表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
可変迷宮  作者:
第二部.U & MEE

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/116

40.マーベラス

 子犬と遊ぶ夢を見た気がする。


「シンタさん、酒場の人がもう始まってるって言ってますよ」


 イサナに起こされて目を覚ました。

 身体を伸ばすと関節がバキバキと音を立てる。

 少しだけ傾いていた陽は姿を隠そうとしており、窓の外はオレンジ色に染まっていた。

 身体の疲れは取れたが代わりに腹が減った。音を立てて食料を要求している。

 空腹すぎて寝ながら涎でも垂らしていたのか口の周りがベタベタになっていた。

 枕を汚してしまったかと思って確認したが不思議と涎は垂れていない。


「ど、どうかしました? 何か変ですか?」


 何故かどもりながらイサナが聞いてきた。

 海から戻って来た時には少し顔色が悪そうだったが、今は休んだからか顔色がいい。

 顔色がいいというか、血色がいいのを通り越して妙にテカテカしている。


「いや、何でもない」

「で、ですよね」


 何だか挙動不審だが、あまり深く聞かない方がいい気がする。

 寝ぼけ気味の頭を振りながら酒場へと向かうと、既に乱痴気騒ぎになっていた。

 まず扉を開けると酒臭い。建物の中のアルコール濃度だけで酔いそうだ。

 入ってきて入口で立ち止まっていた俺達に反応して店の中の人たちが一瞥をくれる。


「おっそいじゃないのよー」


 へべれけになったセリアさんがジョッキ片手に千鳥足で近づいてきた。

 もしかして昼間からずっと飲み続けていたのだろうか。


「みなさーん、せーしゅくにー」


 セイアさんは入り口までたどり着くと、振り返って陽気な声を酒場中に響かせて視線を集める。


「きょうのー、りょーりをー、ていきょーしてくるれれれ?」


 舌が回ってない。

 セリアさんは楽しげに笑っているが、間違いなく酩酊状態を通り過ぎて前後不覚に陥っている。

 誰だこんなに飲ませたのは。


「どーしたー、酒が足りてないぞー」


 どこからともなく、鼻歌気味にと口ずさみながらイーズィさんがやってきて、手に持ったジョッキをセリアさんの物と交換した。

 中にはぶどう酒のような液体がなみなみと注がれている。

 犯人はこの人に違いない。

 セリアさんが喉を鳴らしてジョッキの半分ほどを(あお)った。


「ぷぁー! おいしー!」


 瞳は胡乱な輝きを灯して視線はどこか明後日の方向へと向いている。

 アルコールを補給すると俺達のことはすっかり忘れてしまったようで、

 イーズィさんを引き摺って酒場の奥のテーブルへと戻っていってしまう。

 一体、何だったのか。


 呆然とセリアさんを見送っていると、今度は妹が近づいてきた。

 手には紙束を持っている。恐らくサハギンで作った魔術書だろう。

 酒場にいる人たちは銘々、手に飲料を抱えているがテーブルの上にあるのはゆで卵やちょとした料理だけだ。

 その中には船盛りもあったが、中身は空っぽで船だけが空いているテーブルの上に飾られていた。

 魔術書ではなく生モノだったので悪くなる前に食べてしまったのだと思う。


 厨房を見ると湯気が出ているのが分かった。本格的に料理が出てくるのはこれからだろう。

 妹に手にある魔術書は、それに合わせて料理を呼び出すのを待っていたものに違いない。


「はい、これ。おにいちゃんっ」


 何が起きたのか分からなかった。

 気付いた時には膝から崩れ落ちていた。

 目の前がぐわんぐわんと回転する。


 寒くも無いのに汗が出てきた。

 ねっとりと肌に絡みつく油のような汗だ。

 床に両手と膝を突いて、ハッハッと犬のように呼吸を浅く繰り返す。


「どうしたの、おにいちゃん?」

「……うぷっ」


 喉の奥から酸っぱい物が込み上げてくる。

 耐えきれない。

 耳から入ってきた情報を脳が拒絶する。


 何だ、この悪夢は。

 実はまだベッドで夢を見ているのか。

 早く目を覚ませ。死ぬぞ。


 ここは地獄なのか。

 既に死んでいて地獄にいるのか。

 いいや地獄の方がマシだ。

 いっそ殺せ。


「誰だ……お前っ!」


