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可変迷宮  作者:
第三部.LOVE KOME

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59.「おもいだした」

 村長が村の人を集めるようにと命じると、カールは走って外へ出て行った。

 人を一か所に集めてカバネ様とやらに一応の抵抗を試みるらしい。俺達が村を出て行かないことを受け入れたのか、それからは逃げろとは言われなかった。


「デュラハンっていうのは首が無くて鎧を着ているのか」

「そうですね、さっき村長さんが言ってた通りです」


 俺の知っているデュラハンと相違ないようだ。

 デュラハンと言えば何だろう。首が無くて鎧を着ているといえば首が収納式の亀か。いや、しかしスッポンは食べたことが無い。別の角度から考えてみる。

 名前がデュラハンだ。デュラ……ハン……バーグ……デミ……グラ……


「デミグラスソースハンバーグかな」

「何ですかそれ」


 イサナが「どうせまた食べ物だろう」という目で見てくる。正解だ。

 ジトっとした視線をやりすごしながら、さっきから黙ったままのシータを見ると耳を押さえて目を閉じてしゃがみこんでいた。こんな生き物の彫刻を日光東照宮で見たことがある。


「シータは、どうしたんだ。これ」

「さあ。怖いんじゃないですかね。デュラハンと言えば定番の怪談ですから」

「怖いの駄目なのか」


 名前を呼んでも手でふさいでいて聞こえていないようなので、座り込んでいるシータの肩に手を置いて軽くゆすった。


「ひぃっ」


 ぎゅっと身体を縮みこませたシータが顔を向けて恐る恐る、薄目を開けて見てくる。


「あ、シンタさん。怖い話、終わった?」

「どこから話を聞いていなかったんだ」

「村長さんが”なんてことをしてくれたんだ”って怒ったあたりから」

「けっこう前ですね」


 デュラハンの名前が出てくるよりも前から聞いていなかった。


「話は終わった。これからデュラハンが来るらしい」

「デュッ、デュラ、デュッデュッ!?」


 シータが変な生き物の鳴き声みたいに叫び出した。本当に話を聞いていなかったようだ。


「無理! 怖い駄目! わたし逃げる!」


 涙の雫を飛ばしながら首を激しく左右に振って逃げると言いだす。よほど余裕が無いのか喋り方まで少しおかしい。


「デュラハンと言っても魔獣ですよ」

「嘘! 知ってる! デュラハン怖い!」

「首の無い馬に乗ってるだけじゃないですか、何も怖くないですよ」

「怖いよ! 首が無いだけで十分だよ!」


 イサナが何を言っても聞く耳を持たない状態だ。

 映画くらいでしか馴染みの無いデュラハンの怖さはいまいちピンと来ないが、この世界の人からしたら怖さが違うものなんだろう。イサナは怖がってないから個人による感想の違いかもしれないが。


「それにほら、大抵の物ならシンタさんが食べてくれますから」

「うん……まぁ……それは、確かにそうだけど」

「それに、デュラハンとシンタさんだったら、私はシンタさんの方が怖いですよ。

 シンタさんが味方にいるうちは絶対大丈夫ですって」


 シータが俺を見てきた。目が合う。


「そうだよね、寝てる間に食べられるかもしれないもんね」

「そ、そうですよ……気を付けないと危ないです。ええ、本当に」


 話している間に落ち着いてきたのか段々とシータの喋り方が治っていた。

 イサナとシータが話している間に続々と村人が家の中に入ってきていた。みな一様にむっつりと黙りこんで青い顔をしている。集まる途中で事情を既に聞いているのか、何人かは俺達の顔を見て謝ってきたりもした。


「これで全員か」

「動けるもんは皆つれてきたから、家に残ったもんもおるが」

「こっちに引きつければ大丈夫だろう」


 村長が集まった人たちと何か話しあいをしているが、こっちに話を振ってくることは無い。共同作戦にはならないようだ。

 こちらも特に準備は無いので、のんびり待つだけである。


 怪談と言えば、安田君は意外でもないが怖いものが大好きだった。

 お化け屋敷やらホラー映画なんかを見に行くのを夏になると良く誘われていたのが懐かしい。日本に残っていればきっと今年も誘われていただろう。

 神社の夏祭りに毎年出店しているお化け屋敷の前で足を震わせながら「は、入ろうか」と誘ってくる姿は怖がっているだか楽しみにしているんだか分からないが、本人は武者震いだと言っていた。

 しかし自分が怖いものが好きだからと言って、お化け屋敷に入るたびに俺が逃げないようにと抱きついてくるのは勘弁して欲しかった。力いっぱい腕にしがみついてくるから、胸が当たってお化け屋敷で怖がるよりも困惑してしまったことを覚えている。

