86.近づくことが無くて
季節王。空飛ぶ城の主であり、その城に住む王。
イサナが「夏」と呼んでいた空飛ぶ城に、まさか人が住んでいるとは思わなかった。
どうしてそんな人が祭りの会場をフラフラと歩いて、しかも女子高生に喧嘩を売られていたのか分からないが、有名人のようだしモカさんが間違いないと言うのでそうなのだろう。
「私に伝手がある、昨日見逃してしまったのも私の責任だ。この件は任せてくれ」
モカさんが強く主張するので、その季節王に関してはお願いすることとなった。
「遅くとも夕方には片がつくだろう、それまで祭りでも行ってると良い」
動きづらそうな格式ばった服を着こんで屋敷を出て行くモカさんを見送ったところで妹が起きてきた。
「そんなことになったんですね。じゃあお祭りに行きましょうか」
安田君のことはどうでも良いと思っているのか、妹の態度は素っ気ない。
あまり祭りに行くような気分では無いのだが、屋敷の中にいても考えすぎるばかりになるだろう。
「教授はああいう人ですけど、無理なことを言う人では無いから、私も大丈夫だと思います」
イサナにもそう言われ、3人で街中をブラブラを歩いてみることにした。
祭りも3日目となれば頻繁に通る場所にある店も大体覚えていて、そう目を引かれることも無い。
それでも美味い物には気を引かれてしまい、チマチマと買い食いをしながら通りを人の流れに任せて歩いて行く。
「そう言えば、昨日の大食い大会の決勝がありましたね」
「どうしましょう、シンタさん行きますか?」
言われてみれば、そんなイベントがあったことを忘れていた。
安田君のことを考えると、暢気に大食い大会に出ているような場合ではない。
だからと言ってモカさんを待つ以外にすることも無い。
「折角エントリーしたんですから、行きますよ」
「あの、ミヅキさん、シンタさんも調子が悪いかもしれませんし」
「この兄は放っておくと、いつまでもウジウジとしてるに決まってます。適当に食べ物を与えておけば元気になりますよ」
俺の状態異常は空腹しか無いらしい。
たまご型携帯ゲームのペットだって病気になったりするというのに、随分と簡単な身体構造をしていると思われているようだ。
何か言ってやろうかと思ったが、イサナも「なるほど」という顔をしていたので何も言えずに足を大食いの会場へと向けた。
会場は既に設営が終わっており、徐々に観客も集まってきているようだ。
一段高くなったステージの上には数人が並んで座れそうなテーブルが置かれていて、その上には大皿が5つ置かれていた。
恐らく決勝の参加者が5人なのだろう、ステージの横では決勝で食べるだろう品が着々と準備されており、横にした細い棒に肉を巻きつけ、それを直火で炙るように回転させながら焼いている。
肉汁がジュワリと表面に浮かびあがり、回転する勢いで肉の表面を撫でつけてから炎の中に落ちる。
ジュウ、と脂の爆ぜる音と共に煙が立ち上るとそれが肉を包み込んでから消失した。
見ているだけで涎が出てくる。
ふと気付くと、妹がニヤニヤしながらイサナに話しかけていた。
「ほら、元気になりました」
◆
肉の焼かれるところを熱心に見詰めていたシンタさんは、それからしばらくその場を動こうとしませんでした。
大会の係りの人が「決勝に参加する方は集まってくださーい」と呼びかけたところで、ミヅキさんに背中を押されて名残惜しみながら参加者の待機場所まで行きます。
「えー、次はジャムロックさん」
「俺だ」
集合場所では点呼が取られている最中で、私の倍はありそうな身長の大きな男の人が呼ばれているところでした。
次々と名前を呼ばれて行き係りの人の横に並んで行きます。
「最後ですね、トーコさん」
おかしなことに、最後だと言うのにシンタさんの名前は呼ばれませんでした。
そのかわり、名前を呼ばれたトーコさんという人も名乗りを上げません。
掛かりの人の呼び掛けに誰も応えないので、辺りがしんと静まり返ります。
「トーコさん。トーコ・ロッテンマイヤーさん、いらっしゃいませんか」
「あ、これ。シンタ兄さんですよ」
「誰だロッテンマイヤー」
