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可変迷宮  作者:
第五部.SÛRE LOVER

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85/116

85.私との距離は

 折角チケットを貰ったので”赤い飛竜”のイベントを見に行くことにした。

 武器防具の店が軒を連ねる大通りを人の流れに従って進んで行くと突き当たる公園が丸ごと中央ステージの会場だった。

 中には握手コーナーからグッズ販売までされていて本当にアイドルか野球選手のファン感謝デーのようだ。

「君も挑戦!」と書かれたブースでは1m程もありそうな金属の棒が2本立てかけてあり「トーガの使う双剣と同じ重さです」と説明が書かれていた。

 試しに持ってみようとしたが、1本だけでも持ち上げられる重さでは無かった。こんなものを持ち上げられるのはミノタウルス並みの膂力が無ければ無理だろう。

 イサナとシータは試すまでも無かったが、その後でムキになった妹が両手で一本ずつ棒を持ち上げてしまった。流石にそれを振り回すのは無理だったが、口をあんぐりと開けた係員から商品として”赤い飛竜”のグッズをいくつか貰えた。


「す、凄いですね。ミヅキさんは」

「ちょっと頑張りすぎましたね……」


 変な汗を流しながら荒い息を吐く妹の顔色が悪い。

 だらんと、腕を下げながら歩く妹の腕は、いつの間にか黒ずんだ赤色に変色していた。


「う、腕の色がおかしいですよ!?」

「何それ、何で腕が赤黒いの!?」


 イサナとシータが驚愕の声を上げると、妹がその場で座り込んでしまう。

 すかさずシータが腕の色のおかしい部分に手を当てて治療を始めるとすぐに肌の色は元に戻ったが、ただの祭りの余興で腕の筋肉が壊れるまでやるのはどうかしている。

 シータも「私がいたから良かったけど、いつも無茶しすぎだよ」と怒っていた。

 前にも覚えがあるような雰囲気だったので、二人にそれほど交流があるのかと思って聞いてみると、以前に留守にしている間に妹の絡みで何度か学園まで呼ばれたことがあるらしい。


「シータさんがいなかったらと思うとゾッとしますね」


 という妹はまるで反省しているようには見えない。

 演武の始まる合図が聞こえたので特設のステージまで行きチケットを渡すと、最前列に近い席まで案内して貰えた。

 特に説明も無く舞台の袖から全身甲冑を着た二人がそれぞれ長い槍を持って出てくる。一定の距離を持って対峙すると開始を告げるようにドォンと銅鑼が鳴った。


 素早く、槍同士を激しく打ち合う。

 片方が槍を勢いに負け弾かれる。

 その隙に弾いた方の槍が持ち上がり、相手の頭に一撃を落とした。

 弾かれた方はその場で倒れ込んで、駆けつけた係員に運ばれて行く。

 演武と言っていたが、試合形式に近いようだ。

 一瞬で決着したが、間近で見ているのもあって中々の迫力があった。


 その後も見ていると槍の他にも弓、杖、両手剣とバリエーションに富んだ試合が繰り広げられていく。

 観客を飽きさせないためなのか、試合が進んで行くにつれて魔法の使用が解禁されて段々と派手になってきた。

 観客席と舞台の間には結界が張ってあるようで熱や風の影響を受けることは無いが、ビリビリと空気の震える振動が伝わってきて臨場感に溢れている。

 刺激が強いのでシータは大丈夫だろうかと思って見てみると、先ほどの妹のように変な汗を流しながら足をモゾモゾさせていたのでイサナに合図してトレイに連れて行って貰った。

