第六話 幼女登場。そしてついにサヤと……
そこは滝壺から流れ出す小川のほとりに立っている水車小屋だった。滝壺から少し距離があるらしく、滝の音もそこまで大きくはない。
俺はサヤをおんぶしたまま、小屋の扉をノックした。
「あの、カイ様、もう下ろしてください……」
サヤは上気した真っ赤な顔でそう言ったが、俺は下ろさなかった。考えがあったのだ。
もう一度ノックして、反応を待つ。
「……はい」
小屋の中から女性の声が聞こえて来た。低めの声だ。だが、ちょっと無理をして低い声を出しているきらいがある。
「すみません。ちょっと連れが熱を出してしまいまして。一晩だけでも泊めていただけませんか?」
実際サヤの身体から熱は引いているようだったが、まだまだ顔は赤い。これなら信憑性も高いだろう。
小屋の扉がゆっくりと開き、警戒した顔が隙間から覗いた。
それは、ピンと耳の尖った、小学生くらいの愛くるしい女の子だった。
「あの、お父さんかお母さんはいるかな? 俺達、だいぶ困っていて……」
「今この家を管理しているのは私だが」
少女はまた少し無理をしているような低い声で言った。
「それから言っておくが、私は子供ではない」
少女はそう言いながら、背伸びをしてサヤの顔を覗き込んだ。背伸びをする時、尖った耳に力が入ってぴくっと動くのが可愛らしい。俺の貧弱なファンタジー知識からすると、こういう外見の子って、エルフっていうんだっけ。
どう見ても子供なのだが、彼女の言う通り子供でないとするなら、相当に小柄で童顔という他はない。体つきも……華奢で子供体形だ。胸もまだまだ発展途上、無限の可能性に期待! というところだ。
少女はサヤの顔が赤いのを確認すると、俺の顔を見上げた。
「確かにその娘は病のようだな。よし、入れ」
少女は俺達二人を小屋の中に招き入れた。
小屋の中は意外に広かった。真ん中にテーブルがあり、奥に二部屋あって、バストイレも装備されていた。少女が一人で住むには広すぎる印象だ。扉を閉めると滝の音もほとんど気にならなくなった。案外防音の技術はしっかりしているようだ。
キッチンでは大きな鍋が火にかけられていて、小屋中にいい匂いが広がっていた。俺の腹がぐうっと鳴った。
「とりあえず、その娘をベッドに寝かせよう。空腹なようだが、食事はしていないのか?」
少女は右側の部屋のドアを開けた。愛くるしい少女の見た目と、この生意気な口調のギャップがなんか心地いい。低い声は無理して出しているようだが、口調は堂に入っていた。
俺は少女に続いて部屋に入ると、サヤをベッドまで運び、そっと寝かせた。
「あの、私、大丈夫です、けど……」
サヤが身を起こそうとするのを、少女は優しく寝かしつける。身長も140cmには達してはいないだろうというおちびちゃんが一番大人としてふるまっているのが愛らしかった。
「病人はおとなしくしていろ。もう治ったと思っていても、ぶり返す事もある。すぐ力のつく食事を持ってくるから」
少女はすっかり大人な口調でそう言い残すと、ベッドルームを出て行った。
「優しそうな子の家で助かったな」
これで少なくとも今夜の宿と食事は確保できたわけだ。俺はほっとしてそう言ったが、サヤは少し不機嫌そうにふくれていた。
「私、元気なのに……」
病人扱いなのが気に入らないらしい。
「さっきはほんとにサヤの身体が熱かったぞ? 今は元気だと思っていても、本当は疲れがたまっていたりするんじゃないか?」
俺は横になっているサヤの横に腰掛け、彼女のおでこをそっと撫でた。サヤはほっとしたように、気持ち良さそうに目を細める。
「心配かけてしまってごめんなさい……。でも、あれは違うんです……」
サヤはまた赤くなって言いよどんだ。
「違う……?」
頬を染めてベッドから見上げるサヤの表情は、とても色っぽかった。
突然、俺はベッドのある部屋に二人きりになっている事を強く意識した。意識してしまった。胸がどきどきと高まる。
「カイ様、あまり見つめないでください……。私、恥ずかしい……」
サヤは顔を隠すように毛布を引き上げ、目だけで俺を見上げた。可愛い。可愛すぎる。
「ダメだよ。あまりじっくりと見る暇なかったし、よく見せて? サヤの顔」
俺はそう言いながら、そっと毛布をめくってサヤの顔を見つめた。
「ダメです……。私、ほんとブスだから……カイ様に嫌われちゃう……」
向こうに顔を向けようとするサヤ。昼間も言ってたけど、なんでサヤは自分が醜いと思い込んでいるのだろう。単に村が美女ぞろいなのかと思ったが、そんな単純な話ではない気がしていた。
例えばこの家の少女もかなりの美少女だ。サヤに勝るとも劣らないだろう。でも、単純に一直線に「どちらが上」とかって話ではない。方向性や個性があるからだ。
しかし昼間の男たちもサヤの事はブスだと思っていたらしいし、サヤは固くそう信じてしまっている。俺にはどうしても理解できなかった。
まぁ、俺が単純に、これ以上のレベルの顔を想像できないだけなのかもしれないが。
「サヤ、こっち向いて?」
俺はサヤの顎にそっと手をかけ、こちらを向かせた。
うーん、やっぱりどう見ても可愛い。少し目が潤んでいた。本当に自分の顔に自信がないのだ。
「やっぱり天使だ。すごくかわいいよ」
俺は本気で言った。
「サヤは心も、顔も、全部がとてもきれいだ。世界中の奴らがなんて言ったって、俺はサヤが本当にかわいいと思う。俺の事信じられない?」
サヤの大きな目に、みるみる涙があふれた。
「カイ様、ずるいです……。私が、カイ様の言う事、疑うわけないじゃないですか……。でも……」
「でも、何……?」
俺は優しい声で、しかし断固としてもう一押しした。
「だって……今まで、私、いつも……本当に……」
「【でも】も【だって】もいらないよ。俺がサヤを天使だと思ってる事を信じてくれるか、それだけでいい」
サヤの眼から暖かい涙がこぼれた。
「信じます……。私、カイ様の事……信じます……」
「いい子だ。ならサヤ、俺に笑顔見せて? ほら」
俺は指でサヤの涙を拭った。すべすべのやわらかい肌。泣き笑いの笑顔を俺に見せてくれるサヤがいじらしくて……。
やばい、キスしたい。
俺はたまらなくなっていた。サヤが愛おしくて愛おしくて。
しかも多分、サヤも今俺がキスすることを望んでくれてるだろう。
俺の心の中はとんでもない葛藤が渦巻いていた。
キスしたい! だけど……しちゃったらそこで止まれる自信は……ゼロだ。確実に理性が飛ぶ。
さすがに今日知り合ったばかりでそこまでになっちゃうって……。でも、こういうのは勢いも必要だし……。
さっき背中に感じたサヤの胸の感触をリアルに思い出して、さらに俺の理性は危うくなっていた。
頭の中ではすでに【理性くん】が撤退を開始していて、【手を出しちゃっても仕方ない理由】を必死で考えて自分を納得させようとし始めていた。
サヤの顔を見つめる俺の顔が自然に接近していった。サヤは頬を赤く染めて目が落ち着かず戸惑った表情をしていたが……。
サヤは一瞬俺と目を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。