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可変迷宮  作者:
第五部.SÛRE LOVER

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96/116

96.奪ってしまいたい

 金色の盾に叩きつけた拳の先から光が放たれ、一瞬で鎧騎士を包みこんで圧縮する。

 いつもの行程の後に残されるのは、皿に乗ったフレンチトースト。


 黄金色の輝きを反射する1枚の分厚い板は、もはや純金のインゴッドと呼んでも差支えは無い。

 バニラの香りが鼻孔をくすぐる。バニラアイスは乗っていないので、バニラエッセンスだろうか。

 その金の表面を覆う焦げ目は輝きを失わせるものではなく、むしろ一層の光を生み出すためのアクセントでしかない。


 手にフォークを持ち、パンの中腹ほどに切れ込みを入れるべくフォークの腹を差しこもうとするが、圧倒的な弾力がフォークを押し返してくる。

 それでも尚、更に力を入れて押し込むことでやっとパンが切れると、今度は切れ目からほわっと湯気が上がった。

 切れた小さい方の欠片をフォークで突き刺し、それを口元へと運ぶ。


 バニラの匂いは濃くなり、卵とバターの流濁した濃厚な香りは鼻孔から口腔へとなだれ込む。

 一口で舌の上へと乗せれば、最初に僅かな塩味。直後にじゅわりと染み込んだメープルシロップの甘味がだくだくと攻めよせる。

 固形状の液体であるような柔らかさで、熱さをもったトーストが舌の上を踊った。


 甘い蜜が味蕾から入り込み全身を巡る。


 ぐでん、と脱力するほどに甘味が体を支配し、脳髄の奥まで届きそうな幸福感が意識を乗っ取ろうとする。

 こんなことならコーヒーを残しておけばよかった。


「胃に重いですね」


 妹が直接トーストをかじりながら寸評を垂れる。

 その後ろでは横になったままのギルド員たちが気味悪そうな顔で俺の食べているものを見ていた。


「それ、食っても平気なものなのか?」

「大丈夫だ、問題ない!」


 安田君がトーストを頬張りながら親指を立てて返す。

 訝しげな顔を隠さないままだが、甘い臭いにつられてミル班長と呼ばれていた男性がフレンチトーストを手に取った。


「柔らかいんだな」


 食べ物になる前の金色の鎧の魔獣を見ていたからか、硬いようなイメージを持っていたのかもしれない。

 口を開けて半分ほどを一気に口に入れると「甘ぇ」と小さく呟いた。

 甘いのは苦手だったのか、残った半分を他の班員に「大丈夫だ」と差し出す。

 おずおずと受け取った班員達が啄ばむように、次第に口に詰め込むようにフレンチトーストの乗った皿を空にしていった。


「本当に助かった。水を貰った上に食べ物まで」

「得体のしれない食べ物だけど、美味かった」

「今でも不安だが感謝はしている」


 複雑な気持ちと一緒に頭を下げられる。


「何はともあれ全員、無事でよかった」

「ミル班長、少し休んだらすぐに帰りましょう」


 ルードがニコニコしながら班長に帰ろうと告げるが、班長は何かを思案している顔で頷こうとしない。


「ミル班長?」

「そのことなんだがな」


 班長は視線を俺に向けて「最下層まで同行を頼めないか」と尋ねてきた。


「助けて貰った上に、こんなことまで厚かましいことは分かっている」


 だがしかし、自分達が進むことさえ困難な可変迷宮を他の班が代理でやってきたところで何が変わるわけも無い。

 ならば、ここで余裕のありそうな俺達に同行してもらって一気に最下層まで進んでしまいたいと言うことらしい。

 それに規模的には次の階層が最下層になっていてもおかしくないそうだ。


「私は最下層も見てみたい!」

「シンタさん、どうしましょう?」


