第五話 閃光の魔術師
炎の壁が消えた時、その場に立っていたのは俺だけだった。
サヤは真っ赤に上気した顔でぺたんと座り込んでいたし、男達はコントのオチよろしく髪の毛をチリチリにしてすすだらけの顔で呆然と座り込んでいた。あれだけの炎に巻かれて死んでいないのがすごい。
まぁあの魔法はサヤの発したものらしいから、奴らが死んでいないのはサヤの優しさなのかも知れないが。
それにしても男達の惨状は傑作だった。
そうだ。写メってアップしてやろう。極悪な人身売買業者なのは間違いないだろうし、晒す価値はある。
俺は新品のスマホを取り出した。味気ない待ち受け画面をスワイプするとカメラが起動する。俺はしっかり全員の顔が入るように調整して、シャッターボタンを押した。
パシャッ、という効果音とともにフラッシュが光る。逆光の中でも奴らの表情までくっきりと映っていた。そして、男達の悲鳴が響いた。
……悲鳴?
芸能人や女子じゃあるまいし、写真取られたくらいで悲鳴をあげるか?
サヤの方はというと、まだ少し放心状態だ。
「あ、兄貴、やばいですぜ。これ、マジの……」
三白眼が震えながらリーダー格に言った。すっかりおびえて目が細くなっている。これじゃあ普通の目だ。
「あ、あぁ。こいつ、いや、このお方……」
「せ、閃光の魔術師……!」
リーダー格の言葉を奪うように片目が言うと、四人は這うように俺から遠ざかり始めた。
「あの、知らぬ事とは言え、た、大変失礼致しました。あの、い、命だけは……」
今まで一言も喋っていなかった男が謝罪の言葉を口にした。
「その廃棄……いえ、お嬢様は差し上げますので、どうか、どうかご勘弁を……!」
四人は同時にはいつくばっておでこを地面にこすりつけた。
「差し上げますだと?
この子は一瞬たりとも! お前達のものだった事はない! 自由意志を持った一人の女の子だ!
勘違いするな!」
俺が怒声を浴びせると、四人は面白いように額を地面に打ち付けて謝った。
「それから、随分この子にひどい事を言ってたな。この子は俺の命の恩人だ。俺にとっては天使なんだ。今までこの子に言った暴言の数々、きっちりと詫びて取り消せ!」
見事に逆転してしまった状況に、ぽかんとして座っているサヤに対し、四人は口々に謝罪の言葉を述べた。少しでも心がこもっていないと感じたら、俺は容赦なくやり直しを命じた。サヤはどうしていいかわからず、座ったままずっと俺を見上げていた。
「本当に、すみませんでした!」
四人は最後に揃って俺に頭を下げ、その場を走り去った。俺達はまた二人きりになった。
「ありがとうございます……。カイ様……」
サヤが俺を見上げる目が潤んでいる。まだ頬が上気していて、とても色っぽかった。
「様はよしてくれってば」
俺はどぎまぎして視線をはずした。
「だって! だって、カイ様は、閃光の魔術師様なのでしょう?」
閃光の魔術師。かっこいい二つ名だが、一体何のことだ?
「閃光の魔術師と言うのは、人間の世界に太古から伝わる伝説なんです。
光を操る事が出来る唯一無二の存在で、歴史上にも現れたという記録が残っていないので、架空の存在なのではないかとまで言われているんです。
でも、まさか、私の目の前にいらっしゃるなんて……!」
サヤはもう、古い言い方で言えば「ぞっこん参っている」状態だった。
「そう……なのかな? ピンとこないけど」
「あ、そうか……。カイ様、記憶を失っていらっしゃるから……。
私が、ゆっくり説明して差し上げますねっ」
サヤはそう言って立ち上がろうとした。が、すぐにバランスを崩して座り込んでしまう。
「あ……れ? 膝に、力が、入んない……」
初めてあれだけの魔力を放出したからだろうか。サヤの脱力状態はまだ続いていた。
「もうすぐ、夜になっちゃうし、どこか、泊まれるところ、探さないと……」
がくがくと力が抜けそうになる膝に手を付いて、一生懸命立ち上がろうとするサヤ。だがやはり座り込んでしまう。
「大丈夫? 立てる……?」
俺が手を貸そうとしてサヤの肩に触れると、サヤは高くくぐもった声を漏らし、身体をビクンと震わせた。
「ご、ごめんなさい、なんか、すごく、くすぐったい感じで……」
サヤが少し息を弾ませながら顔を赤らめた。そして、また必死に立ち上がろうとする。手を貸したくても、さっきの反応を考えれば、それもちょっとはばかられる。
どうしても立ち上がることが出来ないサヤに、俺は背中を向けてしゃがんだ。
「カイ様……?」
「ほら、おいで。おんぶしてあげるから」