 お化け屋敷に付き合うと、その後で上機嫌の安田君に夜店を一品奢ってもらえるので楽しみではあったが。


 夜店のお好み焼きの味を思い出していると、遠くからガシャンと金属の合わさる音が聞こえた。


「き、きたぞっ」


 村長が大声を出して立ちあがった。

 遠くに聞こえるガシャンという音は段々とこの家に近づいてくる。近づくたびに、その音は大きく煩くなっていた。


「何これ、すっごいうるさいね」


 シータが耳を塞ぎながら顔をしかめる。

 ガシャンガシャンと近づくにつれて音は大きくなり、ついには耳を塞いでも頭に響く程の騒音にまで発展した。


「……ので! ……が! ……す!」


 イサナが耳をふさいだまま何かを伝えようと口を開いているが金属の内合わさる音が大きすぎて聞こえない。

 音が家ごと振るわせるほどの大きさにまでなって、家の前まで到着したのかようやく音が止まった。

 家の中にいた何人かは音にやられたのか床にへたり込んでいる。シータも目をまわしてくったりと横になっていた。


「デュラハンは、耳障りな金属音を出しながら動き回ると言われてましたけど、ここまでとは……」


 イサナが耳から音を振り落とすように、頭を振りながらデュラハンについて教えてくれた。俺の見たのではそんなシーンは無かったから映画のデュラハンとは別物なのかもしれない。


「外に出るならちょっと待ってください。デュラハンは音に驚いて出てきた人に、タライいっぱいの血を浴びせかけると言われています」


 何だそれ。俺の知ってるデュラハンとだいぶ違う。

 村の人は何をするのかと思って見てみたが、音で倒れているのが三割、恐怖で動けなくなっているが半分くらい。残った村長を含めた数人が何とか立ちあがっているが、顔色は真っ青でとても戦えなさそうだ。


「イサナ、魔法で血をはね返せるか」

「風で壁を作りますね」


 話が早くて助かる。

 扉まで近づいてイサナを見ると無言で頷く。勢いよく扉を開けるのと同時にイサナが杖を振るう。


 家の前にいたのは巨大な馬だった。普通の馬の3倍はあろうかという、漫画で見た世紀末世界の覇者が乗るような巨躯だ。しかし、その首は途中ですっぱりと切られて存在しない。首なしの馬だ。

 その身体には様々な金属が括りつけられている、金属製の鎧から鍋や釜、更には剣、包丁、鎌。金属であるなら何でも構わずにつけているようだ。とてつもない騒音を出していたのはこの金属が内合わさる音だったのだろうが、どうやって動いたらあそこまでうるさくなるのか。

 馬上にいるのは、てっきり鎧姿の騎士だと思っていたのだが、実際にいたのは白っぽい人の姿をした幽霊のようなモヤモヤとした何かだった。

 白っぽい何かが、馬上からタライに入った血を投げつけるように飛ばしてくるが、それは俺に振りかかるよりも前に、イサナの魔法ではね返されて白いモヤモヤに浴びせられた。


「シンタさん、デュラハンは姿を見られることを嫌います。ムチで目を狙ってくるので気を付けてください」


 タライで血を浴びせるのといい、やることがどうにもせせこましい気がする。

 白い人型は、体のにゅうっ一部分を伸ばすと、そのまま長いムチをしならせて攻撃してきた。

 その動きは早く、通常であれば目で追うことは出来ないだろう。しかし、こちらの目を狙ってきていると分かっているのであれば何も問題はない。

 白くて長く伸びたムチが届くであろう位置へ拳を持って行くだけでいい。


「うどん!」


 太さと白さがそっくりだった。

 パァッと光って伸びてきたムチが消えてなくなる。何か袋に入ったものが地面に落ちた。あとで回収しよう。

 攻撃に使われたムチは消えて無くなったが、白い人型と巨大な首なし馬はそのままだ。一回で食料にしきれないこともあるのか。初めて見るパターンだ。


「たぶん、ムチにしたときに切り離していたんだと思います」


 モヤモヤしている見た目の割にやることが器用だ。

 イサナが杖を振って火球を生み出す。瞬く間に野球ボール大のものが3つ空中に浮かびあがり、デュラハンへと向かって飛んで行った。


 カーブを描いて馬に2発、白い人型に1発が命中した。首は無いが、馬が痛がっているのか頭を高く上げるように身体を大きく持ち上げた。切れた首から零れた血が白い人型に振りかかる。火球は攻撃として効いていないないようだが、馬が身体を動かしたことで白い人型の動きが制限された。


