第三話 転生バンザイ
記憶が飛んだようだった。
あのショップの奥の部屋へ向かったところまでは覚えているのだが、その後がはっきりしない。
とりあえず、気がついたら目の前がおっぱいだったわけだ。
それにしても違和感があった。目の前のおっぱいは、あの優姫の圧倒的なボリューム感と比べて幾分小ぶりだったし、包まれている服装もあのショップ店員の制服ではない。ピンク色の薄手の布地で出来たシンプルな服。
俺は落ち着いて、目の前のおっぱいをしげしげと眺めながら五感を総動員して考えた。するとだんだん俺の置かれている状況がつかめて来た。
周囲は明るく、屋外の、しかも草原のようだった。
俺は柔らかい草の茂った地面に横たわっており、俺の頭の下には暖かい太ももの感触。そうだ。膝枕されているのだ。
目の前のおっぱいはDカップくらいと言ったところか。見た感じ、どうやらノーブラらしい。
「気がつきました……?」
耳に心地いい少し甘えたような声音が俺の耳を愛撫する。目の前のおっぱいがぷるんと揺れ、その向こう側から美少女の顔が俺をのぞきこんだ。
「ん……っ……。君は……?」
膝枕されたまま美少女に言ったその声は、なんか俺の声じゃないみたいだった。あれ? 俺ってこんなイケボだったっけ?
「良かった……。さっき、ちょうどここを通りかかった時、急に空から大きな光の玉が落ちてきて……。気になって来てみたら、あなたが倒れていたんです。
あの……、大丈夫ですか? どこか痛くないですか?」
美少女は少し頬を赤らめ、俺の顔をよく見ようと前かがみになった。おっぱいが俺の顔の至近距離に近づいた。もう少しで触れてしまいそうだ。彼女の胸がもう1カップ大きかったら触れてしまっていただろう。
俺は顔を胸に触れさせようと頭を少し持ち上げた。同時に彼女が身体を起こしたので、俺の顔が空を切る。
俺としてはそのまま身体を起こして、いかにも『最初から起き上がろうとしていました』感を出すしかなかった。欲望に負けて膝枕まで失ってしまうとは、我ながら情けない。
身体を起こしてあたりを見回すと、もう完全に俺の知ってる世界じゃなかった。
俺が倒れていたのは、見たこともないような広い草原。小川が流れ、未舗装の小道が通っている。のどかな田舎の風景だった。見渡す限り、コンクリートのコの字もない。
しかし、今まで俺がいた世界と決定的に違うのは、空中に浮かぶ島々だった。
ある島は高く、またある島は低く、様々な高さに点在する空中島。そこから滝が落ち、下に位置する島や地面へ注いでいた。滝の周囲には虹がかかっていて、幻想的な美しさだ。
そうか、転生が成功したんだ。そして、この世界でのファーストコンタクトがこの美少女というわけか。
それにしても、見れば見るほど可憐な美少女だった。
つやつやした栗色の髪、同じ色の瞳は大きく、まだ子供っぽさを残した頬を紅潮させて俺を見つめている。肩で結んだ簡単な作りのワンピースと、少し巻いたセミロングのヘアスタイルがとてもよく似合っていた。年齢は14、5歳だろうか。控えめに言ってもすぐに抱きしめたくなる美少女だ。
「ありがとう。君が助けてくれたんだね。えっと……」
うん。やっぱり俺の声じゃないみたい。でもこんな超絶イケボになってみたかった俺としては、これは嬉しいハプニングだ。今気付いたけど、この小説の地の文まで、少しイケボモードになっている。ような気がする。いや、気のせいか。
「あ! あの、あたし、サヤっていいます。助けたなんてそんな……」
サヤは真っ赤になってもじもじしていた。いや、元の世界にいた頃、女子がこんな態度で接してくれた事なんてなかったぞ。転生バンザイ。
「あのぉ、お名前、聞いてもいいですか……?」
こんな可愛い子が俺に対してはにかんでいる……。やべえ、これ、すげえ気持ちいい!