 緩いのを一番自覚しているはずなのに、何故いつも我慢するのだろうか。


 舞台の上は佳境へと差し迫り、遂に一番人気だというトーガが現れた。鮮やかな赤い鎧を身に纏い、両手には幅の広い片手剣をそれぞれの手で持っている。

 登場と同時に背後から大音量の歓声が聞こえてきた。魔法の爆発音もかくやという程の声量は、大半が女性からのもののようだ。

 軽く手を振ってそれに答えるトーガだったが、それを囲むように舞台袖からわらわらと無数の人が沸いて出てくる、

 各々、得物を手に持ってトーガに挑まんとしているが、この人達は今までの演武に出ていた人だろう。最後に全員でトーガに襲いかかるようだ。

 背後からは「トーガ、可哀想!」「卑怯よ!」とかいう声が聞こえてきた。トーガはかなり人気があるらしい。

 何度も聞きなれたドォン、という銅鑼の音と共に、全員一斉に攻撃を仕掛けた。


 上空から狙いを定めていた弓から離れた矢が最初にトーガへと辿り着いたが、背後から迫るそれを見もせずにトーガが片手を振るうだけで全て叩き落す。

 続いて槍を構えた二人が同時に刃先を突き出すものの既にそこにトーガの姿は無く、すり抜けるように2本の槍の柄を両脇に挟んでいた。

 そのまま反対に槍を持ち上げてしまうと、槍をもっていた二人は手を離せなくなってしまう。槍にしがみついたまま宙づりになって舞台の外へ放り投げられた。

 そのタイミングで残った杖使いから魔法が放たれ、爆発音と共にトーガの身体から火炎が広がった。

 背後から「キャァア」とうるさいくらいの悲鳴が聞こえる。

 炎の消えた後にトーガの姿は無く、どこに行ったのかと探すと杖使いの身体が舞台の外へと吹っ飛んで行くのが見えた。

 また「きゃああ」が聞こえた。今度は喜声だろう。

 最後に大剣を構えた剣士二人に挟まれた状態となったが、時間差で飛びかかってきた二つの大剣を、片手で持った剣でそれぞれ簡単に打ち払う。

 大剣を持った二人がその勢いを利用して、ブンっと大剣を振りまわし勢いを乗せたままトーガへと叩きつけたが、その刃は舞台を破壊するだけに留まった。

 手にした得物の重さなど無いように軽々とトーガの身体は空中へと舞い、交差させた剣を片方の剣士の頭上から叩き込んで着地する。それと同時にブーメランのように手に持った剣をもう一人へと投げつけた。

 腹に一撃を食らった剣士もその場に倒れ伏し、投げつけた剣を回収したトーガが観客に向かって一礼したところで最大の歓声が公園中に響いた。


「普通はああやって戦うんですよ」


 舞台を指差しながらシンタ兄さんも見習ったらどうですか、と続けて妹は言うが基礎体力からして無理だ。


「あんな出前を頼むような魔法で戦うのは邪道です」

「そう言われてもな」


 王道ではないだろうが、別に王でも何でもないので構わないだろう。出前のピザが食べたい。

 イサナとシータが戻ってきたので、皆で揃って公園の外へと出た。シータがずっと「遅かったのはトイレが混んでただけだから」必死に言っていたので「人が多いからな」と答えておく。


「そう言えば、さっきの赤いイケメンの人がシンタ兄さんにウィンクしてましたね」


 最後に一礼をするところで、俺の方を見ていたらしい。まるで気付かなかった。


「男だと知ったらどんな顔するんでしょうね」

「シンタさん、もうあそこに近づいたら駄目ですよ」


 わいわいと騒がしく遊んでいると日が暮れてきたので、シータをギルドの建物まで送って屋敷へと戻った。


 ◆


 安田君が帰ってこない。

 日が暮れて夜になり、もう人の出歩く時間ではないというのに戻ってこない。

 昨日はもっと早い時間に帰ってきていたから、時間を気にしていないわけではないだろう。

 子供ではないのだから少し遅くなるくらいで何だということではないが、日の変わる時間になっても戻ってこないとなるとおかしい。

 王都の街中と言ったところで日本と比べたら安全度では比べるまでもない、その日本でさえ厄介ごとを引き起こしていた安田君がファンタジーな異世界で何もしないわけがない。

 どこかで遊んでいるならいいが、通りすがりに喧嘩を売って誘拐でもされていないとも限らない。

 いても経ってもいられずに屋敷から出て安田君を探し回ってみるが、この時間で営業している酒場のどこにも姿は見えなかった。

 初日に袋くじをやっていた広場までやってくると泥酔した死屍累々が地面に転がり眠り込んでいるのを見つけた。その一人一人の顔を覗き込んで探してみるも、安田君は見つけられない。

 その代わりにモカさんそっくりの石像と、それを抱きかかえて眠っているモカさん本人を見つけた。揺さぶって起こしてみたが、とても話を聞けそうにないので家に戻るようにお願いして別れる。


 覚えのある場所や安田君の行きそうなところを出来る限り回ってみたがそれらしい姿はどこにもなく、何度かそれらしい姿を見たことがあると言う話を聞くことはあっても、結局人違いで手掛かりとはならなかった。


「シンタさん、今日はもう戻りましょう。朝になれば戻ってくるかもしれませんし」


 街中を走りまわっているところへ、イサナが魔法で飛んできて声をかけた。


「今は人が少ないですから、明るくなってから人に聞いた方が見つかりますよ」


 イサナの言うとおり、ここで闇雲に探し回っていても見つからないのだろうが気持ちが落ち着かない。だからと言って宛ても無いので、一先ず屋敷まで戻ることにして重い足を引きずって夜の中を歩く。


