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2-1

 特殊詐欺のいわゆる「出し子」の仕事に手を染めた明良は、その後命じられるがまま数回出し子と受け子を任じた。それから果歩が言っていた通り営業電話の仕事――「かけ子」に従事するようになった。


 ここで明良の意外な才能が発覚した。明良はかけ子の職務を初めて行ってほどなくしてから、かけ子グループ内でのアポイントメント獲得率ナンバーワンの成績を獲得し、そのまま保持し続けたのである。


 なぜ明良がかけ子の仕事でそのような成績を残せたのかはよく分からない。塾講師として授業中ずっとしゃべり続ける仕事をしてきたことが要因の一つではあったろう。また曲がりなりにも一流大学の大学院に入学できた、地頭の良さも一因だったかも知れない。


 実際的に見れば明良は詐欺電話に失敗すると、すぐさま自前のタブレット端末に表示されているトークスクリプトへ、失敗した会話の内容とそれに対応するカウンタートークを地道に書き加えていっていた。そのため明良のトークスクリプトは常に他のかけ子プレーヤーたちのそれよりよほど微細なものになるのだった。そして明良はそのトークスクリプトにどこまでも忠実に電話を掛けていた。このような愚直な行動が、時にはある職務での成功に繋がるものなのかも知れない。


 いや――以上の説明だけでは、私(筆者)はとても真理を捉えられてはいないだろう。ここで間違いないのは、人間の才能というものはどこに落ちているか分からないもので、そしてそれは必ずしも才能を持つ当人が願った分野に現れるわけではない、ということだ。


 明良が詐欺グループのトップである白崎と初めて会ったのは、詐欺に関与してからもう少しで二年が経つというころだった。


 池袋のカラオケ店で面談は行われた。面談は名目上「前月まで行った詐欺活動の報酬の受け渡しを行う」ことになっていた。しかし白崎が直々に受け渡しをするという話は伝えられていたので、明良は(これは何かあるな)と思い、気合いを入れて日野の実家を出た。


 テレグラムで指定されたカラオケ店の客室に入ると、明良より更に大柄な男が出迎えてくれた。


「新城くん?」


「ハイ」


「いやあ、やっと会えた!」


 男は部屋の入り口までやってきて、気さくに明良の肩をぽんぽん叩いた。むっと煙草の匂いがした。


 コロナ禍は続いていたが白崎はマスクをしていなかった。体のラインよりややオーバーサイズのグレーのスーツを着ていた。髪は黒の短髪でサイドをやや短くし、くせっ毛のトップが(セットされているのかどうか)自然にふんわり立っていた。イカつい男性たちに流行っているツーブロックなどではない、ややもっさりした印象の髪型だった。


 顔は面長で顎ががっしりと発達し、髭の剃り跡が青々しい。眉太く、その下の瞳は穏やかに輝いていた。齢は四十半ばといったところだろうか。一見まともで優しげで、とても特殊詐欺グループのトップとは思えなかった。何か格闘技でもやっていそうな、そう、柔道や剣道などといった武道の町道場を開いている、子供好きの館長といった感じがした。


「座って。何か飲みなさい」


 白崎は鷹揚に言った。


 それから今回の仕事の報酬の受け渡しが行われ、しばらく雑談がなされた。


 明良はこの時大まかなことを白崎から聞いたのだが、白崎の特殊詐欺グループは、元々人材派遣会社の代表をしていた白崎が独力で立ち上げたものらしい。派遣会社の経営が思うように行かなくなった時に、友人の暴力団組員に金が入用だと相談したところ、特殊詐欺のノウハウを教えられ、更に名簿と飛ばしのスマートフォンを売ってもらった。それを元に派遣会社の信頼していた社員二名と指示役組織を作り、妻の果歩をリクルーターにして詐欺を始めた――のだそうである。


 特殊詐欺グループは上層に暴力団がいるか、あるいは半グレ組織などが生業としているのが普通だが、白崎のグループは言ってみれば元々アマチュアで、名簿と飛ばし携帯を暴力団から流してもらう他には反社会的組織との繋がりはない。業界内では「たたき上げ系」と呼ばれる、珍しいグループである。


