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可変迷宮  作者:
第三部.LOVE KOME

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44/116

44.「なんですか」

 夕食を食べ終わり、イサナと共に部屋に戻って、それぞれが風呂へと向かう。

 一つの風呂を時間で分けたりせずに、男湯と女湯でちゃんと分かれていた。


「私、多分長くなるので部屋のカギは持っていてください」

「そうか」


 言われるがままに部屋のカギを持って風呂場へと向かうことにした。

 空いている時間なのか、元から今日は客が少ないのか風呂は貸し切り状態だった。

 温泉街のように露天風呂までは無いが、それでも脚を伸ばして浸かれる湯船があるというのはありがたい。

 こちらの世界に来て毎日風呂に入ると言うのは贅沢な行為だと身に染みて感じたものだが、それでも入りたい物は入りたい。

 港町を出て王都に戻ってくるまで濡れた布で身体を拭くくらいしかしていないかったから、

かなり汚れているだろうと自前の石鹸で丹念に身体を洗う。

 流れ出る旅の垢に「こんなに汚れていたのか」と驚きつつ全身を磨いてから熱めのお湯に肩まで入った。

 つま先から次第に膝を伝って腰に熱が伝わってくる。

 ビリビリと痺れるような爽快感が腰から胸に向かって発射されると、

 肺はそれに耐えきれずに一気に空気を吐きだした。


「っはぁぁあああ」


 この湯船に入った瞬間に出てくる溜め息ともつかないこの吐息が出るのを見ると、

どこの世界にいても自分は日本人なのだと実感する。

 爺臭いと言われたこともあるが、この瞬間はたまらなく好きだ。

 あとはじわじわと身体が温まるのをぼんやりしながら待つ。


 今日、王都についてギルドに行ってから学園で貴族と出会った。

 さっき食べたハンバーグも美味かったし、後はもう寝るだけだ。

 明日、手紙に書いてあったシータの所に行ってみよう。


 適当に今日と明日のことに思いを巡らせていると、額に汗が浮かんでくる。

 お湯からではなく自分の身体から熱が出ているのを感じるほどに温まったので、

湯船を出てもう一度軽く頭と身体を洗ってから風呂場を出た。


 部屋に戻ると、本人が行っていた通りイサナはまだ戻っていないようだった。

 鍵をかけるわけにもいかないのでベッドに腰掛けて待っていると次第に眠気が襲ってきた。

 まだイサナが部屋に戻っていないから眠るわけにはいかない。

 しかしちょっとくらいなら大丈夫じゃないか。

 いや駄目だ、眠っているところにイサナが戻ってきたら不用心だと怒られる。

 等と考えているうちに意識は暗転して夢の中へと吸い込まれて行った。


 ◆


「シンタ、聞いているのか」

「ん?」


 身体を起こすと目の前には安田(やすだ)(きみ)がいる。

 ここは俺の部屋だ。日本で生活していた築40年のボロボロ木造アパート。

 そこに俺と安田君が二人でちゃぶ台を囲んでいた。


 これは過去の記憶だ。

 いつだったか安田君が手土産持参で「今日は飲もう」と言ってやって来た日だ。

 一応、「未成年だぞ」と言ったが「これはジュースだよ」と押し切らて部屋に上がってきた。

 無理に追い返すことも出来たが、安田君の持ってきた手土産である肉と野菜を見てしまうと、

もう口から「帰れ」という言葉は出てこなかった。


 安田君は今までも何回か、こうやって急に押しかけてきたことがある。

 その都度、魅力的な手土産を抱えているので断るに断れなくて部屋に上げてしまっていた。

 数ヶ月前に安田君がヘアピンを部屋に忘れていったことがあり、

後日、遊びにきた妹がそれを見つけて問い詰められたりしたのだがそれは別の話だ。


 安田君がやってくるときは、大抵「ジュース」を持ってやってくる。

 向こうも大学生なのだから、わざわざここで飲まなくてもサークル等で飲む機会はありそうなものだが

「今時お堅いんだよ」ということで俺の家でまで来ている。

 しかし、この若さで飲まなきゃやってられないとは安田君も色々と苦労しているようだ。


 本人は飲みに来ていると言っていたが、しかし飲み始めると滅法弱くてグラス1杯も飲むとすぐに寝てしまう。

 だからなのか、俺にばかり飲むのを勧めて自分はあまりグラスに口を付けようとはしなかった。

 この日も、やたらと度数の高いのを飲ませてきて自分はジュースのようなのを飲んでばかりいた。


「ほら、もっと飲みなよ」

「自分で飲まないなら、何で買ってきた」

