76.どんなポーズか分からないが、多分四つん這いのことだろう
俺がちゃんぽんを食べている間にペヨテは建物の奥へと逃げてしまったらしい。
今はモカさんが先行して後を追っているとのことだったので、イサナたちと共に急いで奥へと続く。
ナツは探していた仲間が居たからその場に残るのかと思ったが、「まだ全員見つかっていない」と言って後をついてきた。
ひたすらに真っ直ぐな道を走りながら先ほど妹が言っていた「治療魔法ではない」という言葉の意味を聞いてみた。
「大したことではないですよ。私が今まで治したと思っていたのは殴った対象の時間を戻していたというだけです」
十分、大したことのような気がする。イサナに時間を戻す魔法が一般的なのか聞いてみると「そもそも、その時間が戻ると言う意味が分かりません」と答えが返ってきた。概念からして存在しないものらしい。
「ナツさんのお友達が最初に顔から血を出したのは、傷口の状態が怪我をした状態に戻ったからだと思ったんです。だからもう一回、更に戻せば傷が出来る前になるんじゃないかと」
そう思ったからと言って、人の顔面の傷口を殴るのはどうかと思う。
「毒を食らわば皿まで。嫌われるならどこまでも。上手くいけばしめたものですよ」
そういう打算で行動するから友達がいないんじゃないか、と思うが口にすると大変な目に会うので言わないでおく。
妹の魔法は治療だと思っていたが、もし時間を戻す効果だというのならイサナが石像になった時も殴っておけば戻ったかもしれない。殴った大正の戻る時間はバラバラなようだからあまり何でも殴ってしまうと、さっきのチオのように中途半端な状態になってしまうこともありそうだ。
走りながら思案していると通路の先に見覚えのある人影が見えた。モカさんだ。通路につけてある扉の前で立ち止まっている。
「教授、ペヨテとかいう男は……?」
イサナが息を切らしながら男の行方を聞くと、忌々しげに杖で目の前の扉を指した。
「この先だ。追いかけたかったが、中には奴の作った魔獣が一杯でな。私だけでは手に負えなくて、ここで足止めを食らっていた」
扉を破られないように魔法で閉じて抑え込んでいたらしい。ここは俺の出番だろう。
「中にはどんな魔獣が?」
「元の形が分からないくらい混ぜられていたよ、羽のある個体もいたからあれは鳥の魔獣はいるだろうが」
数は沢山いるというし、まとめて全部やってしまってもいいだろう。
「扉を開けて貰えますか」
「わかった」
他に脳が無いのだから、俺がやることは一つだけだ。
モカさんが杖を軽く振ると、静かだったドアの向こう側から魔獣の声が聞こえてくる。
「よし、開けるぞ……今だ!」
モカさんの合図で解放された部屋の中に突っ込んで、暗い空間へ右手を叩きつけた。
「ミックスフライ!」
パァッっと輝く魔法陣が生み出され部屋の中が照らし出される。見たことのない魔獣がこちらを見たまま固まって動きを止めていた。
右腕から生じた更に魔法陣が大きく広がる。部屋の床から壁、天井を全て覆いつくし部屋中が明るくなると、俺だけを残して収縮し始めた。
布で包んだように魔獣が魔法陣に絡め取られ、その姿を魔法陣の中へと消していく。最後、部屋の中央に残った光の塊は大皿になって輝きを消した。
「全体攻撃できるならサハギンの時に何でやらないんですか」
妹が横から顔を覗かせてこちらを見た。もっともな言い分だが、魔法に慣れてきたから出来るようになったと言うのが正解だろう。
魔法陣を遠くに飛ばしたり、左手でも魔法を使えたり、そういう目に見えないレベルアップをしているんじゃないかと思う。
「まあ良いですけどね。あ、エビフライは貰いますよ」
さくさくと歩いて大皿の前に座り込んだ妹がいつの前にかフライを食べようとしていた。こうしてはいられない。滑り込む勢いで大皿の前へと移動した。
大皿に乗った黄金色の物体は、今にもじゅわりと音を立てそうな匂いを出しながら鎮座ましましている。
カラっと揚がったフライの油の香りが流れ込んでくると、それ自体が潤滑油になっているように口元の滑りが良くなり、思わずほころんでしまう。
さて揚げたてのフライが冷める前に食べてしまおうと箸を探してみるが、今回は何故か箸がついていなかった。素手で食えということなのか、意地が悪い。
