14.地雷
グリフォンはこちらをみると、襲い掛かってくる。
一応、見た目の良い鎧と剣を見に付けていたが、巨大で鋭い爪の前では役に立つとは思えなかった。
何回か巨大な爪を避けたが、すぐに息が切れる。
避けきれずに腹部に強烈な足の一撃を食らう。
身体が軽いからか鎧のおかげか、身体を貫かれずに壁に向かって吹っ飛んだ。
背中に衝撃を覚悟して歯を食いしばる。
しかし、思いのほか軽い感触と共に、地面を転がった。
「そこだけ壁が薄かったようです。隠し通路だったのかもしれません」
巨大なグリフォンが入れない大きさの通路だった。
どこに繋がるか分からないが、グリフォンと一緒にいるよりは安全だと通路を走って逃げた。
どれくらい走ったか分からないが、暫くすると小さい部屋に出た。
そこには魔獣もいないようだったので、そのまま倒れこんで眠ってしまった。
「何だか、良い匂いがして目が覚めました」
ふらふらと匂いのする方向へ歩いていくと、とても美味しそうな食べ物があったので無我夢中で手を伸ばして食べた。
今思うとラタケの仲間の可能性があったが、その時の空腹の前には問題にならなかった。
◆
「その内の一つに苦いものがあったので、ソースをもっと付けようとしたら、怒られました」
「あー。シンタさんがあんなに沢山喋るの初めて見ました」
ルマエ少年の話にイサナが変な相槌を打つ。
「シンタは食べ物のことになると良く喋る」
「違う。大事なことだからだ」
兄が余計なことを言うので訂正する。
二人のせいで変な空気になった。
「えーっと、ギルドに頼まれたのは、この子の保護だけど、どうするの?」
「連れて行く。そこから先は俺の仕事じゃない」
空気を変えようとセリアさんが兄に尋ねるが、あくまで仕事として返答をする。
「"白い一角獣"に狙われていたのなら、また危ない目に会うかもしれませんよ」
「知らん。貴族なら自分たちで何とかすれば良い」
「でも……」
イサナは簡単に割り切ることが出来ないようだ。
「大丈夫です。皆さんのギルド……"緑の風"まで連れて行ってください。
そこから先は、自分で何とかします」
「じゃあ、そこの小さいのは、コイツと服を交換しろ」
「ええ!?」
兄の気の使い方は、一般の感性から著しくずれているのでまず伝わらない。
イサナとルマエ少年は身長が同じくらいだから、囮になってこいと言うことらしい。
その方が、多少なりとも危険が減るから。
以前に渡した服の上からローブを着込んでいるだけだったので、その場でローブを脱いでルマエ少年に手渡す。
逆にルマエ少年は、鎧を外してイサナに渡した。
「うわっ、鎧って重いんですね」
全身ではなく、急所だけを防御するように作られた軽鎧だが、それでもイサナには重かったようだ。
男用の胸当てを問題なく付けられているということには、触れないほうが良いだろう。
「シンタさん、どうですか」
「よく似合ってる」
遠目どころか、近くで見ても男の子にしか見えない。
そういえば昔、妖怪が大戦争する映画をクラスメイトの安田君と一緒に見に行ったことがある。
芸能関係に疎いので「主役は女の子?」と聞いたら「こんなに可愛い子が女の子のはず無いじゃないか」と言われた。
イサナも可愛らしい顔立ちをしているから、もしかすると男の子かもしれない。
いや、本当に男の子じゃないか?