 喉からせり上がってくるものを飲み込んで、妹の顔をした悪魔へ言葉をぶつけた。

 床に手を突いたまま見上げる格好ではあるが、しっかりと顔を見ることが出来る。

 角が生えているとか、尻尾があるとか背中に羽があるとか。そういった差異は見つけることが出来ない。


「はいっ、水瀬海月。16歳、高校生です! 好きな仮面ライダーは電波人間タックルですっ」


 ビシッと背筋を伸ばして自己紹介を始めた。

 顔色は普通だが、視線が虚ろだ。こういう人には見覚えがある。


「ミヅキ……酔っているのか?」

「いいえっ、わらしはお酒は飲んでません!」


 どう見ても酔ってる。


「ミヅキさん、大丈夫ですか?」


 イサナが心配そうに横から妹を覗き込んだ。

 妹が酔うとこんな風になるなんて知らなかった。一生、知りたくなかった。

 未だに妹の声が耳にこびりついて取れそうにない、今寝たら絶対に夢に見る。

 妹に飲ませたのは一体、誰だ。


「足りてないぞー、酒が足りてないぞー」


 コイツだ。

 適当に歌いながらセリアさんに連れて行かれたイーズィさんが戻ってきた。

 その手にはジョッキを持っている。


「ほーら、ドワーフジュースのおかわりだー」

「いたらきます!」


 止める間もなく受け取ったジョッキを口につけて、ぐっと天井を見上げるように一気飲みした。


「ほわぁ……おいしーぃ」


 虚ろだった瞳に胡乱な輝きが灯った。どう見てもジョッキの中身はセリアさんの時と同じだ。

 これは本当に酒なのか。もっと拙い何かを飲ませているんじゃないのか。


「イサナ、妹を連れて宿に戻ろう。ここはダメだ」

「は、はいっ」


 妹の痴態を見て危機感を持ったのか、イサナもすぐに同意した。


「ミヅキさん、一緒に戻りましょ?」

「一緒に……一緒ですか?」

「はい一緒ですよ」

「本当ですよ? 一緒ですからね?」

「はいはい、一緒ですよ」


 酔っていても友達の区別はついているのか、意外に大人しくイサナについてきた。

 歩く足元は怪しいが、イサナと両肩を支えて宿まで戻る。

 酒場の中ではセリアさんが高笑いしながらジョッキを呷り、イーズィさんが歌いながら酒を振舞い続けていた。

 二度とここには戻ってくるまい。心に強く誓ってドアを締める。

 全くどうでもいいことだが、イーズィさんは歌が上手かった。


 狂乱の空気から抜け出すと、妹はしぼんだように力が抜け寝入ってしまう。

 あの酒場の中には不可思議な力が満ち溢れていたに違いない。

 セリアさんが酔って幻覚か何かの魔法を使っていた可能性が大いにあり得る。

 二人がかりで妹をベッドまで運んで寝かせた。


「私、ミヅキさんを着替えさせちゃいますから、下の食堂で待っててください」

「わかった」


 宿の人から妹の寝巻を貰っていたらしい。あとをイサナに任せて宿の食堂へと向かう。

 テーブルが3つばかり置いてあるだけの食堂と呼ぶには少し狭い部屋だが、

 隣に酒場が建てられているこの宿では、このくらいで十分なのだろう。


 妹から渡された魔術書を眺めながら食べるものを選ぶ。

 魚が多いが、海老や蟹もあって魚介系なら選び放題だ。


 じっくりと考え込んでいると、しばらくしてイサナが降りてきた。

 何故か少し服装が乱れていて顔が赤い。


「何かあったのか?」

「いえ、何もありませんでした」


 床を見つめて、こちらを見ようとはしなかった。

 これは多分、何かあったという事なんだろうが、聞いた方が良いんだろうか。

 悩んでいたらイサナから切り出してきた。


「シンタさん」

「うん」

「人にやったことは、巡り巡って自分に返ってくるんですね」

「うん?」


 何が言いたいのか分からないが、それ以上の話は言う気が無いようなので触れないことにした。


「今夜はここで食べよう。酒場には戻りたくない」

「そうですね」


 紙束から1枚取り出してテーブルの上に置く。

 最初だから、まずはスープからだ。


「フカヒレの姿煮!」


 パァッと光って魔術書が消える。代わりに深めの皿に入ったスープが現れた。

 添えてあるスプーンは雑味を出さないために金で出来ている。

 もう1枚同じものがあったので、料理をを出してイサナの前に置いた。


「これは何ですか? 大きいキノコみたいですけど」


 コンソメスープに似た色の液体の中には、巨大なキノコの傘を縦に切ったような形のフカヒレが底に沈んでいる。

