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第七十二話 セレンの心。

 湯気はもうほとんど消えていた。


 そして距離をとっていた【気色悪いA】達の魔操鎧もその姿を消していた。なんだ。逃げたのか? いやそんな訳ないか。


「あの超高熱線砲を良く凌ぎきったと褒めておこう。だが! もうお前達に希望はない!」


 マスク野郎の声と共に弾丸が飛んできた。畜生、こっちの状況はばれてるようだ。【気色悪いA】も、【わかりやすい単純クソアホ悪役B】も、マスク野郎と共に水上に移っていた。脚をぶっ壊されても、水の魔操鎧に乗っていれば問題ないわけだ。


 さっき弾丸をぶち当てた水の魔操鎧も、水中機動には問題ないらしかった。くそー、ガイオウと緑の鎧だけじゃ、マジどうしようもないぞ。


 ニミュエの魔操鎧は、その表面にひびが入り始めていた。水分が枯渇しているのだ。下手に動かしたら崩れちゃうんじゃないかと不安になった。中のニミュエは無事なのか?


「おにいちゃん、このままじゃ……」


 シェリーはアイビー・ウィップで敵の砲撃を防ぐのに必死だ。


「シェリー、あいつらが弾切れするまでなんとか守りきれるか……?」


「わかんない。砲兵型魔操鎧は、大地魔法で弾を生成してるから、弾数は実質無限だし……」


 え、マジか。ちょっとそれずるくね?


 でもそうなるとやっぱりセレンの力が必要だ。誰一人死なせるもんか。


「セレン……!」


 セレンが何故そこまでして協力を拒むのか。それが俺にはわからなかった。青の鎧の操者と証明できれば、彼女が恐れるような幽閉などされないだろう。なのに何故。


 だがセレンの口からその気持ちを聞く事はできない。説得しようにも、彼女の考えている事がわからないのだ。


 まさに、八方塞がりだった。




「セレンさん、カイ様を助けて……! お願い……!」




 サヤの声が響いた。


 サヤはセレンにすがるようにして、必死に訴えかけていた。


「ごめんなさい、突然私なんかがこんなお願いをして……。でも、私、カイ様を助けたいのに、何も、出来ないから……」


 サヤの声が震えた。目に涙が溢れ出してきていた。


「カイ様は何もできない私に、色んなものをくれたの。色んな物を見せてくれたの。

 何も出来ないから、何の役にも立たないから、廃棄されるしかなかった私に、自由をくれたの。だから……っ」


 セレンは目を見開いてサヤを見つめていた。サヤの言葉が彼女にどう響いているのか、俺には見当もつかなかった。


「カイ様は、セレンさんにも、きっと、自由をくれる……。だからお願い。セレンさんには、カイ様を助ける力があるんでしょ……?」


 サヤはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。しゃくりあげる声だけが響いた。


 セレンは下唇を噛み締めて、ゆっくりと青い琵琶を構えた。





 弾丸の飛来する音、アイビー・ウィップが弾く音。そしてかすかに響くサヤの息。

 その全てを包み込むように、琵琶の音が流れた。その旋律は優しく、強く、そして悲しかった。


 ――私は、自由が欲しかった――


 琵琶の旋律に込められたセレンの心が、直接響いて来た。




 暗い海底を抜け出し、初めて見た陽の光。

 聖なる地で巡り合った一人の男性。

 彼は突然起きた嵐に巻き込まれ、その命を失おうとしていた。

 必死になって救った彼の命。自分にも、できる事があるんだという実感。

 そして彼女は、恋をした。



 彼は水の民ではなかった。水の中では生きていけない、人間だった。

 海底でその一生を終えねばならない彼女にとって、それは絶望でしかなかった。

 彼女は思いつめた。私も人間になりたい、と。

 彼と同じ人間になって、陽の光の下で彼と共に生きていきたい、と。

 そして彼女は、禁忌を犯した。





 え、もしかして、その「彼」って、俺?


