72.その頃のことを妹の前で話題にすると問答無用で殴られる
「おい、そろそろ時間だぞ」
ナツの声で目を覚まして上掛けの毛布を払い落とす。
うどんを食べた後に星が読めるナツが見張りとなり、他は仮眠を取ることになった。星の見方は知らないが、深夜と言っていい時間のはずだ。
冷え込む夜の砂漠の空気を吸いながら出発する準備を整える。
「出る前に何か食べるか」
「寝る前に食べたばかりじゃないですか」
そう言われても減るものは減る。
またナツに魔獣を探してもらおうかと視線を送ると、何故かビクっと身体を震わせた。最近、俺に対する反応が過敏だ。
「何か近くに魔獣が居ないか」
「そうそう都合よく……いるな」
よほど目がいいのか、星明りの下でも魔獣を見つけることが出来るらしい。施設へと向かう進行方向にタイミングよく砂亀という魔獣がいるらしいので、走っていって殴りつけた。
「トーストサンド!」
光に包まれた亀がペシャン、と瞑れるように平らになり焼いたトーストの乗った皿へと姿を変える。
元の亀が一抱えもあるような巨大サイズだったからか、出てきた皿も同様に大きなものだ。
後から追ってきたトカゲ車に戻り、中でトーストサンドを披露する。
「砂亀は甲羅が硬すぎて攻撃が通じないから、普通は誰も襲わないんだけどな」
「シンタさんですから」
「普通の話をしても仕方ないでしょう」
イサナと妹の俺に対する評価が斜め上へと伸び続けている気がする。
モヤモヤした気分を吹き飛ばそうと、こんがり焼き目の付いたトーストを手にとって口へと運ぶ。サックリとした軽い歯ごたえだ。食いついたトーストの切れ目から熱気がのぼると同時に香ばしい小麦の匂いが鼻腔を直撃する。
あっと言う間にほくほく顔になりながらトーストの焼き目へと舌を這わせ、カリっと音を立てて一口分を食いちぎる。完全に切り離したと思ったが、唇と手元のトーストの間に白い橋が架かった。溶けたチーズだ。
口の中ではトーストに挟まれていたチーズが飛び出している。舌の上へと躍り出た滑らかなチーズのコクが徐々に口の中に広がり、唾液の分泌をこれでもかと促す。
最初に口から消えていくのはトーストの部分だ。咀嚼と共に喉の奥へと運ばれる。後にはトーストの中に潜んでいたチーズが残った。柔らかく張りのあるチーズは、噛み締めるとモキュッと音が出そうな艶がある。
続けて二口目を齧ると、一口目には無かった衝撃が溢れ出した。この塩気と香る脂は、ハムだ。
短冊形に切られたチップ状のハムが、この上ないチーズとの相性を発揮して旨みを作り出す。
噛み砕くと更にチーズと肉とが混ざり合う。チーズのコクが肉の脂を包み込み、肉の香りがチーズの旨みを引き出す。互いが互いに己を高めあう。
モニョモニョとした食感を楽しんだあとで、もう一口。サクッと心地よい感触が歯茎へと伝わる。サクサクサクと、口を動かせば快感が生まれる。音が鳴るたびにチーズと肉の競演が怒涛の勢いとなって口の中を彩る。拍手喝采だ。
皆がそれぞれ手に取ったトーストを食べているのを見て、まだ皿に残っているトーストを手に取る。元が大きかったので量に余裕がある。あと2つくらいなら食べても大丈夫だそうだ。
手に取ったトーストを食べようとしたところで声をかけられた。
「おい、口から出てんぞ」
ナツが指で自分の口の横を指しながら言う。多分、食べたときのチーズが垂れているのだろう。
手がトーストで塞がっていたので、横着して舌で舐め取ろうとするがどこにもチーズらしき感触は無い。
「そっちじゃなくて、もっと下だ」
「ん……届かないから取ってくれ」
がんばって舌を伸ばしてみたが届きそうに無いので、チーズが付いているあたりを突き出すようにしてナツに向ける。
「……っ」
人の食べたチーズに触れるのが嫌なのか、露骨に顔を背けられた。
「嫌じゃねえけど……って、お前分かってやってんだろ! いい加減にしろ!」
なぜか怒られた。
◆
余ったトーストを貰えたので片手に持ちながら星空の光を忍び、周囲を警戒しながら施設へと近づく。