何故、偽名を使ったのか分かりませんが、昨日ミヅキさんがその名前で登録をしたようです。
訝しみながら首をひねるシンタさんをミヅキさんが押して、係の人のところまで向かわせました。
「どうしてミヅキさんは、シンタさんを女性化させたんですか」
「こういう大会は男性が多いと相場が決まっていますから」
「はあ」
女性がいた方が面白いと言うことでしょうか。
ぞろぞろと連れられて舞台裏に去って行くのを見送り、観客席に陣取って始まるのを待ちます。
「何だか、こういうのは良いですね。友達と遊びに行ってる感じがします」
ミヅキさんはニマニマと頬を緩ませて飲み物を差し出してきました。わざわざ買ってきてくれたようです。
適当におしゃべりしながら時間を潰していると、ステージの上に派手な衣装を着た男性が登ってきました。
「さあさあ、年に一度の恒例イベント! 大食い大会が始まる時間だ! これを見なきゃ一生の損だよ!」
いよいよ始まるようです。
食べる物は毎年決まって同じもので、肉とパンをねじる様に巻きつけた食べ物のマルニマーノをどれだけ沢山食べられるかを競うようです。
二本の棒を並べて捻ったような形の食べ物がテーブルの上に乗せられた大皿に積み上げられて行きます。
「始める前にインタビューをしてみよう、まずは昨年のチャンピオン! 我らがロウガモウガだ!」
名前を呼ばれた小柄な男の人が、立ちあがって両腕を振り上げました。観客から一気に声援が飛ぶところを見ると、人気があるみたいですね。
身体は小さいですが、筋肉がムキムキで恐らくドワーフ族の人だろうと思われます。あの身体でチャンピオンになる程食べられるんでしょうか。
「続いて、昨年は惜しくも敗れて準優勝、今年は雪辱を晴らせるか、ノワニャ!」
ヒョロリと背の高い青年といった感じの人です。こちらも立ちあがって手を振ると大きな声援が飛んできました。
さっきのドワーフの人と比べると、幾分女性からの声が多いようです。
「お次は初参加のジョニエル、どうだい意気込みは?」
「が、がんまります!」
大きなお腹をした、いかにも沢山食べそうな感じの男性ですが、緊張しているのか話しかけられてもまともに話すことも出来ないようです。
普段はどうなのか分かりませんが、あんなに緊張していると大食いは難しいのではないでしょうか。
「頑張ってくれよ、さあ次も初参加のジャムロック、自信はあるのかな?」
「どいつもこいつも大したことねえな、俺がトップで優勝は間違いないぜ」
最初にみた身体の大きい人です。ガハハハと笑う姿は豪快ですが、どこか品が無いのであまり好ましいとは思えません。
でも自信があるという姿の通り、沢山食べそうな感じがします。
「次で最後だ。女性の参加者は何年ぶりかな。トーコ・ロッテンマイヤー!」
野太い声が客席から響いてきました。
女性の姿をしているからか、男性からの声が飛びぬけて多いです。
「可愛らしい顔のトーコちゃんだが、予選では27個のパンを食べてトップで通過と書いてある」
ピーピーと囃したてるような音が客席から飛んできましたが、27個のところで急に静かになりました。
他の人と比べると多いのかもしませんね。
「ちょっと緊張してるかな、どうだい調子は?」
「飯はまだか」
ミヅキさんが隣で噴きだし、それにつられて私も笑ってしまいました。
司会者は呆気に取られている様子です。
「き、気合は十分だな、じゃあ始めようか」
テーブルから離れて、ステージ上に設置してある鐘の所に近づきました。あれが鳴るとスタートの合図になるようです。
ステージの袖からマルニマーノをかごに入れた女性達が出てきて、テーブルの上に並べて行きます。
焼き立てのなのか、湯気が出ていてとても熱そうです。
全員にマルニマーノが届くのを待っている間、司会者が簡単にルール説明を始めました。
「時間は無制限、食べられなくまで食べてくれ、ただし席を立ったり食べた物を戻したりしたら失格だ」
そこで言葉を区切って、視線を5人に向けます。
5人……4人の視線が司会者に集まったところで手が鐘に伸びます。
「それじゃあ、大食い大会の始まりだ!」
