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C00話 CODA

 静かだった。

 俺の耳に入ってくるのはただ、俺の足音と俺の息遣いだけだ。

 あの時のように、ウーサラの連中も、イシュ族の連中も完全に動きを止めていた。


 そう。あの時のように。


 タフガイの死。

 俺の脳裏にあの時の光景がよみがえっていた。

 武装した騎士団どもが、全く動く事も出来ずに俺達が逃げ去るのをただ見送っていたあの異様な光景。



 いや、違う。


 あの時は片目や運転手君たちは動く事が出来た。俺に害をなそうとする者だけがその行動を止めていた。


 だが、今は。




 俺以外、動く者はいない。



 サヤも、シェリーも、セレンも、フロゥ族の二人も。

 振り返って確認しなくても、彼女達が動きを止めていることが直観的にわかっていた。




 俺は何をしているんだ。


 何のために俺は走っているんだ。



 俺の心の中は、膨れ上がる黒いものにほとんど飲み込まれていた。今俺が走っているのも、その黒いものの意志だった。


 既に俺の意志は俺の身体を動かす力を持たなかった。



「……確認。R-DL、起動」


 俺の右肩で、ミュウが言った。

 俺以外ではミュウだけが動く事が出来ていた。これは、ミュウの口調が変わってしまっている事とも何か関係があるのだろうか。



 瞬時に現れるガイオウ。俺はガイオウに乗り込んだ。


 もう既に、俺の身体は俺の意志のコントロールから脱していた。慣れた仕草でスマホを引き延ばしてコンソールにセットするのを、俺はぼんやりと観察していた。


 俺の心はもはや黒いものと同一化していると言っても良かった。

 その中に生じているわずかな揺らぎ。溶け切らずに残った不純物。そんなわずかな思考ノイズ。それが今まで思考していた俺の名残だった。



 俺は再び雄叫びを上げた。心の中に膨れ上がる黒いものが、俺の身体を思うままに操っていた。既に思考ノイズでしかない俺は、それをただ傍観しているしかなかった。


 ガイオウのモニタから見える光景は、ついさっき戦った時とは一変していた。地面が遠い。そう、この感じは、火の領域で戦った時に一瞬見えた光景に似ている。


 ガイオウが巨大化していた。


 それも、あの時よりも大きく。


 既にウーサラの連中も、イシュ族の連中も、米粒のような大きさにしか見えなくなっていた。

 さながらガイオウの足元に蠢くアリのようだ。巨大化とともに広がった足の間に、それでもまだ一人ひとり識別できる大きさの彼ら。


 ガイオウが右足を上げた。


 何をする気なんだ俺は。まさか……。


 ガイオウは足を揃えるように、右足を下ろしていった。そこにはウーサラやイシュ族の連中がまだ動く事が出来ずにいた。


 いや、それだけじゃない。


 さらに巨大化を続けているガイオウの足の大きさでは、サヤ達まで巻き込んでしまう。


 やめろ。やめろ俺。


 みんな逃げろ! 逃げてくれ!


 だが、俺のその思いは、俺の行動に何の影響ももたらさなかった。あくまで心の揺らぎ、思考ノイズでしかありえなかった。




 右足が地面に降ろされた。










 多分、俺は悲しんだんだろう。悔しかったんだろう。

 だが、それも心の中の黒い何かが飲み込んで行った。




 何が、起きているんだ。




 あの何かが切り替わったような音。あれが決定的にすべてを変えてしまった。後戻りできないところまで来てしまっていた。


 ガイオウの巨大化はまだ進行していた。

 既に風の領域を包み込む旋風の結界を突き抜け、外の世界を見回すことができるようになっていた。

 空飛ぶエジソンの倉庫で見た立体地図のような光景が眼下に広がっていた。


 全ての浮遊島が、ガイオウの膝から下に見えていた。王都マティックの浮遊島も、大地の神殿がある浮遊島も視認できた。水の領域も一望できる。

 まさか、俺はこの浮遊島も踏みつぶそうというのか。


 しかし、ガイオウに動く気配はない。ただ、じっと立っているだけだ。


 それでもガイオウの巨大化は止まらなかった。




 何が、起きているんだ。




 そうか。ガイオウが大きくなっているんじゃないんだ。

 膨れ上がる黒いものの影響でガイオウが大きくなっているんじゃない。






 世界の方が小さくなっていってるんだ。



 俺はぼんやりとそう考えた。考えるエネルギーが無くなってきていた。



 でも何故だ。何故世界が小さくなっていくんだ。





 コノ世界ガ、必要ジャナカッタカラダヨ。

 




 俺の心の中に、ふとそんな思考が浮かんだ。




 ボクガ作ッタコノ世界ハ、何ノ役ニモ立タナカッタミタイ。



 その思考には、何の感情も籠ってはいなかった。



 ボクノ世界ニ入ッテ来タ異物……。ダカラ元ノ大キサノママナンダネ。



 異物――。そうか。俺はもともとこの世界にとって異物だった。

 何故、こんなところにまで来てしまったんだ……?



