70.後で話を聞いたら二人でサンデーを舐める所から、鼻を口に含むところまで全部見ていたらしい。
サンデーとパフェの違いは器の背の高さの違いだけらしい。背の低いのがサンデーで、高いのがパフェだ。手に取ったグラスは逆三角形をしているものの背が低いので分類上はサンデーになる。ひんやりと手に染み込む冷気を感じながらイサナ達のいるところまで戻った。
「今度は何を持って来たんですか、甘いものは皆の前で食べちゃだめですよ」
イサナにサンデーのグラスを差し出して「じゃあ一緒に食べるか」と聞いた。一つしかないが別に分けあっても良いだろう。パフェは二人で食べても美味しい。
というのも、以前に安田君がおごってくれるというので、一緒に喫茶店にパフェを食べに行ったことがあるからだ。
◆
「この店は値段が普通なのに、出てくるものが全部大きいんだよ」
安田君の連れてきた店はログハウス風の洒落た外見にも関わらず出てくるのは金魚鉢にアイスティーが入っているような変わった店で、驚くべきことにチェーン店だった。安田君は楽しそうに金魚鉢にストローを差し込んでいたが、今思い出してみてもビールの大ジョッキで出てくるアイスコーヒーは嫌がらせに近いと思う。
ジョッキにストローを差し込んで喉を潤わせると本命のパフェが運ばれてきた。普通のファミレスにあるパフェがSサイズだとすれば、この店のパフェは間違いなくLサイズだ。高さも30cmは超えていた。
パフェなんて値段の高いものは普段食べ慣れていないので、これほどのものとなると世間のパフェの中でも大きい部類に入るのではないかと思ったのだが、安田君の話によると巨パフェ界ではこの程度は入門もいいところだそうだ。四国に行けば見上げるほどの大きさのパフェを出す店もあるらしい。値段は10万円以上。きっとそれはもうパフェじゃない。
「で、でも一人で食べるには大きいから二人で一つのパフェを分けるのは、この店じゃ普通だから」
誰かに言い訳するように宣言してから長いスプーンを渡してきた。
それを受け取り、一人でグラスを抱えてササッと半分食べてから安田君にグラスを返すと、とても落ち込んだ顔をしていた。何か思っていたのと違ったらしい。
悪いことをしたようなので謝ると上目遣いに見上げてきて、涙目で「まだ多いから一緒に食べて」と言う。言われた通りに安田君と交互にスプーンを突っ込んで残りのパフェを食べると、それで機嫌が治ったらしく店を出るころにはニコニコしていた。
そんなことがあってから、何となくパフェは二人で食べるイメージがついている。
◆
「二人で一緒にですか?」
「嫌か」
二人だと量が少ないから、がっかりする気持ちも分からないでもない。
「全然嫌では無いです。むしろ望むところです」
イサナが目を輝かせながら断言する。
何か食べるたびにイサナが色々禁止してくるので不便で仕方なかったが、イサナと一緒に食べるなら大丈夫なようだ。しかし、イサナ達は何を騒いでいるのだろうか。俺の食べ方がどうとか言っていたのを思い出して、今まで記憶の隅に追いやっていた会話の内容をひっぱり出して考えてみると食べ方が特定方向におかしい、という内容だったようだ。
どこかで聞いた話だとそのまま考え続けていると、数ヶ月前の記憶に行きついた。まだ妹がこっちの世界に来る前にイサナの食べ方がおかしいという話しで、同じことを俺自身が言っていたのだ。まさか自分がそれを言われる立場になるとは思わなかった。俺が男の時は食べ方でそんなことを言われたことは無い。自覚も無いのに女になってから急にそんなことを言われるようになった。何かが切っ掛けで食べ方がおかしくなったに違いない。
原因についてはあのデュラハンの謎液体が大元の元凶であろうということで納得は出来るのだが、そうなると謎になってくるのがイサナだ。イサナの食べ方はただの癖だと思っていたが、今日、ご飯を食べていたイサナは、別に変な食べ方では無かった。普通だ。
何故か、普通だった。
前はおかしかったはずだ。それが思い出してみると召喚で呼び出したのを境に普通の食べ方になった。これは何を意味しているのか。何か意味があるのか。何の意味も無いのか。考えても分からない。
とにかく女になってから食べ方がおかしくなってしまった。
