73.勿論、見つかった瞬間に有無を言わさずに殴られた。
一同が揃って暗い道は相変わらずの一本道が続いている。
目が慣れればいくらかは見えるようになるが、暗いことには変わりない。昼間にモカさんが砂を運ぶ人員を見たと言っていたが、昼間と夜では建物の構造が変わっているのだろうか。グネグネと曲がった道は効率的に巡らされているとは思えない。こんな道を歩かされたのでは進む作業も進まないだろう。
日本でも放送局なんかは意図的に迷いやすい作りにしてあると言うし、何らかの意図を持って作られたこの施設も似たような目的があるのかもしれない。隠し通路がどこかに用意されているのかもしれないが、そんな憶測だけで壁を叩きながら歩くのも無理なので、仕方なく今は道なりに進む。
自分達の歩く音だけがやけにはっきりと聞こえる、視覚を完全に黒色に染められていると平衡感覚も怪しくなってくる。果たしてまっすぐと歩けているのか分からない。頭がくらくらと揺れるような錯覚さえ覚える。
変化の無い闇に段々と頭がぼんやりとしてきた。こんな暗闇の中を歩いていると、高校の学園祭で入った胎内洞穴を思い出してしまう。
◆
胎内洞穴とは日の光が欠片も入らないように教室を真っ暗闇にして、壁を立てて細い道を作り暗闇の中を歩かせるだけのアトラクションだ。
室外からの音も出来る限り遮断し、水の落ちるような音をBGMにして闇の中に身を沈みこませる。産まれる前の胎内を疑似体験するという触れ込みだったが、頭の中にまで浸食して広がる闇に恐ろしくなり何人かの女性生徒が泣きだしてしまうこともあったようだ。しかしそれでも一部の客と生徒にパワースポット的な人気を博して、それなりの入場者を獲得していた。
そんな出し物があるよ、と安田君に誘われて一緒に中に入ったのはいいのだが、暗幕に覆われた入り口をくぐると通路の先も見えない程の真っ暗闇だった。意気揚々と入った安田君も暗いのが怖かったのか腕にしがみついてきた。どれだけ周り道をさせても、せいぜい歩く距離は数十メートルにしかならないのに真の闇の中ではその距離が何倍も長く感じる。
あまり強く引っ付かれると出店で買って内ポケットに仕舞ってあるパンケーキが潰れてしまうので、そっと引き離しながら道を進んでいると、いくつかの角を曲がったところで安田君が先導するように腕を引いてきた。
暗闇に慣れて余裕が出てきたのかと思い、そのまま引かれるままに先へと進むと突然立ち止まった。何事かと腕を引く当人の顔のあたりを見てみたが、真っ暗なので何を考えているのか分からない。
「どうかしたのか」
「いいや。大したことは無いよ、ただの行き止まりだ」
ここまで一本道だと思っていたが、まさか迷路になっているとは思わなかった。壁に手をつきながらきた道を戻るしかないだろう。
逆方向へと戻ろうとすると、腕を掴んだままだの安田君がぐいと身体を引きよせて来た。
「3分ほど待ってくれないかな、理由は聞かずに」
「……わかった」
さっぱりと理解できないが女性には色々あるのだろう。理由を聞くなと言われたからには聞くわけにはいかない。
ぽつん、と闇の中で立つ横で腕を離した安田君が暗闇の中でモゾモゾと動いている気配がする。全身を動かしているのか、布の擦れる音が目立って聞こえる気がする。何となく、服を脱いでいるような音だと思ったが、こんなところで服を脱ぐ人間がいるはずがない。暗いとは言え目の前に男がいるのだし、そもそも脱衣する理由が無い。
しかし、黙って待っていると布ずれの音は止まるどころか本格的に服を脱いでいるとしか聞こえてなくなってきた。一体、安田君は何をしているのか。
「なあ」
「どうかしたのかな」
「まさか、服を脱いだりしてないよな」
「はは、まさか」
安田君が軽く笑って答えた。そうだ、脱いでいるはずが無い。そんなわけが無い。無いのだが。
シュルシュルとリボンを解くような音と、そこにいるのが並大抵の人間ではなくて何をしでかすか分からないことに定評のある安田君であるというだけで、そこに全裸で立っていても不思議でないような気がしてしまう。その上、こちらの心を見透かしたように問いかけてくる。
「もし本当に私がここで脱いでたら、シンタはどうする?」
