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レーヴの海で逢いましょう  作者: 神連 カズサ
第1章、旅路を照らす光
3/5

二、冒険者

二、冒険者


 最果ての丘、その更に奥地に《星送りの迷宮》と呼ばれるダンジョンが存在する。

 透き通った硝子で造られたそれは、遠目でも異質さが際立っていた。


「相変わらず、綺麗なもんだねぇ」


 感嘆の声を漏らした青年の背中を、ヴェレはキツく睨んだ。


「……どうして、負けたのに着いてきているんですか」

「敗者は勝者の僕になるのが掟だろ?」

「一体、いつの時代の作法に則ってるんです」

「天秤座の間では、未だにこれが主流なんだけどなァ」

「あなた方は世間の流行に疎過ぎます」


 はあ、とヴェレのため息を真正面から受け止めた青年――天秤座のハカリと名乗った――の目が、ゆるりと弧を描く。


「まあ、いいじゃん。戦力は多いに越したことはないし」

「坊やがそんなことを言うから、この人がつけ上がるんです!」


 肩を怒らせながら、一人先を歩いて行ってしまったヴェレの後ろ姿に苦笑を浮かべると、シトラスは呑気に鼻歌を口遊んでいるハカリへと視線を移した。

 右手を柄に引っ掛けたまま、軽やかな足運びで砂の上を歩く彼の様子は、戦闘経験が少ないシトラスから見ても、只者ではないことが分かる。


「ねえ、ハカリ」

「何かな、シトラスくん」

「ハカリはどうして、最果ての迷宮に行きたいの?」

「遺物の採取を知人に頼まれてね。けど、ここら一帯は魔物が多いだろう。一人で行くのにそろそろ限界を感じていたんだ」

「……そこに僕とヴェレが通りかかったってこと?」

「そう。偶々ね。月の女神の導きに感謝だよ」


 月の女神は運命と夜を司っている。

 わざわざそんな大層な話を持ち出すあたり、どこまで本気で言っているのか、いまいち掴めなかった。


「それにしても、レディ・ヴェレの剣捌きは美しかった!」

「レ、レディ?」


 大人しくしていればそれなりに見えるが、間違ってもヴェレに使う呼称ではない。

 シトラスは背中を這っていく恐怖心に従うように、そっとハカリから視線を逸らした。

 興奮のあまり上擦った声でヴェレの剣技の美しさとは何たるかを語る彼の声を背に、ため息を漏らせば渦中のヴェレが「無駄話は済みました?」と声を掛けてくる。


「う、うん」

「それじゃあ、一旦離れてくださいね」


 蠱惑的に微笑んだヴェレの向こうで、砂塵が舞う。

 迷宮の守り人――《星灯(テラルクス)》が、姿を見せたのである。


「通行許可が完全破壊だなんて、相変わらず手の込んだ造りですこと!」


 軽々と《星灯》の機械人形を飛び越えたヴェレは、背後に搭載されている核へと斬撃を加えた。

 ぴき、と核に亀裂が生じる。

 弱点を狙われたことで、完全にヴェレを攻撃対象として認識した機械人形が、彼女に向かって右腕を大きく振りかぶった。


「レディ!」


 ハカリがヴェレと機械人形との間に割って入る。

 華奢な腕からは想像もつかない膂力で、機械人形の腕を弾き飛ばした彼に、ヴェレとシトラスは思わず顔を見合わせた。


「すごい! ハカリ、今のどうやったの?」

「天秤でちょっと重さを入れ替えただけさ」

「呆れた……。《善悪の天秤》の力をそんな風に使っているのを見たのは、あなたが初めてです」

「褒め言葉として受け取っても?」

「お好きなように」


 どうぞ、と続けながら、ヴェレは既に走り出していた。

 起き上がった機械人形の背中がお誂え向きにこちらを向いていたのだ。


「坊や!」

「う、うん!」


 シトラスはヴェレの意図を汲んで、その刃に魔力を送った。

 刻印は《稲妻》。

 電撃迸った双剣が、ラピスラズリの核を粉々に砕く。

 夜空の彩りに加わったそれらを、ハカリは眩しそうに見つめた。


 ◇ ◇ ◇

 