カーン、という高い音と共に参加者の手が一斉にマルニマーノへと伸びました。
一番動きの激しいのは、身体の大きいジャムロックです。3つのマルニマーノを両手でつかむと、全部一気に口に入れて噛みちぎります。
食べ方も豪快な様子で、見る間に3つのマルニマーノが無くなりました。
次に目立つのが両手にマルニマーノを1つずつ持ったノワニャ。昨年は準優勝だったそうですが、左右の手にあるマルニマーノを交互に食べています。
食べ進む勢いも大したもので、片方を3口で食べてしまっています。
その横で静かに食べているように見えるドワーフは、体に似合わない大きな手でマルニマーノを1つ掴んだかと思うと、それを空中に放り投げて両手でパチンと挟んで潰してしました。
手を開くとペラペラになったマルニマーノが出てきて、それを口に入れまた食べている間に潰してと言うのを繰り返しています。
ルール上で潰すのはダメと言われていないので公式で認められた方法なのでしょうが、それよりも脅威なのは淡々と食べ進めるスピードでしょう。まるで勢いが変わりません。
そしてシンタさんは、両手で一つのマルニマーノを持って、もぐもぐと食べていました。
とても大食い大会に出ている人の勢いとは思えません。一瞬だけ見ただけでは、普通に食べているように見えてしまいます。
私は、そこで初めてミヅキさんの目論見に気付いたのでした。
開始から10分を過ぎる頃、最初の脱落者が出ました。
トップで優勝と言っていたジャムロックです。3つを一度に食べるというパフォーマンスで開始直後は盛り上げていたのですが、15個を超えたところでピタリと手が止まり、3つ一気に食べるのもやめてモソモソとようやく17個目を食べたところで顔を真っ青にさせて両手を上げてギブアップしてしました。
大きなことを言っていた割には大したことの無い成績で脱落です。
その次がヒョロ長のノワニャで、左右交互に食べる食べ方で快進撃を続けていたのも長くは続かずに、20個を超えたところでスピードが落ち始めて、27個でストップしてしまいます。
まだ諦めてはいないようですが、この様子ではもう1つ食べるのも難しいでしょう。
残ったのは昨年優勝のドワーフと、お腹の大きいジョニエル、それにシンタさんです。
ドワーフは食べるスピードを緩めることなく、既に食べた量は30個を超えています。
ジョニエルは1つ1つ着実に食べていますが、当初の不安感も余所に順調に数を増やして23個。
シンタさんは、大分差がついて17個。
「お、おい、あれ見ろよ」
「うわあ、すげぇ」
動きが大きい参加者が脱落したことで、段々と観客の視線がシンタさんに集まってきたようです。
パッと見感じでは目立つ物では無いのですが、女性化したシンタさんが食べているところをずっと見ていると誰でも気付いてしまいます。
意味も無くエロいと。
熱い物を食べることで体温が上がったのでしょう。
頬はほんのりと赤く染まり、食べ物だけを見つめる視線は虚ろになっています。
咀嚼するたびに上下する胸元が大げさに揺れているように見えて、マルニマーノを手に取る指先が艶めかしく肉とパンで出来た棒に添えられています。
妙に血色の良い唇がそっと広げられたかと思うと、その中から赤く蠱惑的な舌先が伸びてきてマルニマーノを絡め取りました。
まふっ、と柔らかい音がするようなゆっくりとした速度で口を閉じると、同様にゆっくりと顎を動かします。
どれだけ美味しいのか分かりませんが、その味わう姿は頬が緩んで、瞳は潤み、唇はカーブを描いて笑みを作りだしているという具合なので、その瞬間だけなら絵になりそうな程です。
口に入れた分を飲み込むと再び残りのマルニマーノを口の中に入れて処理し、最後に指についたパンクズか肉汁だかをそっと舐めとります。何故、舌先で丹念に舐めるのでしょう。
男性の姿の時はそんなことをしないのに、女性化した時だけ謎の行動を取ります。
まさか、わざとやっているのではないかと思いますが、今度注意しておきましょう。
シンタさんの捕食行動に目を奪われていた大きなお腹のジョニエルが、これで食欲をそがれてしまったようです。お腹を抱えるように椅子の上でうずくまってしまいました。結果は30個。