「何か失礼なことを考えてますね」
凄い剣幕で剣の柄に手を掛けていたので、慌てて謝った。
「シンタ達は、コイツの通ってきた隠し通路を辿って、最下層まで行って来い」
「"白い一角獣"が下層に集まりだしたら、私たちは隙を見て出て行くわね」
鎧姿のイサナを連れて、ルマエ少年に教わった隠し通路まで歩く。
「ここです。時間が経つと壁が勝手に戻るようですけど、簡単に崩れます」
周りの壁と違いが分からないが、軽く叩いたらパラパラと崩れて向こう側の通路が見えた。
「魔法が掛けてあるんでしょうけど……見たこと無いですね」
イサナも知らない魔法のようだ。
3人と別れて、隠し通路を進む。
「可変迷宮内の隠し部屋というのは、滅多にありません」
可変迷宮は隠し通路や隠し部屋を作らないので、あるとすれば人間が作った場合に限るらしい。
しかし、そんなものを作る人間は、ほとんどいない。
何故なら、苦労して作っても可変迷宮がその道を閉ざしてしまう。
隠し部屋が本当に隠されてしまって、自分でも再び辿り着くことが出来なくなる。
「でも最下層の魔獣部屋なら、魔力の漏れる隙間の位置が固定ですから、隠し部屋は作りやすいですね」
それでも部屋の大きさは変わるので、下手に作れば「隠されてない部屋」になりかねない。
「じゃあ、たまたま運良く壁の薄い大きさの魔獣部屋だったのか」
「いえ、この自動で復元する土壁の魔法は、かなり高度なものです。
壁の大きさに関わらず、隠し部屋までの道を繋いでくれるものかも知れません」
よく分からないが、とにかく凄いらしい。
暫く進むと、四角い小部屋に出た。
ルマエ少年が言っていた場所だろう。
6畳くらいの小さい部屋で、特に何があるわけでもない。
その部屋から、壁ごとに道が伸びている。
「3方向の行き先がありますけど、どれが最下層でしょう?」
少しだけ首を傾げたが、真新しい子供の足跡があったので正面の道を進むことにした。
また暫く進むと行き止まりになる。
「また壊せば良いのか?」
「叩いてみましょう」
軽く叩くと、またパラパラと簡単に崩れた。
その向こうには、開けた大きい部屋がある。
ここが最下層だろうか。
「おかしいですね、最下層まで近すぎます」
この迷宮は最下層が20階層と聞いている。
さっきまでいたところが13階層なのだから、30分足らずの時間を歩くだけで最下層に行けるはずが無い。
「空間系の魔法? それとも時間系?」
イサナは一人で考え込んでしまった。
その様子がモカさんに似ていて2人は師弟なんだな、と思う。
「おいっ、誰か要るのか!?」
部屋の中に声が響いた。
別の通路から、重そうな鎧を着た人がやってくる。
ルマエ少年を捜索しているギルドの誰かだろう。
「その鎧は、ルマエ様!? 私です、リンギィです!」
鎧で判別しているのか、やはり遠目には良く見えないようだ。
このリンギィという人が、安全な人物かは分からない。
「俺は、ルマエ・ブスターを保護している者だ」
「何だと!?」
「"白い一角獣"の所業は既に聞いている」
「何のことだ。貴様がルマエ様を攫ったのか!」
この人は、一連の騒動に加担していない人なのかもしれない。
例えそうだとしても、今は兄とセリアさんが本物のルマエ少年を連れているので、こちらに人を引きつけないといけない。
イサナを抱き寄せて、包丁を首筋に突きつけた。
普通に使っても、この包丁は何も切れないので安全だが、手に持っているとその時間に比例して腹が減ってくる。
思わず、腹減った。と呟く。
密着しているので、イサナの首筋に息が掛かった。
「ひぃっ」
悲鳴まで出して、イサナは中々の名役者だ。まるで本当に怯えているように見える。
「ルマエ様っ!」
「どうした、何かあったのか?」
「人を呼べ、賊だ!」
幸か不幸か、向こうで勝手に人を呼んでくれた。
後からやってきた人は、仲間を呼びに走って戻って行く。
「お前、動くなよ。ルマエ様に手を出したら、無事ではすまんぞ」
「そっちも動くな。それ以上近づいたら、何をするか分からないぞ」
距離があるから、声を張らないと相手に聞こえない。大きい声を出すとお腹がすく。
