつらはこの部屋から出てこられない。女の子をどうやって助けるかはまた後で考えよう。
次に右側のドアに耳を近づけた。人の気配はするのだが、静かだった。捕らえられた人達の部屋なんだろうな。
残りの四つの部屋も、全て静かだった。時折すすり泣くような息遣いが聞こえる部屋もあった。クソが。あいつら絶対許さねえからな。
シェリーの目が怒りに燃えていた。セレンは……いつもと変わらないな。
俺は気を取り直して、まず泣き声の聞こえた部屋の戸をそっと開けた。
こんな時に俺のチート能力【鍵】は本当に便利だ。触れるだけで、無音でドアまで開いてくれる。
中にいたのは子供達だったが、ドアが開くのに気付いた子は一人もいなかった。まぁ、開くなんて予想もしてなかっただろうしね。
小学校高学年から中学生くらいの年齢の女の子達が、すし詰め状態で座っていた。大人の姿は見えない。年齢層や性別で分けられているのだろう。
彼女達の顔は、大人たちと違って完全に同じ顔と言うわけではなかった。特に年齢が下がれば下がるほど、一人一人の顔に違いがあるようだ。年嵩の子達は大分同じ顔なんだけど、やはりどこかに個人差があるのか、違和感があった。
これは一体どういうことなんだ。
女性の顔が同じなのは生まれつきじゃないと言う事なのか? だとしたら成長と共に同じ顔になっていくのだろうか。
サヤは一体どうして、その顔になっていかなかったのだろう。いや、ほんとその顔になってくれなくてよかったとマジ感謝なんだけどね。
そんな事を考えていると、開いたドアから覗く俺達に気付いた子が悲鳴をあげかけた。俺は慌てて「しーっ!」と唇に指を当てて見せた。
「静かに。君達を助けに来たんだ。ゆっくり、そーっと出ておいで」
囁き声だったが、子供達にはきっちり伝わったようだ。おそるおそる、いいのかな? という表情で立ち上がる。
さて、この子達をどうするか。
四等に人買いたちが乗っているのはこの船の船員たちも承知の上だろう。チケットを売って乗せているわけだから。
しかし、この人数を俺達だけで隠しおおせるとは思えなかった。捕まった人たちが閉じ込められているのは、あと四部屋もあるのだ。
「シェリー、この子達を船員さんのところに連れて行ってくれ。他にもまだまだいるから、何人か応援を寄越してくれって伝えて」
俺は意を決して言った。こうなりゃ正面から行くしかない。幸い俺達が【神の鎧の操者】である事は船員たちにも周知されている。表立って俺達の意向に逆らう事は出来ないはずだ。
シェリーは真剣な顔でうなずいた。
「さぁ、私について来るのだ。静かに、気付かれぬようにな」
子供達を引率して四等エリアを出て行くシェリー。かなりお姉さんぶっていた。どう見ても同世代にしか見えんけど。
他の部屋も、囚われていた人が閉じ込められているだけで、人買い一味の姿はなかった。まぁ、もしいたら一旦ドアを閉めなおして作戦を練るだけなんだけど、面倒な事にならなくて良かった。
五つの部屋を全て解放しても、人買いどもはまだカードに興じていて全くこっちの行動に気付いていなかった。まぁこんな事態を予想する事なんて不可能だから、無理もないといえば無理もない。
さて、こいつらをどうするか。
こいつらだけなら話は簡単だ。このまま王都に着くまで閉じ込めておけばいい。でも、中には女の子がまだ一人残っている。彼女も助けなきゃな。
部屋の前には俺とシェリー、セレン、そして船員さんが一人。人数的には互角だ。でも、こいつらをぶちのめしたところでこいつらの親玉は痛くもかゆくもないだろう。
てゆうかそもそも俺、武器もないのにやつらをぶちのめせるんでしょうか。
「シェリー、セレン。もし戦闘になった時のために、武器スタンバイしといてくれ」
俺の囁き声に、二人がうなずく。
「船員さん、これから起きる事、しっかり見て、聞いといてくださいよ?」
船員は真剣な表情でうなずいた。