その声は楽しげでありながら、何か別の意図を潜ませているような艶がある。こんな声を出す時の安田君は、決まって悪いことを考えていると相場が決まっていた。
布ずれの音が止み、安田君の声が近づいてくる。
「仮定の話として、女の子と暗闇に二人きりで周りに誰もいなくて、音を出しても外に漏れ無い。そんな状況になっちゃったとしたら」
「逃げる」
ゆっくりと足を動かして、声の主から距離を取る。まず間違いなく安田君は何かを企んでいて、いまそれに巻き込まれようとしている。恐らく、ここで行き止まりになっているのも安田君の仕組んだことだ。このままここにいるとロクなことにならないことは今までの経験から分かっていた。
身体を反転させて一気に逃げようとしたところで、いきなり正面に安田君が現れる。音が出ないように移動したつもりだったし、暗くて場所なんか分からないはずなのに的確に位置を補足されている。逃げた分の距離をじりじりと詰め寄られ、元の行き止まりの壁際まで追い詰められた。
「まぁ待ちなよ」
背中に硬い壁の感触が当たる。
ベニヤ板で覆われた安っぽい壁ではなく、防音性に優れたパーティションを使っているようで蹴破って逃げることも出来ない。耳の横からドンッと壁を突く音がした。
「優しくする」
「意味が分からない」
石鹸のような匂いが鼻先に触れた。嗅ぎ慣れないシャンプーの香りだ。
みぞおちのあたりに柔らかいものが当たる。体重をかけているのか次第に圧力をかけられると、柔らかいものが形を変えて強く押しつけられる。
身体をすり抜けて横から逃げようとするが、太ももの間に足を差しこんできたせいで動けない。本格的に逃がすつもりが無いのかもしれない。
空いている方の手を胸元に差し込んできて器用にボタンを外してくる。制服とワイシャツの前を全て開けると、太ももの間に差し込んでいた足を足首に絡めてきて、はだけた服を掴まれて一気に引き倒された。それは思いのほか力強く、柔道で受け身を習っていなかったら頭を打っていたかもしれない。
「ま、て」
「大丈夫、私も初めてだから」
どうやったのか、気付けば倒れるまでの一瞬の間で上着が脱がされていた。
倒れて仰向けになった素肌の腹の上に、すべすべした物が乗せられる。そのまま脇腹を足で挟みこまれて胴体を動けなくされた。がっちりとロックされた腹の向こう側に冷たい細い指の感触が触れる。カチャカチャとベルトをいじくる音がした。
「それは、流石にまずい」
「いいから、いいから」
するっとズボンを脱がされた。こうなったら穏便に振り払うのは無理だ、多少強引にでも逃げ出さないとこのままだと大変な目に遭う気がする。腹筋と背筋の力で腹の上に乗った安田君を振り落とそうとするがむっちりとした感触が吸いついているように離れない。
いよいよどうにも逃げようがないと悟ったところで、安田君の手が腰の下着に掛かった。
「それは本当に……!」
最後の一線が破られる、その直前。
今まで真っ暗だった視界に光が戻った。
「あ」
「は?」
腹の上に尻を乗せて、背中を向けて明かりがついた天井を見上げている安田君がいた。やはり服は脱いでいて上下ともに同じパステルカラーの薄い青色をした下着だけを身に着けている。
そのまま視線を降ろした安田君と目が合う。驚いたことで開いていた口がぱくぱくと動き、顔が一瞬で真っ赤に染まる。いかに安田君と言えども、下着姿を見られるのは恥ずかしかったようだ。
「ぜ、全裸だと思った? 残念、下着姿でした!」
上ずった声でそう言うとすくと立ちあがった。
脱ぎ散らかされた俺の制服の元へと転がるように移動し、散らばった学生服の上下とワイシャツを手にとり、それを手早く身につける。
「シンタの服は貰ったよ、ジャアネ!」
それだけ言うと、俺の服を着込んだ安田君がボタンも止めずに駆け足で通路を逃げて行った。
一体何がしたかったのか。最初から俺の服を奪うことが目的だったのかすら分からないが、残されたのは半裸の俺と安田君の制服だけだ。これを着なくてはいけないのか。
人に見つかる前に女子用の制服を着て胎内洞穴を出る。外にいた生徒に何故明かりがついたのか聞いてみると、迷う人がいるのと稀に暗いからと不埒な行為に及ぶ輩がいるので、その対策だそうだ。とても良い対応だと言わざるを得ない。