もしかすると性転換して女になると食べ方がおかしくなる法則でもあるんだろうか。いや……それはちょっと待て。おかしい、おかしいだろう。そんなはずがない。いくら何でも無理がある、根拠も証拠も無い。だって、そうだろう。そんな法則があるならイサナが元々(・)、男だと言うことになってしまう。そんなことが、あるはずがない。
こんなの確かめるのは簡単だ、本人に聞いてみれば良い。もしかして男なのか、と。
鼻で笑われるか、ちょっと殴られてそれで終わりになる話のはずだ。それだけの簡単な話だ。しかし本当に聞いてしまっていいのだろうか。杖で殴られるくらいなら別にいい。にこっと笑われて「早く男同士に戻りたいですね」とか言われたら卒倒するかもしれない。
躊躇いながら視線をさまよわせていると、ふいにイサナと目が合う。俺が何かを言いたそうな顔をしているのに気付いたのか首をかしげて口を開いた。
「どうしたんですか、珍しく悩んだ顔なんかして」
ここで聞かないで他に聞くタイミングは無い。
「イサナ、ちょっといいか」
「はあ」
頭に疑問符を浮かべたまま妹達から距離を取って話が聞こえない場所まで移動する。
「今から、ちょっと変な質問をするぞ。かなり失礼な話かもしれない」
「変なのも失礼なのも今に始まった話じゃないですよ」
軽口を流してくるが、それを受ける余裕も無い。ぐっと顔を近づけて目を見る。
「その、何と言うか。イサナは人と比べて、ちょっと違うところが、あったりしないか」
「背が小さいとかですか」
「そうではなくて、もっと……」
ふいに視線が下がる。顎から胸元、更に下のへそのあたり。そこから更にちょっと下。足の付け根あたり。
「もっと、何ですか? どこを見て……へ!?」
「あ、いや、変な意味で無くて」
「あ、わ、わ、わ」
両手でそこを隠したイサナの顔が真っ赤に染まって行く。どうしよう、イサナの下半身に興味があると思われたかもしれない。
「い、いつからですか、いつから気付いてたんですか」
気になったのは、まさしく今だ。今までは考えたことも無かった。
「そ、そうですか、やっぱり何か変だったんですかね」
一人で呟くように言葉をこぼした。イサナの視線も自分の手で隠した下部へと注がれている。
今の言葉からすると、やはり何かあると思って間違いないようだ。
「あの……そんなに気になります?」
顔を赤くしたまま上目遣いでこちらを見つめてくる。聞くなら今しか無い。
「ああ、気になる」
「それはその。やっぱり、生えてるか……とか、そういうのですか」
ピンポイントで言い当ててきた。イサナにも思い至る何かがあるのだ。
イサナの問いに頷いて視線で言葉の先を促す。
「今は、別に知らなくてもいいんじゃないですかね、将来的に問題無ければ」
「いや、大事な問題だろう。俺は知りたい」
「そ、そんなにですか……」
イサナの視線が右へ左へと揺れる。右手の指先では空中にくるくると円を描いていた。
「頼むイサナ。言いにくいかもしれないが、俺にも関係があるかもしれないんだ」
「そ、そうですよね……シンタさんにも関係ありますよね……ええ、ありますよね」
「ああ、とても、大事なことなんだ」
念を押すように瞳を見つめる。
「えっと、その、今は……その、生えて無いけですけど……」
そうか、今は……か。
「前は?」
「いえ、前も……ずっとですけど」
「そうか……良かった」
「え、良かったんですか?」
「ん? 普通そうだろ」
二人して疑問符の浮かんだ顔を突き付けて首をかしげる。
「生えてるかの話しですよね」
「生えてるかの話だな」
大丈夫だ。何も間違っていない。
イサナも何かに納得したのか俺の目を見る。
「わかりました、正直もう生えてこないんじゃないかと思ってましたけど、シンタさんが良いと言うならそれがいいです」
「生えてくると思ってたのか」
俺が言うことじゃないが、もう少し常識を学んだ方が良いと思う。後天的に生えてくることはまず無いだろう。
「シンタさんが無い方が良いなら、私そうしますね」
「そうするって、どうするんだ」
「もし生えてきたら剃刀で落として」
「そこまでしなくていい!」
何て恐ろしいことを言うんだ。想像するだけで内股がひゅんとする。イサナに好かれているとは思っていたが、ここまで病的だと思っていなかった。ヤンデレと言う奴だ。
しかし、イサナが何を思ったのか後から生えてくると思いこんでいただけで、別段それ以上の意味はなさそうだ。普通の女の子だと思っていいだろう。
やっぱり俺の考えすぎだったんだ。食べ方が変なだけで、そこにはそれ以上の意味は無い。今はそれでいいじゃないか。
