65.見張りを交代する時に「何故、私を混ぜないんだ」と怒られた。
バウムクーヘンとケーキの森を通り抜けてから幾日かが過ぎ、あと少しで砂漠へと差しかかろうというところで再び森に出くわした。
「地図が正しければ、この森を抜けると砂漠に出るようだな」
モカさんが地図を見ながら教えてくれる。あんな適当な縮尺の地図で良く分かるものだと思うが、何かコツがあるのかもしれない。
そのまま半日かけて森を抜けると、日が沈む前にモカさんが言った通り砂漠へと抜けることが出来た。もう日が暮れるので今日はここで野営かと思ったら、今から帆車に板を履かせる作業を行うらしい。車ごとスキーのようにして砂の上を走らせて進むのだそうだ。
「砂漠での移動は基本的に夜ですよ。昼間は日が強いので休む時間です」
妹がしたり顔で説明してくるが、きっと漫画の知識だ。スキー板を履かせた車はトカゲに引かれながらスムーズに砂の上を滑って移動しはじめた。昼夜を通しての移動にも関わらずトカゲが車を引く力強さには微塵も曇りが無い。
日が沈みかけてから砂漠の上は驚くほど気温が下がってくる。トカゲは変温動物のはずだが、このトカゲは寒い所でも関係なく走れるようだ。元々、砂地で生活する習性があるらしく土の地面を走っている時と比べても楽しそうに見える。
順番に睡眠を取りながら星空の下を進むが、自分が見張りとなっても得にすることは無い。四方見渡す限りは砂ばかりで、まるで暗い海の中を進んでいるように思える。トカゲは何を目印にしているのか迷う様子もなく一直線に道なき道を進み続ける。
星こそ綺麗に見えるが異世界の星座は良く分からない。意外な程に明るい月が照らす砂漠は幻想的な色で浮かび上がる。ぼんやりと星を見上げながら砂の上を滑る音を聞いていると、今までのことを何となく思いだしてしまう。
今、こうやってトカゲの引いている車に乗って兄のいる目的地まで運んで貰っているが、こっちの世界に来てから、ずっと同じように誰かに連れて行って貰ってばかりだったような気がする。
イサナと出会って、しばらくの間はイサナに連れられて可変迷宮の探索をして。イサナが居なくなってからはモカさんに世話をして貰って、それから妹に連れられてイサナを取り戻して。
その後はシータに頼まれて一緒に出かけて、その流れでデュラハンを倒したと思ったら女の身体になった。誰かにくっついているだけだ。何でもかんでも首を突っ込みたがる妹と違って、何かをしようとする意思が希薄なんだろうと自分でも思う。
こっちに来た当初こそ日本に帰るのだと強く思っていたけれど、今もそう思うか聞かれれば「良く分からない」というのが答えだ。今は男の身体に戻らなくちゃいけないとは思っているが、いつまでこの気持ちが続くか分からない。
昔から食欲以外の意思が長続きしないのは良く知っている。子供の頃から食べること以外に強く興味を惹かれたことが無い。そのせいでヒトデナシとかボクネンジンとか言われることがあったけれど、それでも生まれ持った性を治す気にはならなかった。
世の中の人には美味い物を食べて幸せになる人もいれば、車に乗ってスピードを出すことに幸せを感じる人もいるし、少数だろうが殴り合いの中に幸せを見つける人だっているかもしれない。人それぞれで感じるものが違うのだから、少しばかり幸せの感じ方が偏っていてもそれは個性なんじゃないかと思って、妹にそう言ったら白目で見られて「幸せとは人と人の間にしか無いんですよ」と言われたことがある。
友達のいない妹だからか、漫画からの引用でなければそれなりに深みある台詞だった。
「シンタさん、起きてますか?」
御者席に座って呆けていたらイサナが声をかけてきた。まだ見張りの交代には早いとは思ったが「お話したくて」と照れながら言うので被っていた毛布のような外套を広げてイサナの小さい身体を中に入れた。外套が大きいので二人で入ってもまだ余裕がある。
砂漠の夜は冷える。それなりの速度で走るので風もあって、防寒対策をしないとあっという間に身体が冷え切ってしまう。
風が入らないようにピタっと外套の前を閉める。外套を被っていても身体が冷えていたのかイサナの身体から温かさが伝わってくる。