 そのような話を白崎は朗々と語った。いやに組織の内実を話すな、と明良は思い、しかし真面目に相づちを打って話を聞いた。


「それでなんだけどもね」


 向かいのソファー席に座った白崎が目をきらっと光らせた。


「私はまだこの仕事をしばらく続けようと思っている。そりゃ、いつまでも続けていくような仕事じゃない、辞める目処をつけてはいる。だけれども、まだ当面のところは続けていく。そこで新城くんに、これまで以上に我々の力になって欲しいと思っている」


 明良はようやく本題に入ったな、と思った。


「どういうことでしょうか?」


「次回のハコヅメから、君にかけ子リーダーを担って欲しいというお願いなんだ」


 明良は(これでいよいよ組織から脱け出せなくなるぞ)と感じた。「もうすぐ必要な貯金額が貯まるので、そこまでで僕は仕事を辞めさせていただこうと思っていたところなんです」と真正直に言った。


 白崎はその目標額はいくらで、現在いくら貯蓄があるのかと尋ねてきた。明良はそれも包み隠さず答えた。


「うん。君が金を必要としているのは、大学院に再入学する学費のためだったね?」


「そうです」


 白崎は更に学費が年間いくらなのかを聞き、明良が答えた。


「うん? その額ならさっき言った預金額でもうクリアしていると思うけど」


「はい。ただ、自分は中退したのが最終年でしたけど、一年限りで卒業できるかどうか不透明で。恥ずかしながら、もう一年留年する可能性も計算に入れているんです。それにその二年間は研究に集中したいので、その期間かかる生活費も貯めておきたいのです」


「なるほど。かかる生活費は現状いくらくらい?」


「月――万円です」


「ふむ。とすると、二年間で学費が――万円。生活費が――万円。ざっと計――万円ということだね?」


「そうですね」


「いつから院に復帰したいのかな?」


「来年の四月からです」


「なるほど」


 白崎は腕組みをしたままふうむ、と何か考える様子を見せた。


「君、それはそこまでの生活費が抜けてるよ」


「え?」


「来年の四月までも、月々――万円必要なわけだろう? その生活費はどうするの?」


「それはアルバイトするなりなんなりして、貯金が減らないようにすればと」


「そう」


「はい……」


 しばらく間があった。


「こうしたらどうかな? 来年の四月まで、君はまあなんだ、体が空いているわけだろう? アルバイトをするくらいなら、それまでの一年ちょっとの間、このまま我々と仕事をしてくれないかな? 報酬は全売り上げの7%を約束する」


 五千万円売り上げれば三百五十万円の報酬か。明良は目ざとく計算した。


「それでしっかり金を貯めて、それから二年でも三年でも研究に没頭すればいい。我々は君の夢を応援するし、我々としても君がリーダーとなって働いてくれると助かる。君の実績は私も十分理解している。そして今ちょっと――」


 白崎は少しだけ間を置いた。


「人事の事情ができてそこのポジションを任せられる人が他にいない。どうだろう、人助けと思って」


(人助け。……)


 頭を下げた白崎に対して、明良は恐縮しながら逡巡した。これまでに騙してきた高齢被害者たちの電話先での声が、脳内でわっとリピートされた。白崎のつむじの辺りが、意外にも髪が薄くなっているのが目についた。


(この人はこの人で困っているのだ。それに、金は確かに現状では足りていない)明良はそう考えた。


「分かりました。入学の準備等出てくると思うので、今から起算して一年間限りという約束であれば」


 白崎はゆっくり頭を上げた。


「ありがとう。まあうちは、他のグループと違ってアットホームな会社だから。他の部署のリーダーたちとも、そのうち引き合わせます。よろしくね」


 立ち上がってテーブルの上に身を乗り出し、明良の右手を取って握手してきた。


(アットホーム。……)


 明良はどうしても釈然とはしなかった。

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