何となく心の中で整理がついたので意識が手元のサンデーに戻ってきた。熱ですっかり溶けだしてしているアイスクリームを舌で舐めとって食べ始める。
チョコレートソースのかかったアイスクリームは、とろりと濃厚な甘味を口中に振りまきながら程良い苦みを僅かに残す。チロチロと舌を動かすと、それを伝って溶けだしたアイスクリームが喉へと流れ込んでくる。コクリと喉を鳴らして飲み込めば鼻からバニラの香りが抜けて出る。
「あ、私も食べます」
イサナも慌てて俺の手にあるグラスに顔を寄せて舐め始めた。グラスからそそり立っているアイスクリームを挟むように二人で舐めると、すぐにアイスクリームは無くなってしまう。グラスの中にはブラウニーのようなスポンジのケーキが溶けたアイスクリームを吸って膨らんでいた。
スプーンを取り出してケーキを掬いだそうとしたところでイサナの顔に気付いた。鼻の頭にアイスクリームがついてしまっている。
「イサナ」
「に゛ゃっ」
声をかけてこっちを向いたところで、口を開けて鼻先についてクリームを口にいれて舌で舐めとった。イサナが驚いて猫のような声を出す。
「にゃ、にゃ、にゃにをするんですか!?」
「クリームがついてた」
舌を出して舐めとったクリームを見せる動作をしたが、多分残ってはいないだろう。舌を出しただけに見えたかもしれない。
言い訳する代わりにスピーンでケーキを切り取ってイサナの口へと差しだす。黙って口をあけてそれに食いついた。もう一度、グラスへスプーンを差しこんでケーキを乗せると、今度は自分への口へと運ぶ。イサナはそれを見てニコニコと笑っていた。クリームが染み込んでいて甘くて美味しいのだろう。舌に乗せるとジュワっと染み込んだクリームが流れ出してくる、チョコレートとクリームの甘い誘惑がとろとろと溶けだして舌の付け根を甘味で責め立てる。
口の中をぎゅっと引き締めると、スポンジに吸われていたクリーム成分が一気に放出された。口の中で弾ける乳成分を嚥下すると、最後にほろ苦いケーキが残る。名残惜しくそれを飲み込めば、それだけでチョコレートサンデーはお終いだ。もう無くなってしまった。
大した量でも無かったのでイサナもすぐに食べ終わってしまって、物足りなさと充足感が入り混じった妙な感覚が間に流れる。
「いまナツさんを呼びに行かせんたんですが」
何を言うでもなくイサナと見つめ合っていると、それを割るように妹の声が聞こえた。
「泣きながら戻ってきて『何かすげぇ胸がザワザワする』とか言いながら伏せこんでしまったんですけど、二人でどんな百合行為をしてたんですか」
ろくでもない行為を指しているのだろうというのは簡単に想像がつくが、まるで覚えが無い。ナツが一体何を見たと言うのか。砂漠の蜃気楼か。
蜃気楼を想像して地平線へと目を向けると、何かが動いているのが見えた。何かの魔獣かと目を凝らして見ると段々と近づいてくるがの分かる。
「イサナ、向こうから何か来る」
妹にも注意を促して地平線の影を見つめると、一緒に見ていたイサナが声を出した。
「あれは……教授?」
近づく影を良く見てみると、確かにモカさんと同じような服装をしているようだ。
イサナの作りだした風の踏み場で近づいて近寄ると、確かにモカさんだった。酷く衰弱しているようで魔法も使わずにフラフラになって歩いている。
背中におぶって再びイサナの魔法でトカゲ車のところまで戻り、車内へと寝かせて水を飲ませた。
「教授、しっかりしてください」
「ああ、イサナか。今もどった」
体力を失っているようだが意識はしっかりしていたので、寝たままで見てきた内容を聞かせて貰うことになった。
何かにショックを受けていたらしいナツも復活して近くに座っている。
「施設という建物の周囲を簡単に見てきたが、高い塀や脱走防止の柵などは無かった」
「じゃあ、皆施設の中に閉じ込められて」
「いや、建物の周りに大勢の人が色々な作業をしていたよ。どこか虚ろ気な雰囲気もあったが無理やりやらされている感じでもなかった」
「一体、どういうことだよ」
仲間が捕えられているナツはモカさんの話しに食らいつくように口をはさみながら聞き言ってる。
「これから施設の中の様子も話すが、おちついて聞いて欲しい」
モカさんがナツを見ながら言った。
「それらの様子も合わせて判断する限り、あの施設にいる人間は皆、自分の意思であそこにいるようだ」