 ソレカ。ヤッパリ。



 その思考と共に、俺の身体が勝手に動き、コンソールにセットされているスマホを叩き壊した。

 右肩に乗っていたミュウの重みがすーっと消えて行った。



 同時に身体が自由になった。

 心の中にあった黒いものが一瞬にして消え去っていた。


 何だったんだ一体。


 一体今のは何だったんだ。


 心の中の黒いものが消えたからと言っても、何も解決しているとは思えなかった。

 既に世界はガイオウの足の下だ。ガイオウは全てを踏みつぶしてしまった。


 ウーサラも、イシュ族も、フロゥ族もハヤテも。コノハやフタバ、シゲミさんや風の領域のみんなも。

 あの四人組も、ユイもエミもリオ姐さんも、謎の黒髪の子も、ミナも、あのおっさんやじじい、火の領域のみんなも。

 ニミュエやティティ、総帥ゼット、ジャンゲルロイコの子も、水の領域のみんなも。

 マスク野郎達も。ファミルエリシャも。あの長老のじじいも、大地の領域のみんなも。


 そして。


 セレン。


 シェリー。


 サヤ。




 全てをガイオウが踏みつぶしてしまったんだ。




 何でこんな事になるんだ……。





 悲痛な思い。だが失ったものがあまりにも大きすぎて、実感を持つ事が出来なかった。






 ……ん?


 シートが、きつい。



 俺はコクピットを見回した。心なしか、天井が少し低くなっている気がする。



 まさか。




 ガイオウが、小さくなってきているのか。


 そうだ。ガイオウはこの世界の物だ。スマホという「異物」と接続する事によって、俺と共に大きさを維持していたガイオウが、スマホの破壊によって世界と同様に小さくなり始めているのだ。


 このままでは、俺は小さくなっていくガイオウのコクピットにつぶされてしまう。

 俺はここでつぶされて死に、世界は消え去るという事なのか。





 この世界は、必要じゃなかった。

 役に立たなかった。





 あの黒いものはそう考えていた。だから、この世界が消えるのか。


 俺の頭に天井が当たった。シートから降りて、狭い床に座った。既に立って両手を伸ばせるスペースはなかった。




 サヤ、シェリー、セレン。ごめん。



 俺は何もできなかった。

 これからやらなきゃいけない事もまだまだあった。でも、それをすることもできなくなった。




 解かなきゃいけない謎。なんとかして助けたいと思った心。

 これまで出会った人達。これから出会うはずだった人達。

 そのすべてはもう失われたのだ。

 ただ残っているのは『あの黒いものが何者だったのか』。



 息苦しくなってきた。四方の壁が、俺の身体を圧迫し始めていた。

 渾身の力を込めても抗えない、圧倒的な、確実な収縮。



 おい、いいのか。こんなところで世界を終わらせても。

 お前の世界が役に立たなかったってどういう意味だ。

 何故俺をこの世界に呼び込んだ。


 既に呼吸ができる状況ではなかった。苦しい。骨の折れる感覚。激痛。



 何故だ。何故なんだ。



 だが、俺の心の中にはもうあの黒いものは存在しない。





 答えは、どこにもなかった。
























































































 だが、俺は諦めない。

 もう転生などできはしないだろう。

 だが、それでも……。

一年半の間、大変ありがとうございました。


小説家になろう版

Take it all! ~冴えない営業マンの俺が異世界転生したら超絶イケボな16歳になっていたんだけど、なんか英雄の掛け持ちをする流れに。それ、俺の能力じゃないんですけど!~

は、ここで完結します。



まだ、物語は半分も描けていないところでの終了となりました。

これは、多くの方に楽しんで頂く事が出来なかった自分の力のなさが原因です。


ですが、まだまだ書き切れていない物語も、テーマも山のように残っています。

必ず、もっと沢山の方に楽しんでいただけるような形で、完全版を発表します。


執筆自体は継続しております。



ありがとうございました。

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