43.「わかります」
イサナと妹と共に学園を出て宿へと向かう。
空は既に夕焼けに染まりかけている。
思えば今日、王都に着いたばかりだというのに色々とイベントが多すぎた。
たっぷりご飯を食べてからゆっくり眠りたい。
「今日はどこの宿にするんだ?」
「いつも通り、【マンドレイクの根】ですね」
「あそこか……」
悪くは無いが、良くも無い。
ご飯が妙に薬っぽくなければ良い宿なんだが。
「今日は他の宿にしないか?」
風呂付とは言わないが、ご飯の美味い宿がいい。
前にも一度言ってみたことがあるが、贅沢だと言われて却下された。
だから今回は高めの要望を出してから妥協を誘ってみる。
「風呂付の宿がいいな」
まずこれはダメだと言われるだろう。
その次で飯の美味い所を言えば、お許しが出るかもしれない。
「え……お風呂……あっ」
イサナが何かに気付いたかのようにピクリと身体を震わせた。
首だけを俺に向けてそのままの位置で固定させるが視線が泳いでいる。
「え、ええっと。そういう意味ですよね」
「ん?」
「いえ、わかります、大丈夫です」
わたわたと手を振りまわして「大丈夫です」と繰り返している。
まさかの風呂付宿にOKが出た。
風呂の付いている宿は割高だが、その分だけ飯にも期待が持てる。
「いつも宿屋に泊ってるんですか?」
後ろをついて歩いていた妹がイサナに尋ねた。
「え、あっ」
話しかけられたイサナが、まるで今はじめて妹に気付いたような顔をしている。
その後で、なぜか俺の顔をチラチラと見始めた。何か言いたいことがあるんだろうか。
「あ、はい。そうですね。いつも宿屋、です」
「家を買ったりしないんですか?」
「そんなまさか、高くてとても無理ですよ」
手のひらを顔の前で振って「無理無理」と言っている。
それはそうだろう。そんな簡単に不動産が買えるはずがない。
「そこはそれ、幽霊屋敷を激安で買うのが定番じゃないですか」
「何ですかそれ」
妹が言うには、曰く付きの物件を買い叩くのが異世界モノの定番らしい。
「聞いたことないですね」
「今度探してみましょう」
貴族の尻を蹴飛ばしていた時には魂の抜けたような顔をしていたが、今は大分持ち直しているように見える。
以前の妹は情緒不安定なのが普通の状態だったが、こっちで会ってからは以前よりも精神が安定しているようだ。
友達効果は偉大だと思い知らされる。
「まぁ、それはそれとして今日は宿屋ですね」
「あ、そうですね」
「二部屋とってくださいね」
「ええ。ミヅキさんと私の部屋と、シンタさんの部屋で」
「何言ってるんですか」
妹がイサナの肩を捕まえて道の端まで連れて行った。
二人でしばらく何か話してから戻ってくると、イサナの顔が真っ赤に染まっていた。
まさか何か飲まされたのか。ドワーフ的なアレを。
「い、いきましょうか」
イサナが俺の手を掴んで先導し始めた。
手のひらが熱い。しっとりと汗ばんでいるのが分かる。
妹を振りかえるも、ニヤニヤと黙って笑うばかりだ。こういう時の顔が兄そっくりで嫌になってくる。
足早に道を急ぐイサナに引っ張られて少し高めの宿屋街へと到着した。
「ここにし、しまそうか」
イサナの指さす先には石造りの白い建物があった。
パッと見ただけでも高そうなのが分かる。
「いいのか?」
「だ、大丈夫ですから!」
顔を真っ赤にしたまま俺の手を引いて宿へと入っていく。
受付で二人部屋と一人部屋を取って宿泊費を支払った。
パッと見ただけで金額は分からないが、一人当たりで【マンドレイクの根】の3倍くらいは払っているように見えた。
「じゃあ、食事はいつでも食べられるそうなので、荷物を置いたら食堂に集まりましょう」
階段を上り廊下を一緒に歩いていた妹が、途中でそう言って傍の部屋へ入って行ってしまった。
妹の部屋はここらしい。手を握ったままのイサナを見ると、まだ視線が泳いでいる。
「わ、私たちは、こっちでう」
イサナが更に廊下の先を指差す。妹だけ一人部屋らしい。
手を引かれたまま更に奥の部屋へと進むと、廊下の突き当たりが割り当てられた部屋だった。
角部屋ならではの間取りで2面に窓がついていて部屋が明るい。
夕焼けの差しこむ部屋は茜色に染まっているが、その中でも尚イサナの顔は赤く見えた。
宿屋で夕焼けの差しこむ部屋、嫌な思い出が蘇りそうになるが何とか押しとどめる。