「うわっ、身体冷たいですよ」
ぺたぺたと手を服の上から身体を触って、それから身体をくっつけてきた。冷たくなった手の上にイサナの手が重ねられる。
「寒いですね」
「そうだな」
「星、沢山出てますね」
「そうだな」
二人で夜空を見上げると会話が無くなる。視界には位置の変わらない星しか見えない。イサナの体温だけがそこにいるのだと伝えてくる。
「シンタさんは」
「うん」
「いつか、故郷に帰るんですよね」
「そうだな」
いつかは日本に帰りたいとは思う。それが何年か後なのか分からないが、帰る手段があるならば帰るだろう。
「その時……」
イサナの声が小さくなる。どうかしたのかと思って視線を降ろしたが、頭から被った外套のせいで表情は見えない。
不意に、ぎゅっと手を強く握られた。
「イサナ?」
「……その時は、私も一緒について行っていいですか?」
顔を上げたイサナの瞳に星が映る。その輝きに思わず吸い込まれそうになった。
「ダメ、ですか?」
星を湛えて見つめるイサナが泣きそうな顔に見えたせいで、慌てて答える。
「いや、いいんじゃないか。こっちと比べたら変わっているだろうけど、きっと面白いと思う」
「そうですかっ」
強く握っていた手を離して、今度は柔らかく抱きしめるように腕をまわしてきた。泣きそうに見えた顔も一転して笑顔に変わっている。
「楽しみですねっ」
「そうだな」
もしイサナも連れて行けるなら日本を一度見せてやりたいと思う。自分がただ戻るよりは、そっちのほうが面白そうだし楽しそうだ。こっちに比べたら美味しいものも多いから、一緒に色々食べ歩きするのも悪くない。妹も喜ぶだろう。
そう考えると日本に帰る気持ちが前よりも強くなってきた。日本に行ったきり戻れないのでは困るだろうから、自由に行き来できるような仕組みが必要だ。ゲーム的に考えたら古代遺跡なんかに行けば都合よく転移装置があったりしないだろうか。
夜空から視線を降ろしても、進行方向には見たような景色の砂漠が広がるばかりだ。
「後は私が見てますら、シンタさんは戻って休んでください。身体冷えちゃってますよ」
「もう少し」
「何ですか?」
「もう少し、このままでいたらダメか?」
何となく離れがたくてイサナに聞いてみた。星の浮かぶ瞳が更に大きく見開かれる。月に照らされるイサナの顔に紅が差したように見えたが、すぐに大きく首を振った。
「あの、えっと。全然」
「ダメか」
「ダメじゃないです!」
立ちあがろうとしたら目を合わせたまま服の袖を握ってきたので、そのまま手を取って座り直した。
結局、次の見張り番のモカさんが起きてくるまで二人で話しながら過ごした。
夜明けまで走り続けたトカゲは陽が昇り始めたころに砂漠の中にある廃墟の町へとたどり着いた。
昔は人が住んでいたのだろうが、水が出なくなったのか別の理由があったのか人がいなくなったのは割と最近なのだろう。石造りの家はしっかりとしていて今でも十分に住めそうだ。
「昼間は適当な家の中で休ませて貰おう」
トカゲに水と食べ物をあげて大きめの家を探してベッドが残されているかを確認する。運よく4人分のベッドがあったので、そこに各々で毛布を引いて寝転がった。移動中は細切れで寝ていたので、それほど眠れていなかったのか目を閉じると直ぐに眠気がやってくる。
自分が照り焼きチキンになった夢を見た。
熱さに目を覚ますと、既に3人は起きだしていた。
「よく今まで眠れてましたね」
「まったく、昼間がこんなに暑いとは思わなかったな」
「汗びっしょりですよ、水浴びしますか?」
イサナの作りだした水で、先に3人で水浴びをしていたらしい。持ってきていたタライに水を入れて貰って一人で身体を拭きに行く。
戻ってくると食事の準備がされていた。パンと干し肉を入れたスープ、野菜は無い。長ネギがあれば是非とも入れたいところだ。
「塩と水は沢山摂るに越したことは無い。味は不満だろうが沢山食べなさい」
「近くに可変迷宮があれば、魔獣がいるんですけどね」
「イサナさん、魔獣と食料が直結してますよ」
シンタ兄さんのせいですね、と言いながら妹が睨んできた。冤罪だ。多分。