フライの形から大凡の予想を付けて、添えられているレモンを絞り上から降りかける。指でつまんだ楕円形のフライから伝わる、ムズムズと腕を走る熱気を我慢しながらタルタルソースをなすりつけて、半分ほどを口に入れて噛み切るとプチュっと熱い液体が飛びだす。
その液体は口の中でタルタルソールと混ざり合い、香り高く名乗りを上げた。カキフライだ。
外はカリっと揚がりながらも中はプルンとした柔らかさを保って熱気を閉じ込めている。
再度、タルタルソースを付けて口に入れるとレモンがふわりと香った。その後からタルタルソースのまろやかな酸味、カキの独特の旨みが舌の上にとろけだす。
咀嚼すればタルタルソースがカキの身を混ざり、まろやかな食感がさらに強調される。レモンの爽やかさが鼻から抜け、脂っこさを感じさせない。
カキはコラーゲンが豊富らしいが、その効果か身体に潤いが満ちて唇がプルプルになった気がしてくる。
「あぁ……うまいなぁ」
「どうして男だった時はいまいちパッとしない感じだったのに、TSした途端こんなんなんでしょうね」
妹が何かに呆れながらエビフライの尻尾を噛み砕いた。今の俺は「こんなん」らしい。
意味が分からないので、とりあえず次のフライに手を伸ばす。円柱のようなフォルムのこれは、きっと帆立てだ。
これもタルタルソースが合いそうだ。ねっとりと白いソースを付けて、半分ほどを口に入れて歯を立てると繊維状の白い身が姿を現す。やはり帆立てだった。
豊満な海の風味を漂わせる身はぷるんと柔らかかく弾力がある。歯が身を裂けばほわっと蒸気が舞い上がり舌を焦がした。
未だ熱を持ったホタテフライを胃へ落としながら目線で次の獲物を探す。魚介が2連で来たから、次は野菜か肉が良い。
見た目から分かりやすい半円のフライにソースを付けて食べた。凝縮されたキノコの旨みが解き放たれる。シイタケだ。
フライの衣とソースの相性は何回食べても飽きることが無い。そこに広がるシイタケの香り、ソースに混ざり芳醇で高貴な複雑さが味覚を翻弄する。
その美味みと喜びに、毒キノコでも無いのにグルグルと目が回る。次は肉だ。ソースをかけて口に入れる。サクっと噛み切れる柔らかさ、じわ、と染みだす脂は豚のヒレに違いない。
トンカツも良いがフライの豚肉もまた良い。サクリサクリと喉の奥へと消えていくヒレ肉を名残惜しむ間もなく次のフライを手に取る。
衣をつけても分かる、透けて見える緑の地肌が素敵なシシトウ。軽く塩を振ってから噛みつけば、ほのかな苦みと野菜の甘味。絶妙なバランスだ。塩だけで美味い。塩だけが美味い。
次はエビを……と探してみたが、皿の上にエビフライが見当たらなかった。おかしい、まだ数はあったはずなのに。
「なあ、お前ら追いかけなくていいのか?」
「そんなこと言ってもな、食べちゃわないと冷めるじゃないか」
ナツがモカさんと問答しているが話の中身はどうでもいい。ナツの手元にあるものが重要だ。
エビフライ、恐らく最後のエビフライが手に握られている。口元には赤い尻尾がまだ見えるから、きっと2本目を食べようとしているんだ。
「ナツ、動くな」
「……げっ」
ナツがやや上あたりに視線を逸らしながら尻もちをついて後ずさった。しかし手にはエビフライを持ったままだ。意外に食い意地が張っている。
どうにかしてエビフライを取り戻さなくてはいけない。あれは俺の分だ。座った姿勢から床に手をついて、四つん這いでナツへと近づく。近づくたびにナツが遠ざかる。その差を埋めるたびに更に近づく。
「なぁ……俺のものだろう?」
「ち、違う……」
涙目になりながら首を振った。頑固な奴だ。そんなにもエビフライが惜しいのか。逃がさないように、獲物を追い詰めたチーターのようにゆっくりと動きながらナツを追いかけると、ナツの視線が段々と俺の方に戻ってきた。顔よりは少し下あたり、目を見て来ない所を見るとやましいものがあるのだろう。
「観念しろ、俺のだ」
「オレは……オレは……」
夏の手からエビフライを取ろうと手を伸ばすと、ナツが身をこわばらせた。今だ、エビフライ。
「いい加減になさい」
いつの間にか横に立っていた妹が、ナツの手からエビフライを奪い去って口に入れていた。俺の、エビフライ。
「俺のエビフライが」
「最初に言ったでしょう、エビフライは貰うと」
