第七十一話 掟。
セレンを見逃す事は、できない。
ニミュエの言葉には、誤解の余地はなかった。
「この件が片付いたら、彼女にはドラゴンパレスキャッスルに出頭していただきます」
ニミュエは戦闘を続けながら、厳しくそう言い切った。俺の背後で、セレンがうつむいて身体を震わせていた。
「どうしても……か?」
俺の問いにニミュエは答えなかった。
「この人、どうなっちゃうの……?」
サヤがティティに、心から心配そうに尋ねた。
「海底に幽閉されるんだ。自由を奪われて、一生海底で過ごさなきゃならない」
俺は自棄的な声で荒っぽく答えると、敵から飛んできた弾丸を右手でキャッチした。
「どうして!? どうしてですか!」
「知るかよ……っ!!」
俺は怒りに任せて、キャッチした弾丸を力いっぱい投げ返した。弾丸はニミュエ機をわずかにかすめて、【気色悪いA】機に付き従っている水の魔操鎧に命中した。
「ご理解下さいとは申し上げられませんが……、これは水の民の掟なのです」
ニミュエの言葉に、ティティがうなずいているのが見えた。そうか。水の民にとってはこれは常識なのだ。
シェリーがかすかにため息をついた。俺達の士気が明らかに下がり始めていた。
いやもちろん士気を下げている場合じゃない。現状わずかにでも俺達が押せているのは、俺達が必死で戦っているからだ。士気が下がり、連携が乱れればひとたまりもないだろう。とにかく、まずはここを切り抜ける事が第一優先だ。
それでも、俺達はじりじりと押され始めていた。マスク野郎が戦線に復帰してきやがったのだ。脚を壊されて動けなくなっていた【静脈付き】は変形したディーノの魔操鎧に乗って、水上を移動している。距離の近い魔操鎧たちに気をとられていると、マスク野郎から遠距離射撃が飛んでくるというわけだ。物騒この上ない。
マスク野郎とディーノに対応するため、ニミュエの魔操鎧に乗って水上に出る事も考えたが、まぁそれは無理だろう。上に乗るのがガイオウだとしても、シェリーに行ってもらうにしても、サヤたちの守備が手薄になる。
マスク野郎は銃を背中のラックに引っ掛けると、胸の装甲を展開させた。なんか嫌な予感がする。
「まとめて吹き飛ばしてやる。後に残るのは鎧だけだ……!」
【静脈付き】にエネルギーが集中しているのがわかった。これはマジでやばいかもしれない。
【気色悪いA】たちの魔操鎧が俺達から距離をとった。
「超高熱線砲……か!」
シェリーが息を飲む。多分マジやばい。ガイオウが無事だったとしても、中にいる俺が蒸し焼きになるタイプのヤツなのかも知れん。マスク野郎の言い草からもそれっぽい空気丸出しだ。
「まとめて消し飛べ……! 鎧にたかるハエどもが!」
【静脈付き】の胸が、死の光を放った。
もうもうと煙が上がっていた。いや、煙じゃない、湯気だ。
湯気の中に揺らめく機影は、ニミュエの魔操鎧だった。
ニミュエ機は両手から大量の水を噴出させて盾を作り、超高熱線砲を防いでいた。大量の水が一瞬で蒸発する程の熱線に、それ以上の水盾を以って防いでいるのだ。周囲の空気はかなり高熱になってはいるが、まぁスチームサウナ程度のもので、即人が死ぬようなレベルではない。
「ニミュエさん!」
ティティが叫んだ。その表情は尋常ではない。
それにしても、ニミュエ機はどうやってあんなに大量の水を積載しているんだ?
「ニミュエさん、もうやめてください! 死んじゃいます!」
な、何? これ、命削ってる的なやつ?
