第二十九話 シェライアの【鍵】。
シェライアの身体を吸い込んだ緑の鎧が動き始めた。伝説の魔操鎧、二機目の復活だ。
「カイ殿……、もう……少しの……我慢……だ……」
片膝をついた状態の緑の鎧が、じわじわと立ち上がっていった。全高はスプリームより少し大きい。しかし、動きが遅い。あまりにも遅い。
「私……が……」
緑の鎧がたった一歩進もうとしている間に、既にゴーレムが三体、接近していた。
三体が同時に棍棒を振るった。緑の鎧は三連撃を避ける事もできず、まともに食らって倒れてしまう。
「しまっ……た……」
緑の鎧の動きはどう見ても異様だった。重い。固い。そう言えば色合いだって、くすんで重い緑色だ。俺が見たシェライアの心の色や、強い光を放った時の宝玉の色とはまるっきり違う。
これは、今のシェライアの心なのか。
シェライアの心に空いた穴。あの色はその影響なのかもしれない。
「マスター、シェライアを助けなきゃ!」
ミュウが耳のそばで怒鳴っていた。
「わかってる!」
俺はガイオウの身体をゆっくりと起こしていった。棍棒の雨がさらに激しさを増す。だが負けるものか。
途切れることなく打ち下ろされる棍棒。だが、ついにガイオウは身体を起こした。棍棒の力が弱まっているように感じられた。いや、違う。ガイオウの、俺の力が増しているのだ。
緑の鎧はその逆に、わずかに身体を動かす事も出来なくなっていた。
「私が……カイ殿……を……たすけ……る……のだ……」
切れ切れに聞こえるシェライアの声。心がどんどん固くなり、それが緑の鎧の、そして彼女自身の自由を奪っているようだった。
「シェライア! 無理するな! 今行く!」
一歩、また一歩と緑の鎧に近づいていく。緑の鎧を襲っていたゴーレムは、一体を残して全て俺の方に向かってきた。そうだ、こっちへ来い。ぶん殴ってふっ飛ばす。
棍棒でボコボコに殴られながら、俺はシェライアを殴っていた一体に、渾身のパンチを繰り出した。ヒットする直前に、俺は顔面にトラックがつっこんできたような衝撃を受けてのけぞった。別のゴーレムの棍棒がまともにガイオウの顔面にヒットしたのだ。これでのけぞるだけで済んだのはさすがだが、パンチの方は空を切ってしまった。大はずれだ。
「カイ殿……」
シェライアの声が弱々しく響く。必死に自分を保とうとしているのが痛々しかった。しかも、その努力がなおさら彼女の心を固くしているのだ。
シェライアの声を通して、心の声が伝わってきた。
――私が、カイ殿を守る。ピクシーオーナーを――
――私が、誇りにかけても――
――私が、こんなちっぽけな私が、それでも――
――ちっぽけな私が、誇りを持つのはおかしいのか――
――何故、エルフなのに私はちっぽけなのだ――
――何故私は、いつまでもちっぽけなままなのだ――
――何故私は――
――ちっぽけな存在でも、私は守らなければならない――
――ちっぽけでも、私は存在しているんだ――
――存在したいんだ――
――だから――
俺は突然、悟った。
そうか。シェライアが誇りを取り戻すためには、誇りを取り戻そうとしちゃいけなかったんだ。
「シェライア、待ってろ、俺がそこへ行く!」
俺は渾身の力を込めて一気に数歩、ガイオウを進ませた。間髪いれずに横なぎに頭部を殴られる。上から棍棒を振り下ろされる。脚を払われる。だが、俺はもう倒れない。膝を地面に付きそうになったが、堪えた。むしろ、さらに数歩進んだ。
シェライアになんていえば良いのかわからなかった。だが、どうしても伝えなきゃならない事が心の中にあった。
そう、シェライアが取り戻すべき誇りは、今彼女が求めているものじゃない。
そう、自分の心を隠して、自分に嘘をついて、それで得た誇りなんて、自分を苦しめるだけなんだ。
「もう無理はしなくて良いんだ、シェライア。今は俺がシェライアを守る番なんだ」
俺は、ゴーレムの棍棒を浴びながら、緑の鎧に近づいていった。
「シェライアは俺やサヤにとって、大切な恩人だ。仲間だと思ってる。エルフだからとか、そんなのは関係ない。
だから、シェライアも俺達に遠慮しないでくれ。わがままだって言ってくれ。
