第四話 美少女の甘い吐息
サヤを追ってきた男たちは四人を数えた。いずれもいかにもな悪党|(しかも小物)面で、ザリザリした聞き苦しい声だった。
位置関係としてはサヤと向かい合っている俺の正面、サヤにとっては背後だ。
サヤの瞳に夢中になって、奴らの接近に気づかなかったのは俺の失態だった。もっとも、この世界の人間は魔法が使えるらしいから、なんらかの魔法で近づいたのかも知れない。
男達はエヒエヒと下品極まりない笑い声を漏らしながらゆっくりと俺たちに近づいて来た。
「村から逃げたって無駄なんだよ廃棄物。こっちも商売でやってんだ。てこずらせるんじゃねえ」
サヤはその不快指数数百万レベルのその台詞を背中で受けながら、諦めのこもった微笑で俺を見つめた。俺はサヤの瞳の奥で、彼女の心にまた一つ深い傷が付くのを見た。絶対に見たくない光景だった。
サヤは微笑んだままゆっくりと立ち上がり、俺に背を向けた。
全てをあきらめ、奴らに捕まると言うのか……?
「そこの兄さんもバカじゃねえんだから、こんなブスのために俺らに逆らうような事ぁしねえだろうな?」
左端の三白眼が俺にすごんで見せた。俺を脅す効果を見込んだんだろうが、どちらかというと、優しいサヤが俺を巻き込みたくないという気持ちから、奴らの言う事を聞いてしまう効果の方が大きかった。
「よし、こっちへ来い。てめえみてえな何の役にも立たねえクズは……」
「黙れ」
もう我慢の限界はとっくに超えていた。俺がこの世界に来る時に得た能力がなんなのかはわからない。だが、こんな奴らに負けるために人生投げ打って転生したのか?
俺はゆっくりと立ち上がった。サヤの腕を引っぱって、俺の後ろへ。サヤは驚いた顔で俺を見上げた。
「兄さん。よく聞こえなかったなぁ。もう一度言ってくれねえかな」
右端の片目の男がこめかみに血管を浮きあがらせて言った。左目が大きな傷で潰れてしまっている。大して同情はしない。どうせ今みたいにすぐ頭に血が上って返り討ちにあったのだろう。
「サヤさん。この世界の人間って、みんなこいつらみたいなクズなの? サヤさんみたいに優しくて素敵な人は、他にはいないの?」
俺がおだやかにサヤに聞くと、男達はその言葉に色をなした。
「あぁ? 俺達がクズだと? そこの廃棄ぶ……」
「お前に聞いてるんじゃない!」
俺は鋭く怒鳴った。この超絶イケボ、怒鳴ると迫力が出る。男達は一瞬、息を飲んで固まった。
「こんな人たち……ばかりじゃないと、思います……。多分……」
サヤは消え入りそうな声で言った。そうだ。サヤにとって他人は全て自分をいじめて、クズ扱いした怖い存在だったのだ。それなのに、そうじゃない人もいる、と信じようとしているサヤがいじらしかった。
じゃあ、俺がサヤにとって味方で信頼できる人間の第一号になってやらなきゃうそだろ。
「わかった、ありがとう」
俺はそう言って、サヤの頭をぽんぽんと撫でた。サヤの身長は俺のあごに差し掛かるくらいか。もうほんと、全てが俺の好みだ。好みすぎる。
「じゃあ、遠慮なくこんなクズは掃除していいって事だな。まぁ、もしサヤさん以外の全ての人間がクズだったら、その全部を始末してやるけどな」
俺が一歩前に出ると、奴らは一歩後退した。俺の自信の根拠がつかめず、出方を伺っているのだ。もっとも俺自身、自分に何が出来るのかわかっていないのだから、自信も根拠もない。
「カイさん、私……」
不安そうに俺を見上げるサヤに、俺は笑顔を返した。
「安心して。サヤさんは誰にも渡さない。絶対に」
俺は男達に向き直り、どうするか必死で考えた。もちろん顔には出さない。余裕の表情を浮かべたまま、頭の中は必死だった。
そうだ。どのコースになったのかはわからないが、試してみよう。まずは、スタンダードコースの……【肉体を瞬時にその状況に最適化させる】だ! この場合最も最適な肉体ってどんななのかわからないが、変われ!
筋骨隆々のタフガイになったのか、電光のスピードを秘めたアサシンと化したか。
……しかし、俺の身体が変化した様子はない。
あれ? じゃああれか? 【他人の記憶を自由に書き換えられる】方か?