「キミさんは、シンタさんにとって大事な人なんですか?」


 横を歩くイサナが、顔を窺うように見上げながら聞いてきた。その顔は、どこか不安そうでもある。

 改まって大事な人かと聞かれると返答に困るが、どうでもいい人ではないだろう。


「付き合いの長い友達だ」

「えっと、そういう関係では無いと言うことですか」


 どういう関係だ、と思わないでもないが日本にいた頃から何度か聞かれていた質問だ。

 傍から見ると、どうも安田君と恋人として付き合っているように見えたらしい。二人でどこかに行く話を高校の教室でしたりしていたので、そう思われたのだろう。


「一緒に食事には良く行ってた」


 別にそれ以上でもそれ以下でも無い。お互いにそんなつもりはないというのに、安田君も変な勘繰りを受けて困っていただろう。


「ねぇ他の人にはどう見えるかな」「これってデートだよね」「本当に付き合っちゃおうか」


 安田君も冗談でそんなことを言っていることはあったが、何か適当なことを言って返すと毎回決まって蔑むような目で見られた。

 そんなことを思い出しながらイサナを見てみると、露骨に不愉快そうな顔をしている。


「随分と、キミさんとのことを鮮明に覚えているんですね」


 そう言われると、他の誰かよりは飛びぬけて安田君のことは印象に残っている。

 こっちに来てからも何度か思い出しているし、記憶に残りやすい人物というのを差し引いても頻度が高いように思える。

 それだけ一緒に行動していた時間が長かったと言うことかもしれない。


 思い返してみれば、日本にいた頃はどこかに行く時は大体が安田君と一緒だった。

 誰かと一緒にいるのが好きな性格なんだろうと思っていたが、こっちで出会った安田君はずっと一人で行動している。

 この差は何なのか、元の”安田君”と今の”安田君”には何か違いがある。

 その違いが分かれば、今の安田君の場所も分かるのではないかと思って考えてみたが、さっぱりと違いは分からなかった。

 考えながら屋敷に到着すると、玄関に酔い潰れたモカさんが転がっているのを見つけた。

 どうにか自力で屋敷まで戻ってきたが、玄関で力尽きたようだ。


「教授、寝るなら自分の部屋で寝てください。風邪引きますよ」

「おぉ、イサナー。私にもついにモテ期が来たぞー」

「はいはい、分かりましたから」

「酒の化身とか言われて、持て(はや)されたんだー」


 昨日からのモカさんフィーバーは今日も続いていたらしい。


「私の像も作って貰ったんだー」

「それは嬉しいんですか」


 広場で抱きかかえていた石像だろう。物好きな芸術家でも通りがかったのかもしれない。


「酒場に飾ってくれるんだー」

「・・・良かったですね」


 イサナと二人で抱えて部屋のベッドまで運ぶと、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。


「キミくん、失礼が無いように……」


 部屋を出ようとしたところで、モカさんが寝言で安田君の名前を呼んだ。


「教授、キミさんをどこかで見たんですか」


 イサナが寝ているモカさんの肩を掴んで揺すると、「お、おおぅ」と声を出しながらモカさんが動揺しながら目を覚ます。


「どこかで安田君を見たんですか」

「ああ、うん。今日、見たよ」

「どこに行ったか分かりますか」

「……分かると言えば分かる」


 口を濁す素振りを見せるモカさんだったが、知っていると言うのであれば教えてもらわなければ困る。


「今日の夕方頃だったが、広場を通りがかると私の名前を呼びながら酒を飲んでいる男達がいたから、話を聞いていたんだ」

「ああ、はい」

「キミくんらしき女性が、私の奢りだと金を置いて行ったらしくてな、それが私だと分かると次々に男性が私の周りに寄ってきて……」

「その件はいいです」


 男性に囲まれた話をしたかったようで、少ししょんぼりした様子だったが今はそれどころでは無い。


「それで私も少し飲んで良い気分になっていたら、喧嘩するような声が聞こえてきた。祭りだし、それほど珍しくも無いので放って置こうと思ったが片方がキミくんの声だった」

「そ、それで!?」


 遂に出てきた安田君の情報に、食い入るように身を寄せる。


「喧嘩の内容は、肩にぶつかっただの何だのといった事だったな」

「教授は何もしなかったんですか?」

「私もすぐに現場に行こうとしたさ。ただ、そこで足に酒が回って、ふらついたところに私の石像が置いてあったものだから、ちょうど頭をぶつけていい具合に倒れて今に至ると言うわけだ」


 どうしてこの人は、そこまで情けない話を自信たっぷりに話せるのだろう。

 しかし、安田君の手掛かりはつかんだ。喧嘩相手が居るなら、そこから追えば見つかるはずだ。


「その喧嘩していた相手っていうのは分からないですか」

「分かるさ、有名な男だ」

「実は、キミさんがまだ戻って無いんです。どこに行ったか分かるなら教えてください」

「……多分あそこにいるんだろう。大丈夫だよ、滅多なことでは死んだりしない」


 モカさんが面倒くさそうな顔で天井を見上げた。

 喧嘩していた相手はモカさんの知り合いのようだ。場所にも見当がついているのであれば、すぐにでも迎えに行けるだろう。


「その男の人っていうのは、誰なんですか?」

「空に浮かんだ城にいる、季節(きせつ)(おう)だ」


天井を見上げたまま、その上にある空を指した。

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