47.「そういうものなんです」
ピトロの街を一言で表すならば、何もない街だった。
勿論、宿屋や食堂、酒場など一通りの施設はあるのだが、ただあるだけで何が名物と言うものが無い。
イサナが言うにはそういった街の方が多いのだとのことだが、可変迷宮が近いのだから
何か擬えた土産物の一つでも作れば良いだろうにと思ってしまう。
日本だった間違いなく「古の回廊に行ってきました」というクッキーが売ってるだろう。
何でもかんでも作ればいいというものではないが、商売っ気がなさすぎても面白くない。
「あんまりお金ばかり稼いでも仕方ないですからね。程ほどで良いんですよ」
イサナは俺よりも若いくせに妙に年寄りめいたことを言う。
街の中に見るべきところも無いので、翌日から潜る可変迷宮に備えて宿屋で身体を休めた。
翌日もさっさと支度をして【古の回廊】へと向かう。
馬車で向かうと1時間もかからずに到着したそこは、人工的に作られた建物だった。
石造りのアーチがどこまでも続いている構造は確かに回廊だ。
「ただの通路に見えるけど、一歩入った瞬間から可変迷宮だから気を付けてね」
予め聞いた話では最下層は20層。今までで一番大きな可変迷宮だ。
地上から始まって段々と地下に潜っていく作りになっているらしい。
ここに現れる魔獣は階層に比例して強力になっていき3層でコカトリスが。
10層ではミノタウロスが確認されているとのことだ。
当然、他にも各種諸々の魔獣が出現するそうなので楽しみにしている。
「行きに8日、帰りに6日を想定しています」
「何で帰りの方が短いんだ」
普通、帰りの方が疲れているし時間がかかりそうなものだ。
「シンタさん、可変迷宮の構造を覚えていますか?」
「水の中の泡がどうとか」
前にイサナから聞いたのは最下層から泡が出るようなイメージでフロアが作られるとか言う説明だった気がする。
作られたフロアは、水上に向かって浮上していくから入るたびに異なる構造になるとか。
「はい、だから最下層を除いて言えば、同じフロアにずっと留まるとそのうち地上に出ます」
「理屈は分かるが納得できない」
「そういうものなんです」
そういうものらしい。
エレベーターのようなイメージを持てばいいんだろう。
「なので、20階層もあれば地上に出る移動と、フロア自体の移動が合わさって行きよりも早く戻ることができます」
「冒険者ギルドで教えて貰わなかったの?」
シータが不思議そうな顔をしているから基本的な知識なんだろう。
当然、窓口のお姉さんからはそんなことは教えて貰っていない。
まだ知らないことが色々とありそうな気がする。
分からないことは今後もそれとなく聞いておくようにしよう。
「それじゃ、行きましょー」
シータが拳を振り上げて古の回廊へと足を踏み出した。
イサナと共にそれに続いて回廊の中へと進む。
「今日の目標は5層まで。翌日は8層、それ以降は10、12、14と2層刻みで20層を目指して行くよ」
「大分、進行に余裕があるようですけど」
「正直、シンタさんの魔法頼みで来てるから、不測の事態に備えてね。
あと、今回の目的は薬草だから、なるべくフロアをじっくり探して進みましょう。
最下層に群生地があるという情報はあるけど、上層で見つかるに越したことは無いし」
薬草の見た目が分からないと言ったらサラサラと薬草のイラストを描いてくれたが、
どうみてもタツノオトシゴだったので参考程度に覚えておくことにする。
今回、最低限の食料も持たずに古の回廊へと臨んでいる。
それは魔獣が居る限り食べ物には困らないという特殊な事情と、イサナの魔法による水の補給が可能であるということに依る。
道中、魔獣をスクロールに変えて行けば食料が手に入るのだから、荷物を軽くして負担を減らそうとしている。
俺の目的が魔獣のスクロールから出てくる食べ物だと言うのも考慮してくれているのだと思う。
暫く何事もなく歩き続けていたが、イサナが立ち止まって杖を構えた。
「前方に魔力反応があります。そんなに強くないですよ」
あらかじめ決めた通り、俺が最前に出て後方にイサナとシータが待機した。
前方から現れたのは何時か見た懐かしい豚野郎。オークだった。
「うえっ」
イサナが嫌なことを思い出したのかはしたない声を出す。
オークは手に槍を持ってノシノシと近づいてくる。
視線は後衛のイサナとシータに向けられ、俺は眼中にないようだった。
「シンタさん、私が注意を惹きますからその間に」
後方から火の玉が飛んで行きオークの身体へと撃ち当った。