「飲むのに部屋を借りているから、せめてものお礼にね」


 ならば次は料理酒にして欲しい。丁度、切れそうだったのだ。

 安田君の買ってきた野菜をスティックにしたものを摘んでいると、視界の端で安田君の頭がゆらゆらと揺れ始めた。


「眠いのか」

「いや、まだ。全然」


 そうは言いながらも眼が座っている。もう限界が近いのだろう。

 こうなる前に家まで送って行こうとするのだが、毎回「大丈夫だ」と言って帰ろうとしない。

 もう放っておくしかないので、グラスをちびちびと舐めながら野菜スティックをポリポリ齧る。

 どこで買ってきているのか知らないが、どれも新鮮で何もつけずに食べられるほど甘みが強い。

 きっと新鮮だから栄養価も高いだろう。一人暮らしには嬉しい手土産だ。貴重な栄養源ともいえる。

 人参に含まれる栄養に想いを馳せながらポリポリ齧り続けていると、パタンと安田君が倒れた。


 どうやら眠ってしまったようだ。

 押し入れにしまってあるタオルケットを出してきて、安田君にかけようとする。

 今日は珍しくミニスカートなんて履いているせいで、眩しい太ももが露わになっていた。

 もう少し捲り上がっていれば下着が見えてしまいそうだ。

 なるべく直視しないようにしながら、タオルケットでそれらを隠した。


 安田君が眠ってしまえば今日はもうお開きだ。

 野菜スティックの皿にラップをして冷蔵庫へと仕舞い、グラスを一気に空けて流し台へと運ぶ。

 二人分のつまみの皿とグラスを洗っていると、ゴンッという音が部屋の方から聞こえた。

 きっと安田君が寝返りでも打ったのだろう。

 いつも寝始めてタオルケットをかけると、このくらいのタイミングで床を叩く音が聞こえてくる。

 普段の立ち振舞いは綺麗なのに寝相は悪いようだ。少しだけ笑みが浮かんだ。


 洗い物を終えて部屋に戻って、自分の分のタオルケットを出して床に寝転がる。

 最後に残ったグラスを一気に空けたのが効いたのか、くらくらと揺れて心地良い。

 揺れる思考の中で安田君が「手ぇ出せよ」と言いながら床を叩いている音が聞こえた。

 きっとボクシングの夢だ。


 ◆


 トントン、とノックする音が聞こえる。

 そこで眼を覚まして自分が宿の中にいることを思い出した。

 ベッドの上でうつぶせになって眠ってしまったようだ。

 ノックされていたのを思い出して急いでドアを開けると、髪を梳いたイサナが立っていた。

 髪の毛は未だ濡れてしっとりとストレートに伸びている。


「あ、済みません。遅くなりました」

「いや、悪い。こっちもすぐに気付かなかった」


 イサナを部屋の中に入れて部屋のカギを閉める。

 これで眠れると思ったが、今少し眠ってしまったせいかあまり眠気は無かった。


「シンタさん」

「ん?」

「この服、分かりますか」


 イサナが着ていた服の袖を掌で挟んで、見せつけるように両腕を大きく広げた。

 この服には見覚えがある。海の上で、イサナを召喚する時に来ていた服だ。

 ということは、あの日イサナが石像にされた時に来ていた服に違いない。


「あの日の服だな」

「は、はい。やりなおそうと思いまして」


 そう言ってイサナが胸元まで近づいている。

 そのまま俺の胸に顔をうずめると、腰に腕をまわして抱きついてきた。


「ずっと、こうしたいと思ってました」

「そうか」


 胸元に鼻が当たって少しくすぐったい。

 腰に抱きついたまま、イサナが首を動かして俺を見上げた。


「約束、覚えてますか?」

「甘いものを」

「それではなくて」


 違うらしい。


「サハギンと戦う時に、ち、ちゅうより先を……」

「ああ」


 そう言えば、一方的にそんな約束をしてイサナが意気込んでいた。

 その結果、サハギンの三分の一を吹っ飛ばす大活躍をしたのだから反故にも出来ない。


「あの……シンタさん」


 一瞬、息を飲んでから再度口を開いた。


「私のこと……食べて……ください……」


 言いながらも泣きそうな顔になっていた。

 くっついた身体からは、足が震えているのが分かる。

 俺に抱きつく腕に力がこもった。


「わかった」


 ここまで言われて(とぼ)けるほど軽薄には出来ていない。

 イサナの身体を抱きしめ返して、しばらくそのままでじっとしていた。

 何分か、しばらくそのままでじっとしているとイサナの足の震えが止まった。

 代わりに心臓の鼓動が伝わってくる。

 早鐘を打つような速度でドクンドクンと鼓動が響く。

 何となく、小学校の自然教室でウサギを抱きしめたことを思い出した。

