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レーヴの海で逢いましょう  作者: 神連 カズサ
第1章、旅路を照らす光
4/5

三、忘失

「一旦、キャンプへ戻って、報告をした方がいいだろうね」

「ええ。それがいいかと」


 坊やもそれでいいわね、とヴェレがシトラスに声を掛けるも、少年の顔は依然として暗いままだ。

 たった一人の肉親の行方が分からないともなれば無理もない。

 小さな身体が更に小さくなって震えているのを見ると、どうにも居た堪れなかった。


「シトラス」


 獅子座の言葉で《鮮やかな》という意味を持つ名前を紡ぐ。

 その名に相応しい若葉色の双玉が、ヴェレを真っ直ぐに射抜いた。


「しゃんとなさい。男の子でしょう」

「……う、うん」


 ボサボサに伸びた杏色の髪を無遠慮に撫で回す。

 も~、と怒ったような声が出せる辺り、少しだけ調子を取り戻したらしい。

 そんな彼らの様子を見守っていたハカリが「行こうか」と声を掛ければ、二人は全く同時に頷きを返すのだった。


 ヴェレたちの報告を受け、ギルド連盟は正式に調査隊を派遣することを約束してくれた。

 だが、ここで問題が一つ浮上する。


「はあ!? 帰ってこい? お断りですけど、」

『だぁら、最後まで人の話を聞けってんだよ。迷宮の結界石を動かせるともなれば、十中八九《乙女座(ユングフラウ)》が絡んできてる。そんなややこしいところにお前ら二人を放置しとくわけにいかねぇっつってんだ』

「せっかく、手掛かりを見つけたのにみすみす帰れと?」

『いいか、ヴェレ。賭けてもいいが、これ以上そこからは何も出ない』

「……」

『こっちに戻ってきて、痕跡を辿った方が早いとアタシは思うがなァ』


 ぶつん。

 無言で通信を遮断したヴェレに、シトラスは「あちゃあ」と天井を仰いだ。


「も~~! また勝手に切って! あとで僕がお説教されるんだよ!」

「安心なさい。そのときは私も隣に座ってあげます」

「そう言って、いっつも途中で喧嘩ふっかけるじゃん」

「長いんですよ、あの人の話は」


 辟易とした顔で、ヴェレがため息を吐き出す。

 ヴェレとシトラスの二人が所属しているギルド《天海の槍(ル・アディス)》は、血の気の多いメンバーが在籍していることで有名だった。

 そのまとめ役――マスターともなれば、更に一癖、二癖も強い。


「ありゃ、もしかしてもう終わっちゃった?」

「ええ」

「それは残念だ。《天海の槍》マスターにご挨拶を、と思ったんだけど、」

「しなくても結構。貴方とはここでお別れですので」

「そんな連れないことを言うなよ~。レディと僕の仲じゃないか」

「……たかだか一度、剣を交わしたことがあるくらいで、図々しい」


 べえ、と舌を突き出したヴェレの手を、ハカリが芝居がかった動作でゆっくりと持ち上げる。


「お願いだ。レディ・ヴェレ。君の旅に僕も同行させてくれ」


 桔梗色の眼に、ヴェレの姿が映り込んでいた。

 夜を溶かして煮詰め込んだような前髪が風に撫でられ、さわさわと揺れている。


「嫌です、とこんなに態度で示しているのに伝わらないなんて、」


 はあ、と溢れ落ちたため息までも逃さないと言わんばかりに真摯な眼差しを向けられて、落ち着かない。


「しつこい男は嫌われますよ」

「俄然、イエスと言わせてみたくなった」

「……せめて、会話をしてください」


 これではまるで、独り言の押し付け合いだ。

 ――埒が開かない。

 もう一度、深いため息を吐き出したヴェレが助けを求めるようにシトラスへと視線を移した。

 少年はと言えば、眼前で突然始まった告白劇――厳密には違うのだが――に、顔を真っ赤にして忙しなく瞬きを繰り返している。


「いい加減、手を離してくださいませんか? 坊やの情操教育に悪影響なので」

「おっと……。ごめんよ、シトラスくん。君にはまだ刺激が強かったかな?」


 さっきまでの妙な空気が嘘のように、息ぴったりで揶揄いを口遊んだ大人たちにシトラスの眉間へ深い皺が刻まれた。


「ヴェ、ヴェレとハカリが急に見つめ合ったりするのが悪いんだろ!」

「あら、キスでもするかと思いました?」

「そおだよ!!」

「んふふ、可愛いですねぇ」


 よしよしと唸り声を漏らすシトラスの頭を抱え込む。

 額まで真っ赤に染めた少年が可愛らしくて、ヴェレは彼の旋毛にそっと唇を押し付けた。


「!?」

「安心なさい。私は坊やのお世話で手一杯ですから」


 桜色の目が柔らかく弧を描く。

「シトラスくんだけずるい」と叫ぶハカリを無視して、放心状態のシトラスを引き摺るように宿の部屋へと戻ったヴェレは鼻歌混じりに荷造りを始めるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 眠らない街リゲル。

 太陽神の足跡、という意味の名前を持つこの街には、大陸中から様々な種族や品物が集まり、昼夜問わず喧騒に包まれていた。

 