あれは俺の分も含めてのことだったのか。なんて勝手なんだ。許した覚えはないが食べてしまったものは仕方が無い、他の物で我慢しよう。
立ち上がって膝を払って大皿のところまで戻ると、残ったフライは全て食べ尽くされていた。
「前にシンタさん達がクシカツというのを食べていた時は車に酔ってて油臭くて無理でしたけど、食べてみると美味しいですね」
「こんなに油をふんだんに使った料理なんて王族でも食べたことがないだろうな。興味深い」
学園師弟コンビが忙しなく口を動かしながらフライを口に詰め込んでいるのを見ると諦めも付く。先に進めば他の魔獣もいるだろう。
イサナに水を貰って先へ進もうと振り返ると妹と頬を抑えたナツが戻ってきた。
「ナツさんがおっぱいを凝視していました。女豹のポーズは刺激が強いのでやめてください」
それだけでナツが殴られたのかと思うと可哀想だ。
「その後で、私と見比べて鼻で笑ったので殴りました」
「オレは何も言って」
「目が語っていました」
毎度のことながら理不尽だ。
皿を片づけて、モカさんを先頭に部屋の扉を開けて通路へと出る。
大分と歩き回ったが通路と部屋の組み合わせばかりだ。誰かが中にいたのは双子とナツの仲間がいた部屋だけで大部分が空き部屋でしかない。何のために、こんなに無駄の多い施設を作っているのだろう。
いくつかの空部屋を経由して進んだ先で、神殿のような作りになっている特別だと分かる部屋に行きついた。
「教授、あそこに!」
イサナの指差す先を見るとぺヨテが壇上へと登るところだった。体力が無くなっているのかフラフラな足取りだが、追いつくにはまだ少し距離がある。
兄の居場所も分からないし、捕まえて聞きだしたいことは山ほどある。後を追って行こうと近づいたところで、壇上に続く階段に天井から柵が降ろされた。
壇上にいるペヨテがこちらを見下ろしながら高笑いを上げる。
「ここまで来ればこっちのものだ! 訳の分からん魔法を使いおって! おかげで合成魔獣が大分減ってしまったではないか!」
減ったと言うことは、まだ在庫があるということだ。追加オーダーも出来るに違いない。
「丁度いい、実験体の試験を手伝ってもらうことにしよう。お前たちが処分されるのが先だろうがな!」
ペヨテが壇上で何かを操作すると部屋にある大きな扉がバコンと音を立てて勢いよく開いた。
扉の奥には暗闇が広がるばかりで何も見えないが、少しの静寂ののちに地面を揺らす音が響いてくる。
「気をつけろ、かなり巨大な魔獣が出てくるようだ」
モカさんが先頭に立ったまま俺達を背中にして杖を構えた、本当にちゃんとしてれば格好いいところもあるのに。
段々と足音が近くなり、最後にドスンと大きく地面を揺らして音の主が姿を現す。2本の太い足で支えている身体は巨大で、引っ越しトラックと比べてもまだ大きいだろう。
薄皮のように見える羽は鱗で包まれていて、その先端には鋭い鍵爪が光っている。長い首の先には巨大な顎、凶暴な性格を隠そうともしない目つき。
身体には何故か金属製の鎧を着こんでいた。服を着せられた犬みたいで少し間抜けだ。
「ド、ド、ドラゴンじゃねえか!?」
ナツが叫び声を上げた。お馴染みのパターンだ。
毎回、同じことを繰り返していて慣れないものかと周りを見ると、やはりイサナも妹もつまらない物を見る顔でドラゴンを見ている。
「ど、どうしたようシンタくん。ドラゴンに勝てるはずが無いよ!?」
モカさんだけが慌てて戻ってきた。涙目ですがりついてくるが、さりげなく胸を揉んでくるので全部が演技かもしれない。
「そうだ、今から謝ろう。学園から物資を横流しすると約束すれば許して貰えるかもしれない」
大丈夫だからと言い聞かせて身体から剥がしイサナに引き渡す。モカさんのみっともない姿を見て、ペヨテが勝ち誇った顔で語りだした。
「緑竜を手に入れたが、純粋な竜種は制御が難しくてな。やむ無く合成魔獣の素材にしたのがそいつだ」
緑色の竜が元になっているらしい。金と銀以外にも色々といるようだ。
「リビングアーマーとの合成魔獣、アーマードラゴンだ!」
ペヨテが邪悪な笑い声を神殿内に響かせるが、それらは頭の中に入って来ない。もうドラゴンをどうやって食べるかに夢中だ。
「ドラゴンは久しぶりだな」
久しぶりのカレーだ。