こいつらに下されている命令の内容を書き換えてしまえば、こいつらが襲いかかってくる理由はなくなる。だが、書き換え方がわからん!! 単に念じてみた所で何も変化はない。
じゃあ、最後の【エキスパートにして覇道コース】の能力は……。
聞・い・て・な・い……!
能力を聞く前に、優姫の胸に顔をうずめ死ぬことしか考えられなくなっていた俺。後悔先に立たずとはこの事だ。
俺が何も行動しないので、奴らはおそるおそる、そしてだんだん大胆に、こちらへ近づいてきた。俺の顔から余裕のメッキがはがれるのも時間の問題だった。
「ズー・シュー・カラ・ベールフェムト……。現れよ! 護りの炎! 炎の障壁!」
俺の後ろでサヤが呪文を唱えていた。使えたことのない魔法でも、すがらざるを得なかったのだ。必死で、奇跡を求めて何度も詠唱を繰り返していた。
無論、呪文が発動する気配はない。
男達の笑いがあからさまに俺達を侮蔑していた。
「なんだ? 使えもしねえ呪文を何度も唱えてよぉ。そっちの兄さんは何も出来ねえみてえだなぁ。ハッタリくれてんじゃねえぞ!」
片目が怒気をあらわにして前に出ようとするのをリーダー格の男が止めた。
「まぁ待て。こいつらには、二度と逆らうことが出来ないようにたっぷり恐怖を刻み込んでやらないとなぁ」
そう言うとサヤに向かって手を伸ばし、短く呪文を唱えた。
「炎の矢!」
男の手のひらから三本、炎の矢が生じた。矢はサヤに向けて発射されるが、サヤは必死で詠唱を続けている。
「ズー・シュー・カラ・ベールフェムト……。どうして出てくれないの……!
お願い……ファイアーウォール、現れて!! カイさんを護ってよぉ!」
悲鳴に似た絶望の叫び。俺の身体は自然、サヤを庇うように抱きしめた。
背中に灼熱の痛みが突き刺さった。
気が狂いそうな痛みが背中に三箇所。そうだこれでいい。全部俺が受けたってことは、サヤは無事だってことだ。
「カイさん……! カイさんっ! どうして……」
意識が飛びそうになりながらも、俺にはまだサヤに対してカッコつける力が残っていた。
「言ったろ。サヤさんは誰にも渡さないって。もう一つ追加だ。もう、誰にも傷つけさせない」
サヤの瞳の奥の心が光を増していた。しかし、その心に開いている穴はまだ彼女の心を縛っているようだった。
これは、鍵だ。
突然俺はそう思った。
この鍵が、彼女の心を拘束しているんだ。
俺がその鍵を開けてやる。
俺が、彼女を自由にしてやる。
俺は覚悟を決めて男達に向き直った。もう表情を繕う余裕はなかった。
この世界の人間は魔法が使えるという。こんなザコい悪役ですら魔法を使えるんだから、俺に使えないはずはない。
「ズー・シュー・カラ・ベールフェムト……」
俺はサヤの唱えていた通りの呪文を唱えはじめた。我ながら凛とした、言霊の乗ったいい声だ。俺の後ろで、サヤが甘い響きの混じったため息を漏らす。
男達は余裕を見せてニヤついていた。多分、俺が魔法を使えないと踏んでいるのだろう。自分の詠唱で魔力が働いているのかすらわかっていない俺だ。奴らの余裕ぶりからして何も起きていないのだろう。だが、それでも俺は詠唱を続けた。
「現れよ! 護りの炎……!」
言葉を発するたびに、俺の言霊が何かに入っていく感覚があった。繰り返されるサヤの甘い息が、俺の心をさらに奮い立たせた。
「炎の障壁!」
呪文を唱え終わった瞬間、俺の言霊が何かの奥まで届き、カチッとはまった感覚があった。
「ん、んぅぅぅぅ……っ!」
サヤの堪えきれない甘い声が漏れた。
そして次の瞬間、サヤが前に突き出した手の先に、巨大な炎の壁が現れ、男達を飲み込んだ。
次回予告。
サヤです。
カイさんが私を、私なんかをかばってくれた……!
力が抜けてしまった私の前で、カイさんが見せた力とは……!
そして、私達の旅が始まる……。
次回、Take It All! 第五話
「閃光の魔術師」お楽しみに!
カイ様、私、ついていってもご迷惑じゃないですか……?




