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C01話 to CODA

 なんだなんだ。一体なんの騒ぎだ。


 イシュ族達の騒ぎはただならぬ雰囲気を帯びていた。口々にリーダー兄さんを呼ぶ声が聞こえるが、それはもう金切り声に近い。

 連中は半壊したリーダー兄さんの魔操鎧を取り囲んでいた。機体はもう動かすことができない状態なのに、リーダー兄さんが出てこないらしい。ハッチのロックは外したはずなんだけど、おかしいな。


「おーい、どうした?」


 俺はちょっと嫌な予感がして、イシュ族の連中に声をかけながら走り寄った。敵だってのに、俺もお人好しだなぁ。


 イシュ族の連中は駆け寄ってくる俺を見て、気まずそうに黙り込んだ。そりゃそうだよな。さっきは俺を殺しかけるレベルで戦ってたわけだし。卑怯な手を使って陥れたりもしたわけだし。


「おーいリーダー兄さん。どうした?」


 俺が拳でがんがんと魔操鎧を叩いた。リーダー兄さんに呼びかけるためだけじゃない。ハッチを開ける意味もあった。そもそもハッチはロックしていない。なのに開かないって事は、多分何かが引っかかってるんだろう。そんな「偶然できた鍵」だって、俺の【鍵】の能力なら開けられるはずだ。

 もちろん、リーダー兄さんの魔操鎧のハッチは音もなく開いた。


 ばしゃっ、という音を立てて、真っ赤な液体が地面に跳ね、その後に重い音を立ててリーダー兄さんの身体が落ちてきた。

 左肩がざっくりと裂けていた。首にかかっている「本命首飾り」はたっぷりと血を含んで真っ赤だ。血まみれのリーダー兄さんは、死体のような顔色をしていた。


 鳥57の魔操鎧に大破させられた時、致命傷を負っていたのだ。





「セレン! セレン! 頼む、回復水を!」


 ただならぬ状況に息を飲むサヤとシェリー。セレンは無表情にうなずくと、琵琶を鳴らした。間に合ってるだろうな? まだリーダー兄さん死んでないだろうな?


 敵対してきたとは言え、リーダー兄さんに死んでほしくはなかった。このストーリーはほとんど人が死ぬことはないから大丈夫だとは思うんだけど。でも、そう言えば。


 火の領域でタフガイのおじさんが死んだのは第百一話だった。今回二百一話。なんか嫌な予感がする。


「冗談じゃないぞ隊長さん。村に帰ったら女の子が待ってるんだろ? こんなとこで死んでる場合じゃねえだろ! おい!」


 響き渡る悲痛な超絶イケボ。だがリーダー兄さんは目も口も開かない。

 俺達の見ている前で、リーダー兄さんの身体がゆっくりと獣型に変化していった。お、これはまだ死んでないって事か……?


 だがイシュ族達の表情は硬いままだった。


「帰類してる……? 死んじゃったのかなぁ?」


 ショタ坊主が少し離れた所からリーダー兄さんを眺めて言った。帰類? 帰類ってなんだ?


「安心して。さっきも言ったけど、あたし達お腹空いてないから」


 少し離れた所から、ソウがイシュ族達に声をかけた。彼らに気を使って、それ以上近づかないようにしているんだな。

 イシュ族達は、二人の子供を恐れるようにじりじりと距離を取っていた。やっぱりその辺が捕食する側とされる側って事なんだろうな。


 ゲキの姿になっているリーダー兄さんの顔色はわからなかったが、少し傷が治り始めているように見えた。ってことは、リーダー兄さんは死んでないんじゃないか? ギリギリで間に合ったのかもしれない。

 セレンの琵琶がもう一度鳴り、リーダー兄さんにもう一度回復水が浴びせられた。


「サリュメスケイ・コ・タシュレウテミド……。治癒の息吹(ヒーリング・ブレス)……!」


 シェリーが回復の呪文を唱えた。回復水と呪文の力を合わせれば、リーダー兄さんを救えるかも知れない。シェリー、GJ!


 細かい傷はきれいに治っていたが、さすがに左前足付け根の傷はまだまだ深かった。ちぎれそうな感じではなくなっているが、それでもまだ相当な深手というレベル。やっぱり、手遅れだったか……?