無理して大人みたいに、俺達の保護者みたいに頑張る必要なんてないんだ」
俺は緑の鎧を殴り続けているゴーレムに体当たりをした。ひっきりなしに襲ってくる棍棒に勢いを殺がれ、弱々しい体当たりだったが、それでもそいつを倒す事はできた。俺を追ってきていたゴーレムたちは、俺もろとも緑の鎧にも攻撃をしようとしている。
俺は緑の鎧に覆いかぶさるようにして、かばった。体の大きさが違いすぎてほとんど隠せていない。が、せめてコクピットのある胴体部分だけでも守るんだ。
「シェライアはそのままで充分すごいし、俺は頼ってる。だから、シェライアも俺に頼ってくれよ」
棍棒を浴びながら語る俺の声に言霊が乗り始めているのがわかった。俺の言霊が、シェライアの鍵を開こうとしていた。
「カ……イ……ど……」
シェライアの切れ切れの声。その声の裏に潜んだ、シェライアの想いが流れ込んできた。
「あーあ、また負けちゃった。何やってもシェリーにはかなわないなぁ」
幼い頃のファミルエリシャの声。もちろんお互いに努力を重ねている事はわかっていたし、お互いに尊敬しあってさえいた。ただ、何故か最後に僅差で勝つのがシェライアだっただけだ。
高めあう仲良し二人は、常に同年代の他の子供達とは別格の存在だった。二人はいつも、大人たちから将来を期待されている存在だった。
その関係が崩れ出したのはいつの頃からだっただろう。
ファミルエリシャは身長の伸びも早く、すぐに大人たちからも一目置かれる存在になっていった。彼女の美しさもあいまって、誰からも尊敬され慕われた。
だが、シェライアは。
最初はそれほど気にしていなかった時期もあったようだ。だが、成果と評価に不自然な乖離を感じるようになり、あからさまな軽侮を受けるようになり……。
周囲のエルフたちから【貶めてもいい存在】として見られている事に気づいた時、彼女の中に、大きな穴が開いた。
ファミルエリシャとの関係は変わらなかったが、シェライアは「シェリー」と呼ばれるのを拒むようになった。言葉遣いが変わった。見た目以外の全てにおいて自分の『子供っぽさ』を排除するようになった。
シェライアが否定したい、自身の子供っぽさ。
彼女の心を固くさせているのは、自身の一部を否定せずにはいられないその気持ちからではなかったか。
私は子供っぽくあってはならない。
年齢相応に。いやそれ以上に。
身長のハンデを補うだけの大人らしさを見につけ、示していかなければ、私に存在価値はない。
「そんなことがあるか!」
俺は叫んだ。ガイオウの下に横たわっている緑の鎧がビクッと反応した。
「そんなバカな事があるか!」
俺はもう一度叫んだ。緑の鎧がまた反応し、中からシェライアの声が漏れた。
「俺が、自由にしてやる……。【エルフの誇り】とかいう呪縛から、解き放ってやる……」
「じゅ……ば……く……?」
シェライアの息は弾んでいた。そして、声のトーンがだんだん高くなって来ていた。
「小さくたっていい、甘えたっていい、子供だっていい! 誰にだって、色んな自分がいるんだ。その全部を俺は受け止める!」
「カ……ぃ……」
シェライアの息遣いはさらに性急になり、声は甘く、高くなっていた。俺の言霊が、シェライアの鍵穴に入って行こうとしていた。
「俺だって頼る時は遠慮なく頼る。だから好きなだけ俺に頼れ! 大人ぶるな! 甘えろ!
俺はそんなに頼りないか? 違うだろ!
……シェリー!」
言霊が彼女の鍵穴の奥まで達した感覚があった。緑の鎧の色が変わり、明るく強い緑色の光を放った。
「ぁ……あぁぁあああっ……おにいちゃぁあああんっ!」
シェライアの、いや、シェリーの感極まった声が、半壊した大聖堂に響き渡った。
次回予告!
ミュウだよ!
強烈な光に包まれた緑の鎧とガイオウ。
一体何が起こったのか!?
えええ~~~! マジ!? こんなのアリ?
次回、Take It All! 第三十話
「緑の鎧feat.ガイオウ」
読まなかったら鼻に飛び蹴りだからねっ!
いよいよ大地の章もクライマックスぅ! おっ楽しみにね~!