施設の近くに立ち番や見張りが居るでもなく、入口の灯りは落とされて完全に就寝時間であると伝えている。それでいて扉に鍵がかかっているわけでもないのだから不気味だ。
「普通に正面から行ったら案外すぐに入れたかもしれないな」
「ようこそいらっしゃいました、って歓迎してくれるんですか。嫌ですよ、気持ち悪い」
何となく呟いた軽口に妹が不機嫌そうに応えた。
入口を通って施設の中に入るが、暗闇が広がるだけで人がいる気配は無い。
なるべく足音を気をつけながら一本道の通路を進むと扉に突き当たった。他に進む道も無し、軽く押してみると手ごたえも無く「キィ」と音を立てて開く。
扉の開いた隙間からは明かりが漏れている。中には誰かいるのかもしれない、人がいるのならば扉が開いたことで気付かれているだろう。ここで立ち止まっていることは有利には働かない。
ここまで一本道だったし、他に道もないので先に進むしかない。
「俺が先に行く」
小声で後ろにいる皆に告げて、扉の隙間へと身を滑り込ませた。暗闇に慣れていた視界が明るさに眩むが、数秒でそれにも慣れる。
そこは高校の教室くらいの大きさの部屋だった。隅にテーブルと椅子のセット、ベッドが2つ置いてあるほかは何も無い殺風景な空間だ。入ってきた入り口とは別に、真正面の位置に別の扉が付いている。通路を兼ねた部屋なのかもしれない。
僅かにぼやける視線の先に、誰かが立っていることに気付いた。背の小さい、小学生か中学生くらいの女の子だ。「アイツ」とは違って髪の毛は金髪ではなく紫に近い黒色で、背中まで長くのばしている。黒くてやけにヒラヒラの多い服、以前に妹が好んできていたゴスロリみたいな服装だ。
それが二人。二人とも、同じ顔をしている。
まったく同じ見た目の少女が、並んでこちらを見ていた。招かれざる客に相対しているというのに、ニコニコと、筋肉の動かし方まで同じであるような表情をしている。
『いらっしゃーい』
二人が同時に声を発した。
この状況に不釣り合いな少女の可愛らしい声だが、楽しげ声なのにどこか感情を持たない。頭の中でハウリングするような奇妙な雰囲気の声が耳の奥に残る。
「お前らは……」
『私たちの部屋にようこそ』
口を開いたのに先制して再び同時に声を発した。ここが自分達の部屋である、と告げると今度は二人が別々に声を出す。
「今日は、何しに来たの?」
「遊びに来たの?」
少女達は、示し合わせたようなタイミングで喋る。二人が左右でそれぞれ口を開きながらひとつの言葉を紡ぐ。台本通りであるかのような態度に、俺達がここにきたことが全て露見しているのではないかと不安になってくる。
「違うよね」
「そうじゃないよね」
ぐるぐると思考が固まる俺の前で、二人は表情を崩さずに無邪気に「うふふ」と声をそろえて笑っている。どうする、今から走れば逃げられるか。
「なるほど分かりました、これは蟲の仕業です」
動けずに固まっていた俺の背後から妹の声が聞こえた。同時に金縛りが解けたように身体が動くようになったことに気付く。すっかり雰囲気に呑まれていたらしい。
「その蟲って何だ」
次いでナツの声も聞こえた。振り返ると扉の向こうにいた皆が全員出てきている。
先に行った俺から何の合図も無いので様子を伺ってから出てきたようだ。
「同じ顔が二つとなれば相場は決まってます。これは間違いなく分身ですね」
「双子じゃねぇのか」
適当なことを言う妹にナツが律儀に疑問を返している。最初に妹がナツの糸の技に対して、その真髄を見破るような言動をしたせいで変なところで妹への信頼感が出ているようだ。
早めに騙されていると教えなければならないが、最近避けられているのかナツに近づくと逃げられると感じている。知らずに嫌われることをしていたのかもしれない。
今も俺から距離をとって妹の近くに立っている。
「あれはテニヌを使った分身術です」
「何だよ、テニヌって」
「古本屋で読んだことがあります。分身したり人をふっ飛ばしたりする摩訶不思議な技術の総称ですね」
「マジかよ」
「そんな技術は聞いたことが無いな。興味深い」
モカさんは知らないそうだが、俺も知らない。どうしてこうも空気を無視してベラベラと適当なことを言えるのだろう。あと蟲はどこに行った。