 その時、リーダー兄さんが確かに身体を震わせた。


 セレンの回復水とシェリーの回復呪文はギリギリのところでリーダー兄さんの命をつなぎとめたのだ。

 リーダー兄さんは苦痛のうめきを漏らしながら目を開けた。




 イシュ族の手を借りてなんとか身を起こしたリーダー兄さんは、セレンの回復水をもう一度浴びた。これでもう大丈夫だろう。

 そう言えばさっきショタ坊主が言ってた「帰類」。どうやら風の民は死ぬ時、その種族特有の姿になって息を引き取るんだそうで、その現象を「帰類」と呼ぶんだそうだ。

 帰類によってゲキの姿になっていたリーダー兄さん、本当にやばいところだったらしい。


 魔操鎧は放棄するしかないリーダー兄さんが仲間に介助されながら、左の前足を引きずって大型荷車に向かうのを見送って、俺はほっと一息ついた。さて、俺達は今日はここに泊まりだな。


 キャンピングトレーラーはもう使えないだろうし、やっぱりログハウスを出すしかないかな?

 俺がスマホの充電を確認しようとした時。


「マスター! ちょ、ちょっとあれ……!」


 飛び回っていたミュウが俺の右肩に戻って耳を引っ張った。

 何だようるせえな。と思う間もなく、複数の羽音が聞こえ、恐ろしい悲鳴が上がった。




 リーダー兄さんが、襲われていた。


 四羽の黒い鳥に。



 黒い鳥たちは、大怪我を負ってろくに抵抗もできないリーダー兄さんを四羽がかりで一方的に攻撃していた。


「ヘマしやがって。こいつ」


「どうせ死ぬんだろ。俺達が食ってやるよ」


「新鮮なゲキ肉なんてなかなか食えるもんじゃねえからな」


 鳥たちの声には聞き覚えがあった。当然だ。

 あいつらだ。ウーサラのクズ共。手下にしていたものですら、楽に狩れるとなれば狩るってのか。


 イシュ族の連中もリーダー兄さんを守るために立ち向かっていたが、いかんせんウーサラは飛べる。リーダー兄さんはろくに動けない。その結果は火を見るより明らかだ。イシュ族の連中もケガを負わされて、その抵抗を諦め始めていた。

 リーダー兄さんの声がどんどん弱々しくなっていく。


「許せぬ……」


 シェリーが震える声でつぶやくと、アイビー・ウィップを握りしめた。サヤもセレンも、それぞれの武器を構えた。


「ダメだよ。おねえちゃんたち」


 ショタ坊主がサヤ達を止めた。何言ってんだこいつ。あんな卑怯なやり方……。


「あれはウーサラ族の狩りなんです。狩りは、狩るものと狩られるものの戦いなんです。だから、手を出しちゃダメです」


 ソウがきっぱりと言った。


 それはそうかも知れない。けどあんなやり方は……。

 はらわたが煮えくり返るような気持だったが、俺はソウの言葉の正しさを認めてしまってもいた。

 これは、自然の摂理なんだ。種族によってその生き方が違うのは当然だ。強ければ正々堂々とも戦えるだろう。でも、そうする事ができない肉体しか持たない種族なら。


 納得はできなかった。心の奥底に怒りとも悔しさともつかぬ感情が渦巻いていた。


 それでも、俺達はソウの言葉の正しさに従うしかなかった。


 俺達が見守る中、リーダー兄さんの長く弱々しい悲鳴が上がった。サヤは耳をふさいでぎゅうっと目を閉じていた。


 ウーサラどもの歓声があがり、四羽のウーサラはその爪にリーダー兄さんをひっかけて飛び上がった。重そうに、ゆっくりと。


 血まみれの「本命首飾り」が、地面に落ちた。





 ……だめだ。やはり、だめだ。

 俺の奥歯がギリっと音を立てた。


 心の中で、どす黒く強力な何かが膨れ上がってくるのがわかった。だがこれまでに経験した事のあるどす黒い欲望とは全く違う。圧倒的な負の力感をもって、その黒いものは俺の心を飲み込んで行った。


「ダメ! 何するのマスター!」


 ミュウの声は金切り声に近かった。

 ただならぬ気配に、サヤ達の視線が俺に集中していた。


 一歩、また一歩。

 俺はゆっくりと、無言でウーサラ共に向けて歩を進めた。

 俺の視線の先で、ウーサラ共は哀れな肉塊と化した獲物をぶら下げて高度を上げて行った。

 醜い罵り声。醜い嘲笑。姿も声も、奴らの何もかもが醜かった。


「カイ様……!」


「お兄ちゃん……!」


「カイ君……!」


 サヤ達の声に混じる驚愕と恐れの響き。


「マスター! しっかりしなさいよ! 本当に、本当にそれでいいの……!?」


 だが、彼女たちの言葉も俺の中の黒いものに吸い込まれて行く。




 俺は叫んだ。意味をなさない雄叫び。自分の声じゃないような、いつもと変わらない声。



 その声に打たれたように、ウーサラ共の羽ばたきが止まった。





 俺は、落ちていくウーサラ共に向かって走り出しながら、何かが大きく切り替わるような、金属的な音を確かに聞いていた。

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