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可変迷宮  作者:
第四部.DESERT PARADISE

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77/116

77.食べ過ぎと言うのは動けなくなるくらい食べることだから、まだ全然食べ過ぎては無いと思う。

 鎧を身にまとったドラゴンが雄叫びを上げる。鳴き音が屋内に響くだけで全身の肌がビリビリと粟立つ。

 前回、ドラゴンと対峙したときは海の上だったから小粒な身体の方が優位に動き回ることが出来たが、密閉された空間内ではドラゴンの方に分がある。どう動いてもたちまち攻撃されてしまう気がする。

 いきなり殴るのは無理そうだから、先にイサナに牽制して貰うのが良いだろう。


「イサナ、雷を出せるか」

「はい」


 イサナが杖を高く掲げると、杖から光る粒子が立ち上り天井近くで集まると黒い雲へと姿を変える。見ているうちに大きくなった雨雲は、もくもくと蠢かせながらドラゴンの真上にまで移動する。

 アメリカの映画のように「GYAAAOOOO」という吹き出しが似合いそうな声で天井に漂う雨雲を威嚇するドラゴンだったが、それに応えるように雷鳴が炸裂した。


 閃光、轟音。頭がくらくらする。目の前で見て楽しいものではない。

 空気中の水分を無理やり電気分解したような化学的な臭いが立ち込める中、果たしてドラゴンは仰向けに倒れて伸びていた。

 金属なんか身につけるから雷が落ちやすくなったのだろう。全身鎧だったものだから、それを伝わって全身に電気ショックが行き渡ったに違いない。すんなりと歩いて近寄ることが出来た。


「グリーンカレー!」


 倒れているドラゴンの頭のあたりを殴ってやると、あっけなく巨体が光に包まれて収縮する。後に残るのはスパイシーなグリーンカレーばかりである。

 名の通り、緑色をしたカレーは日本でよく食べられるカレーと違ってスープ状になっている。よくタイカレーと呼ばれる辛みの強いものだ。本場ではジャスミンライスという香り米を使うらしいが、まだ食べたことが無いから出てきたのは日本の米でふっくらと炊かれている。

 緑色の液体という外見のせいでゲテモノじみた印象を与えやすいタイカレーだが、その実で食べてみるとあっさりとした上品な味がする。米との相性も良い。

 スプーンでグリーンカレーを掬いとり、口へと運びこむとココナツミルクのクリーミーな優しさが口内を満たす。いっそ甘味すら感じる柔らかい口当たりだが、その後に駆け抜ける辛みに襲われる。

 唐辛子の辛みがココナツミルクの膜を破って舌を急襲し、喉の奥へも攻撃を加えてむせ込みそうになるのをこらえた。この相反する甘味と辛みのコラボレーションがグリーンカレーの醍醐味だ。

 スープに入っている具をひとつ取って頬張る。これはナスだろう。日本の物と違い、丸こい形をしていて食感もカブに近い。ホクホクとしたナスにもカレーが染み込んで熱さと辛さのコンビネーションで口内を休ませようとしない。

 ライスをスプーンに乗せて、カレーを染み込ませてから食べるとスープの甘味と辛みが何度でも舌を楽しませてくる。続いての具材はタケノコで、細く切られたそれはポリポリとした歯ごたえを与える。合わせて赤ピーマンを食べればキュっと甘酸っぱい香りが広がった。

 そしてグリーンカレーの本丸である鶏肉だ。鶏のもも肉には旨みが凝縮され、熾烈なグリーンカレーのスパイスの中でもその味わいを少しも失っていない。

 むしろ香り全てを包み込むような極上の旨みとして、辛みで緊張していた頬の筋肉を緩めた。これが頬が落ちるという感覚なんだと実感する。

 スープを吸いこんだライスを食べる。ココナツミルクが鼻孔をくすぐる。辛味が舌を麻痺させる。最後の方は残ったライスをスープの中に直接入れてカレーおじやにして全部掻き込んでしまった。辛い。美味い。

 一息もつく間も無く完食した。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わってイサナ達を見ると、イサナと妹は平然としているがナツとモカさんは茫然としていた。ドラゴンとカレーの相違性が気になっているのかもしれない。あとで説明しておこう。

