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可変迷宮  作者:
第三部.LOVE KOME

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54/116

54.「まてよ」

 おかわりの皿を差し出すとガマガエルの顔色が次第に青紫色に染まっていった。そういう種族なのか、そのまま第2形態に変身しそうな勢いだが、横に座っているイサナとシータが気味悪そうに離れていった。

 興奮しすぎて呼吸困難に陥ったのかチアノーゼをおこしたような顔色で何事かを呻いていたが、突然弾けたように口から泡を飛ばして殺気立った目つきで「ブチ殺せ!」と叫んだ。

「ハンゴロシ」といえば「おはぎ」の方言として有名だが、「ブチコロセ」にも似たような語感がある気がする。美味しそうな響きが胃袋を魅了して止まない。


 背後から扉の開く音がした。 振り返ると赤いローブを着た魔法使いが再び現れ先ほどと同じように、その手にはスクロールが握られている。新しい魔獣が飛びだされる期待に胸が高鳴る。

 スクロールを頭上に掲げて声高に封じ込められた魔獣の名を呼んだ。


「スライムトルーパー!」


 一瞬の輝きに目を取られている間に扉の閉まる音がする。舞台上に立っているのは5体の人型をした魔獣だった。

 人間の鎧を身に着けた姿のように見えるがその中身は異形だ。ぶよぶよとしたカラフルな半液体、スライムである。

 五体とも異なる、色とりどりの集団が集まって金属製の重そうなガチャガチャと鎧を鳴らしている。スライムが鎧を着ているからスライムトルーパーと名前のようだ。

 大丈夫なのか、いろいろ。名前とか。


 無用な心配をしながら佇んでいる鎧スライムに駆け寄って殴りかかった。骨の無い柔らかい体に重い鎧を着ているので動きがぐにゃぐにゃとしていて安定しない、とても動きづらそうだ。

 それぞれ遠心力をつけて全身を振り回しながら俺に向かって近づいてくるものの動きは遅い。金属製の鎧が振り回されているので当たればそれだけで致命傷になりそうだが、当たりそうには無い。

 不規則にぶよんぶよんと跳ねた鎧が襲い掛かってくるのに合わせて拳を突き出した。


「ゼリーフライ!」


 一体のスライムトルーパーが光に包まれて消失する。残るのは身に纏っていた鎧と皿に乗ったコロッケのような揚げ物だ。

 スライムが(ころも)を纏っている魔獣から召喚したのは、おからを固めて揚げた埼玉県行田市の郷土料理ゼリーフライだ。小判型の「銭フライ」から名前が変化しただけなので表向きは素材にゼリー状の物は使われていない、ということになっている。

 揚げたての衣からは今もジュゥウと音を立てて油が滴っていて、とても旨そうに魅了してくる。口に入れれば揚げ物特有のサクサクとした軽い食感が訪れるのとは対極にねっとりとした熱を持った空気が溢れ出す。鼻から出るだけでは足りずに涙腺からも熱気が抜け出る。ハフハフと必死になって口中を冷ましながらも味わうのは止めない。

 大豆のほのかに甘く柔らかい香りが広がる。油っぽいチキン南蛮を食べた後だからこそあっさりとしたおからの素朴な香りが際立つ。食べてから思い出したけどゼリーフライって衣の無い素揚げだ。だから(ころも)が残ったのか。三口で食べ終えて次のスライムトルーパーを探すと、残りの4体は鎧の背を向けて逃げ出していた。しかし、ぶよんぶよんとしているので動きは遅い。


「まてよ」


 こっちの言葉が聞こえているのか、スライムトルーパーの動きが止まった。

 赤いスライムトルーパー目掛けて走り出す、慌てて逃げるのを再開するがもう遅い。ぐねぐねと動く鎧へ勢いを乗せて拳を振り下ろした。


「ゼリーフライ!」


 再度、光が放たれて鎧と皿が残る。仲間を置いて扉へ向かって逃げている残る3体へも駆け寄って殴りつける、同じように鎧を残してゼリーフライに変化させた。

 4つのゼリーフライは微妙に見た目に差がある。赤いスライムから出来たゼリーフライは黒い液体がかかっている上に赤い粉末が乗っていた。これは醤油と七味唐辛子だろう。舌に乗せれば確かにピリっと辛い刺激と共に香る醤油が、おからの材料である大豆の風味にとても馴染む。

 素のままで食べるとサックリした軽い味わいのスナックだったものが、急に酒のつまみに向いた味わいへと変貌した。ピリ辛の刺激がじわじわと唾液を呼び出して舌に絡みつく刺激が増すが、すぐにゼリーフライは無くなってしまう。