 添えるように縦に切られたチンゲン菜の緑色がスープに鮮やかさを添えていた。


「キノコっぽいのは、サメのヒレだ」

「食べたこと無いですね」


 イサナは食べ慣れていなくても避けることなく口に入れる。好奇心が強いのだろう。

 頂きます、と言ってから金のスプーンを手に持つ。まずはフカヒレだ。


 フカヒレに押し当てると少しだけ反発して、すっと切れた。

 小さい方の欠片をスプーンに載せて口に入れる。

 とろみのあるスープと一体化しているかのような食感のヒレに歯を立てた。

 プリッとした僅かな歯ごたえとともにほどける。

 ホロホロとほどけるヒレが、ふわふわと口じゅうに広がった。

 踊るように喉を通るフカヒレを飲み込んで、今度はスープを掬い取ると

 フカヒレのゼラチン質が溶け込んだスープがとろんと揺れた。


 鶏がらベースのコクのあるスープは品のある味わいで、でしゃばりすぎることが無い。

 フカヒレには何の味も無く食感と香りだけを豊かに飾り付け、

 金のスプーンは金属独特の刺激を舌に伝えることなくスープの味だけを届けてくれる。


 縦に切られた青梗菜(ちんげんさい)を箸でつまんでかぶりつく。

 瑞々しさを残しつつスープに馴染んでいる青梗菜(ちんげんさい)は、口に入れると葉の隙間に入り込んだスープが染み出してきた。

 シャクシャクとした食感の青梗菜にとろみのあるスープが絡む。

 無味に近い青梗菜は見事な歯ごたえでフカヒレをそっと引き立てる。


 ここまで口を楽しませておきながら、それでいて満腹中枢をまるで刺激しない。

 コース料理の序盤に出てくる存在として立派に仕事を果たしている。

 暖かいスープを胃に入れたことで、これから続く料理に向けエンジンが回り始めた。


 スープとフカヒレを堪能して、次なる魔術書に手を伸ばす。

 さっき選んでいた中でも、これだけは食べようと思っていた料理だ。


「ソフトシェルクラブ!」


 再び視界が光に包まれる。

 そこに現れるのは、手のひらくらいの大きさの蟹だ。この蟹は脱皮したてで甲羅が柔らかい。

 それを殻ごと油で揚げてスパイシーな塩で味付けた料理だ。


「これは蟹ですね。食べたことあります」

「柔らかいから、殻ごと食べることが出来る」

「そうなんですか?」


 それに答える代わりに、カリカリに揚げられているソフトシェルクラブを手にとってかぶりつく、

 確かに甲羅なのにも関わらず、ふんわりとした柔らかさが歯茎に伝わった。そのまま柔らかい甲羅を噛み破る。

 すると同時に甲羅の中に詰められた身がとびだしてきた。

 油であげられたそれは、スパイスの効いた塩味を撒き散らしながら口内を蹂躙する。


「はふっあふっ」

「熱いから、火傷に気をつけて」

「はひっ」


 イサナも熱そうに蟹を食べているが、その手と口の動きは止まらない。

 蟹の甲羅と身を同時に噛み砕くと、(ほとばしる)るエキスがじゅわりと広がる。

 甲羅の硬い部分はカリカリとした食感が程よく音を立てる。

 心地良い歯ごたえと、苦にならない柔らかさ。それに加えて揚げられることで、ぎゅっと凝縮された蟹の旨み。

 文字通り、余すことなく蟹の全てを味わった。


 油で汚れた手を拭いた。紙の束へと身をやる。まだまだ食べるものは沢山ある。

 もう何も考えずに全て料理並べたくなってくるが、その前にやるべきことがある。

 だが、食べ物で我を忘れる前に言っておこう。


「俺、イサナのことが好きだ」

「……は」


 口を開けたまま、イサナが固まってしまった。

 言うタイミングを間違えただろうか。


「きゅ、急すぎますよ!」

「ごめん」


 もっとムードとか必要だったらしい。


「わ、私も。シンタさんのこと好きですよ?」

「そうか」


 言ったは良いのだが、こういう時はどうすればいいんだろう。

 妙に気まずくなってしまった。

 イサナを見ると食べる手を止めて、こちらを上目遣いに見ていた。

 こっちも見つめ返すが互いに言葉は無い。

 胸がざわざわする。しかし嫌な気分ではない。


「美味しそうな匂いがしますね」


 気まずく心地良い空間を割って、食堂の入口に寝巻を身につけた妹が立っていた。

 寝起きで少し眠そうではあるが、瞳には胡乱が輝きが無くなっている。


「ミヅキさん、大丈夫ですか」