 汗を拭きながらペヨテを見ると、苦虫を噛み潰したというか苦虫を口いっぱいに詰め込まれた様な顔をしていた。何か言いたそうだ。


「貴様……食い過ぎだろう!」


 健啖家であるという自負はある。出てくる食べ物が美味しい物ばかりなので、ついつい食べてしまって歯止めが効かない。


「どれだけ食えば気が済むんだ! 人の作った結界も魔獣も食いおって!」

「どれも美味かった」


 その節は、ごちそうさまでした。とご飯のお礼を伝えているとナツがやってくる。


「お、おい。あんまり怒らせるなよ、あのオッサンが何するか分からないだろ」


 横で抗議しはじめるが、別に怒らせているつもりはない。

 無いと言うだけで、もしかすると怒らせているように聞こえるかもしれないのでイサナにも聞いてみた。


「怒らせてるか?」

「煽りの天才ですね」


 イサナに聞いたのに妹が答えた。しかし横でイサナも頷いているのでそう思われるようなことを言っていたらしい。

 無自覚に怒らせていたようで、どうにも申し訳ない気持ちになってくる。それに怒らせたら次のご飯が出てこないかもしれない。フォローしておこう。


「そろそろ満腹だから、そんなに食べ過ぎでも無いと思う」

「シンタさん、そういう問題じゃないです」


 フォローしたつもりだったが、どうも違ったらしい。前に社交性に問題が無いのに社会性に問題があると兄に言われたことがある。人の気持ちを察するのはなかなか難しい。


「貴様ら……何をしに来たんだ……? 散々邪魔をして私を馬鹿にしに来たのか?」


 ちょっと可哀想になる顔でそんなことを言われた。要件は兄を捜しに来ただけなので、ペヨテがやっていることは当初の目的とは全く関係が無い。

 モカさんが違法な横流しと関連していると言っているので見逃す気も無いが、会話してくれるなら聞くだけ聞いてみよう。


「人を探しに来た。黒髪の男で、多分目立つ言動をしているはずだ」

「……知らんな、この施設にいるのは私と信者だけだ」


 多分、嘘はついていないと思う。妹を見てみると「殴れば本当のことを言いますよ」という顔をしていた。妹は大体いつもそんな感じの顔をしている。


「あと少しなのだ……あと少しで神に……。こんなところで捕まってなるものか!」


 性懲りもなく逃げようとするので走って行って捕まえようとするが、駆けだすよりも前に地面が揺れた。

 この世界でも地震があるのかとしゃがみ込んで揺れが収まるのを待っていると、その間にペヨテは逃げてしまっていた。逃げ足の速い奴だ。


「あの人のところだけ揺れて無かったみたいです」

「妙な宝石をいじっていたのが見えた。恐らくこの施設ないし施設とつながっている遺跡を操作する為のものかもしれないな」


 師弟コンビが揺れの原因を考察しているが、それよりも早く追いかけた方が良いだろう。

 逃げた先の通路を追って入って行くと、また似たような景色が繰り返される。一本道なのは変わらないから迷うことはないが、ただ時間稼ぎをされている感じだ。

 数十分を歩き続けると扉に行きついた。今までの扉と違って豪華な装飾がついている。ここがペヨテの部屋なのかもしれない。

 全員を振り返って小声で「行くぞ」と言う。皆が頷くのを見てから、そっと扉を開けた。


「よう、遅かったな」


 中には縄で縛られたペヨテと、豪華な椅子に腰かけた男がいた。

 軽鎧のようなものに身を包んでいるが、いくら久しぶりでもその不遜を絵にかいたような顔つきを忘れることはない。

 俺と妹の兄だ。横にはセリアさんも立っている。


「何だお前、シンタか」

「え、嘘……どうしちゃったのよ」


 兄は女になっていても一目で分かったらしい。そこは流石に兄弟ということだろうか。


『ふーん、デュラハンの呪いかしらね。珍しいのに引っかかったわね』


 そして、聞いたことのない女の声が兄の近くから聞こえた。


「治せるのか」

『必要な薬草が揃えば難しくないわ』

「あとでセリアに伝えておけ」

「私が集めるのね……」


 声の元はどこなのかと探すが、それらしき人を見るけることが出来ない。

 イサナとモカさんも分からないようでキョロキョロを首を動かしている。しかし妹とナツは声の出所が分かったようで、視線が一点にくぎ付けになっていた。


「カズ兄さん、流石ですね。ファンタジーが良く分かってます」

「おい、その人がお前らの兄弟なのは分かったけどよ、それは何だよ。気味悪いぞ」


 ナツの指差す先には、兄の腰に差してある剣があった。


『人に向かって気味悪いとは失礼ね』


 声が聞こえるのと同時に少し振動しているのが分かった。声の主はあの剣らしい。

 妹がニヤニヤしながら近づいて剣に話しかけている。


「インテリジェントソードも定番ですよね。名前はあるんですか」

『昔は色々呼ばれていたけど、今は別に無いわよ』

「カオスとデルフリンガーとジーク王だったらどれが良いですか?」

『どれも嫌』


 何の疑問も持たずに剣と会話する妹は社会性が高いのかもしれない。それはそれで人間性に問題があるのだろうが。

 妹が「ちょっと抜いてみてもいいですか」と聞いてから刀身を抜きだした。見た目よりも軽いようで、妹が片手で持ち上げることが出来た。切っ先を天井に向けるように、高く掲げる。