瞬く間に3発の火球がオークへと激突し、その度に特撮ヒーロー番組でも見ないような爆発が起こる。
レーザー銃で撃たれてももう少し地味だろうにと言う爆炎を生み出した後に残るのは、
無残にも四散したオークの残骸だった。かなりグロい。
「ひっ」
シータが悲鳴を飲み込み、ジョロジョロという不穏な効果音が響いた。
後ろを振り返らないようにオークの残骸へと歩みより、光の粒子となって消えかけているオークに手を当てて
駄目もとで魔術書を試してみた。
「魔術書!」
未だ消えずに残っていたオークだった肉塊が眩い光に包まれ、後には1枚の紙片が残る。
どうやら、あの状態でも成功したらしい。
拾い上げてそこに書かれている内容を読み取ると、どうやらかつ丼のレシピのようだ。
だが、前に見たものより分量が少ない。具体的には分量が半分くらいになっていた。
オークの身体も吹き飛んでいたし、ミニカツ丼を言ったところだろうか。
何度か定食屋で、うどんとセットになっているものを食べた記憶がある。
「もう大丈夫です」
イサナから声が掛かってので振り返ると、シータがべそべそ泣きながら
「ごめんね、お姉さんなのにごめんね」と手の甲で涙を拭っていた。
その足元には何かを燃やしたような黒い塊があったが、その正体には触れない方がいいだろう。
シータが荷物を背負い直すのを待って出発した。身体の割に大きな背嚢を担いでいるとは思ったが、
今のようなことを見越して着替えを多く持ってきているのだろう。
今背負っているのとは別で大きな荷物を二つ宿に預けていたから、今背負っている分は迷宮内の分だけだ。
最初からこの調子で今日中に5階層も進めるだろうかと不安になりながら足を進める。
探している薬草がないかと地面に注意を向けながら歩いていたが、ペンペン草の一本も生えていなかった。
今いる階層が石造りの回廊だからなのか、植物は全くと言っていいほど見当たらない。
「人工物が無くなるまで進もっか」
リーダーシップを取り戻したシータに従って次の階層へと行くが、そこも変わらず石造りの回廊だった。
最下層からの魔力の流れが分かると言うイサナのガイドに従って次の階層へと進むことを繰り返し、
4階層目までやってきたところでポツポツと自生する草が目につくようになった。
階層が変わると迷宮自体の作りが変わることが多いのだが、そうでないことも多々ある。
今回のように階層が変わる前と後で同じ石造りの回廊だったりすると、いつ変わったのか気付かないことも多い。
イサナのように魔力を感じられるのであれば、階層の切れ目で魔力の流れが変わるので分かるらしいが、
シータ曰く「そんな微妙なことに気付く人は少ないよ」とのことだった。
ならば他の冒険者はどうやって階層が変わったことを知り得ているのかと言えば、殆ど「なんとなく」の認識らしい。
魔法が使える者なら魔力の途切れは分からなくても「あっ、変わったかな」くらいの違和感があるそうだ。
勿論、俺は分からない。
そんな認識でよく迷宮ごとに「20階層」等と区別を付けている物だと疑問が浮かんだのだが、
結局、可変である以上は階層の数も大体の目安でしかないようだ。19階層のときもあれば22階層の時もある。
そんなアバウトな感じでいいのかとも思うのだが、これも結局「そういうものなんです」の一言で片づけられた。
「このくらいの階層から魔獣も増えてくるから気を付けてね」
最初のオーク以来、魔獣には遭遇していない。
先のことを考えればもう少し食料を仕入れておきたいが、出てこないものは仕方ない。
階層が深まれが数も増えてくると言う話だったので、これからに期待しよう。
「気を付けてくださいっ」
イサナセンサーが警告を告げる。先ほどのオークとは違い語気に緊張をはらんでいた。
硬い床に爪を立てるカッカッという音が鳴る。
次第に近づく音の主は、これも見たことのある相手だった。
「コカトリス……」
シータが呟く。
コカトリス、ニワトリの縮尺をおかしくしたような外見を持つ魔獣だ。
当初の話では3階層から出てくると聞いていたので、ここで遭遇するのは想定内だが強敵である。
前に戦ったことがあるが、強烈な爪と巨体の割に身軽な身体、それになにより嘴にある石化毒が何より厄介な相手だ。
俺が石化で倒れた後にセリアさんが巨大な火球で丸焦げにして、兄が俺の使っていた包丁で槍に変えてやっと倒したという苦い経験を思い出す。
そう言えばあの包丁に特殊能力がないなら、兄も召喚魔法が使えるということになるな。教えると調子に乗るから黙っておこう。
