48.「おかしいですよ」
アウラウネはまだこっちに気付いていないようので、気付かれる前に一発で決めてしまいたい。
「とりあえず殴ってみるから、何かあったら援護を頼む」
一人で部屋に足を踏み入れると、同時にアウラウネが気づいたのか動き始める。
ズルズルと地面を引きずる音を立てながら根なのか茎なのか分からない物体が蠢く。
消防士の使っている消火用のホースよりも更に太い植物が、巨体の割に俺の周りを囲むように意外と早く移動する。
たちまち包囲されてしまうがこちらとしては望むところだ。手が届けばそれでいい。
360度を囲んだ植物が全方位から一気に迫ってきた。
為す術も無く足元から這い上がる植物に全身を絡め取られてしまった。
この感触には何だか覚えがある。
「シンタさん! 何遊んでるんですか!?」
南海に言った時にイカに捕まれたのを思い出した。
その時の妹もイサナと同じことを言っていた気がする。
遊んでいるように見えるなら代わって欲しい。地味に痛いんだこれ。
困ったことにイカと違って手首まで絡め取られていて動かすことができない。
「手首が動かないから助けてくれ」
「ピンチなら、もっと緊張感を持ってください!」
怒られた。
それでも流石に見捨てないでくれたようで、火球を飛ばして足元に絡みつく植物を燃やした。
弱めに撃ったのかオークのときのようにはじけ飛んだりはしなかったのだが、足元から炎が立ち上って
まるで火あぶりになっているような姿になってしまった。
すぐに全身が火に包まれるようなことにはならないが、足先からチリチリと熱いのが伝わってくる。
「これ、まずくないか」
イサナに視線を送ってどうにかして欲しいと訴えてみる。
あたふたと俺とイサナを見比べるシータの横で、イサナはじっくりと考え込んでいた。
水の魔法を使えば火は消せるのだろうが、それだとアウラウネが逆に活発になる可能性がある。
ゲーム知識で考えれば属性によっては回復してしまうこともあるから、違う方法での対処を考えているのだろう。
親指と人指し指を顎に当てて考えこんでいたイサナが、ゆっくりと口を開いた。
「火傷したら私が舐めて治すんで我慢してください」
「ちょっと待て」
俺が思っていたのと違う。
そもそも治すのはシータの役割なのだから、張り切る場面が違っている。
何か言ってやって欲しいという気持ちを込めてシータを見つめた。
イサナの言葉に唖然としていたようだったが、すぐに俺の視線に気づいて眉根に力を込めたのが分かった。
「わ、私も舐めるよ!」
違う、そうじゃない。
もしかしてアウラウネから混乱する花粉でも出ているのだろうか。
見たところ花は咲いていないが、一見して花だと分からない種類の植物もある。
そんな可能性を探し始めたところで、火にあぶられた植物から拘束する力が緩んだ。
すとん、と地面に落とされたかと思うと、拘束していた触手がジタバタ暴れながら地面を転げまわる。
知能があるのか反射行動なのかは分からないが、地面にこすりつけることで火を消そうとしているようだ。
そうと分かったら黙って見ているわけにはいかない。
暴れ回っている触手を辿って根元側へと走り寄り、自由になった拳をぐるぐると振り回す。
地面へと繋がっている茎に対して、振り回したそのままの勢いで腕を落とした。
「魔術書!」
眩い光に包まれて巨大なアウラウネの姿が消失した。
手元には1枚の紙片が残る。
中身を見ると材料はもやしに、キャベツ、人参、他諸々。
「野菜炒めだな」
火が着いていたから炒め物になってしまったのだろう。
生だったらサラダを狙えたのに、惜しいことをした。
次にまた出てきたら捕まる前に対処するようにしよう。
その後、靴を脱いで確かめたが、火傷まではしていないようだ。
「これも預かっててくれ」
部屋の外にいたイサナ達のところまで戻って、他のスクロールと同様にイサナに渡す。
「残念でしたね」
イサナがカバンにしまいながら慰め言葉を口にする。
しかし、視線は紙片ではなく俺の足元へと向いていた。
何が残念だったのかは怖くて聞けない。
最近、イサナの言動が怪しくなっているのは妹が原因だろうか。
召喚の影響で変わってしまった可能性も否めない。
念のために聞いておいた方がいいだろう。
「イサナ、俺が召喚してから体に何かおかしいところないか?」
お腹が痛いとか、常に誰かに見張られてる気がするとか、前世は光の戦士だったとか。
そういった悩みを抱えているのかもしれない。
真面目にイサナの瞳を見つめて尋ねる。
「そりゃあ……おかしいですよ」
イサナが何を当然と言った様子で答えた。
シータも知らなかったのだろう、「えっ」と呟いてイサナを見ている。