 たまらずに黒いスライムトルーパーだったものを大きく開けた口の中へ放り込むと、じゅわりとソースの芳醇な香りの塊が零れ落ちた。おからが基本的にぱさぱさとしているので、汁気のあるソースとの相性がとてつもなく良い。正しく味が染み込んでいる。

 通常のゼリーフライの中に、ソースを混ぜたおからを包み込んでいるのでサクっと割った瞬間にソースが飛び出る仕組みだ。敏感になった舌を覆うようにソースがとろりと流れ出す。カラフルで甘美な味だ。俄然、食欲が湧き出る。ああ、白飯が欲しい。

 おからに絡むソースは中庸な旨みだ。どこまでも自然体で違和感の無い、溶け合う一体感がこれぞ揚げ物の完成系であると思わせる。


 続けて黄色いスライムだったゼリーフライを手に取る、このスパイシーな涎の出る匂いは間違いない、カレーだ。 サクリとほどけるゼリーフライの具からは胃を直撃するカレーの匂い。カレーがそのまま入っているのではなくて、カレー粉をまぜて風味だけを出しているようだ。

 カレーの風味を出しながらもゼリーフライのあっさりした食感は変わらないので、パクパクと食べ続けることができる。口に収めたカレー風味を咀嚼しながら最後のゼリーフライへと手を伸ばした。白いスライムから出てきたゼリーフライである。

 皿にはソースとして、ケチャップが添えてある。まるでイタリアンの料理だ。たかが埼玉県の郷土料理ごときが生意気なと思いながらも、何が出てくるのかと確かめるように一口齧ると、口とゼリーフライの間に白い橋が架かった。

 チーズだ。滑らかなモッツァレラチーズが熱で溶け出し、細く伸びて口から糸のように垂れる。おから自体にもチーズを混ぜ込んでいるようで、パサつきやすいおからにしっとりとした舌触りを生み出している。クセの無いモッツァレラチーズは同じく風味の薄いおからを打ち消さない。むしろ互いに支えあうように寄り添っていた。

 ここにトマトケチャップをつけたらどうなるのか、心を震わせながらそっとソースをつけて、また一口齧った。


 電撃が走る。


 脊髄から脳天に目掛けて痺れるような衝撃。油断していた、所詮は田舎臭い埼玉銘菓十万石饅頭(かぜがかたりかけます)の域を出ない埼玉の郷土料理だと思い込んでいた。だが違う、これは更に一歩先へと踏み出した味だ。

 トマトとチーズによる味付けはピザを連想させるが、しかしおからの素朴さを失わせない。郷土料理でありながら洋食でもある不思議な位置づけになるが、考えてみればチキン南蛮だってタルタルソースをたっぷりかけたものを郷土料理と言い張っているんだから何の問題も無い。アリだ。

 トマトの酸味がチーズによって中和され、揚げ物でありながら瑞々しい印象を振りまいている。チーズとおから、おからとトマト、トマトとチーズ。全てにおいて相性の良い組み合わせが手を取り合った布陣だ。無敵と言ってもいい。


 ふと思い返してみると、最初の素のゼリーフライ以外は今までに食べたことが無い味だった。今までは食べたことのある物しか召喚できないと思っていたが、基本を食べたことがあればそこから派生する他のバリエーションは食べたことが無くても召喚可能なようだ。このルールが適用されるならば、これから先が楽しみでしようが無い。


 5つのゼリーフライを食べ終えて再びガマガエルを見ると、青紫だった顔色は真っ赤に染まっていた。また色が変わったのか。あと1回くらいは変身を残していそうだ。

 チキン南蛮とゼリーフライ、なかなか良いものを食べさせてもらった。エンジンがかかってきた感じがする。次は何が出てくるんだろう。こっちの希望を言えば汲み取って貰えるんだろうか。昨日までの食事が貧相だった分、今ならいくらでも入りそうだ。

 さあ次は何だ。ガマガエルに視線を向けて少しずつ近寄る。


「次の飯は……」

「ち、近づくなぁ!」


 金属製のグラスが飛んできた。てんで見当違いの方向に投げられたので当たらないが、彫刻が入っていて高そうな代物だった。イサナがガマガエルに向かって「シンタさんに当たったらどうするんですか」と自分のワイングラスを投げてぶつけている。自分が当てるのは良いのか。