「私が無力化します!」
イサナが杖を振り上げて火球を生み出した。
手に持つ杖は、港町の司祭見習いサヴァから受けとった杖だ。先端には青く輝く大きな宝石がはめ込まれている。
イサナは街を出る時に返そうとしたのだが、「うちにあっても持ち腐れです」と司祭のモビィさんに言われてそのまま貰った。
あの時使っていた杖とは変わって威力が増しているようだし、今度はコカトリスにも通用するだろうか。
オークと同様に3発の火球が飛んで行きコカトリスへと激突した。
1発が石化毒を持つ嘴、2発が足の爪へと着弾し、それぞれが激しく爆発、炎上する。
いきなり飛びかかってくることを警戒していつでも動ける体制になって待つが、コカトリスの反撃は無かった。
ズシンと響く地響きとともに巨大が地へと倒れる。
火球が足の爪どころか足の先をすべて吹き飛ばして立っていられなくなったのだ。
足の先と同じく、嘴もごっそりと爆発で焼けおちている。見るも無残な姿だった。
思わず先ほどの惨状を思い出す。
「イサナ、シータは平気か?」
「はい、先に目を閉じて貰いました」
振り返ると、自分の手で目をふさいでいるシータがいた。一安心だ。
「もうちょっとそのままだぞ」と言って倒れたコカトリスに近寄り、軽く殴りつける。
「魔術書」
ピカっと光って巨体が消える。ひらりと紙片が舞い落ちたのを、地面に落ちる前につかみ取った。
あの時は兄が訳の分からない槍なんてものに変えたせいで食べ損ねたが、今回は間違いあるまい。
書かれている内容は想像通り鶏肉を使ったレシピだ。
「下味を付けて、片栗粉をまとわせて高温の油で……」
唐揚げだ。しかも良く見れば下味の調味料の中にカレー粉が入っている。
これはカレー味の唐揚げなのだろう。どこかのB級グルメとして、イベントの屋台で食べた記憶がある。
「もう大丈夫だ」
シータに声をかけて視界を解放した。
今日の目標は次の5階層までだ。ミニかつ丼に唐揚げと来ているから、何かサラダのようなものが欲しい。
4階層と5階層で見つかれば良いが、各種雑草が自生しているのだしマイコニドのような魔獣が居てもおかしくないだろう。
「植物系の魔獣は出ないのか」
気になったのでシータに聞いてみた。
「えーっと、ちょっとまってね」
腰に付けたポーチから手帳を取り出すと、ペラペラと紙をめくり始めた。
古の迷宮に関する情報を色々書き込んであるようだ。
「あった。アウラウネって植物の魔獣が出るって書いてあるよ」
アウラウネと言えば、人型をした植物の敵キャラクターとして出てきたのを覚えている。
どんな姿なのかと聞いてみたら、俺の想像しているもので大体合っているようだ。
ただ、人間らしさは無く意思疎通も出来ない。あくまで自力で移動して捕食する植物の魔獣という扱いらしい。
その後、オークを2回見つけたが2回ともイサナが消し炭にしてしまって食料に出来なかった。
少し威力を弱めて欲しいと言ったのだが「済みません、前に襲われた経験があるので、つい強めに撃っちゃって」と言われては仕方ない。
結局、4階層では薬草もアウラウネも見つけることが出来ずに5階層目へと移動した。
山の斜面に沿うように作られた教会に似た建物が5階層目の入口だ。これはいつ来ても変わらないらしい。
建物と言っても、どれほど前に作られたのか殆ど朽ち落ちていて柱が何本かと石壁が少し残っているだけだ。屋根も無い。
残骸のような建物を通って奥へと進むと、山の中へと口を開けた通路の入口が見える。ここから先が5階層だ。
中に入ると石造りの回廊を脱して、石造りではあるものの上下左右を囲まれた洞窟型の通路になっていた。
途中、いくつか部屋もあったが全て同じように石で囲まれた作りになっている。
「何か沢山います!」
入ってすぐにイサナが反応した。
暫く立ち止まって様子を見ていたが何もやってこないのでイサナを見ると、「変ですね、動きません」と呟く。
足音をたてないように先へと進むと、通路の角を曲がったところが部屋になっているのが見えた。
その中を覗き見て絶句する。
緑色の、綱引きに使う綱よりも更に太い蔦が地面にびっしりと張り巡らされていたのだ。
「これ、アウラウネです。でも、凄い……大きすぎる」
イサナが小声で蔦の正体を看破した。
目の前の20畳程の部屋に身体を広げまくっている魔獣がアウラウネらしい。
どこが頭なのか見当もつかないが、とりあえずサラダに困ることはなさそうだ。
飯に期待して腹が小さく鳴った。