あとはシンタさんとドワーフの直接対決となるのですが、現時点で食べた数の差は45個と29個。
ドワーフの方にも流石に勢いに衰えが出てきていますが、それでも数の開きは大きいです。
シンタさんの席とドワーフの席が離れているのもあって、シンタさんの食べる姿で食欲をなくすのも期待できなさそうです。
開始から30分後、ついにドワーフの手が止まりました。
恐ろしいことに56個を食べたドワーフが、お腹をぽっこりと膨らませて椅子の上で苦しそうにしています。あの小さい身体のどこにそんなに入るのでしょうか。
普通に考えると、身体の大きさよりも食べたマルニマーノの方が多いように思えてしまいます。
「おーっと、ここでロウガモウガの手が止まった! しかし数の開きは圧倒的だ! これは勝負は決まったか!?」
司会者が実況を続けながら、我構わずと食べ続けているシンタさんのところに近づいて話しかけます。
「トーコちゃん、今38個目だけどどうする? あと19個以上食べないと勝てないんだけど」
「おかわり」
「えっ」
まるで答えになっていない言葉が飛んできたからか、司会者が口を開けたまま固まってしまいました。
その横から補給係りの女性がマルニマーノを皿の上に乗せて行きます。
「それはつまり、挑戦を続けるってことでいいのかな?」
「まだ、食べても良いんだろう?」
ここで初めてシンタさんが顔を上げて、挑発的な流し目で司会者を見ました。
何でこういう無駄な仕草がポンと出てくるのか謎です。
「も、もちろん。おじさん、応援しちゃうよ」
「おかわり」
あくまで淡々と、ペースを崩すことなくシンタさんが食べ続けます。
20個近い差も関係なく、毎回口に入れるたびに喜びとエロスを情感たっぷりに表現しながら食べ進めていきます。同じものばかり食べて飽きないんでしょうか。
固唾を飲んで見守られる中、遂にはドワーフの56個を超えて57個目のマルニマーノを完食しました。
最後に飲みこんだ瞬間、観客席からは割れんばかりの歓声が響きます。
他の参加者達も立ちあがりシンタさんに向かって惜しみない拍手を向けました。
「トーコちゃん、おめでとう! まさか君みたいな女の子が優勝するなんて誰も思わなかったよ!」
私は思ってました。あとミヅキさんも思ってたと思います。
「何か、一言をもらえるかな」
司会者が使っている声を大きくする魔術具をシンタさんに差し出しました。
「おかわり」
「えっやな」
司会者がまた固まりました。今度はステージ上の他の参加者も一緒に固まります。
「まだ、食べるの?」
「ダメなのか」
しゅん、と落ちこむ姿はあまりにも哀れで、まるで捨てられた子犬のような悲壮感を纏わせていました。
観客から「食べさせてやれよ!」「トーコちゃんが可哀想だろ!」という声が飛んできます。
まるで食事を与えられていないような物言いですが、シンタさんは既に成人男性の3日分くらい食べてます。
「あ、いや、もちろんだよ、食べてもいいさ! 記録に挑戦しよう!」
司会の言葉に合わせて、シンタさんの皿の上にマルニマーノが補充されました。
それを満面の笑みで頬張り、生まれて初めて食べたかのような喜びを表現しながらおかわりを要求し続けます。
その数は1つや2つで収まるはずもなく、どこまでも食べてもいいと食欲のタガを外されたシンタさんは容赦なくおかわりを要求しまくりました。
「おかわり」
「あの、勘弁してください」
食べた数が70個に達したところで、運営会が準備していたマルニマーノが無くなったようです。
開始から90分経過したところで、ようやく決勝戦が終了したのでした。
表彰式を終えて、優勝の記念賞品などを受け取ったところで丁度お昼だったので一度屋敷に戻ることにします。
受け取った記念品を部屋に置いたところで、タイミングよく教授が帰ってきました。
遅くても夕方と言っていたので、話は早めにまとまったようです。
シンタさんと一緒に屋敷の入口まで迎えに行くと、顔色の悪い教授が視線を逸らしながら勢いよく頭を下げました。
「済まない、交渉が決裂した」




