第六十三話 悪霊の正体。
気がつくと、俺の目の前はおっぱいだった。
いや、だが今までとは大分様子が違うぞ。躍動感がある。超至近距離で上下に揺れている。しかも、超巨乳だ。ちゃぷちゃぷと水しぶきが上がって顔にかかる。
……これ一体どういう状況だ?
俺が周囲を見回そうと頭を動かすと、密着していた身体、おっぱいがビクンと揺れた。いやいや、そこに目を奪われるのは男として当然の事だが、まず状況を確認しないと。
耳元で「はっ、はっ」という息遣いを聞きながら周囲を目で確認すると、俺の現在位置は「海面」だった。
そういえば俺、前回のラストで海に投げ出されたんだっけ。とすると、このおっぱいは俺を助けてくれたという事か。どこのどなたかは存じ上げないけど、お礼を言わなきゃな。
でも、なんかこの超巨乳には見覚えがあるような……。
顔を見上げてみると、そう。このおっぱいの主は、水の領域に飛ばされてきた時に初めて出会った、あの美人さんだった。
「助けてくれてありがとう」
俺は波打ち際に座り込んでぜいぜいと息をしながら、助けてくれた美人さんに声をかけた。彼女は俺を海中から救い出し、抱きかかえたままこのグランデ・トルチュまで運んできてくれたのだ。
彼女は俺から10mほど離れたところに座り、黙っていた。
「君は命の恩人だ。名前を聞かせてもらえないかな」
彼女はおそるおそるこちらを向いた。そして、はっと気付いてポケットからメガネを取り出してかけた。そしてメガネ越しに俺と目が合い、真っ赤になっていた。
「名前、教えてもらえないかな。俺、カイって言うんだ。よろしく」
彼女は口をパクパクとさせて、しかし黙っていた。ど、どういうこと?
ここで、俺の頭に色んな事が思い出されてきた。
サヤ達がマスク野郎どもに捕まってしまった事。
マスク野郎どもに協力している水の民がいる事。
そして、青の宝玉を海中に落としてしまった事。
やばいな。こんなところでのんびりしてる場合じゃないぞ。俺の中にようやく危機感、緊張感が戻ってきた。
何とか彼女に協力してもらって事態を打開できないものかな。そのためにも、早く彼女とコミュニケーションを取る方法を考えないと。
「ねえ、君は……」
改めて彼女の方を向いた時、彼女は大振りの短剣を取り出していた。メガネ越しにも彼女の目が据わっているのがわかった。
そうだ。この子、あの悪霊の正体だったんだ。
「ちょ、ちょっと待って! ききき君は……」
思わず上ずってしまう俺の超絶イケボ。
彼女はそんな俺のパニックなどどこ吹く風で、短剣を逆手に握りなおした。
「ま、待て! 落ち着け! 話せばわかる! あれはわざとじゃない、不可抗力なんだ!」
彼女が俺に殺意を抱くとすれば、出会った時におっぱいに顔をうずめていた、という事以外考えられない。
「俺は遠くから飛ばされてきて気を失っていた。気が付いた時にはもうあの状態だったんだ。だからわざとなんてやりようがない。気を失ってたんだから!」
そう言いながら俺はなんか自分自身が信じられなくなってきていた。ほんとにあれは故意じゃなかったのか。気を失っていても、欲望に忠実に動いてしまったのではないか。
いやいやそんなバカな。
俺がパニクりながら自問自ツッコミしている間に、彼女はそのロングスカートのすそをめくり始めていた。
そう言えば、この子はなんでこんなロングスカートをはいているんだろう。泳ぐのにも邪魔だろうに。
彼女がスカートをめくりあげ、その脚があらわになった時、俺のその疑問は氷解した。
彼女の白い脚は、赤や紫の傷跡で覆い尽くされていたのだ。
そして彼女はわずかな傷跡の隙間に刃をあて、新しい傷を付けようとしていた。
「おい、そんな事はやめろ。……やめろ!」
思わず怒鳴ってしまった。俺はこういう痛い映像が苦手だ。しかも生で見るなんてもう痛くてたまらない。
彼女は俺の声に、ビクッと動きを止めた。
「なんでそんな事するんだよ……痛いじゃんか……見てる俺がこんなに痛いんだから、君はもっと痛いはずだろ? なんで……」
俺、情けない事に、こういう時どんな風に声をかけてあげればいいのかわからない。どうしたらいいのかもわからない。でも、見ていられなかった。あれだけの傷をつけたんだ。ただ歩くだけでも相当痛いはずだよ。泳ぐ時だってしみるはずだよ。
彼女は自分の脚から刃を離し、スカートを下ろした。傷だらけの脚は隠れたが、俺の心にはあの傷だらけの痛々しい脚が焼き付けられた。
半べそ気味になっている俺に気付き、彼女はゆっくりと笑顔になった。目の奥で、青い燐光が燃え上がった。
彼女は逆手に握った短剣を顔の横に構え、にっこりと俺に笑いかけた。
思わず苦痛の息を漏らしながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。
彼女が近づいてくるのに呼応して、俺は座ったままずるずると後ずさりした。やっぱり彼女は俺を殺す気だ。何故だ。助けてくれたのに。何故だ。何故こうなった。
「……っ!!」
気合の息と共に、彼女が俺の心臓めがけて短剣を振り下ろしてきた。
何故だ。何故こうなった。
彼女の振り下ろした腕を受け止め、短剣が俺の心臓に突き刺されるのを防ぎながら、俺はその疑問の答えを求めてぐるぐると考えをめぐらせた。
初めて出会った時のハプニングが原因とはもう思えなくなってきていた。
悪霊みたいになって襲ってきた時、そして今。だけど、その間におぼれて死んでしまうところだった俺を助けてくれてもいる。一体どういうことなんだ。そしてあの脚の傷は。
「何故なんだ……何故、俺の命を狙う……!」
俺に馬乗りになって、彼女はぐいぐいと短剣を押し込んできていた。体重を乗せて、何としても俺を刺し殺そうとしていた。が、それでもそれを腕の力で防ぐことはそれ程難しいことではなかった。彼女は非力で、しかも軽かったからだ。
彼女の目に青い燐光が燃えていた。それは彼女の心だった。青く冷たく燃えるその心。だがその心が何を望んでいるのか、俺にはわからなかった。
「君は俺を助けてくれた。二度もだ。最初に会った時だって、君は俺を助けてくれだんじゃないのか?」
彼女が一瞬怯むのがわかった。だがすぐに、前以上の力で押してくる。だがそれでも、俺の力で容易く防ぐことの出来る力だ。
……もしかして。
もしかして、彼女は俺が防げるという事を見越しているんじゃないか。何の理由かはわからない。自分がどうしてそう思ったのかもわからない。だが、その直感は確信に近かった。
「……わかった」
俺は一言そう言って、腕から力を抜いた。賭けだった。賭けに負ければ、俺は死ぬ。だが、恐怖はなかった。
抑えられていた力が一気に開放される勢いで、彼女の握った短剣が俺の左胸に振り下ろされた。
次回予告。
カイ様の有能秘書、ニミュエでございます。
先生の命を救い、そしてなぜかまた命を奪おうとする謎の女。
不必要なまでに乳のでかいその女の名前とは。
そして彼女の目的は……?
次回、Take It All! 第六十四話
「彼女の名は……。」にご期待下さい。
私はあんな巨乳など、決してうらやましくございません。
……うらやましくないもん!