「変わった金属ですね。陶器のような骨のような……」

「……それはっ」


 イサナが息を飲む。俺にも見覚えがある。あの素材で刃物となれば忘れるはずが無い。


「カズ兄さん、その剣をはどこで手に入れたんだ」

「どこかの迷宮で拾った」

「最初はショートソードだったのにね。魔獣を倒すと、どんどん成長するのよ。この剣」


 凄いでしょ、とセリアさんが胸を張っているが、問題はそこじゃない。兄を睨みつけて詰め寄る。


「前に、俺が同じ素材の包丁を持ってただろう」

「そうだな」

「カズ兄さんが、呪われてるって言ったんだよな」

「そうだな」

「でも大丈夫だって言ったよな」

「言ったな」


 しれっと答えている兄に怒りが込み上げてくる。


「その後、イサナが石像にされたことも知ってるよな」

「それがどうした」

「全然、大丈夫じゃないだろう!? また同じことをするのか!?」


 包丁は罠だった。魔力を取り込んで魔族だかが復活するのに利用されただけだった。それを知っているはずなのに、何故そんな剣を使っている。どういう了見だ。


「お前は、大丈夫だっただろう」


 何も悪びれることなく。それが当り前であるように兄が言った。


「……どういう意味だ」

「聞いたはずだ。そこの子はお前の物か。それにお前は違うと言った」

「だから、俺だけは大丈夫だって……そういう意味だったのか……!」

「俺の物でも無く、お前の物でも無いのなら、俺は知らん」


 その視線は、本当に興味が無いようにイサナを見ていた。


「この……!」

「シンタさん、駄目です」

「シンタ兄さん、やめておきなさい」


 澄ました顔を殴ってやろうと振りかぶったところをイサナと妹に止められた。


「昔からこういう人だったでしょう。今さら何言っても無駄ですよ」

「私、シンタさんに助けて貰ったから大丈夫です。別にお兄さんにも何も思って無いですから」


 二人して止められると、振り上げた拳を下ろすしかない。

 確かに兄はこういう人だった。自分の物以外には極端なまでに興味を示さなかった。俺の物でも無いと言うのなら、生死にかかわろうが関与しない人だ。

 兄の目をじっと見つめる。手を伸ばしてイサナを抱き寄せた。


「ひゃっ」

「今は、イサナは俺の物だ」

「そうか」


 兄が目を背けて妹の持っていた剣を受け取って鞘にしまいこんだ。


「お前の物は、お前が守れ」

「そのつもりだ」


 兄がどう思ったのか分からないが、みすみす見捨てらる事は無いと思う。

 抱き寄せたイサナを離すと、セリアさんが詰め寄ってきてイサナに話しかける。


「そうなの? 前からそうじゃないかとは思ってたけど、もうしたの?」

「え、え……したって、その。何を……」

「いやねぇ、もう決まってるじゃない」


 セリアさんがニヘラと笑いながらイサナを質問攻めにし始めた。


「そ、その……チュウなら……」

「えー、キスだけなの? そこから先はしてないの?」

「そ、それは……どうしましょうシンタさん……」


 イサナが口元を緩ませ顔を赤くして俺を見てくる。

 こっちを見ないで欲しいと視線を逸らした先でナツと目が合う。


「え、お前ら……女同士だろ……え? 女同士なのに?」


 変な勘違いをして「都会こわい」とか言っているので放っておいた。


「積もる話もあるだろうが、この男の身柄はこちらで預かってもいいのかな」


 床に転がされているペヨテに杖を向けながらモカさんが兄に尋ねる。

 兄が請け負っている仕事と関係があるのかもしれないので、もしそうであるなら捕まえた兄に優先権があるかもしれないと思ったのだろう。


「俺とは関係が無い。好きにしてくれ」

「では、そのように」


 モカさんが邪悪な笑みを浮かべて「楽しい質問の時間だ」と呟いた。何をするのかは知らない方が良いだろう。


「ペヨテと言ったな。空間制御か物体移動の魔石を持っていただろう。どこにやった。大人しく出した方が身の為だ」


 言いながら手の中や服のポケットを探しているが目当ての物は見つからないようだ。

 いよいよ見つからなくなりペヨテの顔に杖を突き付けて再度同じ質問をした。


「言え、どこに隠した」

「既に破壊した……お前達も、道連れだ!」


 ドスン、と大きく揺れたかと思うと身体が落下し始めていた。



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