「自分で殴ったようで、頭が割れるほど痛みますが怪我はありません」


 二日酔いにでもなって自分で殴ったのか。器用な奴だ。


「何でここで食べているんですか? 会場は酒場ですよ」

「え……」

「ミヅキ、覚えていないのか」


 妹は不思議そうな顔で俺たちの方を見ている。本格的に記憶に無いようだ。

 イーズィさんの持っていたぶどう色の液体は本当に何なんだろう。

 もしかしてイーズィさんがアレなのは、あの液体が原因なのか。


 首をかしげている妹には、酒を飲まされていたので連れてきたと説明した。

 納得がいかないようだったが、それが全てなので他に説明しようも無い。


「ミヅキさんも、一緒にご飯食べませんか?」


 イサナが誘うと、妹は嬉しそうにイサナの隣の椅子に腰かけた。


「シンタさん、さっきのサメのと蟹のは、まだありますか?」

「ああ、まだ沢山……」

「サメ? フカヒレのスープですか?」

「食べられないですか?」


 妹がサメが駄目なんて話は聞いたことがない。昨日、魚肉ソーセージも食べていたし大丈夫だろう。


「シンタ兄さん、自分が食べた物しか呼び出せないですよね。

 フカヒレのスープなんて高級品をどこで食べたんですか。

 私が週末に遊びに行くたびに食べるものに困ってましたよね?」

「っ……」


 日本で友達のいなかった妹は、しょっちゅう俺のアパートに遊びに来ていた。

 妹は俺の食生活を知っている。俺が貧乏学生だということを知っている。


 たまに兄に奢ってもらう以外で、普段は高い料理を口にする機会は無い。

 そういう時は必ず妹も一緒だから、俺だけが食べている状況と言うのは無い。

 無いことになっている。


「もしかして」

「あの……どうしたんですか、お二人とも」

「シンタ兄さん、まだあの(ひと)に付き合っているんですか?」

「えっ」

「……」


 バレた。こんな時に、こんなタイミングで露見してしまった。

 別に隠していたわけではないが、どうやら妹は嫌っているようなので話題には出していなかった。


「シンタ兄さんが、誰とどんな付き合いをしようと勝手ですけど……」


 その顔は拒否を示している。友好関係に口を出さないとは言いながらも、眼が口ほどに物を言っていた。


「家を出るときの約束を覚えていますか?」

「落ちている物を食べない」

「それは2つ目です」

「食べ物をあげると言われても、知らない人について行かない」


 実家とは、そんな小学生みたいな約束をさせられていた。

 どれだけ信用がないのか分かるというものだ。 


「覚えてるなら何で行くんですか!」

「知らない人ではないから」

「でも、食べ物に釣られて行ったんですよね?」


 それは、その通りだ。

「タダ券を貰ったから一緒に行こう」と言われてついて行って、そこで食べたのがテーブルの上にあるフカヒレと蟹だった。

 スープだけで1000円超えるなんて料理は、自分ではとてもじゃないが手が出せない。


「あの……その人って、シンタさんとどんな関係なんですか?」


 話についていけなかったイサナが様子を窺いながら聞いてきた。


「2年前に通っていた……学園の友達だな」


 高校の時のクラスメイトだ。

 よく一緒に遊んでいたので、大学へ行ってからも会う事がある。

 ご飯を食べに行くのも別に珍しくはない。


「はんっ、ただの友達にあんなにベタベタひっつくものですか」

「えっ、ど、どんな人なんですか……名前は!?」


 不機嫌さを隠さずに妹が言うと、イサナがそれに食いついた。名前を聞いてどうするつもりなのか。


 発言内容や行動に奇矯なところはあるが悪い奴ではないはずだ。

 俺に限らず友達は多かったみたいだし、人によって態度を変えたりもしていない。

 コミュニケーション過多なところはあると思うが、ベタベタというと人聞きが悪い。


 昔、一回あっただけのはずだが、何が気に入らないのか妹は未だに目の敵にしている。

 一方的に悪口を言う事こそ無いが、嫌なことを思い出すようにイサナの質問に対して忌々しげに答えた。


「その人は、安田(ヤスダ)(キミ)という女です」




第二部 終


U & MEE(貴方と食べるご飯は美味しい)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