アイツはもういない。今頃、石像になったまま港町の平和を見守っているはずだ。
背負った荷物を降ろして椅子に座ると、どっと疲れが押し寄せてくる。
やっとここに戻ってきた。
宿と部屋こそ違うが、イサナがいる王都に戻ってきた。
あの時、無理やり終わらされた生活の続きを迎えることができる。
日本に戻ると言う目的も棚上げにしたままだ。
妹もこちらに来てしまったし、本格的に算段を付けなくてはならない。
色々とやらなくてはいけないことはあるが、何はともかくそれよりも。
「食事にしよう」
久しぶりに落ち着いて食べられる食事だ。
港町を出てから今までは手持ちのスクロールから出した食べ物でそれなりに充実していたが、
どうしても移動中での食事は慌ただしさと共にとるものになってしまう。
偶にはそれも良いものなのだが、それが常にとなると少しばかり気疲れしてくる。
今日はもう移動をする必要がないから、ゆっくりと食事をしよう。
イサナと共に食堂に向かうと、既に妹が席についていた。
同じテーブルに着席すると、宿の人がグラスに入った果実酒を出してくれる。
魔法で冷やしてあるのか、グラスが冷たくなっていて飲みやすい。
「やっぱり高い宿は出てくる物が違うんですね」
イサナもグラスを手に持って感嘆の言葉を吐きだした。
少量なので酔うほどでは無いが、胃のあたりがカッと熱くなるのを感じる。
程なくサラダとスープ、パンが出てきたので手を付けて食べ始めた。
サラダは葉野菜にトマトのような赤い実が彩りよく盛りつけられている。
プチュっと弾ける実は甘酸っぱくてコンソメに似た味のスープによく合う。
パンはふわふわの白いパンだ。焼き立てではないが指先でつまんでちぎれるほど柔らかい。
柔らかいながらもしっかりと弾力のあるパンを食べていると、続けてパスタに似た麺類が出てくる。
トマトと肉を絡めた味のソースが掛かった麺は、平たく打ってあるパスタだ。
それが一本の線ではなく、始端と終端で繋ぎとめられて環状になっている。
平打ちの表面と裏面を半回転させてつなげた麺はメビウスの輪状になっていて、そのことにも意味があるらしいとイサナが教えてくれた。
表も表も無いから大事な日にはこれを食べるとか云々。美味しいので話を半分にしか聞かなかった。
パスタを食べ終わる頃を見計らって店員が台車を押して厨房から出てきた。
店員が押してくる台車の上には、仰々しい作りの鉄製の牛の模型が置かれている。
牛の模型は大人が抱えるほどのサイズで、それなりに大きい。
台車の中には薪がくべられており鉄製の牛を熱し続けている。
近づいてくると身体の産毛を燃やしそうな熱気が伝わってきた。近くで見れば鉄製の牛も赤黒く輝いている。
台車を少し離れたスペースに止めると、別の店員が大きめの皿を手に台車へと近づく。
店員が持っている皿の上にある物は、見た目はまるきりハンバーグだ。
牛肉をミンチにしたものを玉ねぎ等と一緒に混ぜた塊。
それが3人分、牛の台車へ運ばれて行く。
それの行方を見つめていると、台車を押していた店員がバールのような物を手にとって鉄製の牛へと伸ばした。
どこかにストッパーがあったのか、バールのようなもので牛の身体を数か所いじると、ガチャリという音と共に
牛の胴体が縦に割れて空洞になった内部が見える。
今度は持ち替えた金属製のヘラで、ハンバーグを乗せると順に牛の内部に並べて行った。
鉄製の牛で牛の肉を焼くと言う趣向らしい。
趣味がいいのか悪いのか判断に迷うところだが、エンターテイメントとして客を楽しませる心意気は買いたい。
ジュゥウという音を立てながら肉が焼ける音を聞いていると、店員がヘラでハンバーグをひっくり返した。
これで両面焼いておしまいかと思っていると、バールのようなものを持った店員が牛の胴体を閉じて、ガチャンと施錠してしまった。
蒸し焼きにするつもりなのかと首をかしげていると、肉を持ってきた店員が厨房へと戻って今度は陶器のビンを手にして台車へと戻ってくる。
何をするつもりなのか、注視して見つめると牛の身体の上部にあった蓋をあけていた。
そこに注ぎ口があったらしい。ビンの口を当てて傾け始める。
そこからビンの中身を注ぎ込むと、熱された鉄で液体が一気に蒸発し始めた。
ジョオオオォオオオッ!!