 安田君は奥まで進むことに賛成で、イサナは俺に任せるようだ。

 妹はどうなのだろうと表情を窺って見ると「私は面倒見ませんからね」と興味が無さそうに応えた。

 まるで捨て犬を拾ってきたような態度だが、誰も反対していないので構わないだろう。

 手持ちの食料も増えてはいるが、更に多くなって困るものでも無い。


「じゃあ最後まで行こうか」


 そう応えると班長が顔をくしゃくしゃにして「ありがたい」と言う。


「戻ったら、必ず相応のお礼をさせて貰う」

「じゃあ伝説の武器とか欲しい!」


 さらっと安田君が無茶を言うが、冗談だと思ったのか他の班員が笑っていた。

 安田君も顔は笑っているが、きっとあれは本気で言ったのだろう。目が笑っていない。

 手持ちの食料からいくつかを渡して、食事と休憩をしながら雑談をしていると班長が尋ねてくる。


「そういえば、途中で巨大な貝の魔獣はみたか?」


 砂浜の階層で見ていたので、そう伝える。


「恐らく、あの階層は通常の可変迷宮とは異なる固定階層だ」


 良く分からないので説明を求める為にイサナを見ると、近づいてきて説明をしてくれた。


「通常、魔力の漏れ出る隙間は最下層にしかありませんが、稀に隙間が密集することがあります」

「そうなると、強力な魔獣が固定して出現する階層になるんだ」

「要するに、中ボスですね」


 妹が簡単にまとめた。

 班長達は途中の巨大な貝を避けて通ることが出来ないと思って先へ進む決断をしたそうだ。

 進む際にルードを飲みこまれ、自分達も飲まれないように必死に逃げて奥へと来てしまったので、後は奥に進んで地上に戻れるような魔術具を見つける計画だったらしい。

 結局、何も見つけられずに食料も水も尽きたところに俺達が間に合ったようだ。


 道すがら聞いた話ではルードや班長の所属しているのは冒険者ギルドの"黒い巨人"で、新しい迷宮が発見された時には一番に調査に入るらしい。

 他には警護や迷宮から溢れた魔獣の退治で、何事も「安全」であることを念頭に行動しているそうだ。


「この可変迷宮にも十分な人員と装備で挑んだはずなんだが、魔獣が予想よりも強すぎた」


 ルードも同じことを言っていた。

 準備を万端にしている班長達が手ごわいと言うのだから、よっぽど強い魔獣がいたのだろう。

 俺達は掃討された後から迷宮に入ったのだから、強い魔獣と出会っていなくても不思議は無い。

 どんな魔獣がいたのだろう。きっと美味いのがゴロゴロしていたに違いない。うらやましい話だ。


 ◆


 班長達と合流した場所から移動し階層をまたがって別の場所へと進むと、急激に温度が上昇してくるのを感じる。

 汗が吹き出し、サウナの中を歩いているような気分になってきた。


「ねえ、何だか暑過ぎない?」


 最初に安田君が声を上げた。

 汗だくになる程の熱気が道の奥から吹きつけているのは全員が感じ取っている。

 イサナが魔法で水を作りだし小まめに補給をしているが、暑さは増すばかりだ。

 流石にこのままでは進むにも影響が出るかと思い始めたあたりで道が開け、赤い光に照らされた空間が現れた。

 目の前には崖。その下を流れる河は赤く、覗きこむだけで皮膚が焼けそうに熱い。


「溶岩かー」


 安田君が横から同じように下を覗きこみ、汗の雫を顔から垂らしている。

 下の河まで距離があるように見えるが、落ちれば一溜まりも無く焼け焦げて炭になってしまうだろう。


 溶岩の流れる河を横目に、足場を確認しながらゆっくりと前に進んで行く。

 時折、足元から小石が転げ落ちては音も無く焼け溶けて、黒煙へと姿を変えるのが見える。

 川の流れる森や浜辺があるかと思えば、溶岩の流れる地形まであるのだから迷宮というのは不思議な空間だ。

 これだけ多様な種類を揃えているのも複数の隙間が存在することが原因らしいが、迷宮の一部と言うからにはこの溶岩も魔力で出来た代物なのだろう。