さっき串カツを2本しか食べられなかったから、物足りない。と訴えるように腹が鳴った。
「……!?」
イサナは本当に嫌がっているように腕の中で暴れる。迫真の演技だ。
「ルマエ様っ! クソッ! 卑劣な!」
さて、これからどうしたものか。
人をひきつけるのには成功しているが、この後どうするか考えていない。
睨み合ったまま動かずにいると、ガチャガチャと人が沢山やってくる音がした。
「ルマエ様! ご無事ですか!」
「あいつがルマエ様を!」
「何て冷酷な目をしているんだ……」
そんなに冷酷な目はしていないはずだ。
ここに駆けつけた人数は10人を超えていた。
全体の捜索人数のうち、何割の人が集まっているのか分からないが、やってきた人の中には、ローブを着ている見るからに魔法を使う人も含まれている。
こっそり魔法を使われると避けようが無いので、来た道を逃げることにした。
「逃げだぞ! 確保しろ!」
「追え! 追え!」
「ルマエ様を助け出せ!」
「用心しろ、隠し通路だ。罠があるかもしれん!」
隠し通路を走って逃げる。すぐに小部屋にたどり着いた。
正面の道へ抜けようとしたが、向こうからも誰かがやってくる音がする。
隠し通路を見つけた追っ手なのか、兄達が戻ってきたのか分からないが、どちらにしろ進まないほうが良さそうだ。
向かって右手の道に進む。
「この道が、どこにつながってるか、分かるんですかっ!?」
「分からん」
鎧が重いのだろう、イサナは息を切らしながら走っている。
後ろにも前にも進めないから曲がるしかない。くらいの気持ちで進んでいる。
右に曲がったのは、何となくだ。
さっきの分かれ道で、上手く撒くことが出来ればいいが、そんなに期待しないほうがいいだろう。
人数だけは沢山いたから、手分けして追ってくるはずだ。
後ろを気にしながら走り続けると、また小部屋に出た。
道がループしてるのか、と思ったが違う部屋のようだ。
今度の部屋は、壁に模様が刻まれている。
その壁は、SF映画で見るような青白い光を放ちながら輝いていた。
「はぁはぁ……な、なんでしょう……うぅ、気持ち悪い……」
口に手を当てているイサナの顔色も青白くなっている。もしかして吐き癖がついてしまったのかもしれない。
壁の模様を良く見れば、中心にある丸い金属板から放射線状に光が伸びている。
これがオレンジ色だったら、太陽のマークだと思っただろうが、伸びる光は青白く、中心の金属も赤銅色だった。
「行き止まりだな」
「はぁはぁ……隠し通路を探しましょう」
血の気の引いたイサナに変わって、部屋中の壁をゴンゴンと叩いてみるが、どこにも反応は無かった。
「ここで行き止まりだな。何か意味がありそうな部屋だけど」
「魔力は確かに感じますが、さっぱり分かりません」
かと言って戻るわけにも行かず、この部屋に追っ手が来ないことを祈るしかなかった。
しかし、そんなに上手い話があるわけが無い。
すぐにガチャガチャと鎧を着た人間の歩く音が聞こえてきた。
「むっ! ようやく追い詰めたぞ!」
「おいっ! こっちだ、いたぞ!」
「集合! 賊を見つけたぞ!」
年貢の納め時という奴のようだ。
先頭には、通路を出たところにいたリンギィという人だった。
それにしても、これだけ近づけばそろそろ気づくだろう。
「さぁ、おとなしくルマエ様をこちらに……? ルマエ様……?」
「ち、違いますけど……」
イサナが遠慮がちに発言する。
リンギィは口をぱくぱくと金魚のように動かす。次第に顔色が赤く変わっていくのが分かった。
「ふ、ふざ、ふざけるなぁぁぁぁああああああッ!」
狭い空間に怒号が響いた。
人間、怒りでここまで大声が出せるのかと感心するほどに壮絶な絶叫だった。
大分県で開催される「牛喰い絶叫大会」なら優勝は間違いないだろう。
「お、おい、おい! 貴様、ル。ルマエ様はど、どこだっ!?」
怒りのあまり、呂律が回らなくなっている。
下手なことを言ったら、この場で殺されるかもしれない。
「ルマエ様は、別のものに保護されています。今は、一緒に王都のギルドへ向かっているはずです」
嘔吐感から戻ってきたイサナが、落ち着いて事情を説明する。
「おい、誰か上に知らせて来い!