 《星送りの迷宮》を背にした場所に点在する冒険者たちのキャンプに到着した一行は、人影の少なさに首を傾げた。


「おかしいな。この時期は魔鉱石が取れるから、いつも賑わっているはずなのに」


 ハカリが口にした疑問に、近くを歩いていた初老の男性が眉間に皺を寄せる。


「悪いことは言わないから戻った方がいい。この数日、探索隊が相次いで失踪してるんだ。それで皆ピリピリしてんのさ」

「探索隊?」

「今年は魔鉱石の出来が良くないってんで、有志の連中が探索隊を作って潜ったんだよ。そしたら、この様さ」


 辺りは閑散としていた。

 宿屋や酒場は軒並み閑古鳥が鳴いていて、テラスに数人腰掛けているのが辛うじて見えるくらいだ。


「若い連中が戻ってこない分、俺たちだけでもと入り口付近の魔鉱石を削り出してはいるが……」


 首を振っているところを見るに、目についた魔鉱石は全て削り出されようとしているのだろう。

 ため息をついた男性の姿に、シトラスはグッと奥歯を噛み締めた。


「あの、その探索隊の中にオーランという《獅子座(レオ)》を見かけませんでしたか?」

「オーラン? ああ、そう言えば最初の隊を引っ張って行った獅子座がそんな名前だったな」

「そう、ですか」


 シトラスの顔から血の気が引いていく。

 ただ事ではない様子に、ハカリはちら、とヴェレに視線を送った。


「……オーランは、シトラスのお兄さんの名前です」

「へえ、」


 ヴェレの言葉に、シトラスは完全に俯いてしまった。

 ピン、と張り詰めた空気に、最初に耐えられなくなったのは男性である。


「すまん。まさか関係者の子だとは思わなかった」

「い、いいえ。あの何度もすみません。その隊もまだ、」

「ああ。酷なことを言うようだが、彼らが潜ってから一月半は経ってる」


 今度は男性が沈鬱な顔で俯く番だった。

 

「せめて魔力の痕跡を辿ることが出来ればな」


 そう言った彼に、ハカリは「ふむ」と声を漏らした。


「シトラスくんが手伝ってくれたら、俺でも魔力を辿れるかもしれないよ」


――ちりん。


 ハカリの手には《善悪の天秤》が涼やかな音を立てて鎮座している。

 白銀の光を放ったそれに「え!?」とヴェレとシトラス、二人分の驚きに満ちた声が重なった。


「ど、どうやって?」

「簡単さ。君の髪を一本、こちらに置いてもらえるかな」


 言われた通り、《善悪の天秤》の左側に髪を置いたシトラスを確認すると、ハカリは迷宮と軽く地ならしされた道の交差する場所へと天秤を下ろした。


「これなるは善の重り。連なるもの、探すもの。辿れ辿れ。道筋を示せ」


 ハカリの声に答えるように、天秤がゆっくりと傾き始める。

 やがて、光の粒子が空の器から溢れ出し、その軌跡をヴェレたちの前に示した。


「良かった。思った通り、血が濃いから後を辿れそうだ」

「天秤座ってそんなこともできるんだ! すごいね!」

「……あなた、本当に天秤座ですか。失せ物探しは水瓶座の専売特許かと思っていました」


 異口同音の賛辞を受け止めたハカリだったが、その表情は浮かない。


「ハカリ?」

「この術は長く保たない。先を急ごう」


 ハカリはそう言うや否や、既に歩き始めていた。

 慌ててヴェレとシトラスも彼の背中を追いかける。


 九つ星を刻み始めたばかりの空には薄靄がかかっており、そのおかげもあって、ハカリの天秤が描いた軌跡がやけにくっきりと見えた。


「これは、」


 ヴェレが眉間に皺を寄せる。

 それは迷宮の裏手――結界石が守る場所へと彼らを導いた。

 結界石は本来、迷宮から脱出する際に用いられるものだ。


 けれど、ここには何もない。

 

 あるのは、結界石が載せられていたと思われる仰々しい台座だけ。


「どういうこと?」


 シトラスが不安そうに、大人二人を見遣る。

 幼い少年の視線を浴びながら、ハカリとヴェレは互いに顔を見合わせた。


「帰還用の結界石がどこか別の場所に運ばれた、ということでしょうね」

「ああ。だから、脱出してもここには戻れない。――振り出しに戻ったみたいだ」


 一体誰が何の目的で冒険者たちを連れ去ったのか見当もつかない。

 そんな、と消え入りそうな声を溢したシトラスの小さな身体を、ヴェレはただ黙って抱きしめてやることしかできなかった。


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