俺はサヤをさらにメロメロにしてやるべく、超絶イケボを振るった。
「あぁ、俺? 俺は甲斐……。甲斐、次r……」
「カイ様……! いいお名前です……っ!」
フルネームを名乗りきる前にサヤが目をきらきらさせて身を乗り出した。胸の前で手を組んで、憧憬のこもった目で俺を見つめる。カイは俺の苗字なんだが、ま、いっか。
「様って言われるようなもんじゃないよ。名前以外、記憶がないんだ。ただのカイでいい」
これはいい言い訳だった。記憶喪失ということにしておけば、この世界について何も知らない事が不自然じゃない。しかもちょっとかっこいい言い方ができた。サヤが憧憬に同情も混じった熱い視線を俺に向けているのがその証拠だ。もう俺をほっておくことはできない、と言った表情だ。
「ところでサヤ……さんは、どうして一人でこんなところに?」
これは最初から持っていた疑問だった。こんな周りに何も町や民家の見えないところに、どうしてこんな可憐な女の子が一人で通りかかったのか。
俺がその疑問を口にすると、サヤのその大きな目にみるみる涙があふれてきた。
「私……村を逃げ出して来たんです」
サヤは悲しげに、ぽつりとそう言った。
「私、ブスだし、魔法も使えないし、ずっといじめられていたんです。魔力はあるのに魔法が使えないのは私の努力が足りないから、怠け者だから、無能だからだって……」
実際はこんなスムーズにしゃべれてはいない。しゃくりあげながら、口に出したくもない事を無理に吐き出すかのような述懐だった。
俺の心にムラムラと怒りが沸き上がってきた。と同時に、サヤの言葉からこの世界についての重大な事実を捉えていた。
この世界の人間は、魔法が使えるのだ。
ってことは俺にも使えるのだろうか。しかし、サヤの話からすると、魔法を使うのにも技術が必要であるらしい。俺にはその知識が一切ないのだから、少なくともすぐに使いこなすのは難しいだろう。
でも、ひとつ引っかかる部分があった。
サヤがブス? こんな美少女が?
しかし話の流れから言っても、謙遜して言っているのではなさそうだった。何しろイジメの原因の一つで最初に挙げられたのだ。だとしたらその村の女子はどれだけ美女ぞろいなんだ。ちょっと想像がつかない。
「それで、私、村の決定で『廃棄』される事になったんです」
「廃棄……?」
追放とかならわかるが、廃棄って言うのはどういうことなんだ?
「私みたいに何の役にも立たない子を回収する人たちがいて、そこに引き渡すんです。噂では、魔力の研究材料にされて死んじゃうんだって……。
だから私、逃げたんです」
サヤはすがるような瞳で俺を見ていた。いや、その目はずるい。潤んだその瞳に惹きつけられて、俺は瞳の奥までのぞきこむように、サヤと見つめあった。
サヤの瞳の奥に、サヤの心が見えた。
サヤの心は優しく柔らかそうで、赤い色をしていた。しかしその表面には深い傷が無数に付けられ、光を失っている。そしてその中心に、ぽっかりと深い穴が開いていた。それは彼女の傷つき果てた上の絶望だったかもしれない。
だが、絶望ばかりではなかった。小さいながらも明るく輝いている部分があり、それは少しずつ光を強めていた。
サヤの心の光は俺に起因している。俺はそう直感した。
ならばなおさら、俺がサヤの心の穴を埋めてやらなければならない。サヤが傷ついたまま、不幸なままなんて事があってはならない。
俺はもうたまらず、サヤを抱き寄せようとした。と、その時。
「見つけたぞぉ、廃棄物ぅ」
野卑な声に、耳障りな笑い声が数人。
それは、俺がこの世界に転生してきて初めて聞いた、不快な声だった。
次回予告。
サヤです。
私を追ってきた男達。
彼らは、廃棄物である私を回収しに来たのでした。
でも、その時カイさんが……!
次回、Take It All! 第四話
「美少女の甘い吐息」お楽しみに!
び、美少女なんて……サブタイトル詐欺にも程があります……/////