王都のギルドだと言ったな、貴様らも冒険者か」
「私は違いますが、彼は"緑の風"の冒険者です」
「"緑の風"だぁ?」
自ら不審者です、と名乗るのと同義というのは本当らしく、それだけで態度があからさまに変わった。
具体的に言えば、誘拐犯を見る目からチンピラを見る目に変わった。
「金が目当てか。まぁいい、お前らは拘束する」
「ま、待ってください! ルマエ様は狙われています!」
「お前らにな。おい、縄をもってこい」
「違います! "白い一角獣"にです!」
「……おい」
「話を聞いてもらえますか?」
「ただのチンピラの戯言なら聞き流したがな、"白い一角獣"を冒涜するのであればタダでは済まさんぞ」
リンギィ達は"白い一角獣"に所属しているようだ。
今の態度からすると、自分たちのギルドに誇りを持っているのを感じるのだろう。
それも含めて演技なのかもしれないが、そこまでは分からない。
「イサナ、下がってろ」
「……はい」
包丁を握り締めて前に出る。全身に力が湧いてくるが、反比例して腹が減る。
「大人しくしろ。今なら痛い目だけで済ませてやる」
痛い目は嫌だ。多分、骨の1本や2本では済まされないだろう。
「よし、奥の手だ」
「何かあるんですか?」
包丁の力で体力が強化されていても、ちゃんと訓練を受けた人たちには勝てないだろう。
「何をする気か知らんが、この人数に勝てると思うな!」
さっき、部屋の中を調べたときに見つけた。壁に埋め込まれた、中心にある金属の円盤。
その中心に、押しボタンのような物があった。
押すものであることは間違いないが、押すとどうなるのか分からない。
どの道ダメなら、やるだけやってみたい。
「観念しろ!」
「いいや! 限界だ押すね! 今だッ!」
一回は言って見たかった台詞が言えた。妹がいたら地団太を踏んで悔しがるだろう。
バチンッ、と重めの音がして金属製のボタンが押される。
その音に、追っ手の動きが止まった。
「何をした……!」
それに答えるように、ボタンを押された金属盤がビリビリと振動を始めた。
何かが起こる、そう予感させる。
ジジジジジ……
円盤が回転する。右回転、左回転。金庫のダイヤルを回すように、反転を繰り返す。
全員が見守る中、回転を繰り返した金属板は「プシュー」という音を立てて壁から外れた。
重力に任せて金属板が地面に落ちる。
ガラン、ゴロンゴロン……
どうやら、鍵が外れたようだ。急いで壁を見る。
電気的な点滅を繰り返していた青白い模様は激しく光を発し、PCがシャットダウンするときのようなヒューンという音を出して暗くなった。
もう何の反応も無い。
「……」
「……」
「……あれ?」
「は、はは……ははははっ!」
何が起こるのかと見守っていたリンギィが、声を出して笑う。
「驚かせやがって! とんだ期待はずれだったようだな!」
最悪でも迷宮の自爆ボタンだと思っていたのに、何も起こらないのは想定外過ぎる。
「イサナ、済まない。当てが外れた」
「シンタさんは、お兄さんと再会してから突飛な行動が目に付きすぎますね」
そんなことを言っている場合ではないが、文句は言いたい。なんて嫌な考察なんだ。
追っ手の人は、まだ何かを警戒しているのか直ぐには飛び掛ってこないようだが、もう骨の何本かは覚悟するしかない。
「もう何も無いだろうなっ! 行くぞ!」
「ジィ……」
「あぁ!?」
「ライ……ッ」
「お前か!? まだ何かしたのか!?」
俺じゃない。声の主は、足元にいる。
「我………ジィ…」
壁の鍵か、金属の蓋だと思っていたが、どうやらこっちが本体だったらしい。
地面に落ちた金属の円盤が、声を出している。
「な、何でしょう。これは……ゴーレム?」
「我ハ……ジ……ライ…………ナリ」
ゴーレムというよりは、赤銅色のお掃除ロボットだ。
クルクル回転しながらフローリングを走ってそうな見た目をしている。
「シンタさん、もしもゴーレムなら命令を聞くかもしれません」
「じゃあ、ちょっと……一撃食らわせてやれ」
「……」
返事は無かったが、代わりにカチッという音が聞こえた。
「これ以上、付き合っていられるか! 叩き壊してくれる!」
大剣を振りかざして、金属盤に振り下ろす。あっと言う間の出来事だった。
鍛錬を繰り返した無駄の無い動作だ。
振り上げたと思ったら、振り下ろされていた。
剣を振り下ろす動作が、それだけの動作が、とてつもなく速い。
向こうはいつでも、こちらを無力化するだけの手段を持っていたのだ。
金属同士が叩きつけられ火花が散る。
ガギキィンと派手な音が鳴り、静かにリンギィが倒れた。
「……え?」
誰が発した声だったのか、しかしそれは全員の声だった。
攻撃したほうが、やられている。
意味が分からない、と思いながら大剣を叩きつけられた金属盤を見る。
そいつはクルクル回りながら、勝利を誇るように光を出して点滅を繰り返していた。
「我ハ……ジ……ライ………也ッ」
名乗りを上げているなら、そうなのだろう。
こいつは、地雷だ。