俺は身体をひねって振り返り、背中を指差した。
「そ、そんなのダメですよっ! カイ様の背中に……なんて……っ」
火を噴きそうなくらい赤くなってサヤは固辞したが、さすがに俺は引かなかった。
「俺なら大丈夫。サヤをおんぶしたってへばったりしないよ。サヤ、軽そうだしね。それにほら、もう日が暮れそうなんだろ?」
「でも……」
なおも渋るサヤ。意外と頑固なところもあるようだ。
「お腹もすいてきてるし、民家のあるところに行きたいなぁ。泊めてくれるような優しい人がすぐに見つかるといいんだけど」
それを聞いて、サヤは観念したように俺の肩に手をかけ、身を寄せてきた。まだ立ち上がることは出来ないようだ。
「あの、それじゃあ、あの、ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
一生懸命謝りながら俺の背中に身体を預けてくる。俺は背中でサヤの軽くて柔らかい身体を感じた。
おそるおそる、という感じでゆっくりと、俺の肩甲骨の辺りにサヤの胸が押し付けられてくる。触れた瞬間、サヤはビクッと身体を震わせて、俺の首にしがみついてきた。俺の背中で押しつぶされた胸は、暖かくて、弾力があって、思ったよりボリュームがあった。
俺は、全神経を背中に集中させながら、サヤの脚を抱えて立ち上がった。
サヤはその振動にも甘く息を漏らし、少し息を弾ませてしまう。
「カイ様、ごめんなさい、本当に、いつでもおろして下さってかまいませんので……」
絶え入りそうな声で、俺の耳にささやく。
「大丈夫だよ。じゃ、いこうか。どっちに向かえばいいかな……?」
しかしサヤは俺の質問に答えることが出来なかった。
村から離れた事はなかったのだろうし、外の世界の事を知らないのも無理はない。かと言って唯一知っている村に戻る事など考えたくもないだろう。
俺は四人組が走り去った方角をちらっと見て、そちらに背を向けた。
「サヤが辛い目にあってきた村に戻る事はないからな。とりあえず逆方向に行こうか」
俺はそう言うと歩き始めた。サヤは無言で、ただ必死に俺にしがみついていた。
数時間歩くうち、完全に夜になっていた。
こんなに歩いても民家はおろか、通行人に会うこともなかった。俺が住んでいた東京では考えられない事だ。さすがの俺も、少し不安になっていた。
夜になったと言ってもそれほど暗くはない。月明り、星明りはもちろん、草や木も淡い光を発していて、夜の世界を照らしていた。
行くあてがあるわけでもなかった俺は、一番近い浮遊島を目標に定めていた。その浮遊島には神殿のような建造物が見えたから、その下まで行けば人がいるかも知れないと考えたのだ。
背中のサヤはいつの間にか眠ってしまっていた。昼間の疲れが出たのだろう。しかし、その身体は発熱しているかのように熱い。初めて魔法を発動させた影響も少なくないはずだ。
俺は歩速を上げた。サヤを早く休ませてやりたかった。
浮遊島から落ちる滝の音が微かに聞こえるようになっていた。
さらに近づくと、滝が落ちているあたりにぽつんと光が見えた。植物が光っているのとも違う、人工的な光のようだ。民家があるに違いない。
俺は身体を振ってサヤを揺すり上げると、さらに歩速を上げた。
「ん……ぁ……カイ様……」
俺がサヤを揺すりあげたその振動で、サヤが目を覚ました。
「あ、カイ様ごめんなさい、私、眠っちゃったみたいで、あの、ごめんなさい、自分で、歩きますっ」
自分の状況を飲み込んで、慌てているのが可愛い。俺はもう一度、自分の意思を示すようにサヤを揺すりあげた。サヤは小さく悲鳴をあげて俺の首にしがみつく。
「大丈夫、ほら、あそこに光が見えるだろ? 多分誰か住んでるんだ。もう少しだから、このまま行くよ」
「で、でも……」
なおも言いつのるサヤの言葉を無視して、俺は光に向かって走り始めた。こうなるともうサヤとしては俺にしがみつくしかない。
「カイ様……カイ様っ」
耳元で何度も俺の名を呼ぶサヤの声を聞きながら走る。ぐんぐん近づいてくる光。
やはりそれは民家の灯りだった。
次回予告。
サヤです。
男達をあっさり撃退し、
まだ体に力が入らない私をおんぶして民家へ向かったカイ様。
そこで出会った少女とは……?
そして、私とカイ様はベッドルームで見詰め合う……。
次回、Take It All! 第六話
「幼女登場。そしてついにサヤと……」お楽しみに!
と、とうとう私達、一線を越えちゃうんでしょうか……/////