程ほどに食べ終えたらトカゲに水と朝ごはんをあげる。帆車を日陰に入れた方が良いだろうと昨日の夜に移動させたままの場所に止まっている車の所へ行くと、御者席に誰かが座っていた。
「誰か、いるぞ」
「シンタくんにミヅキくん、イサナと私。全員いるな」
ということは俺たち以外の誰かが勝手に車に乗っていることになる。
日光から肌を守るためか、全身を布で覆っている為に男なのか女のかも分からない。
「おい、そこに乗っているのは誰だ」
モカさんが呼びかけるが返事は無い。じっと御者席に座ったまま動こうともしない。
「今からそっちに行くぞ」
返事が無いままでは埒が明かないので、近づこうと足を進めたところで身体が止まった。後ろから服が引っ張られている。
「うん?」
トカゲが、俺の服を咥えて進むのを止めていた。足を止めて振り返ると、服を離して行ってはダメだと言うように首を横に振る。
「行くなと言うことか?」
トカゲはじっと俺をみつめてくる。何を言いたいのかと見つめ返すが、行くなと言うこと以外はさっぱり分からなかった。
「くふっ……ふふふふっ」
変な声が聞こえたので、御者席の奴かと思ったら妹だった。
「うふふふふ……あはははっははははっ」
何が面白いのか、熱いだろうに髪の毛にも砂がついてしまうのにも構わず腹を押さえて笑い転げている。
イサナに目で助けて求めて見たが、困惑した顔を返されただけだった。
「ミズキくんは、さっき何かに気付いたみたいで、しゃがみこんで地面を見ていたな」
何かに気づいていたらしい。それならば同じ目線に立って見れば何か分かるか、と相変わらず笑っている妹の横にしゃがみ込んで地面を見て見る。
「何か分かりますか?」
となりにイサナが来て一緒に座る。しかし、爆笑するような何かがあるようには見えなかった。
「うーん、何か気になりますね」
イサナは何か気になることがあったようで、顔の角度を変えたりしながら地面を見ている。それに倣って頭の位置を上げ下げしながら地面の色々なところを見ていると、視界に違和感があるような気がした。
「イサナ、あの辺り」
「はい、ごく微弱な魔力を感じます」
「私には何も見えんな」
モカさんが立ったまま目を凝らしているが、何も見えないようだ。座って目線が近づいたから気付いたようなもので、立っていたらずっと分からなかっただろう。
「あははは……はぁ、お腹苦しい……はぁ」
笑い転げていた妹が帰ってきた。目じりに涙を浮かべて息も絶え絶えに呼吸をしている。
「ミヅキさん、あれが何だか分かるんですか?」
イサナが魔力を感じたあたりを指差しながら妹に聞いている。
「……ふぅ。やっと落ちつきました。こっちの世界では一般的では無いのかもしれませんが、シンタ兄さんは気付いても良いんじゃないですかね」
妹が意味ありげに視線を送ってくるが、そんなことを言われても見えもしない違和感だけでは何も分からない。
「帰ったらもっと沢山の漫画を読んだ方が良いですよ」
やっぱり漫画の話だったらしい。
「いいですか、そこに何かありますよね」
「見えないけどな」
「そうでしょう、きっとそこにあるのは極細のワイヤーです。そこだけじゃなくて、あそことあっちにも」
妹の指さす先には確かに何かがあるような感じがする。見えはしないが、妹の言うワイヤーが揺れ動いているのかチラチラと何かが動いている感じがするのだ。
「狩猟用の罠か?」
山の中に張る猪だか鹿だかの罠で、こんなワイヤーを張るのをテレビで見たことがある。
「違いますね、狩猟用ならこんなに縦横無尽に張り巡らせたりしません」
「じゃあ何だ」
「まだ分からないんですか?」
得意げな顔で上から目線だ。
分からないので素直に首を振ると、ニヤニヤと笑いながら「仕方ないですね」と言う。
「あれですよ、ワイヤー使い。紐使いかもしれませんけど、カマセ臭がハンパないですね。ふふふっ」
妹は心底おかしそうに笑っているが、何がそんなに面白いのか分からない。
相手に敵意があるのかは不明だが、友好的でも無いようだしとりあえず魔力が通っていると言うのならば食料にしてしまって問題は無いだろう。
ワイヤーが見える位置に座り込んで、わずかな揺らぎを作っている極細の糸めがけて拳を振った。
「博多ラーメン!!」