なんでも四等エリアは別会社の管轄になっていたそうで、人買いに使われているという事は薄々わかってはいたけど、見て見ぬふりをするしかなかったらしい。
俺はすーっと息を吸い込み、大声を張り上げた。
「火事だーーーーーーーっ!!! 四等エリアから火が出たぞーーーーーーっ!!」
三人が驚いて俺の顔を見つめた。次の瞬間、目の前のドアががちゃがちゃ音を立て、中から男たちの声が聞こえてきた。
「おい! 早く開けろ!」
「開かねえ!! アニキ、開かねえんだよぉ!」
「ふざけんな、ちょっとかせ!」
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
「な、なんだってんだ、この……っ!」
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
「アニキぃ、早く開けてよぉ!」
俺はもう腹筋崩壊しそうだった。だがまだまだ煽りが足りないな。
「早く、早く逃げてください! この区画を封鎖します! 残ったものは燃え尽きてしまいますが仕方ありません! 火災はこのエリアだけで食い止めなければ!」
中の男達がさらにヒートアップするのが手に取るようにわかる。やべ、おもしれえ。
「早く、早く開けろ! あ、おーーーい、外にいる人、ドアが開かねえんだ、開けてくれ!」
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
「いるんだろ! 開けてくれ!」
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
「くそう、開かねえ……!」
「死にたくないよぉ!」
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
「そこの人! 頼む、頼むから開けてくれ!」
どんどん。どんどん。
とうとうドアを叩き始めたな。とりあえず話を進めないといけないんだけど、今声出したら確実に笑い声になる。
俺はすーっと息を吸って、なんとか気持ちを落ち着けた。
「あ、ああ! お客様、まだいらしたんですね! 早くお逃げ下さい! このままでは焼け死んでしまいますよ!」
あはは。我ながら白々しい。
「んな事はわかってんだよ! だから頼む、この部屋のドアを開けてくれ!」
「かしこまりました!」
俺の言葉に安堵したのか、がちゃがちゃもどんどんも鳴りを潜めた。
「あ、お客様、お連れ様のお部屋もお開けしてまいりますので、少々お待ち下さい!」
しれっと言う俺の言葉に、連中はまた完全にパニクった。
「バカな事言ってんじゃねえ! この部屋を最初に開けろってんだよ! 今すぐ開けろ!」
「まぁ、そうおっしゃられましても……お連れ様のお部屋の方が人数も多うございますし、まずそちらをお開けして、避難誘導等済ませた上で、こちらのドアを開けさせて頂こうと思うのですが……」
もう俺の顔は完全にニヤニヤしていた。シェリー達も俺の意図がわかったのか、吹き出しそうになるのをこらえている。
「バカ野郎! 俺達は客だぞ! その客が、荷物なんかほっといていいから俺達を助けろって言ってんだ。早く言う通りにしろ!」
よぉし、あと一歩だ。こいつらのクズっぷりを暴き出してやる。
「荷物? 荷物……でございますか?」
「そうだよ! 他の部屋のやつらはみんな、俺たちの荷物だ! 商品が残ったって、俺達が死んだらどうしようもねえだろうが!」
俺は船員に目を向けた。船員は「ええ、聞きました」とばかりにうなずいた。良かった! これでもう我慢しなくていいぞ!
俺は今まで我慢していた分、思いっきり、爆発的に笑ってやった。
次回予告。
……セレン。
人買い達との戦いに決着がつく。
そして、捕らえられていた者たちの悲しい運命。
火の民とは、一体どんな人達なのか。
次回、Take It All! 第九十二話
「決着の味。」
さぁ泣きなさい。わめきなさい。命乞いをしなさい。
あなた達にはそうされる理由があるのよ。