 シータがバルコニーのようになっているVIPルームから身を乗り出して「今のうちに逃げて!」と叫んでいた。意味が分からない、逃げる意味が無い。ご飯は逃げない。

 そういえば食べることに夢中で考えが及んでいなかった。このガマガエルとイサナ達はどういう関係だ、俺が牢屋に閉じ込められている間、二人は何をしていたんだ。

 無理やり付けれ来られて、ろくに説明もなかったが、俺は何でステージ上で魔獣を食べているんだ。次の魔獣は何だ。次の魔獣が出てくるまでどのくらい時間がかかるんだ。なるべく早くして欲しい。


「ミノタウロス!」


 更にガマガエルにおかわりの催促しようか悩んでいると、背後から赤ローブの声が聞こえた。再び扉から出てきて、既に魔獣を呼び出している。

 光に包まれた姿は身の丈3mを超えそうな二足歩行する人型の牛。中ボスくらいの立ち位置で日本人でも馴染みのある、有名過ぎるほど有名な怪物、ミノタウロス(ぎゅうにく)だ。


「うははははっ」


 笑いが抑えられない。ここにきてミノタウロス(ぎゅうにく)がやってきた。メインディッシュだ。揚げ物、揚げ物ときて牛肉(ミノタウロス)という順番は内臓を責め立てているとしか思えない順番だ。それが良い。

 何がいい、何にしよう。コイツは何になる。

 ミノ、タウロスというくらいだからミノか。ホルモン焼きで上ミノは食べたことがあるが、最高級のミノサンドというのは食べたことが無い。さっきの法則からすればミノサンドも召喚できる気がしないでもない。

 どうだろう。さっきのは食べたことのある素材の組み合わせの範疇だったけど、そもそもの素材が違うのは通るんだろうか。興味はあるが、確証は無い。


「やってみればいいか」


 にんまりと笑ってミノタウロスに向き直る。大きい身体だ。いい肉付きをしている。無駄なく鍛えられた筋肉はどの部位も美味しそうだ。食べ甲斐がある。

 この肉体美なら別にミノに拘る必要も無い。どこも美味しそうだ。一番良い部位はどこだろう。

 牛肉の身体を分解するように、部位ごとに頭の中で線を引いて行く。


 サーロイン、ヒレ、リブ。全身を舐めるように、じっとり見つめる。涎が出てきた。

 肩ロース、モモ、バラ、スネ、ランプ。ああ、迷ってしまう。舌なめずりをする。部位ごとの様々なメニューが脳裏に浮かぶ。


 ステーキ、しゃぶしゃぶ、すき焼き。ミノタウロスが後ずさりした。

 ハッシュドビーフ、チンジャオロース、牛すじ煮込み。手に持っていた巨大で重そうな斧をそっと地面に置いた。

 ローストビーフ、シチュー。ミノタウロスはにげだした。

 しかしまわりこまれてしまった!


 自分でお驚くほどの速さで牛肉の移動先へと回り込んだ。あっはっはっは、どこへ行こうというのかね! というサングラスの人の気分が少しだけ分かる気がする。

 逃げ出そうとしていた先に回り込まれた牛肉が諦めたのか逆上したのか、体当たりで突っ込んできた。上半身を前傾にして大きな角を押しだす姿勢だ。テレビで見た闘牛の牛を数十倍に膨らませた身体が軽やかなステップを踏みながら大きく踏み込み、突き上げるように頭を大きく振り上げる。

 当たれば一撃の元に内臓まで穴が空くだろう。上空に放り出されればまだマシで頭の角に突き刺さったまま振りまわされれば、内臓をばらまきながら肉片に変わってしまうことは想像に難くない。闘牛ならば、だ。

 牛肉が俺の手の届かない距離で地面に足を叩きつけ、頭をこれでもかと下げた位置へと構えている。渾身の力を込めているのだと分かった。全身の筋肉が連動して牛肉の首に力を集めている。限界まで下げられた頭が、一気に突き上げられた。その進路は、身体を突き破るはずだった。


魔術所(スクロール)!!」


 自分では決められなかったのでスクロールに任せることにした。

 力をふりしぼった甲斐無く殴られた牛肉は、王都で食べたウシ型の調理器具を髣髴とさせる悲しげな悲鳴を上げた。光が収まり後に残されたレシピを読めば、そこに書いてあるのは焼肉の作り方だった。

 地面に置いたまま手を当ててその名を呼ぶ。


「……カルビッ!」


 再びまばゆい光が発生して手に持った紙片が消え、代わりに七輪と皿に乗った肉が現れた。

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