「シンタさん、今です」

「わかった」


 家の扉から駆け出してデュラハンへと飛びかかる。

 白い人型が俺を見た気がした。


 巨体が嘘のように、首なし馬が軽やかにその場を駆け出した。

 あれだけやかましかった金属音がしないのは不思議だったが、あの音は人を誘いだすためだけの音なのかもしれない。

 首なし馬は重さを感じさせない動きで数歩移動するが、それだけで数十メートルは離れてしまっている。

 安全圏に移動したと判断したのか身体を反転させてこちらと相対した。馬上では白いもやが、さっきよりもはっきりした人型となっているように見えた。


「イサナ、馬に乗っているのは人なのか?」

「人では無いですね。性別は男とも女とも言われていますが、大雑把にいえば人っぽい見た目の魔獣です」


 人で無いなら何も遠慮する必要はないが、ただ白っぽいだけの人型なので確かに男にも女にも見えてくる。

 じっと見ていると、離れた位置から再びムチを振るって攻撃を仕掛けてきた。今度は離れていたので横に飛びのいて避けた。


「援護します!」


 背後からイサナの声と共に火球が飛んできた。

 大きな火球が1つだけ、首なし馬に向かって飛んでいくが、これもジャンプした馬に避けられる。やはり重そうな見た目の割に動きが素早い。

 兎に角、近づくかなくては何もできない。地面を蹴ってデュラハンへと向かって走り出す。近づいてくると馬上からムチで攻撃を仕掛けてくるが、目を狙っているのは分かっているので拳を当ててうどんに変える。

 あと10メートルと近づいたところで、頭上からタライが振ってきた。中には血がたっぷりと入っていて生臭い。バシャン、と頭からそれを被ってしまった。

 全身が赤く染まって気持ち悪い、食欲が無くなる。足が止まってしまったところで、至近距離からムチが飛んでくる。うどんに変えることを忘れて、咄嗟に目の前を腕で庇うが、腕の上から白いムチで叩かれぶっ飛ばされた。

 身体が数メートル浮かんで家の壁に叩きつけられて止まる。背中を強かに打ちつけて呼吸が出来ない。


「シンタさん!」


 イサナの声が聞こえるが返事が出来ない。

 前にもこんなシチュエーションがあった気がする。あれは何だったか。


 壁に手をついて立ち上がると、頭をぶつけたのか足元がフラフラする。腕で防御したつもりだったが、その上から叩かれたのが強すぎたのか、左目がぼやけて良く見えない。左腕も途中から変な方向に曲がっていた。これは折れているだろう。

 鼻血が唇を伝ってポタポタと地面に落ちていた。身体に浴びせられた血の匂いと、混ざって自分が大量に出血しているような気分になってくる。


「ああ、そうだ。おもいだした」


 あれは、そう。一番最初にイサナと出会った時のオークだ。

 あのオーク(ぶたにく)に殴られて壁に叩きつけられて、それでも立ち向かって。イサナが教えてくれた初めての召喚魔法を使ったんだ。そんなに昔じゃないはずだが、色々あったからかなり前のことに思える。

 あの時は、召喚魔法は魔封具の包丁の能力だと思っていた。実際にはどういうわけか俺が魔法を使えるようになっていだけで、魔封具だと思っていた包丁もアイツが封印されていた呪われたアイテムだった。

 アイツのことを思い出したら無性に腹立たしくなってきた。鼻血で嗅覚がふさがれて生臭い血の匂いで失せていた食欲が戻ってくる。


「……ん?」


 折れた左腕に違和感を覚えて視線をやると、左の拳に魔法陣が展開されていた。中身は日本語で書かれているレシピ、見慣れた召喚魔法だ。

 なんだ左腕でも使えたのか。


 腹が減ってきた。


 イサナが牽制の為に火球を飛ばし続けているが、全て避けられるかムチ弾かれていた。デュラハンはムチが届かない距離なのか、俺の方を向いたまま動こうとしない。

 左手を補助するように右手にも意識を移して両腕に魔法陣が展開する。二つで、一つだ。

 殴った方が早いから普段はやらないが、蒼い大魚の時に距離があっても魔法が使えることは確認している。大丈夫だ、使える。

 ここからデュラハンまで、せいぜい数十メートル。十分だろう。左腕に展開された魔法陣を意識する。意識した時間だけ、魔法陣は大きく強く光る。デュラハンに向けて撃ち出すイメージで、ライフルを構えるように右腕で折れた左腕を支え、魔法陣を身体から撃ちだした。


「吉田の……!」


 輝く魔法の円陣がデュラハンを超える程の大きさへと広がりながら一気に包み込む。輝きが増して巨大な光球へと変化した。光球の中でデュラハンが抗っているのか、暴れるように光球が歪に歪む。魔法陣が半分だけしか無いから不十分なのだろう、このままでは中から破られるかもしれない。

 そんなことをさせるわけにはいかない、右腕から撃ちだすのを待つ時間が惜しい。脚がふらつくのも構わずに光球めがけて駆け寄る。今度は邪魔する者はいない。一直線に光球へとたどり着き、勢いそのままに残った右腕の魔法陣を叩き込んだ。


「うどん!」


 光球が一瞬で収縮し、激しい光が村中を照らした。

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