「今やめたら全員死んじゃうでしょう……?」
かすれた声でニミュエが言った。
「でも……っ!」
「今はこれしか方法がないのよ。敵のエネルギーが切れるのが先か、私の中の水が切れるのが先か……」
どんどんかすれていくニミュエの声。だがその口調は優しかった。
「どういう事だ……!」
思わずシェリーがつぶやく。
「ニミュエさんは、体内の水を使って水の盾の魔法を使ってるんです。魔操鎧はそれを増幅しているだけで……。あんなに水を使ったら、ニミュエさん、死んじゃいます……!」
なんてこった。ニミュエは俺達を守る為に命を張るというのか。
……群を守る為に死ぬ。
水の民は強い個体がオスとなり、群を守る為に戦う。オスが死ねば次に強い個体がオスに変わる。
ニミュエはオスに変わったわけではないが、今は俺達という群を守れる唯一の存在なのだ。だからニミュエは迷わずに、オスとしての行動を取っているんじゃないか。
水の盾が消えるのと、超高熱線砲の光が消えるのがほぼ同時だった。
ニミュエ機はぐらりと傾き、そのまま倒れた。
「ニミュエさん!」
ティティがニミュエ機に駆け寄った。
「ニミュエさん! 大丈夫ですか……!?」
「……大丈夫……とは言えないわね。でも、生きてはいるわよ……」
ニミュエのかすれた声が聞こえた。
「……無茶をする。まずはゆっくり休むのだ。後は私とおにいちゃんがなんとかする」
「これが、私の役目ですから……。でも、ありがとう、シェライアさん……」
湯気が少しずつ薄くなりはじめている。視界が良くなればまた戦闘再開だ。何としてもみんなを守らなければ。
……そうか。水の民の掟とは。
オスは群を守る為に死ぬ。オスが死ねばメスがオスに変わる。それが身体の大きさや強さで決まるのなら、最もオスから遠い存在もわかるはずだ。
俺はオーディションに参加した魔操鎧部隊のメンバーがみんな貧……微乳だった事を思い出した。
そうか。人魚の女性がみんな微乳なわけじゃないんだ。微乳な女性が、回遊するメンバーに選ばれていたという事なんだ。
だから、魔操鎧部隊以外のオーディション候補者には胸のある子が多かった。
巨乳=男性に変化しにくいという事なのかもしれない。それに、いざ危機が迫った時に素早く泳ぐためには、豊かな胸が邪魔だというのもあるだろう。
掟は、セレンの自由を奪い、虐げるためのものではなく、彼女たちを守るためのものなんじゃないのか。
それでも、自由を求めるセレンの気持ちを無視する事は、俺には出来なかった。どちらを否定する事も、俺には出来なかった。
「ニミュエ、彼女は……セレンは水の民に渡さない」
俺は静かに言った。その場にいる全員が、はっとして俺を見上げた。
「掟の意味はわかったよ。君達水の民の真意も。だけど、それだけは譲れないんだ。
……セレンは俺が連れて行く。俺やシェリーやサヤが、きっと彼女を守り抜いてみせる」
セレンが大きな目をまん丸にして俺を見上げていた。
「それに、セレンは守られなきゃならないような弱い人じゃないんだ。何故なら……」
俺は一旦言葉を切った。セレン自身がどう思っているのか、まだ俺にははっきりとわかっていなかったからだ。だが、現状を打開するにはもう言うしかない。
「何故なら、彼女は……セレンは、青の鎧の操者だからね」
誰も言葉を発しなかった。サヤとティティが、セレンに視線を向けていた。彼女達にしてみれば、いきなり現れたセレンが青の鎧の操者だと言われてもピンと来ないのだろう。
「セレン、お願いだ。今の俺達を救えるのは君だけなんだ。俺達に協力して欲しい。青の鎧に乗ってくれ……!」
俺は、ガイオウの手をセレンに差し出した。
湯気は大分薄くなってきていた。この湯気が晴れるまでに、彼女を青の鎧のところまで連れて行かなければならない。
だがセレンはガイオウの手を避けるようにして、首を横に振った。
次回予告。
サヤです。
青の鎧の操者はセレンさんでした。
けれど、頑なにそれを認めようとしないセレンさん。
彼女の心に、一体何が秘められているのか――。
次回、Take It All! 第七十二話
「セレンの心。」お楽しみに!
私もできる事……見つけなきゃ……!