 あの時のウサギも温かくて、小さい身体からは心臓の鼓動が伝わってきていた。


 そんなことを思いながらイサナを抱きしめていると、次第に鼓動も落ち着いてくる。

 もうしばらくこうしていようかと思ったが、イサナが顔をあげて「もう、大丈夫です」と告げてきた。

 抱きしめていた腕を解くと、イサナも抱きついてた腕を離す。


 その後、何も言わずにベッドに腰掛けけた。

 イサナはどうしたらいいのか分からなかったようだったので、

 大きく足を開けてイサナが座れるようにスペースを作った。

 イサナも何も言わずに、そこへ座る。

 背中から抱きしめる形で腕をイサナの前で繋いだ。


「あっ」


 イサナの背中から熱が伝わってくる。

 風呂に入って温まってきたのだろう、ゆらゆらと温かい熱がうなじから上っているのが見えた。

 ここには前に舌を這わせたことがある。あの時は塩分が欲しかった。

 今は何が欲しいんだろう。


「うひぃ」


 眼前にあるうなじに口を付けた。唇を通して熱を感じる。

 石鹸の香りに混じって、前に嗅いだものと同じ花のような匂いがする。

 そのまま舌を伸ばして皮膚へと這わせた。

 滑らかな質感だが何の味もしない。


「ひぃいいいい」


 舌を動かすたびに、腕の中のイサナがプルプルと震えた。

 それに合わせてイサナの口からは悲鳴のような声が漏れる。

 もしかしたら嫌なのかと思って口を離すと「あっ」という声が出た。


「あの、嫌なわけではないのですけど、くすぐったくて」


 首だけ後ろに向けて、ぼそぼそと呟くように言った。

 それならばと抱きしめる腕に力を入れて、イサナを更に近くに抱きよせる。

 この位置からだと、耳に口が届く。

 無理のない態勢で、髪の毛から覗く小さい耳を口で柔らかく噛んだ。


「うひゃあ」


 コリコリとした歯ごたえは軟骨に似ている。


「あ、あ、あ、あ……」


 耳たぶまで満遍なく噛んでから、耳の溝に舌を伸ばした。


「いいいいいいいいぃいぃい」


 耳までしっかり洗っているようで、相変わらず何の味も無い。

 ただ、うまじよりも花の香りが強くなっている気がする。

 丁寧に溝に沿わせて耳を舐める。


「い……」


 全ての溝に舌を這わせ終わると、そのまま舌は最奥を目指す。

 ゆっくりと、道を間違えないように深いところへ進む。

 すっ、と。舌先が耳孔に入った。


「ひゃ」


 短い声を出して、震えていたイサナの動きが止まる。

 何かまずかったのかと腕を解いて顔を見ると、唇の端から涎を垂らして気を失っていた。

 多分、刺激が強すぎたんだろう。そのまま身体を持ち上げてベッドに寝かせようとすると、

 イサナの座っていたところが大分湿っていることに気付いた。

 風呂に入ってちゃんと身体を拭いていなかったのか、湿ると言うか最早濡れている。

 このまま寝かせると風邪をひきかねない。イサナを動かしてベッドに寝かせて廊下に出た。

 いくつかの部屋を横目に見て、妹の部屋の前まで来てドアをノックする。


「誰ですか?」

「俺だ」

「シンタ兄さん?」


 ドアが開いて妹が顔を出す。

 妹も風呂に入ったらしく、髪の毛が濡れていた。


「イサナさんはどうしたんですか?」

「色々あって、今は寝てる」

「随分……早いですね」


 何かを含んだ言い方だったが、それを気にするよりも先に妹への用事を言うことにした。


「頼みがあるんだが」

「なんですか」

「イサナの服を脱がして欲しい」

「は?」


 言葉が足りなかった。

 妹の顔が埴輪(はにわ)のようになっている。


「ごめんなさい。紳士レベルが高すぎて何を言っているのか理解できません」

「いや、違うんだ」

「そういうプレイですか? 流石にそれはちょっと」

「違うんだ」


 何とか誤解を解くまで話をして理由を聞いて貰えた。


「はぁ……」


 大きく溜息を吐かれる。これは妹の「貴方には失望しました」という動作だ。

 まだ殴る素振りがないから、怒っているわけではないようだが。


「もう少しエロ本とか読むと良いですよ。

 とりあえずイサナさんは風邪はひかないから大丈夫です。おやすみなさい」


 何故か妹にエロ本を読めと言われて目の前でドアを閉められた。

 風邪はひかないらしいので、妹の言葉を信じて自分の部屋へと戻る。

 イサナはベッドの上で変わらず眠っていた。暫く待っていたが眼を覚まさないので、明かりを消してイサナの横で眠ることにした。

 夢は見なかった。

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