凄まじい蒸気が注ぎ口からも噴き出てくるが、そのままビンの中身を注ぎ込み続ける。
店員は慣れた手つきで全てを入れ終わると、注ぎ口のふたを閉じる。
蓋を閉じて、注ぎ役がの店員が離れるのを確認してから、もう一人の店員が台車についている棒を引いて、一気に押し込んだ。
途端、鉄製の牛を熱していた炎が更に激しく燃え上がる。
台車についている棒は、鞴の役割があるようだ。数回、棒を前後させるとその度に炎が強く燃え盛る。
炎が強くなると同時に牛の身体も皿に赤く熱され、先ほど注がれた液体も皿に激しく蒸発する。
蓋を締められた蒸気は逃げ場を失い、胴体とつながっているらしい牛の頭から噴出された。
ウゥウウウウウ!!
フォオオオオオオオオ!!
笛のような原理になっているのか、牛の口から蒸気が出てくるのに合わせて鳴き声のような音が響き渡る。
噴き出す蒸気に交じって肉の焼ける香ばしさと酸味のあるソースの香りが漂ってきた。
ファァアアアアアアアアアアア!!
牛の鳴き声は最高潮に達し、もうもうと吐きだす蒸気は最早、噴水のようになっている。
テーブルまで届きそうな蒸気が薄れると共に、鳴き声も次第に弱まっていった。
ファァァォォォオオオオ……
低くなっていく鳴き声が聞こえるか聞こえないかくらいまでの大きさになると、再びバールのような物を手にした店員が牛の胴体を開ける。
むわっ、と残った蒸気を吐きだしてハンバーグが現れた。
あれだけの炎で焼いたのであれば、さぞ焦げまくっているのではないかと思ったのだが、意外なことに焦げ臭くない。
店員が丁寧にハンバーグを皿の上に乗せると、それぞれを俺たちのテーブルに持ってきた。
「お待たせしました」
「凄い演出ですね」
「当店のウリなんです。1日3回しか出来ないんですけどね」
その貴重な1回を見せて貰えたらしい。
皿に盛られたハンバーグは香ばしさを保ったまま今にもはち切れそうに膨らんでいる。
ナイフを手にとって切れ込みを入れた瞬間、ビュッと肉汁が飛びだしてきた。
幸い服まで届かなかったが、切れ込みからはトロトロと今もあふれ出ている。
「ソースは掛かっているので、そのまま召し上がってください」
更に肉を一口大に切り、フォークで口へと運んだ。
最初に来るのは熱、続けて酸味のあるソース。最後に牛肉の濃厚な旨みが立て続けに口内を攻めてきた。
目じりに浮かぶ涙を拭いもせずに熱を放ち続ける肉塊を咀嚼する。
飛び散るように口内へと放たれる肉汁が舌を火傷させ、それすらも美味として味覚が認識する。
焼けた牛肉の香ばしさは口から逃げようと暴れまわる。逃がすまいと必死で口を閉じる。
それでも鼻腔へと上り、更に濃厚な肉の香りにたまらず眼を開けて一気に息を吐きだした。
鼻から水っぽい汁が垂れてくる。
ハンカチでそれを拭いて、次の肉片を口へと運ぶ。今度は酸味あるソースを強く感じた。
玉ねぎのソースだろう、牛肉に良く合う刺激的なピリリとくる味だ。
下への刺激をたっぷりと味わいながら牛の調理器具を横目で見た。
実際に食べてみても肉は焦げ臭くない、どういった原理で焼いているのだろう。
肉も焦げていないし蒸気で焼いたりしているんだろうか。
もしかして何か魔法を使っているのかもしれないが、きっと企業秘密だから教えてくれまい。
牛の謎に想いを馳せながハンバーグを食べていると、いつの間にか最後の一切れになっていた。
名残を惜しみじっくり堪能してから飲み込む。
「まるでファラリスの雄牛でしたね」
妹はあの牛の調理器具に見覚えがあるらしい。今度、詳しく聞いてみよう。
パンのお代わりを貰って口の中に残った脂を流し込んでいると、デザートが運ばれてきた。
かき氷のような氷菓子だ。
スプーンで掬った氷には、何か透明なシロップが掛かっている。
そっと口に入れると、柑橘系の甘みがふわりと広がった。
レモンよりもスダチやカボスに近い香りだが、肉を食べた後の口の中に心地良い。
全て食べきる頃には満足感を残しながらも、さっぱりとした気分になっていた。
高いだけのことはある。暫くこんなものは食べられないだろうから、記憶に刻み込んでおこう。
イサナと妹が食べ終わるのを待ち、暫く歓談してから部屋へと戻った。