 溶岩の熱を感じる以外では何も無いまま進み、通路が突き当たる先で広場に出た。


「ここが最下層なの?」

「多分、そうだと思うんだが何もいないな」


 最下層には魔獣部屋と呼ばれる魔獣だらけの空間があるのが定番なのだが、ここには魔獣の姿が見当たらない。

 必ずいるというわけでもないらしいので、今回はたまたまハズレだったのかもしれない。

 魔獣の位置が分かるイサナを見ると、緊張した表情で杖を手に取っていた。


「何かいます」


 汗を拭いながらも杖を構えたイサナが声を出す。

 足を止めて周囲の様子を窺って見るが、どこにも魔獣がいるようには見えない。

 まさか溶岩の中に潜んでいるのかと流れる河を見つめてみるが、数秒で眼球が熱くなって碌に見られなかった。


「近いです。もうすぐそこに気配が」


 イサナもキョロキョロと視線を動かしているが、その姿を見つけられていないようだ。

 ”黒い巨人”の面々も一緒になって警戒しているものの、同様に何も見つからないらしい。


「これだけ熱いんだし、勘違いなんじゃないか?」


 班長が確認するも「いえ、そんなはずはありません」と確信をもっているようにイサナは応える。


「しかし、実際に見つからないんだから……」


 班長が喋っている途中で突然に倒れ込んだ。


「ミル班長!」

「急に足が動かなくなった、魔法かもしれない。注意しろ」


 うずくまったまま班長が警告の声を発する。

 妹が班長の元へ行き「怪我ですか」と足を見ようとするが「分からねえが……」と班長が言葉を濁す。


「どうしたんですか」

「どういうことだ……何だこれは」


 声を震わせる班長を見ると、先ほどまで汗を流していた顔から一転して、今は青ざめているように見える。

 それどころか、ガチガチと寒さ震えているように歯まで鳴らし始めた。


「寒いっ、寒いぞ!? 何が起きた!?」

「落ちついてください、きっと新手のスタンド使いです」

「何だそれは、魔法なのか!?」


 ルードが班長の横で何をしていいか分からずにあたふたしている。

 班長は身体は動かさずにしゃがみ込んだまま身体を抱えるようにして奥歯を打ちながら「寒い……寒い……」と呟いている。


「とりあえず殴りますね」


 妹が考えるのを諦めた顔で拳を高く掲げ、そのまま班長の脳天に叩き落した。


「ウゴッ!」


 痛みに堪えるように頭を押さえて震えていた班長だったが、すぐに怒り心頭になり妹に「何をするんだ!」と怒鳴り散らした。


「熱くなったみたいですね」


 あまり関心が無さそうに妹が呟くと、班長も治ったのかと自分の身体を調べ始める。

 妹が治療魔法を使えることを伝えると「そうだったのか」と頭を下げてきた。

 得意げな顔で妹は「当然のことをしただけです」と言っているが、当然なのは殴ったの方なのか治療した方なのかは分からない。


「ありがたいな、何が起きたのか分からないが、さっきまで寒かったのが嘘みたいだ……寒い」


 汗ばんだ顔をにこやかに綻ばせていた班長だったが、ピタリと身体の動きを止めたかと思うと再び身体を抱え始める。


「寒いぞ……寒い……」


 身体を震わせた班長の視線が崖の下にある溶岩の河へと向かった。


「あっちは、暖かいな……」

「ミル班長!」

「おじさん、危ないよ!」


 班長が溶岩の川へと向かって歩き出そうとするのを、ルードと安田君が身体を抑え込んで止めようとする。

 その後ろで妹がもう一度殴る為に拳を構えたところで、急に班長が動きを止めて立ちつくす。

 寒さから解放されたのか、身体を抱えていた腕を解いて不思議にそうに自分の身体を確かめる班長だったが、今度はルードと一緒に身体を引っ張っていた安田君の様子がおかしい。