「世の中、大抵の不思議なことはテニヌで説明がつくんです。あとゴルゴム」
多分、自分で言っていて途中で飽きたのだろう。投げやりもいい所だった。
「じゃあ、あの双子……分身してる奴は、そのテニヌの使い手か」
「テニサーの姫様とか、そんなんじゃないですか。多分」
いつの間にか謎の施設がテニスサークルの合宿所になっていた。設定が適当だ。
「違うよ、お姉ちゃん」
「私たち、ちゃんと」
『二人いるよ?』
しかも即効で本人に否定された。
妹の顔を見れば不機嫌な顔をしているので、どうやら読みが外れたのが悔しいらしい。どこからのその自信が出てきているのか知りたい。
「それは僥倖。テニヌ相手なら命の危険がありましたが、ただの双子ならキャラが薄いから勝てますね」
不遜な顔で捨て台詞を吐いているが、ただの負け犬の遠吠えにしか聞こえない。双子は妹から視線を俺に移して、再び声をそろえて話しかけてくる。
『ねぇ、お姉さん』
「何をしたいの?」
「何をしに来たの?」
「もしかして」
「エッチなこと?」
からかっているのか、また声を合わせて「うふふふ」と笑う。まるで取り合う気は無いと言うことか。
無力化させて更に奥に進んだ方が良いのかもしれない。
「ちょっとシンタさん、そんな目的で来たんですか!?」
真面目に考えていたらイサナが腕に抱きついてグイグイ引っ張ってきた。話が進まなくなるので少し控えて欲しい。
「そんな目的は無い」
「本当ですか。女の子はここにもいますからね。気を確かに持ってくださいね」
イサナの気が確かなのか、少しだけ不安になる。
双子は攻撃する気が無いだろう。離れた場所から見つめて微笑み続けるだけで、手を出してこようとはしない。
得体が知れない双子ではあるが、話し合いが出来る相手なのかもしれない。それならば、この施設が何なのか、何の目的があるのか、ナツの一族の人たちをどうしているのか、などの答えが得られるのではないだろうか。
いきなり攻撃してくることもなさそうはので、こちらの目的を告げてみることにする。
「近くの街から着た人たちがいるはずだ。その人たちを帰してもらいたい」
「別にいいよ」
「好きにしていいよ」
妙にあっさりと許可が出た。連れて帰ること自体は止めないし好きにしろという。
てっきり誰か偉いオッサンがいて、その人に面会でもさせられるのではないかと思っていたので拍子抜けだ。
「あなた達が勝手に決めていいんですか?」
同じことを思っていたのか、妹が双子に尋ねた。
「ここは、そういう所だから」
「好きなだけ居ていいし、好きなときに帰っていいの」
それだけ聞くと、ナツの一族の人は好きで残っているように聞こえる。無理やり拘束や監禁されているイメージだったが、それは違うということか。その言葉を裏付けるように、確かに見張りも柵も無い。
しかし止めないというのではあれば遠慮する必要は無いだろう。部屋の奥に通路が見えるので、そこに通してもらえれば何も言うことはない。
「じゃあ、ここを通るが構わないんだな」
ナツが念を押して確認した。自分の仲間に会えるのが近づき、気が急いているようにも見える。
「でも皆、寝てるよ」
「朝になれば起きてくるよ」
朝になるのを待てばと言っているのだろう。寝静まるのを待ち深夜になってから動き出したのだから、当然寝ている。
止めないと言っているのだから眠っている相手を起こして無理に連れ出すよりは、朝になってから行ったほうが効率が良いように思える。
「そう言って逃げるつもりかもしれない、こんな部屋に居られるか俺は先に行くぞ」
危険な台詞を発しながらナツが部屋を突っ切って部屋の奥へと進んでいった。その後について部屋を出ると、入るときと同じように「キィ」という音を立てて扉がひとりでに閉まった。
通路には明かりがなく、背後からは部屋の光がもれ出てくるのが分かる。その明かりに混ざって、双子の声が聞こえてきた。
「入るのは自由」
「出るのも自由」
『出たいと思うならね』
不穏な言葉と共に部屋から漏れる明かりが消えた。
目の前に広がる通路は闇に包まれ、どこまでも暗い。