 ちょっと自意識過剰な事を思いながら彼女の旋律に心奪われていると、マスク野郎達がいる水上に変化が起こった。

 グランデ・トルチュが動き出したのだ。





 グランデ・トルチュの周囲に大波が発生した。その波はマスク野郎達を飲み込むかに見えたが、さすが水の民、きっちりと波をやり過ごしてやがる。ちっ。


 セレンの想いに応え、グランデ・トルチュは奴等に戦いを挑もうとしているのか。


 しかし思ったとおり、小回りも利かず、的が大きいグランデ・トルチュはマスク野郎達の動きを捉える事が出来ないでいる。


 グランデ・トルチュはマスク野郎達の砲撃を一身に浴びながら、首を大きく伸ばした。




 禁呪。それは忌み嫌われた高位魔術師の業。

 彼女は歴史からも抹殺された高位魔術師を訪ねた。

 人間になるために。陽の光を浴びて生きるために。

 だが、その代償は大きかった。

 彼女は、一生続く痛みと引き換えに、自由を手に入れた。





 グランデ・トルチュの頭が俺達に迫り、大きく口を開けた。そうか。俺達を口の中にかくまってくれるというわけだ。


 青の鎧の事は気になるが、一旦引いて出直す事は出来る。ニミュエの事も心配だし。

 人質だって取り返しているわけだし、次は水の民全軍の協力を得て来れば、マスク野郎どもはひとたまりもないだろう。


 だが次の瞬間、グランデ・トルチュは苦悶の声を絞り出し、その首は力なく地面に横たわった。





 琵琶の演奏が止まった。セレンは演奏をやめ、グランデ・トルチュの巨大な頭に触れた。目を閉じ、微動だにしないグランデ・トルチュ。


 マスク野郎達の方向に、大きな湯気の塊が出来ていた。超高熱線砲だ。マスク野郎はグランデ・トルチュに超高熱線砲を撃ちやがったのだ。


 だが、グランデ・トルチュは死んでいるわけではなさそうだった。時折、喉元から苦悶の声らしきものが聞こえる。


 セレンはへなへなと座り込んでしまったが、サヤとティティの姿が見えなかった。ニミュエ機もだ。怪我を負いながらも、グランデ・トルチュは彼女達を守ってくれているらしい。


 グランデ・トルチュが動けなくなった以上、全員が飲み込まれなかったのは幸いだと言える。クジラ神殿からの脱出が不可能なら、戦う他ないからだ。飲み込まれたまま一方的に攻撃されて、グランデ・トルチュが死んでしまったら最悪だ。


 そこまで判断して、戦いの足かせになる者だけを必死で飲み込んだのだろうな、と俺は思った。聖なる亀さん、あんた漢だぜ。


 セレンが飲み込まれていないという事は、やはりグランデ・トルチュもセレンが戦うべきだと思っているという事だろう。そして、それはセレンにもわかっているんじゃないか。


「シェリー、行くぞ! あいつらどうにかしないと!」


 俺はそう叫ぶと、セレンをつかんで水際へと走り出した。セレンは放心したように、ぐったりとされるがままになっている。


 水際に着くと、少し離れたところの水面に、グランデ・トルチュの甲羅の一部が見えた。そしてその周囲をマスク野郎達が囲んでいた。


 その甲羅には、大きな穴が開いていた。超高熱線砲で空けられた穴だろう。

 やつらはその傷口に、砲弾を撃ち込んでいた。


「ひどい……ひどすぎる……!」


 緑の鎧から、シェリーの怒りが伝わってきた。


「お前達……やっていい事と悪い事があるのだぞ……!」


 緑の鎧からアイビー・ウィップが伸びた。一瞬にして【わかりやすい単純クソアホ悪役B】の鎧とマスク野郎の【静脈付き】に絡みつく。


「ふん、だからどうした!」


 【静脈付き】が絡みつかれたままぐいっと身を引いた。緑の鎧がバランスを崩しそうになったところで、【わかりやすい単純クソアホ悪役B】機も力をこめて身を引いた。


 緑の鎧が倒れ、アイビー・ウィップが緩む。その隙にアイビー・ウィップを振りほどいた二機は、一気にその鞭を引いた。


「あ……きゃあっ!!」


 緑の鎧が水面に引きずり込まれ、沈んで行く。アイビー・ウィップを伸ばしてどこかに引っ掛けようとするが、そこを正確に狙い撃ちされて固定する事が出来ない。


「おにい……ちゃん……っ!」



 沈みゆくシェリーの声はだんだん遠くなっていき、ついには聞こえなくなってしまった。

次回予告ぅ!


ティティですっ!


シェライアさんの鎧が沈んじゃった!

カイ様の鎧は攻撃が届かないし、一体どうすればいいの?

その時、セレンさんが下した決断とは……!


次回、Take It All! 第七十三話

「セレンの決断。」へ急げ!



ついに! ガイオウ、水面に立つ!?

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