「どこがおかしいんだ、何で言わなかった」
両肩に掴みかかって問い詰める。
体調が良くないなら今すぐ戻らないといけない。医者に連れて行かないと手遅れになるかもしれない。
「イサナさん、どこがおかしいの。原因に思い当たることはある?」
そうだ、シータがいた。治療魔法なら大抵の怪我を治せるはずだ。
しかしイサナは首を横に振った。
「いえ、シータさんには無理です」
「な、なんで?」
慌てて手をかざそうとしていたシータが訪ねた。
イサナは顔を赤くして俯く。
そんなに言いづらいことなんだろうか。
「だって……」
俯いていた顔を上げる。
「私のこと、こんなにしたのは、シンタさんですから」
上目使いで潤んだ瞳を向けてきた。
違う、これ大丈夫な奴だ。
「どういうこと?」
シータが分からずに首を傾げているが、説明しなくてもいいだろう。
変なスイッチの入ったイサナを連れて先に進もうとアウラウネのいた部屋に再度足を踏み入れた。
俺に続いてイサナとシータも部屋に入ってくる。
しかし、そこで3人の同時に止まった。
「えっ」
イサナが最初に言ったことを完全に忘れていたのだ。当のイサナでさえも。
この部屋の直前で、イサナは「沢山いる」と言ったのに巨大なアウラウナがいたから、それを倒して油断してしまった。
まだ他にもアウラウネはいたというのに。
地中から出てきた先ほどのアウラウネよりは小さい触手が俺達の足に絡まる。
さっきの触手が綱引きの綱なら、今足に巻きついている触手は靴ひもだ。
だがそれでも十分な強度を持っていて、足の力だけで引き千切ることができない。
このままだと体中に絡みつくのも時間の問題だ。
さっさと足元の触手へと拳を伸ばして、俺の足元を縛り付けていた拘束をスクロールへと変換する。
後には紙片が残るが、それを確認するより前にイサナへと駆け寄って足元へ絡みついている植物へと「魔術書」を叩きこんだ。
触手が光となって消える前に、今度はシータの足元に拳を伸ばし、同様に足の拘束を外す。
全員が解放されたところで再び部屋の中へ視線を向けると、部屋中のいたるところから触手が伸び、ゆらゆらとその姿を揺らしていた。
「ちょっと、多すぎますね」
「ちょっと、怖いかも」
俺の手の届く範囲なら大抵の魔獣は怖くないが、こんなに数が多いと対処できない。
サハギンのときもそうだったが一体を相手にしている間に他の魔獣が襲ってくるし、単純に数をこなすと疲れる。
動きが悪くなったところに襲いかかられたら一溜まりも無い。
イサナを見て無言でうなずくとイサナも頷き返してくる。
杖を振り上げ、変わらずゆらゆらと揺れるアウラウネに向かって視線を向けた。
高く上げた杖を袈裟がけに振り下ろすと、今度は右へと大きく払う。
それに合わせて見えない空気の塊がイサナを中心に部屋中に広がって行った。
それ自体は目に見えないが、それが通るところは空気が歪んで光が変な屈折をしている。
何の魔法を使ったのかはすぐに分かった。
歪んだ空気の塊が通った後、植物の魔獣は根元からスッパリと刈り取られていたからだ。
鋭利な刃物で切られたように、スパッと根から離され地面に落ちる前に光の粒になって消えて行った。
「凄いね! 学園にいた時もこんなのできる人そんなにいなかったよ!」
「最近、調子が良いんですよね」
振り払ったままのポーズだったイサナが、杖を降ろしながら言った。
体調が悪いどころか調子が良いらしい。さっきの様子を見ても大丈夫なようだし、気にしすぎだったようだ。
今度こそ、完全に魔獣の消えた部屋の中へと足を進める。
「えっ」
「うごか……っ」
「え!? え!?」
しかし、またしても足を拘束されてしまった。
今度は魔獣ではなく、地面の中へと足が沈みこんで行く。
足首からふくらはぎへと、その場で足踏みをして何とか抜け出そうとするが、足元が沈む方が早い。
「あー」
イサナが何かに思い至ったように声を出した。
「アウラウネって、地面に根を張っているんですけど、さっき全部倒しちゃったんです」
それは見ていたから知っている。
「そうすると地面の中の根っこも全部、分解されて消えちゃうんですね」
「ということは?」
「地面がスッカスカになって、簡単に落盤します」
「つまり?」
「けっこう危ないかもしれません」
さっきピンチなら緊張感を持てと言ったのは誰だ。
懸命に足を動かして抜け出そうとするが、それもかなわない。
既に膝まで埋まってしまっている。底なし沼のように身体が地面へと減り込んで行く。
「イサナ、魔法で身体を浮かせれば!」
「浮遊でなくて跳躍ですから、足で踏めないと無理です」