 薄闇がヴェールを揺らし始める中、眩い光を放つ七つ星の煌めきにハカリが感嘆の声を漏らしていると、反対側の通りから木屑を引っ掻いたような汚い声が届く。


「よぉ、ヴェレ! 随分と早いお帰りだが、今回は何も壊さなかったのか?」

「失礼な。今回『も』何も壊しませんでしたよ」

「はっ! そりゃあ残念だ!」

「まァた、他人の依頼結果で賭けてたんですか? 悪趣味ですねぇ」


 ギルド《天海の槍》は、そんなリゲルの街の中心部にあった。

 所謂、街の顔役である。

 ギルドに所属するメンバーは街の住人たちからも慕われており、特にヴェレとシトラスの二人は問題児としても注目を集めていた。


「坊も大変だろ。こいつの手綱を握るのはよぉ」

「そう思うなら、おじさんが丈夫な手綱作って」

「なはは! すっかりギルドに染まって口が悪くなっちまったなぁ~。来たばっかりの頃はまだ可愛げがあったのによぉ!」


 ヴェレに声を掛けたのはギルドの斜向かいにある鍛冶屋の主人だった。


「どうせ賭けの相手は姉さんでしょう? 後で払わせるので、整備をお願いします」

「ったく、クラレットの野郎。珍しく『依頼達成』に賭けたからおかしいと思ったんだよな……」

「ふふっ。新しく入った《水瓶座(アクアリウス)》の子の力試しにされましたね。ご愁傷様です」

「てめえの剣は扱いにくいったらねえんだ! 今度一杯奢れよ!」


 ひらひら、と後ろ手に手を振りながら、ヴェレは乱暴にギルドの扉を開け放った。

 まだ夜空の隅っこは明るいというのに、ちらほらと見える赤い顔のメンバーたちに、ヴェレとシトラスの顔が曇る。

 この調子ではギルドマスターも酒を飲んでいてもおかしくはない。


「クラレット! いるんでしょう! また私を出汁に儲けましたね!!」


 ヴェレは人差し指と中指を二本立てて、それを天井に向けた。

 手の甲に浮かんだ《大海(アルマレア)》の刻印に、それまで大人しかったハカリが「げ」と唇を歪める。


「レ、レディ、いくらなんでもそれは、」

「大丈夫だよ。剣じゃないからそこまで威力出ないし」


 僕の側に寄ってとシトラスに手を引かれるまま、ハカリは彼の言葉に従った。


「いいよ、ヴェレ」


 シトラスの合図に、ヴェレが刻印を開放する。

 室内とは思えないほどの土砂降りがギルド内を満たした。


「何すんだよッ! ヴェレ! まだ飲み始めたばかりだったんだぞ!」

「てめえ、表出ろ! 今日こそボコボコにしてやらァ!」


 一斉に飛び交う怒号を更に水圧を強めることで黙らせると、魔力が途切れている一点――カウンターの奥に視線を這わせたヴェレが足音高くそちらに近付いた。


「ただいま、姉さん」

「おかえり~。アタシの可愛い妹ちゃん」


 見たこともない高そうな酒瓶を大事に抱えたクラレットの姿に、ヴェレは鼻を鳴らした。


「それが今回の賭けで奪ったお酒ですか」

「ちっ……! あのジジイ、もうゲロったのかよ」

「この街の人間は隠し事が下手すぎます。――というわけで、それは私にも飲む権利がありますよね?」

「ひとくちにしておけよ。お前、酒癖悪いんだから」

「クラレットにだけは言われたくありません」


 乱暴な所作でカウンターに置かれていたスツールへと腰を掛けたヴェレに、「首尾は?」と立ち上がりながらクラレットが言葉を紡ぐ。


「道中、他のギルドにも寄ってきましたが、それらしい話はひとつも聞きませんでした」

「やっぱりな。《乙女座》の連中が魔法で記憶操作してるのか、それとも」

「うちの《乙女座》には聞いてみたんですか?」

「ああ。迷宮の結界石を動かせる奴に心当たりはねえのか聞いたら『族長か賢者級の魔女なら出来る』ってよ」

「どちらにしろ化け物じゃないですか」

「だから一度帰ってこいって言ったんだよ。お前は後先考えねえから」


 ヴェレの水を浴びたおかげですっかり酒が抜けたのか、クラレットはいつになく饒舌だった。

 いつもなら不機嫌になってもおかしくはない場面なのに、もらった酒が気に入ったのか、鼻歌混じりに瓶に付いた雫を拭き取っている。


「通信したときにも言ってたけど《乙女座》ってそんなに怖いの?」


 スツールによじ登りながらシトラスが問いかければ、クラレットの眉間に皺が寄った。


「怖い、というより厄介なんだよ。魔法の一族って呼ばれるほど、魔法や魔力に精通した奴らなんだ」

「その彼女たちが膨大な魔力を含んだ結界石を奪った――厄介な匂いがぷんぷんするだろう?」


 ヴェレの右隣を押さえたハカリが一緒になって答える。


「見ない顔だな。こんな色男、どこで引っ掛けて来たんだ?」


 妹が嫌そうに顔を歪めたのを視界の端で捉えたクラレットが、揶揄うようにハカリを上から下まで見遣った。


「《最果ての街》で運命的な出会いを果たしまして、」

「ただのストーカーです」


 二人の間で火花が散る。

 ヴェレがここまで嫌がる姿を見せるのも珍しい。

 へえ、と感心の声を漏らせば、「ねえマスター」とシトラスの声が響いた。


「《乙女座》の街ってどこにあるの? 結界石が持ち込まれていないか探しに行きたいんだけど、」


 喧騒を取り戻し始めたギルド内が再びしんと静まり返る。


「シトラス。悪いことは言わない。それだけはやめておけ」

「どうして?」

「奴らが暮らす場所は《帰らずの谷》と呼ばれている」


 一度踏み入れば最後、戻れなくなるぞ。

 ドスの効いた低い声でそう言われて、シトラスは肩を震わせた。

 ただの脅しだろう、と隣に座っているヴェレとハカリに視線をやれば、彼らもまた弱々しく首を横に振るのだった。

 

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