学園祭だったので多少変な格好をしていても目立つことはなかったが、妹に見られて女装癖があるのだと言われ続けた。
◆
ぼんやりと歩き続ける。進む先から風が流れてくるのに最初に気付いたのはイサナだった。
「どこかに出るみたいですね」
「ようやくか。もう魔獣部屋でもいいから暗い所から解放されたい気分だな」
「そういうのはフラグと言うんですよ」
モカさんが軽く笑うと、その後に続いて妹が横から出てきて言う。
進む通路の先には、道を曲がった先から光が漏れていた。砂漠の渇いた空気から、湿ってカビ臭い空気へと流れる空気が変わる。
「ここは……?」
「魔力が濃いですね、何かいます」
部屋の中も相当に暗い空間ではあるが、通路の暗闇から抜けだした後では目が慣れていてかろうじて中の様子を見ることが出来る。僅かだがどこかに光源があるのかもしれない。
学校の体育館ほどの広さの中に、暗がりの中でも分かるほど黒い、大きい何かがいるのが分かった。
「何だあれ」
「黒っぽくて、動いてますけど良く見えませんね」
「マジかよ。冗談だろ」
目の良いナツだけが何が居るのかを見ることが出来たようだ。声からも緊張していることがうかがい知れるが、砂漠の道中も何度かそういうことがあったのでこちらとしては慣れたものだ。
きっと魔獣だろう。ナツ基準で強敵なのかもしれないが、その分だけ美味しい料理になるかもしれないので期待が膨らむ。ウキウキした気分で聞いてみる。
「あれは何の魔獣だ」
「やめろ、絶対に近づくなよ。間違っても食おうとするな」
いつもそうは言いながらも教えてくれるし、最近ではナツも強敵相手でも逃げろとは言わなくなったと言うのに、そんな釣れないことを言う。
「そんなことは聞いてない」
ゆっくりと逃げようとするナツを壁際に追い詰め、顔の横に向かって掌を突き出した。ドン、と壁にそのまま手をつく。妹が「なかなか良い壁ドンですね」と冷静なコメントを出した。
先ほどまで思いだしていた安田君の行動が頭に残っていたのか、何となく同じ行動をなぞるように身体を動かしてしまう。
ナツの胸元に手を差しこんで襟元の布を握りこんだ。
「あそこにいるのは何だ。名前は? 味は?」
「言ったら、絶対食べようとするだろ」
「いいから、言ってみろ」
いくら何でもいつも食べるとは限らない。食べられなさそうなら普通に諦める。例えば無機物とか。
ナツが逃げられないように、太ももの間に脚を差しこんだ。脚に力が入ってぷるぷると震えたのが分かる。
「気付かれる前に奥に行こう、頼むからそうしてくれ」
涙目になりながらも譲ろうとはしない。中々に頑固だ。
こうなれば力づくしかあるまい。自分が体験した記憶を同じように辿って足首を絡ませ、襟元に握り込んだ布と一緒に引き倒した。
「んなっ」
ドン、と盛大に地面に背中を打ちつけてナツが倒れた。すかさず身体を抑え込むために腹の上に座り込み、太ももでわき腹を抑え込む。
あとは身動きが出来ないうちに履いている物を脱がせて……脱がせてどうしようと言うんだ。何も考えないで安田君の行動を真似していたから、先のことを何も考えていなかった。手がズボンに伸びたところで止まる。
「や、やめろぉ! 言うから、それ以上は!」
「何してるんですかぁ!?」
ナツが叫ぶのと同時にイサナから杖が飛んできた。ガツンと頭を殴られる。とても痛い。
乱れた服を直しながら立ち上がったナツに視線を向けると、ビクリと身体を震わせて数歩後ろに下がった。もしかしたら、今のような行動が嫌われている原因かもしれない。
「気付かれた……」
怯えたナツの視線は俺ではなくて、その後ろへと向けられている。
振り返ると、いつか動物園で見たアフリカ象よりも大きな犬がゆっくりと近づいてきていた。その身体は1つなのに対して首が3つもある。
「勝てるとか、そういう次元じゃないんだ」
「まさか、実在するとはな。おとぎ話もまんざら出鱈目ではないようだ」
涙目を引きずったまま涙声で声を詰まらせたナツに次いで、モカさんが同様に声を震わせて声を漏らす。
ただし、こちらは感極まっているようにも聞こえた。
「これは魔界の番犬、ケルベロスだよ」