ズボッっと足が地面の下にあった何かを踏み抜いた。
直後、少しずつだった沈下が一気に加速する。これはもう落下だ。
「ひっ」
「ひゃあ」
「……っ」
落ちながらイサナに手を伸ばすが、届かない。
暗闇へと吸い込まれるように落下し続け、そこで記憶は途切れた。
◆
廊下に立たされている安田君がいる。
進路希望に馬鹿なことをかいたせいで廊下に立たされ、その後ふざけた謝罪をしたせいでバケツも追加になった。
今時、女子相手に体罰を躊躇なく実行できる進路担当の体育教師は男らしいと言えるだろう。
「素直に謝れば良かっただろうに」
「サムライとは心に持った刀を曲げないものだよ」
「サムライじゃなくて女子高生だ」
昼休みも変わらず立たされている安田君にメロンパンを差し出しながら会話を続ける。
両手にバケツを下げたまま真正面を向いて俺の手にあるメロンパンに齧りつく安田君の姿はかなり滑稽だ。
「牛乳」
「ん」
要求されるままにストローを差した紙パックの牛乳を差しだした。
ちゅうちゅうと牛乳を吸ってゴクリと音を立てて飲み込む。またメロンパンを差しだす。
「いやいや、女子高生と言えばサムライソードだよ。セーラー服には機関銃よりも刀の方が人気あるんだから」
いつものように意味の分からないことを言いながらメロンパンに噛みつき再び咀嚼し始めた。
この意味のわからなさ加減は、妹の話す内容に似ている気がするのだが何故か二人のそりが合わない。
二人の、というよりは妹が一方的に嫌っているがその理由までは分からない。
「はぁ、ミズキちゃん可愛かったのにね。牛乳ちょうだい」
「ん。なんか嫌われることしたんじゃないか」
吸っていた途中でストローから口を離してちゅぼっ、っと音を立てる。
「嫌われるなんてとんでもない。まず握手から始まって次第に肩へと手を伸ばして。
ちゃんと段階を踏んでからボディタッチを増やして行ったんだから」
多分、それだ。
「一緒にお風呂に入ろうって言ったら、急に怒って頬っぺた叩かれちゃった」
拳がグーでなかったのは温情だろう。
それでも暫くの間は平手の赤みが消えなくて、安田君は顔にガーゼを貼って登校していた。
元からしょちゅう喧嘩するような奴だったから誰も気にしなかったけれど、それでも妹のしたことだから
申し訳なさを感じて、治るまでは言われるがままにつきっきりで身の回りの世話をしていた。
「今度、一緒にプール行こうって伝えてよ」
「殴られたくないから嫌だ」
「じゃあ二人で行こうよ」
「殴られたくないから嫌だ」
多分、妹に漏れたら殴られる。
女の勘なのかカマをかけているのか、妹は普通に「あの女の匂いがしますね」とか言うから怖い。
学校ならまだ避けられない接点もあると言うことができるが、プールに行った後にそれを言われたら言い逃れができない。
何で二股交際をした男のような気遣いをしなければいけないんだろうか。世の中は理不尽だ。
「タダの入場券あるよ」
「それでもなぁ」
「新しくロコモコの店が出来たんだって」
「前向きに検討しておく」
ロコモコはハンバーグ丼みたいな食べ物だ。ハワイだかどこだか海外の名物だった気がする。
プールサイドで食べるロコモコはきっと格別だろう。何とか都合を付けて行けるようにしよう。
と思っていたのだが、俺の態度が不審だったのか妹に早速ばれてキツくプール行きを禁止された。
「いいですか、私だってシンタ兄さんの交際関係に口出し何かしたくないんです。
部屋の前に赤いハンカチでも結んでてくれれば2時間ばかり家を出て行きますよ」
何の話だ。
「でも、あの女だけはダメです。きっとシンタ兄さんに良くないことをしでかします」
普段の行動からしても迷惑をひっかけられているし、妹の言うことは間違っていない。
下校する途中で安田君が喧嘩を売られて一緒に不良に追いかけられたことも何度かある。
俺の知らぬところで安田君が行ったイタズラの共犯だと思われて怒られることなんてしょっちゅうだ。
「そういうことでは無いんですけど……とにかく絶対にやめてくださいね」
どうも妹が安田君を嫌っているのはセクハラを受けたことだけが理由ではないようだ。
結局、その年はプールに行くことは無かった。翌年は受験勉強に打ち込むという理由で無くなり、
さて家も出たことだしロコモコの店こそ新しくなくなったが、今年こそ行くかと思っていたのだが叶いそうに無い。
こっちの世界にはプールはあるんだろうか。
あるなら皆を誘って行こうか、イサナとシータとセリアさんとイーズィさんと……女ばっかりだな。
妹も呼ぼう、イサナがいれば嫌とは言わないだろう。
そこまで考えたところで目が覚めた。