「あれ。何か凄く寒いんだけど」


 熱で赤く火照っていた顔色が急激に青白く変化していく。

 両腕で身体を抱え、先ほどまでの班長と同じように身体を振るわせ始めた。


「寒い、寒い。何これ怖い」

「おい、こっちの嬢ちゃんが大変だぞ」

「うぅ……目も開かなくなってきた、きっと乙女座のシャカの仕業だ」


 まだ冗談を言うだけの余裕はあるようだが、そう長くは続かないだろう。

 とりあえず妹の魔法があれば一時しのぎは出来るはずだが、根本的な原因が分からない。


「シンタ、寒いよ。何も分からないよ」


 安田君が膝を震わせながら倒れ込むように抱きついてきた。

 その身体は、まるで氷のように冷たい。

 幻覚で寒く感じているのではなく、実際に体温が下がっているようだ。


「怖いよ。温めてよ」


 ブルブルと全身が震える振動が伝わってくる。

 身体に柔らかさがなく、筋肉が硬直しているかのようにガチガチに固まってきている。

 安田君が腕に力を込めて身体を寄せてくるが、その身体が温まっているようには思えない。


「シンタさん、それ私もお願いします」


 今までじっと黙っていたイサナが駆け寄って両手を広げてきた。抱きしめて欲しいらしい。

 俺に向かって「緊張感をどこに落としたのか」と前に言ったのは誰だったか。


「それよりも前に安田君を」

「分かってます。いま先ほど、見つけました」


 イサナが杖の先を安田君の首筋に向け、風の魔法を打ちだすと鳥の羽のような白い毛がふわりと離れて行くのが見えた。


「サーモイーターです」


 綿毛のように風に揺れていた白い毛は、俺達から距離を取った場所まで飛んでいくと急に姿を消す。


「普段は小石に擬態しているんです」


 イサナが白い毛の消えたあたりまで歩いて行き、杖で地面をつついて戻ってきた。

 杖の先に小石を乗せて見せてくるが、これが魔獣には見えない。


「動物にとりついて熱を奪うんです。更に火の中に飛びこませて熱を得ようとする性質があります」


 恐ろしい習性を持った魔獣だ。

 普段、目に見えないから寒くなるまで近くにいることにも気付かない。

 班長も安田君も、いつのまにか身体に取りついていたというのに全く気付いていなかった。

 イサナも魔力で存在を感じていても、中々見つけることが出来なかったようだ。


「あー、ビックリしたー」


 寒さから回復した安田君が安堵の息を吐く。既に身体は冷たさから回復して柔らかさを取り戻している。

 抱きついたままで身体の密着度が高くのもあって、安田君の体温が上がって汗がダラダラ流れてきた。


「二人で汗まみれになって、こうやってくっついてるのって、何かエロイよね」


 クスクスと笑いながら、そんなことを言ってくるとイサナが間に割って入ってきた。


「キミさん、離れてください」

「えー、やだー」

「はーなーれーてー」


 イサナが安田君を引き離そうとするが、腕力は安田君の方が強いようでビクともしない。


「シンタさんも、少しは自分で離れようとしてくださいよ!」


 イサナに怒られた。

 身体にまわされた手を解こうとすると、安田君と目があった。


「私がくっついてるのは嫌?」


 嫌ではないが。自分が熱いし汗まみれなのは気になる。


「じゃあキスしよっか」


 意味が分からない。


「しーまーせーんー!!」


 イサナがグイグイと身体を押しのけて、無理やり安田君の身体を引き離した。

 何が面白いのか安田君はクスクスと笑い続けている。


「おい、あんたら楽しそうなのは良いんだが」

「こっち先に何とかして貰えないか」


 ルードと班長の声で振り返ると、赤い光に照らされた無数の羽が空中に浮かびあがっていた。


「これってもしかして」

「全部、サーモイーターです」


 数十を超えるサーモイーターの群れが、一丸となって襲いかかってきた。


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